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第149話 《強奪》の扱い

本日二話目です。

「……それでまず《強奪》される役が、僕?」


 ジークがそう尋ねてきた。

 アマリアに頼んで、彼を呼んでもらったのだ。

 その理由は、まさにジークが言った通り、アンナに《強奪》の力を使ってもらう対象が必要だからだった。


「いいのでしょうか……ジークの力、返せなくなるかも……」


 一応さっき納得したアンナだったが、相手がジークだと知り、再度不安になってしまったらしい。

 アンナはジークと聖国において学友となった経緯があり、そのため友人の力を、一時的とはいえ奪うということに忌避感を覚えるのだろう。

 だが、ジークは、


「いや、その時はその時だし、気にしなくていいよ。僕、今は一般属性だって使えるし、そんなにいきなり困ることはないと思うし。もちろん、《影》があった方がいいんだけど……特殊属性の反転は、出来る人はすぐ出来るけど、不得意な人は少し時間がかかるものだから、半年くらいは待ってもいいし」


 と、緊張を解すためだろう。

 寛大なことを言ってくれる。


「本当に?」


 アンナの念押しに、ジークは頷いて言う。


「うん。練習すれば、いずれは絶対に反転は使えるようになるからね。心配はいらないよ」


「そうなんだ……ちなみにだけど、聞いていいのか分からないけどジークの《反転》はどんな力なの?」


「うーん、僕は最初からほぼ使ってたみたいな感じだったからね。ほら」


 そう言って、ジークは《影》を出す。

 そしてそれを立体的な形にして、アンナと握手させる。


「……これが?」


「そうだよ。《影》を反転させると《形》になる。つまり、存在しないものに存在を与えるのが、僕の《反転》、なんだけど……それってつまり、僕が最初からやってることなんだよね。母上が言うには、こういう特殊属性も普通にあるんだってさ」


「そうなんだ……特殊属性って、不思議」


「面白いよね」


 そんな風に話していると、普通の友人のようで、実際二人もそのように感じているらしく、空気は和やかなものになっていく。

 これはアンナの特殊属性の練習にとってもいい環境だ。

 魔術というのは、精神の安定が大きく影響するからだ。

 時には強烈な怒りや恨み、憎しみが魔術に影響し、通常以上の威力や効果を与えることもあるが、それは暴走に近いところがある。

 安定して魔術を使うには、やはり精神も安定しているべきなのだ。

 だからこの穏やかな空気は、魔術を使うのに最も適している、と言えるのだった。


「じゃあ、二人とも。そろそろ始めましょうか。何度か試行錯誤をしてほしいから、早めにやって、休憩を挟みつつやりましょう」


「うん」


「はい!」


 ジークとアンナが元気よく返事をしたので、そこからは実験となる。


「……アンナ、集中して」


 アンナとジークが、対面に立っている。

 アンナはジークを強く見つめて、自らの力を使おうとしていた。

 魔力が練られていく。

 それは一般属性のものではなく、特殊属性のもの。

 一般属性であれば、分かりやすく感じられるが、特殊属性のそれはそうと分かっていなければ何も感じられないような、変わった感触の魔力だった。

 そして、その魔力はついに魔術として構成され、現れる。

 それは不思議な形をしていた。


「……透き通った……アンナ?」


 アンナと同じ形をした、しかし透明な人形が現れて、ジークに向かって歩き出したのだ。

 それはジークの目の前まで到達すると、ジークの胸元に向かって手を伸ばした。

 そして、その手はジークの体へと差し込まれる。

 しかし、手刀を差し込まれたような格好になっているジークの方は、特に痛みを訴えることはなかった。

 それどころか、何をされているのか分かっていないようだ。

 あのアンナの人形が、ジークには見えていないようだった。

 私はアンナの魔力を視認できるように目に魔力を集約しているからこそ見えている。

 他の誰にもあれは見えていないのだろう。

 アンナ本人にも見えてはいるかな。

 彼女も、少し驚いたような顔をしているから、多分そうだろうと思う。

 そして、アンナの人形の腕が、ジークの体から引き出される。

 すると、その手の先には、他の人物の手が繋がれていた。

 あれは……ジーク?

 ジークの形をした、黒い……影のようなものが、ジークの体から引き出されたのだ。

 そのまま、透明なアンナの人形は、ジークの影と手を繋いだまま、今度はアンナの体の中に飛び込んだ。

 それからアンナの魔力の気配は消え……。


「うっ……はぁ、はぁ」


 と、アンナは膝をついた。

 同時にジークも。

 私はアンナの方へと走り、アマリアがジークの方へと向かう。


「アンナ……大丈夫かしら?」


「は、はい……」


「ジークは平気!?」


 ジークにもそう尋ねると、彼は手を振って答えた。

 どうやら二人とも、大きな異常はなさそうだ。

 だが……。


「《強奪》は、うまく使えたかしら?」


 尋ねる私にアンナは答える。


「ちゃんと使えた……と思います。今、私の中に……ジークの《影》の力を感じるので……」


「へぇ……そんな感じなのね。ジークの方は……」


 と、口にすると、


「僕は逆に《影》の力が感じられなくなっちゃったよ。一般属性の魔力は普通に……というか、いつも以上に強く感じられるんだけど……」


 と、こちらに近づいてきたジークが言った。


「《影》の力が感じられなくなったのは理解できるけど……一般属性の魔力をいつもよりも強く? それは予想外の話ね……あぁ、それと、極端な虚脱感とかはない? 特殊属性を抜かれたのだから……」


「それについては、こう、全力で走った直後のような感じで……でもそれも徐々に収まってきてるよ。もう少ししたら全快するかなって思う」


「そう、なら一安心ね。でも、今後、後で何か影響が出るかもしれないから、注意しておいて。さて、それじゃあアンナの方ね」


 アンナに向き直ると、彼女は上目遣いで、


「えっと……?」


 と言ってきてたので私は尋ねる。


「息が落ち着いたら、ジークから《強奪》した力……《影》の力を、実際に使ってみてほしいのよ。どうかしら?」


「あぁ! そうですね……はい。もう大丈夫です。やってみますね……ええと、こう、かな……」


 少し考えてから、アンナは魔力を練り始める。

 それは先ほどの、《強奪》の魔力とは違った感触の魔力だった。

 そして魔力を練り終わると、アンナはその力を外に放出する。


「あっ、僕の《影》……!」


 ジークがそう言った通り、アンナの前には、《影》が出現する。

 ただし、その形は不安定で、しかも……。


「触れないな……」


 ジークが《影》に触れようとしたが、触れることができずに、スカッ、と空振りしている。


「おかしいわね、ジークが使うとちゃんと実体が……って、あれは《反転》させてるからそうなっているだけだから……アンナがそれをまだ使えてないということ、かしら。アンナ、使い心地はどんな感じなの?」


「それが……ちょっと難しくて。なんとなく使い方は分かるんですけど……ものに触れたりするやり方がいまいち……」


 これにはジークが、


「イメージとしては、《影》をぎゅっ、とさせる感じかな。最初のうちは……一部だけ、ものに触れる場所だけに力を集める感じで……」


 と説明した。


「……うーん、こう、かな……」


 言われたアンナが、そう言って魔力の込め方を変えたようだ。

 すると、


「あっ、触れる……かな? でも薄い紙に触れたみたいな感触がちょっとするだけ……」


 ジークがそう言った。


「これ以上は、無理そう……ふぅ」


 そう言って、アンナは座り込んでしまった。

 同時に、《影》は完全に消滅してしまう。

 限界らしかった。

 ただ、魔力はまだ残っているようだが……精神的な疲労かな。

 休憩を挟んだ方がいいだろう。


「ちょっと休みましょうか。アマリア。紅茶を用意してくれる?」


 私がそう言うと、出来た侍女はすぐに紅茶の用意を始める。

 中庭にあるテーブルの横には、初めから茶器の類が設置してあるカートがあって、そこからテキパキと茶器セットを取り出し、三人分用意していくアマリア。

 私たちはそこに腰掛けて、注がれた紅茶に口をつける。


「……いつ飲んでもいい味ね」


「お褒めいただき、光栄です。エレイン様」


 今はしっかりと侍女モードのアマリアだった。


「美味しい!」


 アンナがそう言い、ジークが、


「アマリアは紅茶を淹れさせたら、公爵家でも一番なんだ! 僕も淹れ方を教わってるんだけど、難しくて……」


「えっ、ジーク、公爵家の子供なのに、紅茶を……?」


「おかしいかな? 母上が、いつ必要になるか分からないから、身につけられる技術はなんでも身につけておきなさいって……」


 これは私が一度目の時に得た、教訓であった。

 貴族令嬢として学んだことは、国中から追われる生活の中で役に立つ場面は少なかった。

 けれど、アマリアや侍女たちに、気まぐれで教わった技術の類は、いつも私の身を助けてくれた。

 それらがなければ、もっと早い段階で私は死んでいただろう、と思う。

 だから、子供たちにはそのような教育方針をとっているのだ。


「うーん、変わっているとは思うけど……でも自分で美味しい紅茶が淹れられたら、便利かも。いつも侍女がいるならいいけど、私には特にそういうことはないし……」


「僕も学院では侍女なんていなかったからね。自分で淹れないと自室では飲めなかったよ。食堂に行けばあったけど……」


「紅茶だけ飲みに食堂に行くのは微妙だね……」


「そうそう」


 二人の会話は弾んでいて、仲が本当にいいようだった。

 聖国では、私が必要なものだけ得たような気がしていたが、ジークはジークで色々と学び、そして友人も得て帰ってきたようだ。

 彼も連れて行って良かったなと思う。

 それからしばらく私たちは談笑して……。


「さて、そろそろ疲れも癒えたかしら?」


「はい!」


「じゃあ今度は、反転の方をやってみましょう。と言っても、やり方は……分かる?」


 私の質問に、アンナは意外にも頷いて答えた。


「さっきまではちょっと難しいかも、と思ってたんですけど、ジークの《影》を反転させたら、感覚的にわかったような気がしました。同じようなことを、《強奪》でもやればいいんだと……」


「そう、ならやってみましょう。失敗してもいいのだし、気楽にね」


「はい」


 そして、先ほどと同じように、アンナとジークは対面に立つ。

 アンナが魔力を練り……カッ、と目を見開く。

 すると、アンナの中から、また透明なアンナが現れて……ただし、先ほどと違うのは、透明なアンナは黒々としたジークの《影》と手を繋いで出てきたことだろう。

 透明なアンナは、ジークの《影》の手を離す。

 するとジークの《影》はそのまま一人でトコトコと歩いて行き、ジークの体の中へと入っていった。


「あっ……戻った?」


 ジークは一部始終は見えていなかったようだが、入った瞬間にそう言った。

 そして……。


「やっぱり、戻ったみたい。使える!」


 そう言って、《影》の力を操り始めた。

 アンナが使った時とは異なり、自由自在に《影》を扱えており、自分を《影》の力で持ち上げたり、アンナとダンスをしたりなど、バラエティに富んだ動きだ。


「ちゃんとした持ち主が使った方が、うまく扱えるのかな?」


 アンナがそんなことを呟く。

 確かにそうなのかもしれない。

 もしくは、アンナの練習不足か……。

 《浄化》の力についても、まだアンナは扱えていなかったようだし。

 ただそうなると《影》の力はすぐに使えていたのが不思議だが……こちらについては自分で《強奪》したから、かな?

 アンナからこの間、返してもらった《浄化》の力は、まだ私の中にある。

 私はあれから、《浄化》を何度も使っているが、本来の持ち主だからなのか、その使い方については特に意識せずとも分かるのだ。

 《聖域》を《浄化》するために使われている力だが、それ以上に、床や壁についた汚れをきれいにしたり、泥水を飲める水にしたりなどの使い方も出来る。

 聖国からすれば、神聖な力を家の掃除に使うなとか言われてしまいそうだが、使えるものは仕方がない。

 公爵家の侍女が、頑固すぎて取れない、と嘆いていた汚れも、密かに《浄化》しておいたら、喜ばれた。

 もちろん、私が《浄化》など持っていることは秘密なので、アマリアがその長い侍女生活で得た特別な方法できれいにしたことになっている。

 今、公爵家の侍女の間では、アマリアは掃除の達人として尊敬を集めているくらいだった。


「……ともあれ、普通に力を戻せる……《献上》が使える、ということは分かったわね。次は、私が持つ《浄化》を《強奪》してみてもらってもいいかしら?」

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お掃除らくちんヽ(*゜ー゜*)ノ∘˚˳°(∵;)聖女ぱわーで!?
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