第152話 才能の片鱗
本日一話目です。
言うまでもないことだが、一度目の人生において、四人目の子供であるリリーが生まれたということは、三人目……次男もまた既に生まれているということである。
バルトロメオ・ファーレンス。
私の子供たちの中で、最も身体能力に恵まれた子供で、将来は単身で一軍に匹敵する剣士として名を知られることになる。
とは言っても、今回もまたそうなるとは言い切れないけれど。
それでも、持って生まれた才能は隠すことができないようで……。
バルトロメオはリリーとは年子であるため、まだ一歳なのだが、腕力や魔力の強さなどからも彼の才能は十分に察せられた。
子供というのは育て方次第でどんな存在にもなりうる可能性の塊だ、なんて言ったりするけれど、生まれたその時点で、親にもどうにもできないような個性が、どうやら彼らにはある程度ある。
そういうことなのかもしれない。
しかし、こと性格という部分に関しては結構どうにかしようがあるというか、育て方次第である部分も私は既に知っていた。
長男であるジーク。
彼は私の一度目の人生においては、かなり歪んだ青年へと成長してしまう。
それは、私が権謀術数を教え込み、人の汚さや裏切りについても骨の髄まで理解させて、家族以外を信用できないように育て上げてしまったから。
能力的には極めて優秀になったし、私の望むように育ってはくれた。
けれど、本当はそんな風に育てるべきではなく、むしろ、彼自身の望みを汲んで、私はせいぜい手助けするくらいにしていくべきだったのだ、と思っている。
そんな彼であっても、私は確かに愛しているけれど、やり直しの機会が与えられた今、同じように歪ませるのは正しくないと。
二度目の人生である現在においては、まさにそのように育てていて、今のジークは一度目の時とはまるで違う性格に成長している。
友人は多く、他人への思いやりに溢れ、それでいながら非常に明るくて、優しい。
そんな人間へと。
一度目の時も、私が間違えさえしなければ、あの子はきっとそんな風に育ったのだろう。
それなのに私は……。
後悔しても、一度目のジークにはもはや謝ることすら出来ない。
あの子も、私がこうして過去に戻ってきてしまった以上、この世界には存在しない者になってしまったのかもしれない。
けれど、私はしっかり覚えているのだ。
彼は、確かに存在した。
だから本当は謝って、許しを乞い、望むのであればこの命をもって償ってもいいとすら思う。
だけれど、そんなことすら出来ないのだ。
今の私に出来ることは、今のジークに深い愛情を注いで育てることだけなのだった。
そしてそれは他の子供達についても同じ。
子供たちをしっかりと育てることは、私にとって償いでもあるのだ……。
「……思い詰めた顔をして、どうしたんだい?」
そんな風に声をかけられて振り向くと、そこには夫であるクレマンがいた。
「……あなた。ううん。なんでもないの。ただ……リリーには、幸せな人生を歩んでほしいなって、顔を見てて、ふと、そう思っただけ」
ベッドの横にある、ベビーベッドに寝かされているリリーを見る。
先ほどまでアマリアがいたけれど、私が少しだけ二人にしてほしいとお願いして二人きりにさせてもらっていたのだ。
通常であれば、公爵家の赤ん坊ともなれば、眠っている時ですら昼夜問わずメイドや治癒術師などが数人ついているのが普通なので少し無理を言った形になる。
長くても一時間までだと言われているし、何かあればすぐに呼ぶようにと言われているので心配はないけれど。
そもそも私は、多くの魔術を使える。
その中には治癒魔術もあれば、結界術などもあるし、赤ん坊の存在をありとあらゆる外敵から守り切るのに十分な力は持っているつもりだ。
だから、リリーに何かあっても大抵のことはそれでなんとかできる。
それでも産後の体だから、普段よりは色々と能力が落ちてはいるので、無理は禁物ではあるが。
「この子はきっと、幸せな人生を歩むさ。僕と君がそうするだろう……でも、生まれる前から名前を決めていたのは不思議だね。生まれたのは君が当初から言っていたように、本当に女の子だったし」
クレマンがそう言って首を傾げた。
今回、リリーの名前については、生まれる前に私がそうしたいのだと既に提案していた。
一人目であるジークの時は、そんなことはしなかったし、三人目のバルトロメオまでは生まれてから相談して名前を決めていたが、運命の強制力というやつなのだろうか。
どれだけ話し合っても最終的に名前は、一度目の時の彼らの名前に落ち着く。
そうであるのならば、別に生まれる前からもう決めてしまっていてもいいのではないだろうか、そんなことを思って、提案してみたのだ。
その結果、やはりというべきか。
すんなりと決定してしまって、少しだけ驚いたのは事実だった。
「私自身も不思議なのだけれど、生まれる前からこの子の名前はリリーだって、そんな感覚がしていたのよね」
「うーん、別にエレインには予知の力があるわけではないんだよね?」
「それはそうよ。予知は、私の親友のセリーヌの専売特許なのだから。知っているでしょう?」
「もちろんさ。最近では国王陛下にも呼ばれてその力を使うようになってきているからね……あっ、じゃあ、セリーヌから前々に聞いていたとか?」
「どんな名前になるかって? そんなこともしていないわ。それに、セリーヌはそういった予知については断るからね。なんでも、生命の誕生についてはあまり予知したくないって言っていたわ……出来ないわけではないみたいだけど」
これについては実のところ理由は知っている。
セリーヌは、元々、医者に子供は望めないと言われていた体だ。
そのため、自分に将来子供が出来るかどうか、予知できないかと挑戦をしたことが過去、何度となくあるらしい。
けれど、彼女は自分のことに関してはあまり正確に予知できない。
これは子供のことに限らず、自分の人生の終わりについてまでもがそうだ。
それがゆえに、彼女は一度目の時、私、というよりジークの手によって家ごと滅ぼされてしまうのだが……。
まぁ、それはともかくとして、子供が欲しいができないかもしれない、本当にそうなのかどうかどうしても知りたい、そう思う人間の心については誰よりも詳しい。
そんな彼女は交友関係も広く、貴婦人であるがゆえに多くの貴婦人とお茶会やパーティーなどで出会う機会も多い。
クレマンが言ったように、彼女の予知の力は大雑把にではあるものの、今では多くの貴族たちに知られているため、将来子供が出来るのか、それが男の子かどうか、出来るとしたら何人目か、そういうことを予知の力で知ることができないだろうかという相談も彼女の元にはたくさん寄せられるらしい。
しかし、それらに応えることは、かなり多くの問題を引き込むことになるだろうということも分かっているのだった。
場合によっては、彼女が予知したことによって子供ができなくなったのだ、とか呪われたのだ、とか難癖をつけられかねない。
貴族にとって、子供ができるかどうか、というのはお家の存続の話にまで地続きの問題であるため、その恨まれようときたら半端ではないことも簡単に想像がつくのだ。
だからこそ、セリーヌはそれについて一律に断っているのである。
そのための方便として、生命の誕生に関わることは予知できないとか、正確性に欠けるからとか、そう言っているわけだ。
我が友人ながら、賢明な判断であると言える。
それでも私には、
「……予知してあげる?」
などと軽く言ってきたりはしていたが、ほぼ冗談であるのはわかっている。
セリーヌには私の事情を詳しく説明してあるから、それが不要であることは彼女も知っているからだ。
頼んだらやってくれただろうけれど、ほとんど確実にリリーが生まれてくることは分かっていたから、力の無駄遣いでもあるし、断っていた。
実際、こうして生まれてきたのはやはり、リリーだったことを考えれば、不要だという判断は正しかったなと思う。
「本当に仲が良くて羨ましいな、君たちは」
クレマンがそう言ったが、
「あなただって、オクルス辺境伯とは親友の間柄でしょ。王宮でも最近はよく話すって聞いているわよ……ベルタから」
ベルタは、オクルス辺境伯の妻である女性だ。
ジークが小さな頃に知り合った友人であり、よくお茶会をする。
その場にはセリーヌも同席することも多く、三人で色々な話をすることも多い。
今の私にとって、気の置けない友人、と言ったらセリーヌとベルタで、三人でお茶会をしているときはかなり気が休まる。
二人とも、一度目の時は油断できない、むしろ敵と言ってもいい位置にいた相手なのだが、ここまで立ち位置が変わるとは二度目がはじまった時には思ってもみなかったことだ。
「君にはなんでも筒抜けだな……」
「なんでもってことはないわよ。ベルタが最近、オクルス辺境伯が忙しそうだからって寂しそうにしてるのよね。それで流れで話を聞いて……」
「あぁ、そういうことか。確かに彼はここのところやることが多くてね」
「そうなの?」
これは意外な話だった。
私の一度目の記憶からすると、今の時期に近衛騎士団が忙しくなるような用事はそれほどなかったような気がするからだ。
しかしクレマンは言う。
「そうなんだよ。君も知っての通り、近衛騎士団は騎士のみでなく、近衛兵でも構成されていて、その総数は一万を超えるわけだが……」
「ええ、近衛兵だけで八千、近衛騎士が二千人……国王陛下直属の騎士団ね。それをまとめるのが……」
「そう、オクルス辺境伯であるニコライだ」
「でも、近衛は基本的に王宮を守護するための兵力よね。今は周辺国家とも特段大きな火種は抱えていないし、近衛騎士団が忙しくなるような理由はパッとは浮かばないけれど……」
それでもゼロではないのはもちろんだ。
大きな火種がないということは、小さな火種ならいくらでもあるということに他ならないのだから。
しかしそうは言っても、国家と国家の間には常にそのようなものがあるのがむしろ正常である。
何一つ後ろ暗いことなどなく、心の底からお互いに仲がいいです、などと言える国際関係こそ、むしろ怪しいところがいっぱいである。
多少の綱引きをしているくらいが、むしろ健全で信用できるのだった。
「東西に関しては、確かに今の所、心配すべきことは少ないね。問題は、南さ」
そう言われて、私は納得する。
「あぁ……南方国家群ね。確かに最近、あちらは揉めているわね。常に、とも言えるけれど」
南方国家群とは、我が国、イストワード王国の南方に存在する複数の国家をまとめて呼んだものだ。
なぜまとめて呼ぶのか、というとそれは簡単な話で、数十の国家がそこには存在する上、まるで泡沫のように生まれては消えていくからである。
南方国家群では、常に戦いが絶えず、国家が生まれ、滅び、そしてまた生まれ……ということを数年から十数年という短い期間で繰り返しているのだ。
どうしてそんな状況にあるのかというと、彼らの気質が荒々しいのはもちろんであるが、安定的な国家運営を行えるある程度以上の規模の国家が出来たことが歴史上、一度もないことが最も大きな原因だろう。
小国家ばかりで、それらの多くはほとんど単一の民族で構成されている。
そのため、他の国に占領され、併合されたとしても、短い期間で反乱やクーデターが起こり、また分裂してしまうのだ。
イストワード王国の南はそんな国家群と接しているわけだが、手を出すことはほとんどない。
イストワード王国はそれなりの規模の国家であるし、比較的、長い歴史を誇り、安定的な国家運営を行なっているわけで、そうであるなら小国家ばかりの南方へと進出し、侵略して併合していけばいい、と思われるかもしれない。
けれどそれもまた、あまり現実的ではないのだった。
南方人は、正直言って強いのである。
占領するには相当な兵力を注ぎ込まなければならないが、それをすれば東西や北方の守りが手薄になることは間違いない。
そしてそこまでして占領するほどの魅力もない。
占領すればそこにいる民はイストワードの国民となるため、統治しなければならないが、これも習慣などがかなり違って難しいと言われる。
放置しておくのが最も合理的なのだった。
それなのに、どうしてそこが近衛騎士団の忙しさと関係するのか。
首を傾げる私に、クレマンは言った。
「南方国家群の北方、つまり僕らの国と接しているあたりの国家が、どうもまとまりかけているようでね。そうなると、南方の守りを固める必要が出てくる。しかし南方の領主たちは、今まであまりそういった危険を感じたことがないようで、危機感が薄くてね。あの辺りの領地の騎士団に、近衛騎士たちを少数送り込んで、交流という名目のもと鍛え直す試みを行なっているんだよ……ついでに、南方国家群の偵察もしてね」
「へぇ……なるほどね。でも、本当にそう簡単にあの辺りの国家がまとまるものかしら?」
少なくとも、一度目の時にはそのような動きはなかったように思う。
なぜ、今回はそのような動きが?
実際にはあったけれど、誰かが潰したのだろうか?
それとも、今回は前の時と違う?
違うとしたら……それは多分、私の行動から端を発した動きということになるだろうが、心当たりがない。
いや、ありすぎてどれが影響したのかわからないというのが近いか。
こればかりは、私の方でも調べてみる必要性を感じる。
私としても、各方面につてはあるから、そういった情報についてはかなり集めている方なのだが、南方は一度目の時にほとんど問題にならなかったから放置してしまった。
これは良くないな、と、今回のことで気付かされた。
私が今回、一度目と違う動きをたくさんしているせいで、変わってきていることもまたたくさんあるのだと。
そう思った私に、クレマンが言う。
「ま、今の所はあくまでその兆候が見られる、というくらいで本当にまとまるかどうかは未知数だね。南方人は皆、苛烈で荒々しいから。手を結ぶとか協力し合う、というのを国家単位ですることは考えにくい。でも用心しておくに越したことはない……そうだろう?」
「全くね……何か状況が変わったら、また教えてくれると嬉しいわ。それと、オクルス辺境伯に、ベルタをもうちょっと大切にしてね、と伝えておいて」
「うん、どっちも承知したよ」
と、真面目な話が終わったところで、
──コンコン。
と、部屋の扉がノックされる。
「誰かしら?」
と私が声をかけると、
「あ、母上。僕です。ジークです」
と、返事が返ってきた。
「あら、ジーク。戻ってきてたのね。中に入って」
「はい……あっ、父上。いらっしゃったんですね」
入ってきたジークは、クレマンを見てそう言った。
近づいてくるジークを見て、私は思う。
「……もうだいぶ身長も伸びたわね。ほとんどクレマンと変わらないわ」
「そうですか? まだ少し僕の方が小さいですけど」
そう言ったジークは、数年前とはだいぶ姿が変わっていた。
しかしそれも当然と言えば当然だろう。
彼はもう、十五歳になった。
つまり、聖国での出来事から、六年経っている。
学院も今年卒業が決まっていて、これからは王宮勤めも決まっている。
魔術学院の卒業年齢は、通常、高等部が十七歳くらいが一般的なのだが、ジークの場合、入学した年齢も早かったし、成績も優秀だったのでこの年齢での卒業となった。
しかもこれでも結構遅らせた方で、本来ならもう一、二年早く卒業できるところを、同級生たちに合わせて少し長くいた形になる。
もちろん、その時間を無駄に過ごしたわけではなく、高等部で自らの魔術の研究に時間を費やし、特殊魔術の扱いに誰よりも長けるようになっている。
この年齢にして、特殊魔術については第一人者の一人、と言ってもいいくらいだ。
一度目においても、誰にも知られていない特殊魔術を私からの指導と自らの研鑽のみで、一軍に匹敵する程度の力にまで昇華させた実績もある。
今回はそれ以上の……《魔塔》や《魔術学院》、それに私の一度目の時の研究など、多くの研究が存在しているため、さらに深く理解している。
まぁ、それらの研究は公開されているし、他の特殊魔術を使える魔術師たちも、一度目の時とは違って多く育っているので、単純なアドバンテージは少なくなっていると言えるが、ジークの特殊魔術は比較的弱点の少ない良い系統だ。
しかも、魔力量は最高クラス。
もしかしたら、以前よりも遥かに強力な術師になる可能性もある。
今はまだ、そこまでではないけれど……そのためには、おそらくもう十数年が必要だろう。
そんなことを考えつつ、私はジークに言う。
「クレマンの身長を抜くのもすぐだと思うわよ」
するとクレマンが、
「いやいや、まだまだ抜かれるわけにはいかないよ。僕だって父としてのプライドがある」
と反論するが、
「父親というのは子供に追い抜かれるためにいるのよ……ジークだって、すぐに抜いてやろうって思うでしょ?」
と私が言うと、少しがっくりとした表情になった。
けれどジークは、
「いえ、父上にはまだまだ敵いませんよ。身長だけでなく、それ以外も含めて。ここのところ、王宮勤めをするために、何度か王宮を訪問して先輩文官たちに指導を受けているんですが、皆、父上はすごいとしきりに言うものですから……」
「ほほう、それは本当かな?」
「ええ。この国の貴族家でも筆頭と言っていい家柄のトップなのに、非常に話しやすいとか、居丈高でないとか……仕事についても、指示が丁寧でわかりやすいとか、評判です」
「……多分それは持ち上げてるだけじゃないかな? ジークは僕の息子だし……」
「一つもないとは言いませんけど、嘘ではなさそうな雰囲気でしたよ。僕は父上の息子として、鼻高々でしたね」
「父の偉大さを見せられてよかったよ」
「でも」
「でも?」
「母上の方がたくさん褒められてて……」
「えっ?」
「《魔塔》との共同研究とか、《魔術学院》での働きとか……領地運営についてもかなりの協力をしていると言うのも周知の事実のようで、それについても……。他にも単純に美貌とかも褒められて……」
「……まぁ、エレインは僕から見てもちょっと凄いからね。はっきりとこの国を変えたと言える成果をこれだけ一人で出している人というのは、ちょっと歴史上でも記憶がないよ」
「……ですよね」
なんだか妙な納得をしている二人に、私は言う。
「ちょっと、それは言い過ぎでしょう。私なんて、大したことしてないわ」
「そうでしょうか?」
「そうかな……?」
怪しげな表情の二人であった。
「もう……いいわよ。そうだわ、ジーク、世間話もいいけれど、何か用事があったのではないの?」
そう、わざわざジークがここに来たのだ。
何かあったのかと思った。
「いえ、それほどのことは。学院が休暇になって今日戻ってきたのでそのご挨拶にと。加えて、僕の妹にも挨拶をしなければと思って……その子ですよね?」
そうだった。
ジークは、今日初めてリリーに会うのだ。
私の妊娠中はほとんど学院にいて、休暇中も先ほど彼自身が話した通り、王宮勤めの準備のためにそちらにいたから。
私はベッドから起き上がり、ベビーベッドにいるリリーを抱き上げる。
眠っていたが、それで起きてしまった。
少しかわいそうな気もするが、泣いていないので大丈夫そうである。
「ほら、リリー。お兄様ですよ」
そう言いながら、私はジークの方にリリーを寄せる。
ジークはリリーを受け取るべきかどうか悩んでいて、
「は、母上……その、抱くのはちょっと怖いのですが……」
と言うが、
「大丈夫よ、ジーク。優しく抱いてあげれば……丁寧によ。絶対に落としてはいけないわ。潰してもね」
「……どちらもしませんよ……」
「しても私が魔術でどうにかするけれど」
「僕もその時は影魔術で支えますから……あぁ、リリー。初めまして。僕はジークハルト。みんなはジークって呼ぶよ。分かるかな?」
ジークがそう話しかけると、リリーは、
「きゃっ、きゃっ!」
と笑いながら手を伸ばした。
「おっ、どうやらお兄様を気に入ったようだね……ん?」
クレマンがそう言った瞬間、リリーが伸ばした手から、魔力が噴き出す。
「……っ!? これは……」
しかし、別にそれは攻撃的なものではなく、軽くジークに……いや、ジークが常に自分自身を覆っている影魔術の結界に触れただけだ。
魔力は、ジークの結界の存在を確かめるように触れると、すっと引っ込んでリリーの体の中に戻っていく。
その様子を見た私たち三人は、
「……これは、とんでもないわね。生まれつき魔力をこれほどまでに扱えるものなの……」
「やっぱりあれはそういうことなんだね、エレイン……バルトロメオの時は赤子らしからぬ腕力にびっくりしたけれど、この子は魔力か……」
「存在すらわからないように魔力を隠匿してたんだけど、この子には分かってしまったのかな。すぐ引いたのは……敵意がないってわかったから……?」
三者三様の驚きを示していた。
と言っても、私としてはリリーならこれくらいはやるだろうなとは思っていたので、そこまででもないが。
一度目の時はこういうことはなかったのだけれど、あの時はジークが影魔術を展開しているなんてことはなかった。
やはり、リリーはジークのそれを自ら察知して確かめた、と考えるのが妥当だろう。
リリーの将来、それを感じさせる才能の片鱗は、すでにこの時から萌芽していた、というわけだ……。
「いやぁ、すごいぞ! この子は将来、宮廷魔術師長にだってなれるんじゃないか!?」
「なれる可能性は……高いでしょうね。こんな小さな頃から魔力を扱えるなんて、前代未聞だもの……」
一度目の時は世界最強の魔術師になっていた子だ。
宮廷魔術師長にはなっていなかったけれど、それはただの年齢の問題でしかなく、数年経てば間違いなくなっていたと言える。
今回もまた、それは容易に可能なように思えた。
それにしても……これほどの力をこの時点で持っているのなら、今の私の実力なんてすぐに抜かれてしまうのではないだろうか、という危機感が生まれた。
いや、前からその危機感はあったのだけれど、改めて認識したというか……。
一度目よりも遥かに厳しい訓練を自らに課してきたつもりだったが、これでは足りてなかったのだなと自覚した。
今は産後であるから少し体力が落ちているため、すぐに、というわけには行かないが、ある程度、復調し次第、鍛え直さなければならないな……。
そう深く思ったのだった。