第17話 拠点
「……ここ数日、ずっと監視しているが千匹は増えてるぜ。本当に大丈夫なのか……?」
森の茂みに隠れつつ、公爵家から支給された遠視用の魔導具を覗きながら、ガストがそう言った。
後ろには私とワルターがいる。
ガストが監視しているのは先日発見されたゴブリンの拠点であり、あれが本拠地であることも確認している。
発見したのは私ではなく、私の情報を元に周辺の村々の狩人と公爵家から先んじて派遣された斥候たちが探したのだ。
未来の研究を知るが故に、かなり細かくゴブリンの生態を理解している私の推測は役に立ったようで、かなり迅速に発見された。
まぁ、そもそも規模もこうして大きく、あると分かって探せば見つけるのはそう難しいことではなかった。
その後、騎士団が到着するまで時間があったため、監視として狩人たちが数人でローテーションを組んで残っていた。
そのうちの一人がガストで、数日間ここにいたわけだ。
「千匹……元々は五千はいることは想定済みだったから、六千程度ってことね。まぁ、誤差よ」
「千匹を誤差扱いすんなよな……騎士は何人来た?」
「全部で三百人ね」
「三百!? 六千に対して三百って……少なすぎねぇか? いくら相手がゴブリンだとは言え、一人で二十匹は騎士でも厳しいだろ」
「まぁ、それは否めないわ。ただファーレンス公爵領でも流石にすぐに投入できるのはそれくらいでね。もう少し時間があれば違ったのだけれど、これ以上増えるのを待っているとまずいの。それに……そのために私がここにいるのよ。ワルター、騎士たちは?」
「ご指示通り、あちらに隠れております。奥様の隠匿魔術のお陰で存在すらバレておりません」
ワルターが視線を向けた方向は、ゴブリンの拠点の後ろ側だ。
高い櫓に登ってそちらを見つめるゴブリンの斥候もいるのだが、目に入っておらず、きょろきょろと周囲を監視しているだけだ。
大抵のゴブリンは魔術に対して無力で、三百人程度であれば私一人でも十分にその存在を隠すだけの魔術がかけられる。
「三百人を隠すって……とんでもねぇな。そもそも俺にも見えねぇ……」
ガストが呆れたようにそう言った。
そもそもそこにいる、ということがわかっている上で、かつ魔術師としての技能をある程度持たないとこの距離では見抜くのは難しい。
魔導具があったり、騎士たちが大きく動けば話は別だが。
「もっと近づけば貴方でも見えるわよ……ともあれ、そろそろ始めないとね。じゃあ、いくわよ。騎士たちに合図を。そして、ワルターとガストも衝撃に備えてね」
「……魔術をぶつけるって話だったが……どれくらいのなんだか。まぁいい。やってくれ」
ガストがそう言っている中、ワルターも遠くの騎士に向けて手を振って合図を送った。
それらを確認した私は、魔力を練り込み、唱える。
「……大いなる炎精よ、土塊すら穿ち、溶かし、蒸発させるその力を我が命に従い、振るえ。高き空にて大釜の傾覆する様を見せよ……《崩炎隕滅》!」
唱えながら、リリーが大規模部隊の殲滅に好んで使っていたことを思い出す。
私にはリリーほどの魔力量はないのでその威力は異なるが、発動させることはできるし、コントロールについては私の方が上だ。
だからかなりの被害をゴブリンに与えられるはず……。
「……おいおいおい! 空から……隕石が……!?」
「……《崩炎隕滅》……古代魔術ですな。使える者がいるとは……!」
ガストとワルターが赤く輝く空を見つめながらそんなことを呟く。
私としても説明をしてあげたかったが、今は流石に無理だ。
使える、と言っても制御にはかなりの集中力を要する。
魔力も、これ一発でかなり減る。
失敗は出来ない……。
空から高速で落ちてくる極炎に包まれた巨大な岩の塊は、そしてゴブリンの拠点の直前で破裂し、降り注いだ。
轟音が鳴り響き、ゴブリンたちの悲鳴が辺りに轟く。
私たちや騎士たちには決して落ちないように制御しているが、
「うおっ!」
近くに巨大な欠片が落ちてきた。
……残念ながら、こういうこともある。
まだまだ精進が必要だな。
ギリギリ当たらないようになんとか出来たが、どうやらそちらに意識を割きすぎたようだ。
《崩炎隕滅》の砲弾、隕石の欠片達の制御が甘くなり、残りがゴブリンたちが少ないところに落ちてしまった。
全ての欠片が落ちたところで、ワルターの方を見てうなずくと、彼が騎士たちにさらに合図する。
騎士たちはそこから叫び声をあげ、ゴブリンの軍勢に対して威嚇しつつ向かっていった。
拠点は周囲を木の杭で覆われた軽い砦の様相を呈していたが、私の魔術によって杭の多くは崩れ落ち、どこからでも入り込めるようになっている。
「……三分の一くらいはいったかしら」
私が観察しつつそう言うと、ガストが頷いて、
「まぁ、そのくらいはやったな。一発で二千匹かよ。とんでもねぇな」
「……そうでもないわ。上手い人はあれで万を屠る。少し足りなかったわね……」
「あれだけ滅茶苦茶やってまだ満足しねぇのかよ……」
「魔術師の道は探究の道よ。満足なんて、永遠にないの。さて、そろそろ私たちも行かないと……あっ」
魔力を急激に減らしたため、足元が少し覚束なくなり、転びそうになる。
「おっと、失礼します、奥様」
しかしワルターがしっかりと素早く支えてくれたので、地面に顔から突っ込まずに済んだ。
「助かったわ……」
「いえ。それより、大丈夫でしょうか? ここから奥様も戦闘に参加されるつもりなのは承知しておりますが……」
「問題ないわ。少しふらついただけ。流石にあれだけ魔力を使うとね……でも、もう安定したから。本当に危険な時は、申し訳ないけど引くけれどね」
「それで構わないかと。騎士たちもこれだけ有利な状況に導いてくれた奥様を責めたりはしないでしょう」
「でも可能な限り粘りもするけれどね……さ、二人とも。やるわよ。補助魔術をかけておくわね。《身体強化・暁》」
私の詠唱とともに、二人の体に橙色の魔力光が満ちる。
見えないようにも出来るが、今はいいだろう。
「おぉ、これは……!」
「とんでもなく体が軽いんだが。これ、どれくらい続くんだ?」
「とりあえず一時間くらいよ。切れそうになったら徐々に効きが弱くなってくるからわかるわ。その時は言って。出来る限りこちらで管理してかけ直すけど、ど忘れする可能性もあるから」
「分かった。だが一時間……かかるのかねぇ?」
ガストが奮戦する騎士団の方向を見ながら言う。
この魔術は事前に彼らにもかけており、数が数なのでそうそう掛け直すのも難しいため、二時間は効果が持続するようにしてある。
「……まぁ、かからなかったらそれはそれでいいのよ。さぁ行くわよ!」
「はっ」
「おう、これなら俺でもいくらでも戦えそうだぜ!」
そして私たちは拠点へと突っ込んでいく。
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