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第156話 アグッハでの一悶着

本日五話目です。

ちょっと分量が多くなってしまって申し訳ないです。

今日はここまで。

明日も四話くらい更新して、今年の更新はとりあえずおしまいということになります。

来年は三が日が明けたら書けたらなぁと思っていますが、気長に読んでいただけると幸いです。どうぞよろしくお願いします。

「……そろそろ最初の宿場町に到着します。ご準備を」


 馬車の外からそんな風に声をかけられた。

 声の主は、近衛騎士隊の隊長である、エヴァンだ。

 アグッハ王国を突っ切るに辺り、流石に一日でというのは不可能だ。

 国土がさほど広くないのはその通りなのだが、五日程度はかかるというのが当初からの予定だ。

 途中、いくつかの宿場町や村、それに都市などがあるので、そこで宿を取りつつ南下していくことになる。


「……ねぇ、エレインさま! この魔導具は?」


「これは……なるほど。確かに故障しているわね。基盤の魔法陣の一部が焼き切れて消えてしまっているわ。相当酷使されたのかしら……」


「五十年前から使ってたんだって!」


「それを聞いて納得よ。むしろよく保ったものだわ。その間全く調整されないで問題なく使ってこられたとは……製作者の腕が良かったのね」


 小さな子供に囲まれながら、私は手渡された魔導具を分解して内部を調べていた。

 ここは、一つ目の宿場町であり、そこにある広場の一角である。

 なんでこんなところにいるかといえばその理由は簡単で、宿を取った後、気晴らしに街を歩くことにしたのだが、その際に子供たちが集まっている一角を見つけて何が行われているのかと見物したことに端を発する。


 そこでは、子供たちがガラクタを地面に並べて自慢しあっており、何が楽しいのだろうと、イストワードでは見たことのない遊びだなと思って興味深く覗いてしまった。

 けれど、しばらくの間、子供たちの話を聞いていると、そこにあるのはただのガラクタなのではなく、古い魔導具であることが判明する。

 彼らはそれを町のどこかから探してきて、自分のものとし、そしてコレクションして自慢しあったり交換したりしているらしかった。

 魔導具などは、たとえ故障していたとしてもそれなりの価値があるものだ。

 何せ、修理すれば使えるのだから。

 そう思った私は、アグッハの商人とかが引き取ったりしないのかと尋ねてみた。

 しかし、それに対する答えは、そんなことはまず、ないということだった。

 これは意外なことだった。

 曰く、アグッハでは故障した魔導具を修理出来る技術者なんてほぼいないらしい。

 そんな馬鹿な、と思ったが、子供たちの持っている魔導具を参考にいくつか見せてもらって、その理由を理解した。

 いずれも、よく見るとかなり高度な構造をした魔導具ばかりで、それなりの腕を持っていなければ直すことなど不可能なものばかりだったからだ。

 アグッハにはそこまでの腕を持つ職人というのはほぼいないのだろう。


 けれど、このままこれらの魔導具をガラクタのまま放置するのも勿体無いだろう、と私は思った。

 私もまた、《魔術盾》などを作り出した、魔導具職人の端くれである。

 たとえ故障したとしても、修理すれば使えるものが朽ちていくのは見過ごせなかった。

 そこから、私はそれらの魔導具を一つずつ、丁寧に調べて修理していった。

 直っていく魔導具を見て、子供たちは喜び、そして直るたびにいくつもの壊れた魔導具を持ってきた。

 中には流石にもう直せないな、というものもあったが、そういう場合は外装だけ綺麗にさせてもらった。

 その方が、コレクションとしての価値もあるだろうし。

 もちろん、これらの作業は全て、無償で行なった。

 子供たちに金など払えるはずもないと分かっていたので、問題はなかった。

 ちなみに、高度な魔導具など修理して与えてしまって、危険ではないか、という心配については必要のないものだ。

 彼らが持ってきた魔導具は、全て生活に密接に関わったもので、たとえば光源を得るためのものだったり、ポンプだったりと、あれば役に立つものの、それによって誰かが大怪我を負う、というタイプのものはなかったからだ。

 しかもいずれもしっかりとした安全機構が組み込まれていて、間違った使われ方をしてしまったとしてもそれを察知して停止するようにもなっていた。

 腕のいい職人が、かつてこのアグッハ王国にもいたのか、それとも他国から魔導具を大量に仕入れた過去があったのかは分からないが、先人の素晴らしい技術に触れることが出来たので、私にとっても十分な収穫となった。

 加えて、私が得られたものはそれだけではない。

 子供たちからは、アグッハの内情というか、ここ最近の空気感のようなものを聞き取ることが出来たのだ。


「何か様子がおかしいことがないかって? うーん、あんまり前と変わらないけどなぁ」


「でも、おかずとか少なくなったよ」


「あぁ、確かにそれはあるな。行商人のおじさんとかもあんまり来なくなってるし」


「兵士はいっぱい見かけるようになってるかなぁ」


 そんな話を世間話として集めていく。

 大人に聞いても良かったのだが、彼らは私のような貴族然とした人間を見ると、本当のことを言わずに建前だけ話すことがよくある。

 子供たちにはそういうことは少ない。

 全くないとは言えないのは、子供も決して天使というわけではないからだ。

 自分の身を守るために嘘をついたり、他人を貶めたりすることは彼らにもある。

 ただし、大人がするそれと比べれば稚拙で見抜きやすいものが多いだけで。

 とはいえ、そういうことも、最初からある程度恩を打っておけば……というと少し人聞きが悪いが、優しく振る舞っておけば、子供たちの口は大人よりもずっと軽くなる。

 大人よりも素直に仲間認定してもらえるというのかな。

 実際、彼らの口から出た話は、いずれもなかなかに価値のありそうな話ばかりだった。


 故障している魔導具の修理をあらかた終え、子供たちからの話も概ね全部聞いたな、となったところで私は宿に戻る。

 一応、私の後ろには近衛騎士が普段着姿でそれとなく見張ってくれていたので、彼らも一緒に。

 あまり目立ったり、威圧感を出さないように少し距離をとって護衛をしてもらっていたので、町の人間には気づかれていないだろう。

 余所者であることは一目瞭然だっただろうが、この町に泊まっている余所者は、別に私たちだけではなく、大勢の旅人が来ている。

 それなりの規模の町なのだ。

 まぁ、私についてはどうしても目立ってしまうが。

 流石に貴婦人となると、私くらいしか来ている様子はなかったから。

 だからこそ、子供たちにも興味を持ってもらえて、いろいろ話してもらえたというのもあるから、悪くはないが。


「エレイン様、公爵夫人ともあろう方が、たった二人の護衛だけを連れて市井の町に出るなんて、あり得ませんよ」


 宿に戻ると少しばかり冷たい目線のサロモンが私にそう言った。

 私は肩を竦めて、彼に反論する。


「別に一人でいたって、そうそう私を倒せる人間がその辺に現れたりはしないから大丈夫よ。なんならサロモン、貴方が確かめてみる?」


 魔力を練り込み、少しばかりの威圧をすると、サロモンはため息を吐いて、


「……確かにそれだけの魔力を持っていれば、そしてエレイン様ほどの技量をお持ちであれば危険なんてまずないとは思いますけどね。聞きましたよ。故障した魔導具を修理して回っていたと。善意の行動なのでしょうけれど、この町の経済にそれなりの影響を与えるのでは?」


「そこまで心配することじゃないわよ。蝋燭や薪が多少売れなくなったりはしそうだけどね。その程度よ」


「……なるほど、生活系の魔導具ばかりだったのですね。それならまぁ……」


「貴方まさか私が戦闘用の魔導具を直して子供たちに手渡していたとでも思っていたわけ?」


「エレイン様であれば、それくらいのことをしたとしても不思議ではないかもしれないな、と……実際、魔術学院では初等部の生徒にも相当危険なことをさせていたではありませんか。多少の怪我くらいしても問題ないとか、むしろ少しくらい怪我をしなければ魔術やそれに付随する様々なものの危険性を骨の髄まで理解できない、とか言いながら」


 確かに、そんなことをやってきたのは事実だと思う。

 ただ、それらはあくまでも教授陣の監視下で、授業という形で行えるからこそのことだ。

 包丁を子供に持たせて野菜を切らせるようなことを、親の監視下で行えば、包丁の危険性と便利さを同時に教え込むことができて高い学習効果を望める。

 そんな考えである。

 実際、私の教え子たちはその辺りをしっかりと理解して、中等部、高等部へと上がり、途中入学してきた生徒たちと比べても優秀な成績を収める子が多い。

 教育方針として、間違ったことはしていないだろう、と思う。


「サロモンだって、腐食魔術を使って見せたりしていたじゃない?」


 サロモンの持つ特殊魔術は《腐食魔術》。

 ありとあらゆるものを腐食させてしまう恐るべき力で、それに抗える生命体はまず、いない。

 ただそれだけではなく、有効活用するのであれば食品の発酵にも使えるため、恐ろしい以上に便利な魔術でもある。

 漬物屋や酒造家などには研究開発を手伝ってくれとかなり引っ張りだこであり、実際、彼が関わって出来上がったワインには素晴らしい出来のものも少なくない。

 その多くは、彼の姉に献上されていたりするのだから、筋金入りの姉好きだなと思わずにはいられないが……あぁ、でも付き合いにと、私にもくれる。

 酒造には私もそれなりに口やお金を出したりしているので、それが理由でもある。

 やはり、美味しいワインはみんなで分け合うべきと思うのよね……。

 そんなことを考えている私に、サロモンは、


「私の場合、生徒にその力を向けたことはありませんからね? いえ、エレイン様も直接向けたことはないでしょうけれど……」


「その通りよ。私がするのは、せいぜい模擬戦を実戦と同様にやらせる、多少の怪我は厭わない、とかそんな感じのことをさせてるだけで、私自身の魔術を向けたりなどは……」


「中等部以上にそれをさせるのであればいいとは思うのですけどね。初等部の、しかも入りたての生徒にそこまでさせるのは、なかなか厳しいと思いますよ」


「魔術師になる以上、恐怖心はいつか克服させなければいけないから、いいのよ。そもそもサロモンだって、結局のところ、初等部の授業計画を決めた段階で賛成していたでしょう」


「それはエレイン様が強く押したからなんですが……まぁ、いいでしょう。ともあれ、町の子供たちに聞いて何か分かったことはありましたか?」


 本題に入ったサロモンに、私は言う。


「それなんだけど、どうもきな臭いのは間違いないみたいね。基本的な空気感はさほど変わってはいないみたいだけれど、物価高がはじまっているようだし、こちら側に来ている兵士の数も増えているみたい。イストワードを警戒してるように感じられるわ」


「やはり攻め込むつもりなのでしょうか? しかし、やはりメリットがあまり……」


「そうよね。あくまでもただの威嚇程度のことをするつもりかもしれないわ。でも今の時期にそれをする意味はあまりなさそうだけど……まだまだ情報不足ではあるみたい。南進して、もう少し規模の大きな街に行けばもっと違うことが分かるかしら」


「どうでしょう。まぁ、今の時点で私たちが心配するような話ではなさそうですが。アグッハ程度の戦力では、イストワードの南方すら攻め落とすことは不可能ですし」


「……それもそうね。心の片隅に置いておくくらいにして、私たちは目的の方に注力した方がいいかも」


「そのようです。では今日のところは早めに眠っておきましょうか。エヴァン殿のおっしゃる限り、明日は随分と早くから出るようですから」


「朝は苦手なのよね……でも仕方ないか。じゃあ、おやすみなさい、サロモン」


「ええ、どうぞ良い夢を。エレイン様」


 ◆◆◆◆◆


「流石にアグッハと言えど、王都は中々の規模ね」


 私たちの旅路も三日目ともなると、アグッハ王国の首都である王都まで到達した。

 王都は南方寄りにあるので、このまま行けば明日には国境を抜けられる予定だ。


「それでもイストワード比べると小さな街ですけどね。やはり、並んでいる魔導具の質は低い……どうされます?」


 私たちは今、魔導具店に来ていた。

 宿はすでに取ってあるし、出発は明日だ。

 王都の門は早い時間に閉まるので、昼には到着していたから、街中を散策する時間もある。

 ただ、いくらイストワードの王都と比べて小さいと言っても、半日程度で全て回れるほど小さいわけでもなく、せいぜい、中央通り沿いを歩くくらいが関の山だった。

 私はその中でも、魔導具について興味があったので、まずそこに寄らせてもらっている。

 メンバーは、私とサロモン、それに近衛騎士隊の隊長であるエヴァンだ。

 他の近衛騎士たちは、宿で休んでもらっている。

 王都周りはともかく、それ以外の場所ではアグッハ南方の国境に近づくにつれ、徐々に野盗の襲撃が増えてきていて、騎士たちの仕事が多くなっているので、疲れも溜まってきているからだ。

 エヴァンはその年齢にしては相当に体力があるらしく、かなり激しく戦っている割には元気そうであった。

 今日の街中での護衛仕事も、彼が自分で立候補したのである。

 まぁ、それは他の騎士たちの疲労具合を見て、自分がそうすべきだと考えたのだとは思うが、それでも彼自身が本当に疲労が溜まっていないからこそできることで、相当な体力お化けであるのは間違いない。

 近衛騎士たちは馬に乗って馬車の周囲を守っているので、馬車の中でのうのうと過ごしている私やサロモンとは疲労の溜まり具合が違うはずなのに、エヴァンのこの様子は尊敬の念すら湧く。

 私も体力は欲しいので、見習いたいものだが、一朝一夕でなんとかなることではない。

 私の場合、魔術による強化と回復でもって無理やりどうにかすることもできなくはないのだが、やはり基礎体力はあった方がいいものだから……。

 コツコツやっていくしかないか。


「エレイン様、何か良さそうな魔導具などありましたかな?」


 そんなエヴァンが、魔導具を手に取って眺めている私に声をかけてくる。


「そうね……やはり予想通りと言うべきか、技術力はかなり低いわ」


 もちろん、これは魔導具店内での台詞であるから、ひそひそ声である。

 静音の魔術を使って声が外に漏れないようにしてもいいのだが、魔導具には繊細な作りのものもある。

 場合によっては不具合を起こさせかねないので、魔術を使うのは憚られた。

 だから普通のひそひそ声である。

 エヴァンもそれを察して、


「……やはり、イストワードにて《魔導具夫人》の異名を取るエレイン様から見ても、アグッハの魔導具は遅れているのですな……」


 そう言ってきた。

 私はそれに少し驚く。

 なぜと言って……。


「ちょっと待って。聞き捨てならない単語が聞こえたわ」


「はて、なんでしょう?」


「《魔導具夫人》って部分よ。それは何?」


「おや、ご存知ない? 王都において、《魔術盾》や《保存庫》の開発者が誰であるかは有名ですからな。その他にも色々と新しい魔導具を作られ、発表し、広めているファーレンス夫人を、誰が言い始めたのか《魔導具夫人》の名で呼ぶのは、王都では珍しいことではないのですぞ。あぁ、いや、もちろん、面と向かってそんなことを言う人はいないでしょうとも」


「……発案者をどうにか探してとっちめてやりたい気分になってきたわ……」


「そうですか? 良い名だと思うのですが……王都の民からも好意的に受け入れられてますからな」


「まぁ、悪い評判がないだけ、いいけどね」


 もし今回の生で何か私が致命的なやらかしを犯しても、王都の民は匿ってくれるかもしれない。

 それだけでもそんなおかしな異名を得た意味はあるかな……。


「ふぅ、やはり私から見てもどれも魅力的な品ではないですね。エレイン様は?」


 サロモンが、店内の魔導具をほぼ全て見終わったのだろう。

 ため息をつきつつそう言ったので、私は、


「私も似たようなものだけど……ま、せっかくの記念だし、いくつか買っていこうと思うわ。技術そのものは稚拙と言わざるを得ないけれど……発想としてみれば珍しいものはそれなりにあったしね」


「そうですか……それがいいでしょうね。店員も、私たちが入ってきた時、だいぶ期待した表情をしていましたし。まさか冷やかしで帰るのも申し訳ないです。私も何か一つくらいは姉へのお土産に買っていくか……」


 そして、私たちはそれぞれ、魔導具を購入して店を出た。

 そのまま、大通りを歩きながら、王都の様子を観察する。


「王都の民の表情を見る限り、悪政が行われていると言う感じはしないわね」


「そのようですね。建物も崩れているようなところは見当たりませんし……裏通りに向かえば多少のスラムはあるでしょうが、それはイストワードでも例外ではありません」


 サロモンが答える。


「スラムは可能な限りなく無くすべく、寄進をしたり仕事を与えたりしても、全ての人間を救えるわけでもないものね。完全に消滅させるのは難しいわ……」


「縮小させる努力をしているだけ、マシでしょう。アグッハは比較的、悪くない国なのかもしれません。如何せん、田舎っぽい感じは否めませんが」


「こうなってくると関所の兵士たちの雰囲気はなんだったのか、という気がするけど。単純に貴族が気に入らないとかそんな思いだったのかもしれないわ」


「あり得そうな話です。もちろん、その可能性が高くても、油断すべきではありませんが」


「でも、この調子なら、このままアグッハをうまく抜けられそうね」


「ええ……アグッハを抜ければ、スペクス獣王国です。獣王国はアグッハ王国とは違って、歴史が長く、比較的安定した国家ですから、安心して過ごすことができるでしょう」


 サロモンはそう言ったが、別にそれは統治体制とか国家の歴史から来る信頼が全て、と言うわけではない。

 そうではなく、スペクス獣王国には、私たちが目指している《聖浄の森》が存在しているのだ。

 どうも、エルフは獣王国と懇意の関係にあり、不可侵の契約を結んでいるらしい。

 その代わり、エルフはその力を獣王国に貸し、また世界樹の力も分け与えることがあるのだという。

 世界樹の力とは一体なんだろう、と思うが、それについては《聖浄の森》についてからしか教えられないとサロモンは言う。

 その理由は、どこで誰が話を聞いているか分からないからだとも。

 それだけ重要な秘密はどんなものなのか、やはり気になるが《聖浄の森》の存在する国である獣王国にはもう少しで着く。

 今しばらくの我慢だ、と自分に言い聞かせて、私はそれについてサロモンにあまりしつこくするのはやめることにしたのだった。


 ◆◆◆◆◆


「……いやはや、王都まで来ても特に何も起こらないからと安心していたことは、どうやら間違いだったようですね、エレイン様」


 サロモンが飄々とした様子で、そんなことを言った。


「この状況で随分と冷静ね、貴方も」


 私がかなりの高速度で突っ走る馬車の中でそう返すと、サロモンは、


「エレイン様もなかなかのものだと思いますよ」


 と返してきた。

 まぁ、それは確かにそうだ。


「慌てたってしょうがないというのは間違いないからね……にしても、あれは明らかにアグッハ王国の正騎士たちよね?」


 場所の窓から軽く顔を出して外を見てみると、後ろから迫ってくる騎乗している正騎士たちの姿が見えた。

 いずれも揃いの拵えの武具を纏っていて、しっかりとアグッハ王国の紋章が刻まれている。

 あれでアグッハ王国と関係ない、とか言ってもきっと誰も信じないだろう。


「間違いなく。数は……二十ほどですね。かなり足の速い馬に乗っているようですから、追いつかれるのも時間の問題でしょう。どうされます?」


「全て近衛騎士たちに任せてもいいのだけど……こちらは十人しかいないからね。加勢した方がフェアと言うものだわ。どれ……」


 そして、私は再度、窓から顔を……というか上半身を乗り出し、後ろを見る。

 さらに手を背後へと掲げて、魔力を練る。

 一秒も経たないうちに複数の炎弾が空中に出現し、それらは私の意志に従って高速度で射出された。


「《多炎弾》とでも名付けましょうか」


「あれほどの数の炎弾を無詠唱で放つなんて、恐ろしいものですね……」


 放たれてすぐに炎弾は騎乗した騎士たちの元へと到達する。

 狙いは馬ではなく、騎士の方で、彼らの鎧に命中すると、焼き尽くすことはなく、思い切り衝撃を与えて馬上から吹っ飛ばした。

 炎弾の割に彼らは燃え上がったりすることはなく、ただ衝撃で馬から振り落とされるだけだ。

 これについてはわざとやっていて、


「……お優しいですね。殺さずに済ますなんて」


 サロモンがそう言った通りに私は意図していた。

 しかし……。


「別に優しさからそうしているわけではないのよ? そうではなく、アグッハの正騎士を殺してしまったら、後々なんて言われるか分からないじゃないの。特に私は堂々と紋章を掲げるファーレンス公爵夫人なのだから。もしも彼らが野盗の格好で現れてくれたら、その限りではなかったけどね」


「……なるほど。ここまでの旅路で襲い掛かってきた野盗の類も、最初からアグッハの騎士ないしは兵士だったと思っておられる?」


「全てとは言わないけど、相当数混じっていたでしょう。野盗にしてはあまりにも洗練された動きをしている集団がいくつかいたものね」


「確かに。しかし有言実行ではないですが、そういう時は遠慮なく殺傷能力のある魔術を飛ばしていましたね……エレイン様に優しさは無いようです」


「それもまた酷い話だけど。まぁ、野盗の類にはいつだって正当防衛が成立するものよ。文句を言われる筋合いはないわ。たとえそこが他国だとしてもね」


「豪胆ですが正しい意見かと……おっと、そろそろ国境の関所が見えてきましたね。あの向こうまで行けば、正騎士も追っては来られないでしょう」


 窓から顔を出して見ると、馬車の進行方向に大きな関所の姿が見えてきていた。

 アグッハが建てたものではなさそうな様式、そして巨大さの建物である。

 それを証明するかのように、通常であれば閉まっているはずの関所の者は開いていて、遠見台に姿の見える兵士はこちらに向かって手を振っていた。

 あそこから、私たちが追われている姿が見えるのだろう。

 そして、そのままこっちへ早く来いと、そういうことを言っているのだと思われた。


「どうやら、獣王国は本当に好意的なようね」


「そのようですね……安心しました。別に何か疑っていたわけではないんですが、アグッハの様子を見ると何かあるかもと心配はしていましたから」


「これだけで全てを判断してしまうと危険かもしれないけどね」


「恐ろしいことを言わないでくださいよ。獣王国と我らエルフは、古くから協力関係にあるのです。今更裏切りなどは……」


「分からないわよ。むしろ長年の関係があるからこそ、裏切りの価値は上がっているとも言えるし」


「……それでもアグッハよりはマシです。急ぎましょう」


 そして、私たちの馬車は、そのままの速度でアグッハと獣王国との国境線を越えるべく、関所の門を通り抜けていった。

 その直後、案の定というべきか、アグッハの正騎士たちは馬の足を止め、悔しそうにこちらを見つめている。

 国境を越えてまで私たちを追う度胸はなかったらしい。

 国境から少し離れて、そこで私たちは足を止める。

 すると、関所から人が数人走ってきて、近衛騎士たちに話を聞き始めた。

 どうやら先ほどの追跡の理由や経緯などを聞きたかったらしい。

 別に何も隠すことはないので、近衛騎士隊の隊長であるエヴァンが、馬車を進めていたら唐突に正騎士たちの集団が追いかけてきて、酷い目にあったという話をしていた。


「……それにしても、もふもふね」


 私がふと、そう言うと、サロモンは笑って、


「あぁ、獣人のことですか? 確かにイストワードにはあまりいませんからね……というか、獣王国こそが彼らの故郷ですから、仕方のないことでしょうが」


 エヴァンと色々と話している獣王国の兵士と思しき者たちは、いずれも私たち人族とは姿が大きく違っていた。

 サロモンなど、エルフともである。

 具体的には、彼らはまるで動物がそのまま二足歩行になったような姿をしているのだ。

 例えば、直立したウサギとか、猫、犬に、ライオンなど、バリエーションは非常に豊かだ。

 獣王国において、獣人たちは、自らの部族を作り、国土の中でさらに小さな線引きをして、住み分けをしている。

 例えば、獣人族犬人種、とか猫人種、とかそんな部族ごとにである。

 さらに細かな区分もあるのだが、ある程度はひとまとめにされるらしい。

 その辺りを正確に見抜くことは人族には難しかったりするのだが、大雑把なら私にも判別出来る。

 ちなみに、獣人、というのは獣の特徴を備えた人類種のことであり、先ほども言ったように多くのバリエーションが存在している。

 それでいながら、獣人は獣人でまとまり、こうして一つの国家を作るに至っている。

 それには長い苦悩と放浪の歴史があるのだが、それは置いておく。

 獣人種は、身体能力に優れ、魔力には劣っているとも言われる。

 エルフとはちょうど正反対の特徴だが、全く使うことができないというわけでもなく、魔術に優れた獣人族というのも存在している。


「エレイン様、どうやら彼らが王都まで案内してくれるそうです。意外だったのですが、すでにエレイン様と、サロモン様が獣王国を訪ねることを国王陛下がご存知らしく……」


 エヴァンが、私たちの状況を説明し終えた後、兵士たちにそのような話を聞かされたようで報告に来た。

 彼からすれば、いくら公爵夫人とはいえ、すんなりと国王陛下との謁見の約束を取り付けるのは通常、できることではないので驚いたのだろう。

 しかし、私とサロモンからすれば、自明というか、キュレーヌ辺りが初めから話をつけてくれていたのだと想像できる。

 キュレーヌは細かく説明はしなかったが、必要なお膳立ては大体整えてくれたというわけだ。

 このまま王都に向かい、国王陛下に協力をお願いすれば、《聖浄の森》に早めに到達することが出来るかもしれない。

 そこまで考えて、私はエヴァンに判断を伝えた。


「そういうことなら、お願いさせてもらいたいと伝えてもらえるかしら」


「エレイン様、承知しました」


 そしてそのままエヴァンは獣人の兵士たちに、私の要望を伝えていた。

 それから、獣人たちは急いで私たちの馬車の前に向かい、そのまま進み出す。

 馬とかに乗らなくても大丈夫なのだろうか、王都まではそこまで近くはないはずなのだがと。

 しかし、獣人たちは、獣の特徴を継いでいるからなのか、極端に体力があり、馬と同じ速度でずっと歩き続けるなら、一日中でも出来るとはよく言われる。

 戦闘能力について、元々身体能力が高いために強力な戦士となる者も少なくない。

 ただ、そんな身体を得た影響か、潜在魔力が生まれつき低いというデメリットも存在するのだった。

 そう言った獣人達は、一般的な魔術による身体強化ではなく、闘気と呼ばれる、天然の身体強化魔術とも言われる方法で戦闘能力などを上昇させるのだった。

 そんな彼らに導かれ、私たちの馬車はゆっくりと獣王国の街道を進んでいく。

 ここに来るまで、野盗から始まり、正騎士にまで襲われた私たちであるが、獣王国での旅路は随分と穏やかになりそうだ、と予感していたのだった。

五話目なので失礼ながら宣伝を……。

明日、12月28日に本作の書籍版三巻が発売いたします。

よろしければ手に取っていただけるとありがたいです。

どうぞよろしくお願いします。

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