第151話 夢
本日四話目です。
今日はここまで。また明日四話くらい更新します。
思い返せば、聖国においては色々あった。
元々の目的は、リリーが将来、強力な武器とする迷宮武具である魔杖を先んじてこの手にすることにあったのはいうまでもないけれど、それ以外にも本当に色々あったと感慨深い思いを抱かざるを得ないくらいだ。
特に、聖女周りの出来事は、私自身の考えに大きな影響を与えた。
聖女は、私の人生にとって大きな意味を持つものだったからだ。
元々、私の母は聖国出身だった。
それも、聖女を輩出する名家の出身であり、それがために私を聖女にしようと小さな頃から私に多くのことを義務付けてきた。
教養、立ち居振る舞い、魔術に、美貌に……何もかもを高い水準で要求し、私もまたそれに応えようと努力し続けてきた。
それが過去の……一度目の私の人生の根底にあった、行動理由でもあったのだと思う。
しかし、そんな努力を積み重ねてきたにもかかわらず聖女になれなかった私は、結果的にそれ以外のものに吐け口を求めて、それが家族や国や地位への、強い執着となって現れてしまった。
小さな頃から胸に抱いていた大きな目標が、ぽっかりと消えてしまった私にとって、そこをどうにかして埋めるためには、国家転覆、などというとてつもなく大きな夢を抱えるしかなかったのだ。
また、家族からの期待に応えられなかったという思いが、私に、家族をこの国で最も高い場所へとつけるのだという強い妄執を抱かせるに至った。
本来なら、そんな妄執を抱えたところで、何かできるはずもない。
せいぜいが、適当なところで身を滅ぼして終わるのが関の山だっただろう。
しかし幸いなことに、というべきか、もしくは不幸なことに、というべきだったか。
私は、思った以上に能力に恵まれていた。
それまでに学んだ全てが、私に巨大な陰謀を構築させる知恵を与えてくれたし、ひたすらに学問を学び続けた経験が、新しい技術や魔術をいくらでも吸収できる土台となってくれた。
その結果として、私は立てた目標を半ばまで達成しかけた。
よくやった方だとは思う。
夢破れた人間にしては。
……でも、最後には娘に裏切られて終わった。
私の四人目の子供である、次女の、リリーに。
私の一度目の人生の中で、彼女は、私が母から期待されたように、私に期待されて生きた。
つまり私は、彼女の魔力や魔術に対する才能を知ったその時から、彼女の将来に期待して、ひたすらに鍛え上げた。
その中で、私自身の魔術に対する理解や実力もまた、宮廷魔術師クラスまで上昇したことは意外だったけれど、それもまた、娘のため、家族のためになると信じて努力し続けた。
しかし、今にして思うに、あの努力は、決して娘のためなどという善意からではなく、全て私自身のために行っていたに過ぎないのだと、娘の……リリーの手にかかって、私は理解した。
私は、おそらく母と同じ間違いを犯していたのだ。
私の希望は、娘の希望と同じだと無意識に信じ込み、無言のうちにリリーに進む道を強要し続け……それが最後には破綻してしまった。
そういう話だったのだと。
本来なら全てがそこで終わりで、私は救われず、またリリーにも何もしてやれないまま、全ては幕を閉じる。
そのはずだった。
けれど、神か悪魔かは分からないけれど、私には二度目のチャンスが与えられた。
死んだ瞬間……五十をいくつか超えた年齢だった私が、二十歳の私へと早戻りするという形で。
しかも、一人目の息子、ジークを出産している最中にだ。
あの瞬間は本当に驚いたけれど……今振り返ってみるに、私があの時に戻ったことにすら、意味があるような気がしている。
思い返せば、私は家族のことを大事にしているつもりで、その実、彼らの気持ちを全て蔑ろにしながら生きてしまった。
それが一度目の私の、大きな過ち。
だからこそ、今は思うのだ。
二度目こそは……そんなことにはならないようにしなければと。
本当に家族のことを愛し、彼らのために、妻としても母としても、胸を張れるような生き方をするのだと。
そしてそのためには……。
◆◆◆◆◆◆
「……はぁ、はぁ……」
息が、荒れている。
私はベッドの上で、汗だくになっていた。
体は疲労困憊で、もう少しも力を出せないような、そんな気さえしてくる。
けれど、それでも私はまだ頑張らなければならない。
ベッドの横には産医や治癒術師、それに私の昔からの侍女で親友でもあるアマリアの姿がある。
「奥様……もう少しです!」
彼女がそう言ったので、私はもう一踏ん張りと力を入れた。
何度経験しても、統治の仕事よりも、魔物との戦闘よりも、魔術の研究よりも、大変で厳しいこの作業。
……いや、作業なんて言ってはいけないか。
人間の営みの中で、これは最も神のみわざに近く、神聖で、素晴らしい行為なのだから。
しかしそれは、私の人生にとってもとてつもなく重要で……常に、選択を迫ってきたものでもある。
本当なら、避けたって良かった。
命大事に生きるべきなら、避けるべきですらあったと思う。
だけれど、そんなことができるはずがないのだ。
一度存在したものを、私の勝手な希望で消滅させることはできないから。
何より、私はもう一度会いたいのだ。
お腹を痛めて産んだ私の子供に……たとえそれが、将来私のことを憎むようになる可能性がある存在なのだとしても。
「……おぎゃあ、おぎゃあ!!」
何かがスポンと抜けるような感覚がして、数瞬の後、そんな声が聞こえてくる。
これが何の音なのか、声なのか、私に分からないはずがない。
「奥様! 生まれましたよ! どうか抱いてあげてください……」
そう言って、産衣に包まれた彼女を、アマリアが私の胸へと抱いてくる。
そして私にゆっくりと、丁寧に渡してきた。
私はそれを受け取る。
まるで宝物を受け渡されるように。
いや、真実、それは宝物だった。
一度目の人生の中で得たものの中で、私が生み出したものの中で、間違いなく存在すべきだと言い切れる数少ないもの。
そして、そこには確かに、私がかつて見た顔の面影があった。
「……あぁ、リリー……初めまして」
私は、彼女にそう言った。
そして心の中で、
(また、会えたわね)
そう呟かずにはいられなかった。
一度目の私の人生、その時に私に引導を渡すことになった、世界最強の魔術師、リリー・ファーレンス。
それは、彼女が再度、私の娘として生まれてきた瞬間だった。
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