第19話 接敵
静かに近づいていくと、確かに主人を避難させるような動きをしているゴブリンの集団に辿り着く。
ノーマルゴブリンはほぼおらず、ゴブリンメイジやナイトが複数いる。
「……あら、珍しいわ」
私がふとそう漏らすと、ワルターが私に尋ねる。
「何がですかな?」
「一匹いいのが混じっているから。あれはゴブリン魔導剣士よ……」
「本当ですか? それは……ジェネラルより珍しいですな。行けますかな?」
「ワルター、貴方がジェネラルか魔導剣士のどちらかを抑えてくれるならね」
「ふむ……ジェネラルの方が対処しやすいかと。奥様はお一人で魔導剣士を?」
「ええ。早々に倒してジェネラルに向かうとするわ。倒してしまってもいいけれど?」
「無茶を言いますな……ですが、可能ならそう致しましょう。血が滾りますな」
同意を得られたようなので倒す方向でいくことに決まった。
しかしガストが、
「……おい、魔導剣士ってなんだ? 申し訳ないんだが、俺は聞いたことがねぇぞ」
「ゴブリンジェネラルは知ってるんでしょ?」
「そりゃ、昔から絵本とか寝るときにお袋から聞かされたりしてきたからな。だがそこまで細かいゴブリンの分類は……。メイジとナイトくらいしか。あとは、キングか」
「なるほど、確かにそれくらい知っておけば村の狩人なら十分でしょうしね。そもそも、街でも知らない人の方が多いかもしれないわ。ワルター、説明してあげられる?」
ワルターに振ったのは、彼がどれくらいのことを知っているか確認したかったからだ。
前の時よりずっと知識がある私であるが、この時代の知識がどのくらいのものかは結構記憶の彼方である。
確認しておけるときに確認しておこうと思った。
幸い、まだゴブリンたちは私たちに気付いていないし、どこか抜け道に向かっている様子だからそこも把握しておきたい。
「そうですな……ゴブリンはかなりの多様性を持つ、我々人間に似たところの多い魔物であることはご存知かと思います」
「あぁ」
「それは人間に追随するほど……職業の多様性もそうですな。彼らは人間とは違って個体進化を経ていくことにより職業につく訳ですが、魔導剣士もまたそのうちの一つです。そして魔物の進化段階を一次、二次、三次……と、魔物の危険度を表すランクとは別に学者が分けておりますが、魔導剣士は、ノーマルの一次、メイジやナイトなど二次、さらに上の魔剣士などの三次を超え、四次段階に至ったゴブリンに該当します」
「……それって、相当強いんじゃねぇか?」
「まぁ、相当なものでしょうな。危険度で言えばBランク。ゴブリンジェネラルと同等です。ゴブリンジェネラルもまた四次段階なのですが、別系統の進化だと言われておりますな」
「いやいや、流石に騎士を呼ぼうぜ。俺たちだけじゃあよ……」
ぶつぶつとそんなことを言う、引け腰気味のガストだが、私は言う。
「別にガストは無理に参加しなくても大丈夫よ。今みたいに身を隠しつつ観察してくれていてもいいから。危なそうだったら騎士を呼んでくる感じで構わないわ」
実際、ガストは村から参加した義勇兵であり、私や騎士たちのように命がけでゴブリンと戦うまでの義務はない。
私は公爵夫人として、騎士たちは騎士の義務として領民を命がけで守る義務があるが、ガストは守られる側なのだ。
だからできることをすでに可能な限りしてくれた以上、あとは私たちに任せてくれればそれでいい。
しかし、ガストはこうまで言われて黙っていられるほど肝の小さい男ではなかったようだ。
彼は低い声で言う。
「……馬鹿を言うなよ。公爵夫人様とその侍従が戦うっつってんのに、俺だけ逃げたら後で酒場で笑われるだろうが。俺もやるぜ……!」
「……本当にいいのね?」
「ああ……いや、しっかり補助魔術はかけてくれよ。後、遠距離から矢を射ってるだけで勘弁してくれ」
無茶はしない、と。
自分をよく知っているいい狩人の答えだろう。
「分かった。じゃあ、二人とも行くわよ。どうやら、あの先に逃げるみたいだし、追跡もここまでで十分ね」
見れば、先の方でゴブリンが丸太をつなげて作られた高い木の杭の間を力ずくで開いて開けようとしていた。
普通ならギッチリ詰まって無理だろうが、あそこだけ意図的にゆるく作ってあったようだ。
こういう時のためだろう。
グググ、としばらくして開いていく。
そこは大きな体躯を持つゴブリンジェネラルでも十分に通れるくらいの隙間だった。
このままでは逃してしまうため、私は呪文を唱える。
「……氷壁!」
比較的低位だが、使い勝手の良い魔術の一つである。
それでもってたった今開かれた木の杭の隙間を塞いだ。
するとゴブリンたちも私たちの存在に気づき、戦闘態勢をとる。
「待ってはやらねぇぜ!」
ガストが振り返ろうとするゴブリンたちに向かって矢を放つ。
比較的防御の甘いゴブリンメイジを狙っている辺り、狙いは適切だろう。
ナイト系は反射神経が鋭い。
試しにと一応何度か狙ってみたようだが、避けられるか剣で落とされてしまった。
「……この辺りが俺の限界みたいだな。あとはお前ら、頼むぜ」
そう言ってガストが下がると同時に、ワルターが突っ込んでいく。
さらにそれに合わせて私も魔術を放つ。
「……《氷の槍》!」
火や土ではないのは、折角塞いだ隙間を開かせないためだ。
火では溶けてしまうし、土でも砕いてしまう。
同属性の魔術なら、命中の瞬間に壁と同化させてしまうこともできる。
槍は数匹のナイトを貫き、絶命させることに成功する。
ただし、ゴブリン魔導剣士はしっかりと避けた。
目に宿る眼光は他のゴブリンたちよりも遥かに鋭く、一筋縄ではいかないことが察せられた。
また、氷の槍の間をすり抜けるようにワルターがゴブリンジェネラルの元へと一直線に駆けていった。
手に持った短刀を後ろ手に構え、そして地面を踏み切って攻撃を加えようとする。
しかし……。
ーーキィン!
という音と共にその一撃は防がれた。
見れば、ジェネラルの手には大鉈が握られている。
人の胴体ほどの平を持つ、巨剣だった。
けれど、ワルターは楽しそうに、
「……こちらも簡単には行きそうもないですな」
そう言って笑った。
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