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第148話 アマリアの事情

本日一話目です。

「考えることが多いのよねぇ……」


 ファーレンス公爵家にある私の私室で、私は紅茶を飲みながらそんなことを呟いていた。

 部屋にいるのは、私と、昔からの侍女であるアマリアだけだ。

 だから、少し聞かれてはまずい話もすることが出来る。


「聖国についてのこと?」


 アマリアが私にそう尋ねる。

 今は二人きりだから、アマリアは侍女モードではなく、親友として、敬語を外している。


「ええ、まさかこんな事実が明らかになるなんて、想像もしていなかったものだから……」


「エレインに聖女の素質があるなんて、意外だったわ。当時だったら私もそれを信じていたけれど、結局、聖女はシルヴィ様になってしまったから、エレインには、やはり素質はなかったのだと受け入れたというのに……」


「当時はだいぶ励ましてくれたわね。アマリアがいてくれたから、私もなんとか立ち直ることができたと思っているわ」


 聖女になれない、と決まった時点で、私は今まで一体何のために生きてきたのか、研鑽してきたのかと絶望に近い気持ちを抱くことになった。

 あのまま一人だったら、もしかしたら私は自分の命を自分で絶っていた可能性すらあったと思う。

 しかし、そんな私を時に力強く、時に優しく励ましてくれ続けたのは、アマリアだったのだ。

 けれどアマリアは首を横に振って言う。


「いいえ、私では力不足だったわ。エレインは、あの時以来、目に光が宿ることがなかったのだもの……ジーク様を出産する、その日までは」


 つまり、二度目が始まったその日だ。

 アマリアは続ける。


「やっぱり、子供が出来ると人生に張り合いが出来るということかしら? 私には子供がいないからその気持ちはわからないけれど……」


 アマリアは、今でも独身だ。

 私に気を遣って、というわけでもなさそうで、だから私は言う。


「今からでも遅くないから、結婚して子供を作ったらどう?」


「そうは言ってもね。相手がいないから。流石にこの年齢じゃ、なかなかね……」


 結婚適齢期は、大体二十歳前後である。

 貴族であればもっと早く、そしてアマリアは男爵家の娘であった。

 そのため、三十を超えてしまった今では、相手探しが難しくなる。

 けれど、アマリアは今でもまだまだ美しいし……。


「探せば相手はいくらでもいそうだけどね……」


「求婚者は今でもたくさんいるわ。でも、大体透けて見えるよね。ファーレンス公爵家や、エレイン、貴女とのつながりが欲しいんですと、その瞳の中に書いてあるのが」


「あぁ……なるほど。苦労をかけるわね……」


 ファーレンス公爵家は、イストワードでも大貴族の一つである。

 加えて、私個人もかなり資産を築いているから、そういう人間というのはたくさんいるだろう。

 そして、そうなると私が実家から連れてきて、今でも変わらず筆頭侍女として仕えてくれているアマリアは、かなりいい獲物に見えるというわけだ。

 事実、アマリアから言われれば、大体の願いは叶えてしまいかねない自分がいる。

 一度目の時は、彼女に多大なる迷惑をかけたし、その償いではないが、彼女の望むことは全て叶えてあげたいのだった。

 そんなことを考える私に、アマリアは言う。


「断るだけだから、それほどの苦労もないわよ」


「でも、結婚が難しくなってるんじゃ……」


「本当に私と結婚したい、という人が混じっていたら分かるもの。今の所、そういう人はいない。それだけよ」


 どうなのだろう。

 持って来られる釣り書きの中にはいないのかも知れないが、そんな風に数多くの人間から求婚されているという事実が、本来ならアマリア自身に惚れ込んで求婚するような人物を尻込みさせている可能性もある。

 だとしたら……。

 でも、まぁあれかしら。

 それくらいで尻込みして求婚して来ないような男なら、そもそもない、ということかも知れない。


「……わかったわ。でも、本当に結婚したくなったら、私のことなど気にしないで結婚してね」


「あら、私、侍女を首になるの?」


「そういうわけではないけれど……結婚してからも続けたいなら続けてもいいし、子供が出来たら休暇を取れるようにもするわよ?」


「至れり尽くせりでありがたいわ。でも当分ないから、気にしないで。そんなことよりも、今は貴女のことよ、エレイン」


「……聖国については、しばらく放置ね」


「いいの? 思うところが色々とあるのではと思っていたけれど」


 それはつまり、オルガに対する恨みつらみとか、聖女に地位に対するこだわりとかだ。

 一度目の私なら、この段階で今回の事実が判明したなら、なりふり構わずにオルガを糾弾して回っていただろうなとは私も思う。

 けれど……。


「今の私にとって大事なのは、聖女の地位ではないからね。私の家は、ファーレンス公爵家。イストワード王国なのだから、あの国のゴタゴタにはもう、巻き込まれたくないの」


 それが正直な気持ちだった。


「でも、アンナ様をエレインは受け入れているわ。今日も、彼女をここに招いているのでしょう?」


「ええ、アンナの力を色々と調べるためにね……でも、最終的にはアンナに《聖女》の力……つまりは《浄化》の力を持ち帰ってもらうつもりだから、事情を知る者が皆、口を噤めば何も起こらないわ」


「シルヴィ様には伝えるつもりなのでしょう? そこからオルガ様に伝わったりは……」


「シルヴィも、今回分かったことを知れば、黙っておくことに納得すると思うわ。もちろん、今後のことを考えると色々とやらなければならないことはあるでしょうけれど、少なくとも一、二年で大問題が起きる、ということはないからね。何かあるとしたら、次代……アンナの子供の代になってからだけど、その時には流石にオルガも亡くなっているでしょうし、そうなればアンナもシルヴィも聖女の地位にこだわることはないでしょうから。何処かから《浄化》の力を持つ子を見つけて、その子を聖女の地位につけるでしょう」


 見つからなければどうなるのかも一応問題になるが、それこそ聖国の問題であって、私が考えることではないだろう。

 少し気になるのは、ジルやリガーラが言っていた、聖域についてのことだが、それも本質的には私が考えることではない……と言うと少し無責任だろうか。

 ただ、今の所は、しっかりと聖域の浄化はなされているのだし、手のつけようがないことだ。

 何かあってから、もしくはその兆候が出ることがあれば考えればいいか、と思っている。

 情報の収集はするけれど、実際に手を出すことは当分ない、というのが私の結論というわけだ。


「聖国に対しては意外と冷淡なのね」


 くすりと笑いながら、アマリアが言った。


「さっきも言ったように、私の故郷はイストワードだからね。私のお母様の故郷ではあるけれど……それだけよ」


 ◆◆◆◆◆


「あっ、エレイン様……」


 応接室に入ると、アンナが立ち上がって私を出迎える。

 彼女は今日、私と彼女の持っている特殊属性、つまりは《強奪》の力を調べるために、ファーレンス館に来たのだった。


「数日ぶりね、アンナ。その後、調子はどうかしら?」


 数日前に行った、アンナの特殊属性の特定作業……魔導具にかけて、彼女の心を探った行為により、何かしら悪影響は出ていないか。 

 あの装置の安全性は何度も調べて確認はしているものの、人の精神というのは非常に繊細にできている。

 そのために、何か問題が出ていないかは長期に渡って確認すべきと考えていた。

 最低でも、数ヶ月は見ておきたい。

 とはいえ、何か問題が起きるとしたら数日で出るだろうから、今日はちょうどいい確認の日でもあった。

 私の質問にアンナは笑顔で、


「特になんともないです! それどころか、すごくスッキリしていて……」


 と意外なことを言った。

 今まで、あの装置を使った人々は、しばらくの間、怠そうにしていた。

 何か傷つけたとか、そういうわけではなく、単純にあれは精神に疲労を蓄積してしまうのだ。

 数日経過しても少し疲れた感じが残っている、くらいが普通なのだが、確かにアンナにはそういった色は見えなかった。


「本当に? これは珍しいわね……」


「今まで、自分の力について不安だったんですけど、それがなくなったからでしょうか? ぐっすり眠れるようになりましたし」


「あぁ、なるほど。そういう精神的負担がなくなったというのはあるでしょうね……じゃあ、すぐに力の確認も出来る? 使い方とかはどうかしら」


「《強奪》の力ですね。まだ一度も使ってないので、うまく扱えるかわからないのですけど……」


「大体の場合、基本的な使い方については、あの装置で力の本質を理解した者は自然に扱えるようになっていたわね。アンナは……?」


「こうすればいいのかな、みたいなところはなんとなく。でも、反対のやり方? というのは出来るかは不安で……」


「《強奪》の反対、《献上》の方ね。じゃあまずは《強奪》の方から練習してみるところから始めましょうか」


「返せるかどうか分からないんですけど……大丈夫ですか……?」


「まぁ、その時はその時よ。さぁ、中庭に行きましょう。あまり狭い場所でやると、爆発とか起こるかもしれないからね」


 そして、私たちはファーレンス館の中庭へと向かった。

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