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第150話 アンナの覚悟

本日三話目です。

「……なるほど、こんな感じなのね。面白いわ」


 アンナが、私に対して《強奪》の力を行使している。

 先ほどジークに対して行ったのと同じように、アンナの体から透明なアンナが這い出してきて、私の胸元に手を突っ込んだ。

 そして私から、私を引き出す……。

 ジークの時と異なるのは、ジークの場合、影のような真っ黒なジークが引き出されたが、私の場合は優しげな光を放つ私だということだろう。

 この引き出されたものが、その人間の持つ《特殊属性》そのものなのだとすれば、なぜ違いが出るのかはわかり易いように思う。

 ジークの《黒い影》は、まさに彼の属性である《影》を象徴しているということ。

 そして、私の《清らかな光を放つ私》は私の属性である《浄化》を象徴しているということだ。

 他の人間から引き出した場合、例えば《増幅》を持つクラリスから力を《強奪》するとどうなるか、などが気になるが……。

 ものすごく太ってるクラリスが引き出されるとか?

 もしくは巨人のようなクラリスがとか……。

 考えるとなんだか面白くなってしまう。

 いずれそのうち、実験としてやってもらうとして……。


「さて、アンナ。調子はどう?」


 引き出された私が、アンナの中へと入ったのを確認してから、私は尋ねる。

 アンナは先ほどと同じようにやはり、疲労困憊、と言った様子だが、先ほどよりは練度が上がって慣れたのか、話す余裕はありそうだった。


「は、はい……やっぱり、さっき《影》の力を取り入れた時と同じように、《浄化》の力を感じます……。聖国で、ずっと感じられないかと練習してきたのに、何も感じられなかったものが……こんなに簡単に分かるなんて……」


 放心するようにアンナは自分の掌を見る。


「聖国では、ほとんど使えなかったのよね」


「はい……たまに気配、のようなものを感じる瞬間はありましたけど、それくらいで……」


「でも今は、はっきりと感じられると」


「そうなんです。使い方も分かるみたいで……こうですよね?」


 そう言って、アンナは《浄化》の力を放つ。

 掲げた掌からは清らかな光が放たれて、周囲の空気を《浄化》していく。

 と言ってもこの辺りには特に淀みのようなものはないので、単純になんとなく空気が綺麗になったような気がするだけだが。

 ……あぁ、花の香りが一気に消臭されたことは、はっきり分かるかもしれない。

 でもその程度だ。


「確かに使えているわね……私が使っている時と比べると、小規模な気はするけれど……」


「やっぱり、《浄化》の力も、元の持ち主が使った方が強い効果を示すということでしょうか……?」


「そうなのかもしれないわ。少なくとも、最初は。でも、アンナがこれからその力に慣れて、練習していけばまた違うかもしれない。何事も、修練次第でどこまでも伸ばしていけるものよ」


 事実、私の魔術師としての実力は今だに伸びている。

 前世から修行し続けて数十年、成長度合いに差はあれど、成長それ自体が止まる気配は今のところないのだった。

 特殊属性にしても同じことだろう、と思う。


「だといいのですが……」


「まぁ、アンナの場合、自分一人だけでその力を育てる必要はないから、あまり心配しすぎることもないわよ。シルヴィに学べばいいわ。最悪、オルガでもいいけれど……いいえ、《強奪》の力に詳しいのはむしろオルガでしょうから、直接学んだ方が効率はいいかもしれないわね」


「お、お祖母さまにですか……でも……」


 私の言葉に、少し心配げな表情になるアンナ。

 その気持ちは私にもわかる。


「怖いの? お祖母様が。自分の私利私欲のために、他人から力を奪ってまで、聖女の地位に執着した貴方の祖母が」


 つまりはそういう話だろう。

 言い方は少し意地悪かもしれないが、こんなことについて手加減して話したところで仕方がない。

 それに、アンナは今はイストワードに留学しているが、いずれは聖国に帰る。

 自分の立場に、そしてオルガに否が応でも真正面から向き合わなければならない日が来る。

 その時に、はっきりとした考えを自分の中に構築できていなければ……オルガとは相対できないと思う。

 だからここで、ある程度厳しいことを言っておくことは、必要だと思ったのだ。

 そんな私の言葉に、アンナは言う。


「確かに……恐ろしくないかと言われると、それは嘘になります」


「でしょうね……オルガは、ある種の化物でしょうから」


「でも、お祖母様の優しいところも、私はいっぱい知っているんです。他人の力を……エレイン様のを奪うなんて……ひどいことをしたのは、間違いないことで、許されないことだとは思います。でも、私が恐れて近づかなくなるのは……それでも違うと思うんです」


 悩みながらも、アンナはそんな風に答えた。

 まだ十歳にもならない子供だというのに、しっかりした考えだと思う。

 だから私は頷いた。


「……よく言ったわね。その気持ちを、私は理解出来るわ」


「えっ」


 アンナは私の言葉に驚いた表情をする。

 でも、私はこれを本心で言っている。

 力を奪われたことに、何も思っていないわけではもちろんない。

 それなりの怒りも、憎しみも私の中には確かにある。

 だけど……それは、本来抱くべき瞬間から、数十年も経ってから芽生えてしまった感情で、そのために手がつけられないほど燃え上がるようなことはなかった。

 せいぜい、ちょっとした焚き火か小火か。

 そんな程度だ。

 だからかき消すのも今の私にとっては容易なもので、それほど強い感情を、私はオルガには持っていないのだった。

 聖国の情勢について、あまり興味が持てないのもその辺りに理由がある。

 ただ、アンナとシルヴィの身の安全に関わる範囲では気になるけれど。

 彼女たちは、私の友人と、その娘なのだから。

 私はそこまで考えてから、言う。


「アンナにとって、オルガは……紛れもなく血の繋がったお祖母様。家族でしょうからね。その家族が、どれほどとんでもない所業に手を染めていたとしても……どこかで、見捨てられない。そんな気分になるものよ。それに、オルガの所業については今のところ、公にはなっていないからね。糾弾する人間もいないというか、その権利を行使するつもりがないわけだし……普通の家族として、接しても構わないと思うわ」


 権利者は紛れもなく私のことなわけだが、オルガをどうこう言う気はやはりないのだ。

 言ったところで解決するものが今のところ、ない。

 オルガを脅して聖国に強いアドバンテージを持つのも悪くはないだろうが……今の私に、聖国にして欲しいことなどないし。

 こういうカードは必要になった時に明かして使うのが、最も相手方にダメージを与えられ、そして譲歩を多く引き出せるものだ。

 だから私はしばらく口を噤むつもりなのだった。

 アンナは流石に私がそこまであくどいことを考えているとは思わずに、素直に受け取ったようだ。

 逡巡しつつもゆっくりと頷いて言った。


「……そう、ですよね。家族ですから……。でも、だからこそいつか聞かなければいけないとも思います。どうして、こんなことをしたのか……聖女の地位に、どうしてそこまでこだわったのか……」


「それは私も気になるわね。かつて強くこだわったことのある私が言うのもなんだけれど、聖女になったところでいいことはあまりなさそうだわ。自由を縛られて、《聖域》をひたすら回り続ける生活が始まるだけだもの……まぁでも、オルガは今となっては元聖女だから、そういう意味では比較的自由な立場ではある、かしら……?」


 しかし、そうなれたのはかなり年齢を重ねてからだ。

 そこから好きに生きられる、権力も元聖女という扱いだから相当ある、なんて考えで聖女になるとも考えにくい。

 やはり、それなりの理由があったはずと思われるのだが… …今ある情報だけだと答えには辿り着けそうもないな。


「確かにお祖母様は、お母様の《浄化》に付き添われることも少なくないですけど……そうじゃない時も多いです。現役の聖女だった時よりは、ずっと自由……かも」


「そうよね。だからと言って、何か不穏な動きをしているという感じでもないし……よくわからないわ。正直昔から、考えの読めない人ではあったけれどね」


「そうなのですか?」


「ええ。私に向ける笑顔は大体作り笑顔だったし、何を聞いてものらりくらりと……でも考えてみれば、うちの血族はみんなそんな感じだから血かもしれないわね。オルガも、シルヴィも、私も、そして母上もそういうところは似ているわ……アンナはそこからすると、だいぶ素直に育ったわよね」


「えっ、そ、そうですか……?」


「そうよ。私、貴女くらいの年齢の時によく言われていたのは、無表情の仮面が張り付いているようだ、とかよ。シルヴィも似たようなものだったわ」


「お母様もですか……確かにそこまで表情豊かという感じではないですね……。信徒の前とかですと、優しげな笑顔になられるのですが……」


「作り笑顔でしょ? それくらいはするでしょうよ。でもシルヴィは無表情の方が素だからね」


「私と一緒にいても楽しくないのかな、とか思ったことも少なくないんですけど……」


「むしろ楽しくてリラックスできているから、無表情なのよ。愛されてるわね、アンナ。まぁ、あれだけ自分の地位を危うくするような行動を、アンナ一人のために取ってる時点で間違いないことだけれど」


「ふふ、嬉しいです……」


 アンナからすると、そんなに好かれてないのかも、と不安に思ったことは一度や二度ではないのだろう。

 しかし、シルヴィは明らかにアンナを大切にしている。

 それが分かって、安心したのだろう。


「ともあれ、貴女の家族のためにも、貴女の力は万全にしておいた方がいいわね。そろそろ、実験を再開してもいい?」


「はい!」


 ◆◆◆◆◆


「二人とも、どうだった?」


 と、ジークがアマリアと共に、中庭に戻ってきて言った。

 二人は、先ほど一旦、ファーレンス館の中にある武具庫に行って、私の頼んだ品を探してきてもらうために中庭から出ていたのだ。


「何度か、《浄化》の《強奪》と《献上》を繰り返してもらって、アンナも大分慣れたところよ。やっぱり自分の特殊属性というのは使いやすいのか、上達も早いみたい。今ではほとんど息を切らせることなく使えるようになってるわ。ね、アンナ?」


「はい! それに、ちょっと特殊なことも出来るようになってきたんです!」


 そう言ったアンナに、ジークが尋ねる。


「それってどんな?」


「相手の力を全部《強奪》するんじゃなくて、一部だけ奪うことも出来るようになったの」


「っていうと……」


 首を傾げるジークに、私が、


「ほら、今の私は《浄化》が使えるんだけど……」


 《浄化》の光を使った後、アンナも、


「私も使えるの」


 そう言って、私よりもだいぶ小さいが、《浄化》の光を放った。


「えぇ!? これってすごいんじゃ……僕の力も、同じように一部奪ったりできる?」


「戻ってきたらそれをやってみようってお話になってたの……やってみてもいいですか? エレイン様」


「ええ、二人が疲れてないならね」


「じゃあ、やろう」


「うん!」


 そして、二人はそれをやった。

 すると……。


「本当に、半分くらい《影》の力が僕に残ってる……ちゃんと力を使える」


 ジークがそう言い、続けてアンナも、


「私も使えるよ! でも、ジークよりずっと小さいことしか出来ないけど……あっ、《浄化》も一緒に使える!」


 そう言って、《浄化》と《影》を、両方の掌で同時に操っていた。


「これは……面白いわね。複数属性を扱うのは、一般属性でも難しいけど、アンナは《強奪》した力で、使い方に慣れていれば比較的容易にそれが出来る……? そもそも、二つ以上の特殊属性を《強奪》しても、片方が消えたりはしないのね……これってどれくらい特殊属性をストックできるものかしら……」


 いくらでも出来るとしたら、これは恐ろしい力だ。

 一つだけでも街一つ、場合によっては国一つ滅ぼしかねないような力を発揮できる属性である。

 それをいくつもだなんて……。

 アンナがそれをやるとは思わないが、何かの拍子で事故に繋がったりすることはあり得ないとは言えない。

 イストワードにいる間に、彼女にしっかりと力の制御を学んでもらう必要が改めて出来たことを理解せざるをえなかった。

 まぁ、アンナは本当に素直な子だし、それこそ心配はいらないのかもしれないけど。

 そして、私たちはその日、ずっとアンナの力についての実験をやり続けたのだった。

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