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第159話 エターナの街を楽しむ

本日三話目です。

「……しかし、楽しむと言ってもどこに」


 困惑した様子のサロモンに私は言う。


「まぁとにかく付いてきなさい。私がいろいろ教えてあげるから」


「えっ……?」


 そして、彼を連れて私は街を歩き出す。

 ちなみに、護衛の近衛騎士たちは連れてきていない。

 そもそも戦闘力という部分で、私やサロモンがそう簡単にどうこうなるとは考えにくいというのが一つ。

 そして、このエターナに到着するまでに、彼らはかなりの疲労を溜めているというのが一つ。

 さらに、これから行く場所については近衛騎士を連れて行くのは少しばかり具合が悪い、というのもあった。

 その場所とは……。


「ここは……カジノですか」


「ええ、そうね」


「入る前に服を着替えろというからどういうことかと思えば……ある意味納得ですが、大丈夫なのですか? いえ、資金力については全く心配していないのですが、大量のお金をスってしまって流石に問題があるのでは……」


 そう言ったサロモンは、タキシードを身に纏った中々見栄えのする格好をしていた。

 と言っても、顔が分かってしまうと問題なので、簡単な仮面をしている。

 これはカジノなどに入るときには割とよくあることで、私たち以外にも周囲の人間は仮面をつけている者はそれなりにいた。

 ちなみに、私もまた着替えていて、そこそこ目立つドレスである。

 色は真っ赤だが、カジノの中ではむしろ周囲の煌びやかな格好をする人々と同化して目立たない。

 むしろこのような場所において、丈夫な麻の服などを着ている方が目立ってしまうだろう。

 思い切りが大事なのだった。

 私はそんなことを考えながら、サロモンに答える。


「問題ないと思うわよ? カジノなら、何度も行ったことがあるからね……」


「え?」


 サロモンは大きく首を傾げる。

 当然の話だろう。

 少なくとも、今回の人生においてカジノに行ったことなどないからだ。

 しかし一度目の時にはかなり行った。

 というか、自ら経営しているところも結構あったくらいだ。

 全て私が儲かるようにいろいろと工夫していたので、極めて悪どいカジノしかなかったわけだが、その時の経験が今回生きるだろう。


「とにかく、まずはコイン交換ね。それから何か賭けましょう。貴方は別々にやってみる?」


 慣れた様子でそんなことを言う私に、サロモンの方は目を白黒させているが、最後には腹を括ったらしい。


「……いえ。私は遠慮しておきます。それよりも、エ……貴女様の手腕を見ている方が、よほど面白い経験になりそうですから」


 この場で名前を言うことは良くない、と考えたらしい。

 私も頷いて、


「分かったわ……じゃあ行くわよ」


 ◆◆◆◆◆


「……プレイスユアベット」


 緊張した様子のディーラーの声が聞こえた。

 見れば、彼の顔は今、かなり青くなっていた。

 指先も震えている。

 その理由は割とはっきりしていて、彼の目は明らかに私が次に取る行動に注目していた。


「……赤の23に全額」


 と、言って私がチップ全てをずい、と、そこに押し出すと、悲鳴のような呼吸音がディーラーの喉から漏れる。

 周囲には、この賭けを見物するように観客が集まっていて、彼らからは歓声のような声が聞こえた。

 それからディーラーは、


「スピニングアップ」


 の声と共に、ボールをルーレットに投げ入れる。

 ルーレットのウィールの中を、クルクルと回る小さなボール。

 ルーレットの機構の中に、私は僅かな魔力の蠢きを感じ、それを誰にも気づかれないように遮断する。

 加えて、小さな悪戯もして……と。


「……ノーモアベット」


 ディーラーが怯えたようにそう言うと、全員の視線がルーレットのボールの行方に釘付けになった。

 ここまでで、私はかなりの金額を賭け、勝ってきている。

 その全てを、私はたった今、一つの数字に賭けたのだ。

 先ほどまでは配当倍率の低い賭け方しかしていなかったが、最後の最後に一つの番号のみ……ストレートアップで賭けた。

 これは当たれば36倍になる。

 流石にこれだけでカジノ自体が傾く、とは思えないが、しかし相当な損害が出ることは間違いない金額になるだろう。

 そしてボールはゆっくりと数字の元へと落ちていき……。


「……赤の23だ!!」


 と、誰かが叫んだ。

 私が賭けた数字も正しくそれで、ディーラーの顔からは完全に血の気がひいている。

 しかし、配当されたあと、私はそれで得たチップを全て貰い、サロモンに回収させて立ち上がる。


「お、奥様! もう一度お賭けになってはいかがですか……!?」


 必死な様子でディーラーはそう言ったが、


「いえ、ルーレットは飽きたの。次は他のにしたいわ。良さそうなのがなかったら、換金して帰るかも」


 と私が言うと、慌てた様子で近くの店員に何か耳打ちをし始めた。

 私に対しては、


「失礼しました……どうぞ、お楽しみを……」


 と頭を下げる。

 ここで文句を言わないだけの礼儀はあるのだな、と少し感心し、私は、


「ええ、ありがとう」


 そう言って、カジノの中を再度歩き始めたのだった。


 ◆◆◆◆◆


「いくらなんでも悪質過ぎませんか?」


 サロモンが呆れた様子で私にそう言った。

 彼が持っているカゴには大量のチップが入っている。

 私が稼ぎ出したものだ。


「別にそんなことないと思うけど。ルール通りにギャンブルをしているだけじゃない?」


「……一見そうは見えますが、さっきのルーレットにしても、その前のカードにしても……大きな声では言えませんが、思い切りイカサマではありませんか……」


 サロモンは有能な魔術師であるから、この会話は私の耳にしか届かないように魔術を使ってしている。

 だからこんな会話もできるのだった。

 そして同じものは私も使える。


「確かにそうだけど、イカサマをしてるのは私じゃなくてむしろあちらよ? さっきのルーレット見たでしょ。客が賭けた後に、あのディーラー側の装置でボールの落ちる場所を操作してるんだもの。公平じゃないわ」


「貴女様のしてることも公平ではないのでは……」


「いいえ? 向こうも私もイカサマをしているのだから、お互いにどっちの力量が上か勝負しているに過ぎないわ。つまり、公平なのよ」


「……屁理屈のようにも思えますが、一応それなりに正しい気もしますね。まぁ、カジノであくどく稼いでいるのは向こうも同じと言われればそうでしょうし、そこまで咎める話ではないのかもしれません。ですけど、いいのですか?」


「何がよ?」


「こんなやり方をしていると、目をつけられるのでは……」


 少し心配した様子のサロモンがそう言ったが、私はそんな彼にニヤリと笑って応える。


「構わないわ」


 それでサロモンも納得したようだ。


「なるほど、そのためにこんなことを……相変わらず、物騒な方ですね」


「それほどでもないわ……ん?」


 そんな話をしながら歩いていると、


「ちょ、ちょっと待って!? わたくしをどこに連れて行こうと言うのかしら!? まだまだ帰るつもりはありませんのよ!? お金? お金は貸してくださいまし……ほら、さっきも貸してくれたではありませんの! もう一度! もう一度だけ賭けさせて!」


 そんな声が聞こえてくる。

 妖艶で色気の感じられる若い声だが、言っている内容はかなりのダメ人間に思えた。

 声の方向に視線を向けると……。


「あ、あらっ? そこのご婦人! ちょうどいいところに! そのカゴの中身……もしや全てチップですの!? でしたら、私に少しばかりお恵みくださいませんこと? 十倍にしてお返しすることを誓いますわよ!」


 と、私を見つけて行ってきた。

 目ざとくサロモンの持っているカゴにも気づいたらしい。


「……どうされるのですか? おかしな人と目を合わせてしまって……」


 サロモンが責めるようにそう言ってくるが、私は、


「……まぁ、これも何かの縁かもしれないわ。ちょっと話してみましょう」


 そう言って近づいた。


「……奥様、ご迷惑を。こいつについてはこれから引っ張っていきますので、気にせず楽しまれてください」


 カジノの店員……主に暴力的なことを担当しているのだろう、筋骨隆々の用心棒らしき男が私にそう言ってくる。

 意外にも好意的な視線で、


「あら、私このまま帰るかもしれないけれど、いいのかしら」


 と尋ねてみると、彼は言う。


「まぁ、俺が言えたことじゃないですけど、真っ当に稼いだんならいいと思いますよ。ボスがなんて言うかまでは保証できませんが……こいつみたいに店に借金しまくってるやつよりはよっぽどマシですしね」


「損害を与えてると言う意味では変わらない気もするけどね。ねぇ、その娘、離してくれない?」


「え? ですがこいつ、もう一銭も金がないんで、体で賠償してもらうとこなんですが」


「それはひどいですわ! 罪ですわ! 奴隷売買ですわー!」


 騒ぎ出した女に、店員が、


「労働に使うのは別に奴隷売買でもなんでもねぇよ。ただ、金を返し終わるまでは住む場所も働く時間も給料も全部こっちで管理するだけだ」


 と言う。

 まぁ、奴隷と変わらないな……。

 それを可哀想と思ったわけではないのだけど、私は言った。


「その子の借金は私が補填するわよ。ほら、これくらいでいい?」


 そう言って、チップをカゴから大雑把に取り出して渡すと、


「えぇ? いいんですかい。十分ですけど……店も多少は損害を取り戻せますし、有難いですが……」


「いいのよ。代わりに後で、ボスとやらと話せたら話したいのだけど、出来るかしら?」


「……なるほど。可能ですよ。ですがその場合は……」


 チラリ、とチップの方に視線を向ける。

 全部没収される可能性は考えておけということだろう。


「その時はその時だから」


「なるほど、全部飲み込んでると。承知しました。ええと、お名前はどうします?」


「えーっと……まぁいいか。エレインで」


「承知しました、エレイン様。では、後ほど」


 そう言って男は去っていった。

 そしてその場に残されたのは、私とサロモン、そして先ほどの娘だ。

 娘、と言っても少女というより、二十歳くらいのそれなりの年齢の女だが、一度五十歳以上になっている私からすると、このくらいの年齢はまだまだ娘、の範疇である。


「た、助かった! 助かりましたわー! ありがとうございますぅ!」


 と、縋り付くように言ってくる娘に、私は呆れて、


「……いいわよ。それより向こうで少し話さない? 私も少し時間があるみたいだから」


「あっ、分かりましたわ! チップも貸してくださるんですわよね!?」


「……借りるつもりがまだあるのね……その図太さ、むしろ感心したわ。いいじゃない。貸しましょう」


「やりましたわ……!」

 

 ◆◆◆◆◆


「……サラドナ、ね」


 娘に名前を聞くと、彼女はそう答えた。

 特に聞き覚えのある名前ではなく、一度目の人生の時の知り合いの中にはどうやらいなさそうだな、と思った私である。


「ええ、そうですわ。貴女のお名前は……」


「さっき聞いていたと思うけど、エレインよ」


 隠そうかと思ったが、もう無駄だろう。

 ただ、そもそもエレインという名前自体は無難というか、よくいる名前だ。

 他の国々では、貴族に使うような名前は貴族以外使ってはならないとかそういう決まりがあるところもあるが、イストワードにはそのような決まりはない。

 普通に平民も使っている名前だし、割と広い範囲で使われている名前でもある。

 だから、サラドナは特に何も不審そうな表情はせず、


「さっき名乗ったのは本名でしたのね……それで、そちらの方は?」


「私のことはお気になさらず。奥様の影ですので」


 サロモンはそう言って名乗らなかった。

 彼の名前はエルフ特有のものだから、名乗ると面倒になると考えてのことだろう。

 しかしサラドナは感心したように、


「……高貴な方なんですのね?」


「いえ、大したものではないわ」


「またまた、随分とご謙遜を……それにギャンブルの腕もすごいですわ! カードもルーレットも全て負けなし! どうやっているのか見当もつきませんでしたわ。私も勝てそうな気がしてたくさん賭けてしまいましたけど……全部負けてしまいまして」


 どうやら、彼女の無茶な賭け方は私の責任もあったらしい。

 店に対してなんだか申し訳ない気がした。


「また随分な無茶をしたのね……そもそも、サラドナ。貴女、この国の人間じゃないでしょう? どうして獣王国に?」


「あら、分かりますの?」


「それはね。獣人族でないことは一目瞭然だし。この国の国民のほとんどは獣人族だわ」


 そう言うと、彼女は納得したように頷いから、言う。


「なるほど、そうですわね……。獣王国に来た理由なんですけれど、簡単ですわね。観光ですわ。それと、連れが闘技大会に出たいというものですから、その付き添いというか」


「連れが?」


「ええ。仕事仲間なんですけど、まぁ武術好きというか武術バカというか……いえ、あの人のことはいいですわ。それより、エレインはどうしてこの国に? さっきの論理からすると、貴女もこの国の人間では……」


「ないわね。私の目的は、第一にただの旅なのだけれど……」


 嘘ではない。

 この国を通って、《聖浄の森》まで行く旅の途中だ。

 しかしこれにサラドナは首を傾げて尋ねてくる。


「ただの旅の途中でカジノで大騒ぎを?」


 どうも鋭いところもあるようだ。

 けれどこれについては詳しく説明するわけにもいかないので、私は首を横に振って言う。


「大騒ぎは起こすつもりはなかったのだけれどね。ギャンブルが好きなのよ。どうせ賭けるのであれば、大勝ちしたいタイプなの。その結果が、その大騒ぎ、だったのだけれど」


「大勝ちしたい、ですか……それは良いですわね! 私も同感ですわ! でも、悲しいくらいに負けてしまいましたけれど」


「負けは私が補填してあげたのだから、プラスマイナスゼロでしょう。これに懲りたら、もうギャンブルはやめた方がいいんじゃない? 次も大負けするわよ」


「うーん……でも、私もギャンブルは好きな方なので……そうですわね、次の賭けを最後にしようかしら」


「今夜最後の賭け? だったら私も資金を貸し付けるわよ」


「ええ? いいんですの? 負けたら返せませんわよ?」


「勝ったら返してくれればいいわ。負けたら……そうね。いずれ体で返してもらうということで」


「エレイン……まぁ貴女に返すのなら、いいかもしれませんわね。じゃあ、幾許か資金をお貸付くださいませ、エレイン様」


 仰々しい仕草でそう言ってきたので、私は笑って、


「どうぞ」


 そう言って、彼女にチップを貸し渡す。

 するとサラドナは、


「ありがたくいただきますわ! では、私、賭けてきますので……エレインの方も、向こうの準備が整ったようですし。では!」


 そう言って去っていった。

 向こうの用事、とは何かと言えば、それは振り返れば分かることだ。

 そこには先ほどの店員が立っていて、


「エレイン様、どうぞこちらへ」


 と言ってきた。

 サラドナは、彼のやってくる気配を察知して、ちょうどよく引いたわけだ。

 ……分かってはいたけど、只者ではないだろう。

 そうは思ったが、今日問題にすべきことではない。

 私は、


「ええ、じゃあ案内をお願い」


 そう言って店員に着いて行ったのだった。


 ◆◆◆◆◆


「……って訳で、俺がこのカジノのボスの、トレッド・タルカだ。あんたは……エレイン・ファーレンス?」


 と、私たちをここまで案内してきた店員その人が、どっかりと部屋の奥にある座り心地の良さそうな椅子に腰掛けてから言った。

 これは少しばかり予想外で、驚く。

 そんな私を見て、トレッドは、ククッ、と笑い、言った。


「どうやら少しくらいは驚かせることが出来たみたいだな……あんたが店に来て、驚かされっぱなしなのはこっちの方だって言うのによ」


「道理であれだけ荒稼ぎしても咎められることがなかったわけね。貴方のような人がここのボスなんだから。もしかして、私がそのまま帰っても特に呼び出すつもりもなかった?」


「まぁ、そうだな。あんたは自分の力でしっかり稼いだ。それに文句なんてつけられるわけねぇだろ?」


「自分の力で、ね……。店のイカサマが悉く通じなかったことは? 何もないの?」


 それが分かっていたなら、普通は文句をつけるだろうと思っての言葉だった。

 けれどトレッドは何も動じることなく答える。


「あんたがなんとかしたんだろ。魔導具の類は壊れてないことはすでに確認してるが……後学のため、どうやったか教えてくれてもいいんだぜ?」


「そこまで理解していて、自分の力でと言ってくれるの?」


「あんたはリスクを取って、イカサマをした。その方法は俺たちにも分からないことだ。だから文句のつけようがねぇ。そしてあんたは賭けに勝った。ギャンブルってのはつまりそう言うもんだろうが」


 思った以上に器の大きい人物らしい、とそれで理解する。

 会えてよかったとも。


「変わった人ね……でも、面白いわ。この獣王国にはそれほど注目してなかったのだけれど、面白いものが色々あるのね……」


「そうか? まぁいいところだとは思うぜ。だから俺も居着いてる。で、そんな俺にあんたは何か用があると……」


 トレッドは獣王国にあって、意外にも普人族である。

 だから流れ者というか、元々の国民ではないからこそ、居着いていると言っているのだろう。

 私はそれについては触れずに、言う。


「そうなのよ。貴方、エターナでも最大のカジノを構えているのだから、闘技大会の運営にも一枚噛んでるでしょう?」


 そう、私が聞きたいことはそれだった。

 大体、大規模な興行というのは、元々得意な人間が任されるのが普通だ。

 イストワードでも何かの祭りや、闘技大会のような催し物がされるときは、普段からそういうのに慣れている商人が関わることが少なくない。

 獣王国において、そういったことに最も関わっていそうなのが、カジノ関係の運営のように私には感じられたので、こうして話を聞きに来たのだ。

 まぁ私は別に獣王国に詳しい訳でもないので、間違っている可能性もあったが、そのときはそのときだ。

 単純にギャンブルを楽しんで帰ればいいかと思っていた。

 それくらいの感覚だった。

 しかし、トレッドはそうは捉えなかったようで、感心したように言った。


「なるほどな……元々、そのつもりでここに来たわけか。それであの稼ぎ様……あんたも変な女だな。大国の公爵夫人にはとてもじゃないが見えねぇ」


「そういえば、それを貴方は知っているのね」


 最初に名前を呼んだ時点で、それをすでにトレッドが知っていることには気づいていた。

 けれどどのタイミングで分かったのか。

 これにトレッドは言う。


「まぁ、うちの組織には、王宮に入り込んでる奴もいるからな。エレイン・ファーレンスがやってきたという話はすでに聞いていたよ。それでまぁ、軽い監視くらいはしていたからな」


「どうして? 私、獣王国とはあまり関係がないのだけど」


 わざわざ監視するような理由が思い浮かばなかった。

 結果的に見れば、カジノに大きな損害を与えかねない行動をしてはいるが、これはただの思いつきに近い。

 元々はただこの国を通り過ぎて終わり。

 それだけの予定だったのだ。

 それなのに。

 これにトレッドは言う。


「そんなに深い理由はねぇが、あんた、魔導具製作者として有名だろう? 俺はカジノ経営もしてるが、他にも魔導具店も持っててな。だが、イストワードと比べて、南方国家の魔導具技術は低い。色々とアドバイスを貰えねぇかと思って、声をかけるタイミングを探してたんだよ」


 ……非常に真っ当な理由だった。

 本当かどうかは分からないが、嘘を言っているような目ではない。


「……本気で言っているのなら、それなりのアドバイスくらいはしてもいいわよ? ただし……」


 続きを言う前に、トレッドがその先を予測して言う。


「何か条件をつけたいのか? 出来る限りは聞くが、やばい話なら乗らないぞ」


 これは意外な台詞だった。

 かなり後ろ暗いこともたくさんやってきただろうと思うからだ。

 それについて私は指摘する。


「王都に巣食う、闇組織なのに?」


 しかしトレッドは首を横に振って言った。


「あんたが俺たちをどう思ったのかは分からないが、そこまで物騒な組織じゃねぇぞ。まぁ、確かに少しくらいは後ろ暗いこともやるが、無闇矢鱈に手を出したりはしない。必要悪だな……公爵夫人に理解できるかどうかは知らねぇが」


 これは蝶よ花よと扱われてきた公爵夫人如きが分かるのか、という言葉だろう。

 だけど私にはむしろ身近な話であった。

 だから答える。


「ふぅん……まぁ、分かったわ」


 そういうことなら、むしろ私にはよく理解できると。

 私も、一度目の時は色々やったが、その中には慈善事業じみたことも結構あった。

 それらは私の悪行を覆い隠すためのものでもあったが、多少なりとも良心の呵責からやっていたところもあった。

 そしてそういった事業の中には、仕事のないスラムの少年少女を雇ったり、救貧院の経営をしたり、などといったものもあり、それらは少なからず感謝された。

 そういう経験をいくつも重ねてきた私からすれば、必要悪、と言える程度の悪行によって、それなりの商売をしているというのならまぁまだ真っ当なものだと思えた。

 一度目の私は真っ黒だったから。

 必要悪どころか必要以上に悪だったから。

 そう思っている私に、トレッドは驚いた表情で、


「……まさか本当に納得するとは。マジで普通の公爵夫人じゃねぇってわけか……これから何を言われるか、怖いぜ」


 そんなことを言う。

 しかし私はそこまでの無茶を言うつもりなど、初めからない。


「別に闘技大会の出場者全員を出場不可にしろとか、そんなこと言うつもりはないからね?」


 多分そんなことを予測しているのだろうと思って、先に否定しておく。

 するとトレッドは、意外なことを言われたという顔で言う。


「お、助かるが……他に俺らが出来ることってなんだ?」


「いえ、どんな出場者がいるのか、情報をもらいたいだけよ」


「……それだけ?」


「ええ、それだけ」


 これにはあっけに取られたような表情をしたトレッドだった。


「あんた……それでこんな騒ぎをカジノで起こしたのか……実は馬鹿なのか?」


「聞き捨てならないわね。別に私も他に方法を考えなかったわけじゃないわよ。酒場で聞くとかその辺の人を捕まえて情報を集めるとかね。でも……面倒くさいじゃない? それなら、最初から全部知ってる詳しい人に聞くのが早いと思って。ついでにカジノも普通に楽しみたかったの。母国じゃ中々出来ないからね……」


「実際にとった行動はとんでもないことばかりだが、理に適ってはいるか……まぁ、いい。話してやるよ。といっても本当に普通の情報しかねぇぞ?」


「いいわよ、教えて」


「あぁ、まずは……」


 ◆◆◆◆


「まぁ、こんなところだな。あとは最後の一人なんだが、これについては国王が決める枠だからな。俺には分からない。まぁ、賭けるなら知っておきたいところだろうが、流石に俺にも国王の心のうちまではそうそう簡単に調べられねぇから……」


 とトレッドが言ってきた。

 これには少し意外に思う。

 すんなりと話が進むから、てっきり私が出場することは知っているかと思っていたのだが、どうやら知らないらしい。

 まぁ、昨日今日決まったことだし、流石に知らないか。

 国王も急に私に提案してきたことだし、まだ周囲にも伝えていないのかもしれない。

 私はトレッドに言う。


「それについては心配ないわよ。その枠に入るのは私だから」


 それを聞いたトレッドはなるほどという感じで頷いて、


「へぇ、なるほどねぇ。あんたが出るのか……へぇ……はぁ!? あんたが!? 闘技大会に!?」


 と、途中で目を見開いた。

 意外な反応だ。


「そうだけど……何かおかしい?」


「いやいやいや! 極め付けにおかしいだろうが! あんた公爵夫人だろ。それが一体なんだって闘技大会に……この大会は遊びじゃねぇんだぞ。普通に死人も出るガチンコの戦いだ。それを公爵夫人が……」


「まぁ一般論から言えばそうかもしれないけれど、貴女は私の話を酒場で聞いていないの?」


「あ?」


「酒場で吟遊詩人が歌ってるらしいのだけど……」


「ん? 吟遊詩人……まさか、あれか。竜を退けた公爵夫人って……」


「具体的な名前は出てないのかしら? 私の歌らしいわよ」


 意外に吟遊詩人は私の名前については歌わないでくれたのだろうか。

 しかし羊角の官吏は、はっきりと私の名前は知っていたが……今はまだ、私の名前は広まっていない、とはそういうことだったのだろうか。

 いずれそれが私のことだと、バレる日が来るだろうと。

 歌自体はみんなもうすでに聞いたのかもしれないが、まだそこに留まっているのか。


「てっきりただの創作かと……話としちゃ面白いから何度も歌われてたが、あんたの話だったのか……全部事実なのか?」


「私は聞いてないから、どんな風に語られているのか知らないわよ」


「ええと、竜の魔術を防ぎ切ったとか、崩壊した街を駆け回って聖女と呼ばれたとか……」


「その辺りは本当ね」


「マジか……まぁ、そういうことなら、闘技大会に出場しても酷いことにはならないか。流石に竜より強いやつは出てねぇだろ。ゼッドは中々の強さだが、竜とじゃ相手にならない。純粋に物理で一発で負ける。魔術も使えねぇしな」


「もしゼッドと当たったら、その辺りを考えて戦うことにするわ」


「それがいいだろうよ……っていうか、あんたは賭けはしないってことでいいのか? 闘技大会は賭けが行われてるから、てっきりあんたはそっちで参加するつもりだと思ってたぜ」


「まぁ、出場者は賭けられないらしいから……」


 私は賭けないが、サロモンに賭けてもらうつもりではあるが、それは言わなくてもいいだろう。

 トレッドは頷いて、


「そうかよ……じゃあ、俺が賭けちまうか。あんた、優勝できる自信はあるのか?」


「どうかしら。貴方から聞いた限りの情報だと、負けはしないと思うけれど……今回初出場の人間も何人かいるって言ってたじゃない。その人たちの実力次第ね」


「初出場勢は毎年、大したことねぇからな。一人だけ他国から来た奴がいるから、そいつは要注意かもしれねぇが、聞いたことのない名前だ」


「なら、それなりに自信はあると言っておくわ」


「……よし。俺はあんたに賭ける。頑張ってくれよ」


「そうするわ……で、一応聞いておくけど、今日カジノで勝った分は……」


「いいさ、持ってけよ。その代わりと言っちゃなんだが、闘技大会頑張ってくれ。そこで取り返すわ」


「分かったわ」


 ◆◆◆◆◆


「……おう、戻ったか。サラドナ」


 エレインがトレッドと話をしている頃、先ほどエレインと知り合ったサラドナはすでにカジノを後にしていた。

 そして、連れが待っている酒場にやってきた。

 そこには筋骨隆々の男がいて、静かに酒を飲んでいた。

 随分と大きな体をしているのに、なぜか周囲に完全に馴染んでいて、威圧感を与えない。

 不思議な男だった。

 そんな男に、サラドナは言う。


「ジャック! カジノで所持金全額スってしまいましたわ……私、ショックですの」


「だから言っただろう。お前にギャンブルなんて向いてないと。そもそもそんなことをするためにこの国に来たわけじゃねぇだろうが」


 呆れた表情の男に、サラドナは言い募る。


「だって、せっかく来たからには楽しみたいじゃないですの。それに、もしもあれで私に突っかかってくれれば、正当防衛も出来ましたのに」


「お前……初めからそれが目的か。しかしそれにしては血の匂いがしないな? なんだ、珍しく諦めて帰ってきたのか。お前にしては意外だな……」


「違いますわ。親切な方がいて、私の借金を全額払ってくれましたの。だから揉め事も起こらずにカジノから帰してもらえまして」


「……そりゃ、命拾いしたもんだな」


「そうですわよね、命からがら、帰ってまいりました」


「お前じゃねぇよ。カジノの店員と客が、だよ」


 サラドナの軽い様子に、ため息をついた男の名は、ジャック。

 ジャック・スレイバールという。

 この名前を聞けば、ここにいる人間は震え上がることだろう。

 なぜなら、彼こそが当代一流の剣士、剣神と言われる男であるからだ。

 単身で一軍に匹敵する武力を持ち、大魔術すらその剣のみで切り落とすと謳われる伝説的な傭兵でもある。

 そんな彼が連れている女であるサラドナも普通の人間であるはずがなかった。

 そう、サラドナは、そもそも人間ではない。

 今、サラドナの周りには妖気と言ってもいいほどの、濃密な魔力が満ちていた。

 魔人族特有の力だ。

 それに呼応するように、彼女が自らにかけた擬態の魔術が解けかかり、その口元に鋭い犬歯が覗き始める。

 それを確認したジャックは、


「……おい、剥がれかけてるぞ」


 とツッコミを入れた。

 するとサラドナは、ハッとして、


「……いけませんわ。つい……血を吸い損ねたことを思うとどうしても、ね……」


 と言う。

 これにジャックは首を横に振って言った。


「種族的な衝動は理解するが、抑えろ。それで、少しは調べられたのか?」


「何がですの?」


 能天気に見える顔で返答するサラドナに、ジャックの空気がふっと変わり、


「……お前、巫山戯てるのか?」


 と静かに言う。

 軽い殺気だった。

 けれど、サラドナは息を呑む。

 これだ、これがこの男の本性だ、と知っているからだ。

 周囲に気づかれず、ただサラドナにのみ分かる細くて鋭い殺気を一瞬で向けられる技量。

 そして言葉を間違えれば、今は仲間であるはずのサラドナすら、首を落とそうとしかねないその凶暴性。

 これこそが、この男を仲間に引き入れた理由だった。

 だからサラドナは、口を開く。


「……申し訳ないことでしたわ。少し、冗談が過ぎました」


「……ならいい」


 謝るとすぐに殺気を収めるあたり、誰彼構わず殺しにかかるような狂犬でもないのが、いいところだとサラドナは思った。

 そして言う。


「それでさっきの話ですけど、まだ大したことは分かりませんわね。正直、《聖浄の森》の場所など、そう簡単に調べられることではありませんから。獣王国の王家がエルフたちと盟約を結んでいることは、はっきりしているのですが、その程度ですわね」


「残念なことだ……まず場所がわからなければ動きようがない」


「いいじゃないですか。ジャックはまず、闘技大会に出るのでしょう? 戦いを楽しめば」


「俺を満足させられるような使い手がいるかどうかがな……」


「この国の騎士団長は大したものらしいではありませんか。それに、優勝すれば国王と戦うことも出来ると」


「そうだな……その辺りには期待している」


「予選はもう?」


「あぁ、本戦に出場出来るだけの勝ち点は稼いだ。もう期日を待つだけだ。しかしお前も出ればよかっただろうに」


「私は真正面から戦いたいわけではありませんので。影に潜むのが、私の種族のいつものやり方、ですもの」


「それではあまり面白くないように思うんだがな」


「見解の違いですわ……闘技大会は賭けの方を楽しむからいいのです。ジャック、貴方に全額行きますわよ!」


「……ギャンブルの弱いお前に賭けられるのは、負けると言われているようで若干不安だな……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 3行目 「まぁとにかく着いてきなさい。私がいろいろ教えてあげるから」 「着く」は基本的に場所や物で使いますので付き人といいますし、付くが妥当です。 誤字報告上げとくですね。
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