第2話 状況把握
どれくらい奮闘しただろう。
かつて四度も経験した出産。
そのいずれの時よりも、やはり体力的にも気持ち的にも楽だったことは間違いない。
それでも、生命を生み出すという大業は簡単なものではなく、数時間は掛かったと思う。
ぽん、と最後の一押しでそれを産んだ時、あぁ、やっと……と思った。
産婆がその子を取り上げ、そして尻を叩くと、その子は「オギャア、オギャア」と、分かりやすく産声を上げた。
振り返れば、今までの私の人生の中で、この瞬間が、出産を終えた瞬間こそが、もっともやり切った、という思いに満ち満ちていたような気がする。
元々、お家大事だったことも影響しているのか、しかしそれでも誰にも否定されることのない正しい行為だったからか、すっきりとした思いで、子供を産んできた。
だからこそ、最終的に四人も産んでしまったのだろうが……後悔をしたことは一度もない。
今回もまた、一体どういう経緯でこうなっているのか全く理解しきれてはいないが、やはり後悔はなかった。
しっかりと産んでやれた。
そんな思いが、私の胸からこんこんと湧き出ていた。
「エレイン……! よくやったな! 我がファーレンス家、第一子……しかも長男の誕生だ! あぁ、もちろん、女の子でも良かったんだが、一門には意地悪婆さんもいるからな……それだけだよ……とにかく、本当によくやった……!」
寝台の横で、出産の最中ずっと私の手を握って力強く励まし続けてくれた青年が、私にそう言った。
彼が誰なのか、私に分からない訳はない。
ファーレンス公爵家にしか発現しない、《至高の銀》と呼ばれるわずかに青みがかった長い銀髪に、甘やかながらも厳しさと賢さを感じさせる瞳を持った、美しい男性。
彼こそが、このファーレンス公爵家の主人、ファーレンス公爵本人にして、私の夫でもあるクレマン・ファーレンスだ。
ただ、顔と名前はよく知っているにしても、そこに彼が立っているのはやはり不思議な感覚だった。
なぜなら彼は、私がリリーに殺されるよりも先に、処刑されているはずだから。
それなのに、確かにそこにいる。
しかも、あの頃よりもずっと若々しい姿で。
そう、若々しいのだ。
大体……二十歳前後だろうか。
それくらいの年齢だ。
その事実は、私が今置かれた状況を正しく推測させる。
つまり、私は……あの頃に戻っているのではないか?
クレマンが二十歳くらいで、私もまたそのくらいだった時代に……。
そうなると私がリリーの手にかかったのは、確か五十になるかならないか、という頃だったから、およそ三十年ほど時間が戻っていることになる。
そしてその頃といえば……まさに私が長男を出産した歳で間違いなかった。
私とクレマンが結婚したのが、どちらも十八の時、つまりは魔法学院を卒業してすぐだったから……辻褄は合う。合ってしまうのだ。
そしてそのことに気づいた私は、さらに恐ろしい事実に辿り着く。
つまり私は……今から三十年後に、リリーによって殺されてしまう……のだということに。
あの絶望を、もう一度繰り返すのか。
そのことを思うだけで、胸が張り裂けそうになる。
ただ、簡単な解決方法もまたすぐに思い浮かんだ。
端的な事実として私は、リリーの手によって殺された。
次女、つまりは四人目の子供の手によって。
だから、時間が巻き戻って、一人目の子供をやっと産んだ今のこの段階からなら……子供をこれ以上産まないことにすれば、そんな目に遭うことはないということになる。
たった今、長男は産んだのだから、もうこれ以上貴族の女としての義務はないのだと夫に強く主張し、修道院にそのまま引っ込むということも出来なくはない。
だから、もしも私が自分の命大事に振る舞うのなら、そうすべきで間違いなかった。
けれど……。
不思議なのだが、私にはそうする気が一切起こらなかった。
それどころか、子供はしっかり四人産まなければと……そういう使命感すら感じた。
あの子たちは確かに生まれるべくこの世に生まれた。
これから先の未来の話であるけれど、だからといってなかったことにしていいなんて、そんなはずはないのだ。
だから私がすべきは……彼らを産まないことではなく、私自身がリリーに殺されないようにしっかりと生きることだ。
できない話ではない、と思う。
実際に一度死に、すべてを後悔し、心を入れ替えようと決意した今の私であれば。
そもそもリリーが私を殺したのは、そしてこのファーレンス公爵家が滅びるところまで行ったのは、私が国家転覆までを計画し、そしてその計画が半ばまで成功しかけていたことにある。
最終的にはそれは失敗し、そしてリリーが責任を取らされる形で私の殺害に派遣されたのだろう。
だとすれば、私はそもそもそんな大犯罪など犯さなければいいのだ。
正しく子供達を慈しみ、しっかりと育てていけば、それで殺されないし、公爵家も滅ぼされるような結末にはならないはず。
問題があるとすれば、いわゆる《神の定め》とか《世界の運命》とか、そのように呼ばれる流れがあるらしい、ということだろうか。
魔術を学ぶ過程で教養として聞いた話に、それはある。
つまりは、世界の大まかな流れというのは神々や、世界が初めから決めており、そこから外れようとしても外れることは難しいのだと。
古い時代の大賢者が時空間魔術を使い、そのことを確かめたのだとも言われている。
そこからすると、私がリリーに殺される運命も、公爵家が滅びる運命も初めから定まっている、という可能性もあった。
もちろん、やることなすこと全てが定められているというわけではないだろうから、それらは神々や世界にとって些末なこととして変えることも可能かもしれないが……。
ただ、あまり油断すべきではないだろう。
それは起こる可能性がある、としてこれから行動していくべきだ。
そしてそうだとするならば、私がこれからしなければならないこととは……。
あぁ、これから実に忙しくなりそうだ、と思う。
しかしこのことを考えるのはそれほど辛いことでもなかった。
もう一度、嘘と暴虐に塗れた自分の人生を、その始まりの時点からやり直せるのだから。
今、二十歳の私。
その頃の私は、確かに不貞腐れた人間ではあったけれど、それでも、国家転覆など企むような性格ではなかったのだから……。
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