第20話 副騎士団長ダイタス
「……ダイタス様。今回の討伐、奥様が参戦されるとのことです……」
数日前、ファーレンス公爵領、領都ナオス。
ナオス騎士団の詰所において、そんな報告が副騎士団長ダイタス・エヴァライトの元に持ち込まれたのが始まりだった。
持ってきたのは騎士団の従騎士エドであり、ファーレンス公爵に呼ばれて用件を聞きに行っていたので、その内容がそれだったのだろうということはすぐに分かった。
しかし内容を素直に受け止められたかと言えばそんなことはなかった。
というのも、ダイタスはエドに対し、こう言ったからだ。
「なるほど、少し離れた位置で我々の戦闘をご覧になる、ということだな? 全く……奥様は少しわがままが過ぎるようだな。公爵の奥方とはいえ、魔物との戦闘は常に危険だ。たとえ、十分な距離を保っている、と思っていても気づけば矢や魔術が飛んでくることはありうると言うのに……」
そう、ダイタスは公爵夫人がその地位にありがちなわがままを言ったのだ、と思った。
実際、今まで彼女は何度となくわがままを繰り返し述べ、公爵を困らせてきた過去がある。
だから今回もそれと同じだろう、と思うことは責められた話ではなかった。
しかし、そんなダイタスにエドは冷や汗を流しながら言う。
「いえ……そうでは無いのです」
「ん? どう言うことだ……?」
「奥様は文字通り、参戦されたいと、そういうお話のようで……観戦ではありません。参戦です」
「は……? 公爵夫人がまさか魔物と戦うと言うのか? 我々と肩を並べて?」
「公爵閣下がおっしゃるには、まさにそのおつもりだと……」
「馬鹿を言うな。そんなことが出来るものか。確かに公爵夫人は優秀な成績で学院を出られたお方だという話は聞いている。だが、実際の戦場と机の上でのそれとではまるで異なる。それに今回の相手は数千匹からなる《ゴブリンの軍勢》だということだろう? そんな場に公爵夫人の居場所など……」
「私もそれは申し上げたのですが、奥様は自分が戦力になることを証明すると、公爵に仰られたそうで……本日、奥様と我々騎士団で模擬戦を行うようにと……」
「模擬戦? ふむ……なるほどな」
ここでダイタスは話を理解した。
そこで勝利すれば公爵夫人に参戦を許す、と言う条件を公爵が出したのだろう。
けれどこれは公爵夫人の敗北が初めから決まっている勝負。
つまり、無理難題を出したのだ、と。
それによって穏便に公爵夫人の願いを却下するわけだ。
考えたものだ。
しかし、そうなると騎士団の面々は決して負けるわけにはいかないと言うことにもなる。
模擬戦の形式はまさか公爵夫人一人対騎士数十人、ということはあり得ず、王都でも一般的な魔術師一人を騎士十人と換算した形での模擬戦になるだろう。
あれは王都で行う分には正当な戦いになるが、ここナオスで行う場合にはそうはならない。
そのことも考えて条件を出したなら、公爵はかなりの曲者ということになるだろうが、ダイタスはそうだろうと言うことを疑っていなかった。
美しげな面立ちの貴公子に見えるあの公爵は、その実、結構な食わせ者で、ダイタスも何度となくはめられた覚えがある。
ただ、嫌いではなかった。
むしろ、目的のためには手段を選ばずに突き進むその力強さは、仕える貴族として信用できるからだ。
そんな彼が出した無理難題。
まず、公爵夫人に勝ち目はない。
そして、ダイタスがすべきことはその勝率をさらに下げることだ。
公爵夫人に対する側の騎士の方に精鋭を多く混ぜ、公爵夫人の方に属するだろう騎士の質は僅かに落とす、と言うのが最もやりやすそうだ。
他にもいくつか……。
「よし、エド。これから指示を与える。奥様には悟られず、こなすのだぞ」
「はっ」
◆◆◆◆◆
ただ、結果を見れば惨憺たるものだった。
強力な騎士たちを固めた二十人は、そうではない十人に軽々と負けた。
理由ははっきりしている。
技量も力も優っているのに負けたのは、公爵夫人側の騎士たちが、公爵夫人の魔術によって強力に補助されていたからだ。
その効果はとてつもなく、普段の数倍の力と速度を得て、さらに視力や感知能力まで上昇していた。
こちらが攻撃を加えれば魔術盾で防がれ、向こうがこちらに攻撃してくると金属製の盾がバターのように切り落とされる。
それで勝てるわけがなかった。
ダイタスを含めた二十人の騎士たちは、ボロボロになって地面に倒れ落ちたのだった。
けれど、その結果は騎士たちの不信は買わなかった。
むしろ、公爵夫人に対する崇拝のようなものがその場にいた騎士たちには生まれたのだ。
彼女さえいれば自分たちは勝てる。
決して負けない。
そんな崇拝が。
だからこそ、今回の遠征に彼女が来ることに誰も文句を言わなくなったのだ。
そして……迎えた《ゴブリンの軍勢》の討伐。
公爵夫人はまず、その場に集った騎士三百人にあの時かけてくれた強力な補助魔術をかけてくれた。
それだけで、ゴブリンなど何千匹いようが蹴散らせる。
そう思ったくらいだ。
それなのに、少し待機しているように言われたあと、目の前に出現した光景はとんでもなかった。
先に魔術である程度ゴブリンを散らす、とは聞かされていたが、雷風などで数十匹潰す、とかそのくらいだと思っていた。
それなのに実際はとてつもない魔術……見たこともない、強力な、業炎を纏った巨大な岩石が空からいくつも降ってきて、二千匹近いゴブリンを一瞬にして殲滅したのだ。
あの方は、公爵領に降りた女神なのかもしれない。
そう思った騎士たちは少なくなく、公爵家の使用人ワルターから突撃の合図をもらった後、今までにないくらいに奮戦したのは言うまでもない。
その後、ゴブリンの首魁を探すべく、ダイタスは駆け回った。
それを倒さなければ何も終わらないからだ。
しかし、なんとなく予感があった。
ゴブリンの首魁、おそらく今回の場合ゴブリンジェネラルがいるのなら……奥様がやってしまうのではないだろうか。
そんな予感が。
そんなことを考えつつ拠点のゴブリンを殲滅しつつ走り回ると、とうとうダイタスはたどり着く。
そこには光が降り注いでいた。
太陽の光がスポットのように少しだけ高い丘を照らしており、その上で公爵夫人がゴブリンジェネラルの首を手に、血みどろの顔で微笑んでいるのを。
ダイタスはその瞬間、悟った。
「……あの方こそが、我が領の女神だ……!」
ダイタスは思わずその場で跪き、また共に彼女を見た騎士たちもそれに倣ったのだった。
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