第146話 浄化の力
本日三話目です。
「……さて、調子はどうかの?」
気づけば、目の前にカンデラリオの顔が見えていた。
パカり、と透明な棺が開いたので、私は配線を取り外して、外に出た。
「戻ってきたのですね、私は……」
と少し放心した気持ちで呟く。
そんな私にカンデラリオは意外そうな表情で言う。
「うむ、そうじゃが……何度も《潜心装置》は使っておるじゃろう? 珍しい様子じゃな……何かあったのかの?」
「何か……あったといえばあったのですが、なんと表現したらいいのか分からなくて……」
「まぁ、とりあえず皆が揃ってから、話すか。場所は最後、わしの執務室でいいかの?」
「はい……」
そして、カンデラリオの執務室に戻ってから、アンナの心の中であったことを全員に説明した。
私からの視点、サーゴからの視点、そしてクラリスからの視点、それぞれで。
全てを聞いたその場の者たちは、それぞれなんとも言えない表情になった。
特に、アンナは、
「……私の力が《強奪》だなんて……」
とショックを受けている様子だった。
しかし、これについてはいらない心配というか、別に気にする必要はないことだ。
だからまず、それについてはアンナに言っておく。
「とりあえず先に言うけれど、《強奪》という言葉に問題を感じる必要はないわよ、アンナ」
これにアンナは意外そうな表情で、
「え、でも……」
というが、私は続けた。
「なんだか悪い言葉のように思えるのは分かるけど……別に力そのものに善悪はないもの。火弾の魔術だって、それだけ考えれば人を殺せる炎を発射する魔術なのよ。でも、使えるからってダメってことはないでしょう?」
「それは……そうなのかな……?」
「そうなのよ。それよりも、使い方が大事よ。《強奪》ということは、人から力を奪える、ということよね。他ならぬ根源領域にいた貴女がそう言っていたもの」
「そう聞きましたけど、私、人から力を奪ったことなんてないのですが……」
「記憶にはないのね。でも……それについて、ちょっと思ったことがあるのよ」
「というと?」
「貴女の心の中で、私は、私に似ている少女に出会って、それと同化したことは話したわね」
「はい」
「そして現世に戻ってきて……ちょっと不思議なことに気づいたの」
「不思議なこと、ですか?」
「そう……なぜだかね、今までなかった力が溢れている気がして……ちょっと、使ってみるわね」
そう言うと、カンデラリオが、
「ちょ、ちょっと待つんじゃ。何か力を手に入れたようじゃが、いきなりここで使うのは危険ではないか!? 執務室を吹き飛ばされてはたまらんぞ!?」
と言ってくる。
「大丈夫ですわ。なんだか昔からよく馴染んでいるみたいに、使い方が分かりますから……ほら」
そう言って、私はその力を使う。
すると、その場にある空気が、スッと清らかなものへと変化したことを、その場にいる面々は皆、感じた。
「これは……まさか……」
驚くカンデラリオに、私は言う。
「ええ、おそらく《浄化》の力だと思います」
◆◆◆◆◆
以前から不思議に思っていたというか、アンナの中にはわずかではあるものの、《浄化》の力が眠っていることは確認していた。
しかし、今のアンナからはその力は感じられない。
あの根源領域で、その力は私の元へと返ってきたから。
一連の出来事を理解するなら、そういうことになるだろう。
そのことを説明すると、トビアスが、
「言いたいことは分かったが……どうして、お前の力がアンナの中にあったんだ? おかしいだろ?」
と聞いてくる。
これについては私も疑問だが……少し思い出したことがあった。
「ちょっと思いつくのは、アンナじゃなくて、シルヴィのことね」
「シルヴィって……現聖女のか」
「そうよ。あの子と私は従姉妹でね。血のつながりがあるんだけど……」
「それは知っているが、それが?」
「かつて聖女の地位を争ったことがあるのよ。お互いに、聖女の才能があるからと……浄化の力があるはずだからとね。でも残念ながら、結局私には浄化の力は目覚めずに、シルヴィにだけ目覚めて、それで終わったわ」
苦い記憶だ。
そこから私の人生は狂った。
しかし、ふと思い返すと不自然なことがあった。
私は、あの頃確かに、自分自身の中に眠る浄化の力について、感じていた。
未だはっきりとは目覚めてはいなかったものの、もう少しすれば確かに使えるようになる。
そういう確信すらもあったのだ。
けれど……ある日、その感覚はスッパリと消えてしまったのだ。
そのことを言うと、トビアスが、首を傾げて尋ねる。
「……なぜ、消えた?」
「思い返すに、シルヴィの母、オルガと何度か話した後に消えた気がするのよね……」
「それは……まさか……」
その先を言いにくかったのだろう、トビアスに代わり、カンデラリオがズバリと言う。
「《浄化》の力を《強奪》されたと?」
「多分、そうだろうと思います……カンデラリオ様はご存知でしょう。特殊属性魔力は、一般属性とは異なって、親子の間で受け継がれやすいものがあることを」
「うむ。何例か、エレイン殿と共に確認しておるからのう。つまり、アンナ殿の家系では《強奪》の特殊属性魔力が受け継がれているわけか……」
「ま、待てよ。たとえそうだとしても、なぜエレインの力が孫であるアンナに引き継がれてるんだ? おかしいだろう!」
トビアスの疑問に、カンデラリオが答える。
「いや……《強奪》の力の特性を考えると、あり得ない話ではない。《強奪》とは他人の力を奪う特殊属性。そしてそうであるということは、他人の特殊属性に干渉できることを意味する。特殊属性は単純な力の他に、反転させることも出来ることは最近分かってきておるからのう……例えば、クラリスの《増幅》は、反転させて《減衰》の力としても扱える」
「ってことは、《強奪》の反転は……《献上》ってとこか?」
「まぁ、その辺りじゃろうの。つまりじゃ、話を整理すると、そもそも、エレイン殿には《浄化》の力があった。しかし、その力はオルガによって《強奪》されてしまったのじゃ。そして、オルガはその力をそのまま、自らの娘へと《献上》した。娘であるシルヴィは聖女となった……さらにシルヴィは、アンナへその力を《献上》して……」
そこまでカンデラリオが言ったところで、私は口を挟む。
「多分、少し違うわ」
「というと?」
「シルヴィは、自分の力について、疑っていた。と同時に、アンナの力についてもね。だから、シルヴィは自らの意思でアンナに力を《献上》したわけではないと思う」
「ふむ……無意識で、とかかのう? もしくは、オルガが一部の力を自らに残しておいて、そのままアンナへと献上したか……」
「後者の方があり得そうね。アンナの中で、アンナが生まれた時の記憶を見たんだけど……」
そう言うと、アンナが少し驚いた顔で、
「えっ、そんなものまで見られちゃったんですか!?」
と言ってくる。
「傷ついたならごめんなさい」
「あ、いえ、ちょっと恥ずかしいなってだけで、別にいいんですけど……それより、そこでどんなことが?」
「そうね。シルヴィがアンナを産んだことを、オルガが誉めていたのよ」
「それだけですか?」
「基本的には……でも、少しばかり、不穏だったのよね。上手く言えないけど、オルガが何かを隠しているみたいだったの。これは、クラリスもサーゴも同じ印象だったわ」
二人が私の言葉に頷く。
「どんな風に不穏じゃったんじゃ?」
カンデラリオの言葉に、私は言う。
「シルヴィが、オルガに対して、アンナに聖女の才能があるか、と尋ねると、あると答えるのだけど……妙な表情でね。その時は意味がわからなかったけど……こうして《強奪》の力ありきで考えると、色々見えてくるわ」
「ふむ……そうか。アンナに聖女の才能がないことを、オルガは初めから分かっていた。しかし、《強奪》の力でもって、聖女の持つべき才能である《浄化》の力を《献上》出来ることは最初から分かっていて……じゃから、そのようなやりとりになった、と、つまりそういうことじゃな?」
流石、カンデラリオは頭の回転が早かった。
すぐに私と全く同じ理解に達したようだった。
「ええ……とんでもない話よね……人から、力を奪って……」
そのせいで、私の人生が歪んだ。
そう考えると余計恨みが募る。
だが、聖女の力がなかったとしても、私はクレマンに娶ってもらい、何不自由ない生活をさせてもらった。
それにもかかわらず、納得できなくて……結局、自ら歪んでいったのだ。
それを思えば、オルガを責めるのも違う気もした。
結局、私の人生を歪ませたのは、私自身であることは変わらないのだと。
ただ、それはそれとして、やはりオルガに腹が立つ部分があるのは間違いない。
「あの……エレイン様。今更ですけど。申し訳ないです……」
アンナがそう謝ってくる。
しかし私は言う。
「別に貴女が謝ることではないわ。全ては、オルガがやったことだもの。そうでしょ?」
「でも、私のお祖母様ですから……」
「それを言うなら、私の叔母でもあるわけだしね……血が繋がってるだけで貴女を責めることは出来ないわ。それに今は吹っ切れてることだしね。聖女の力があるかどうかなんて、今の私にとってはどうでもいいことだもの」
「そ、そうなんですか?」
これはアンナにとっては意外らしかった。
アンナは自分が聖女として適性があるのかどうかについて、人生を通して悩んできたわけだし、当然の感覚かもしれない。
私もまた、そうだったが、今となっては……。
今更聖女になりたいとかも思わないし……。
「そうなのよ。正直、ことの顛末が分かってスッキリしたくらい。浄化の力も……アンナにあげちゃっても正直構わないのよね……」
あればあるで便利だとは思うけれど、この力ですべきことは、聖国の聖域の浄化だ。
それを私の仕事にしてしまうと、自由に生きるのが難しくなる。
むしろ今となっては煩わしいくらいの力ですらある。
「驚きです……」
私の言葉に、アンナはそう言う。
「せっかくアンナの力が《強奪》だって分かったんだし、実験がてら、今度、私の力を正しく《強奪》出来るかどうか、やってみましょう。逆に《献上》で戻せるかどうかも知りたいわ」
「それくらいのことならいくらでも」
「報酬は、その《浄化》の力をあげるってことで」
「い、いいのでしょうか……?」
「私は聖国の聖域周りとかしたくないもの。あっ、でもアンナに押し付けるみたいになっちゃうのはダメよね……」
アンナの人生も縛ってしまう。
そう思ったが、アンナは、
「いいえ! 私は、以前からずっと、聖女になったらそう言う生活をするんだろうと、そしてお母様やお祖母さまのように聖域を立派に浄化するのだと思いながら生きてきたので……そうさせてもらえるなら、むしろ嬉しいくらいです」
「……そう? なら、浄化はあげるってことで」
言いながら、ふと思った。
オルガは確かに私から力を奪った。
けれど、聖域周りを人生通して続けなければならないという、ものすごく面倒臭い宿命からも救ってくれたとも言える。
そのせいで、一度目は荒れに荒れてどうしようもない人生へと進んでしまったわけだが……でも、結局それすらも、私に自由があったからだと言えないだろうか。
そう思うと、叔母の所業を許せるような気もしたのだった。
そんなことを考えていると、カンデラリオが、
「……それにしても、非常にまずい秘密がここで明かされてしまった感がするのう。全員に言っておくが、これはここにいる面々だけの秘密にせねばならんぞ」
「確かにそれはそうよね……でもこれから先、聖国に対してどういう態度でいればいいのか悩ましいわ……」
「それは……色々考えられるが、エレイン殿。お主がどうしたいかで決まってくるのではないかの?」
「私が?」
「そうじゃ。エレイン殿がもし、その力を奪われたことを糾弾したいと言うのならば、この秘密を公にし、オルガ殿に文句を言えばいい。その場合、儂らは特に黙っておらずともいいから気楽になれる。ただしエレイン殿はその場合、力の正当な持ち主として聖女になるという道に自ずと進む羽目になる」
「それは勘弁願いたいですわ……」
「であれば、今日判明したことは、ここにいる面々の心のうちにとりあえず収めておく、という道しかあるまい。まぁ、何か問題があればその時は考える必要があるじゃろうが、今のところはつつがなく聖域の浄化もできておるのじゃろ? であればなぁ……」
「そうですね。そうすることにしますわ。皆もそれでいいかしら?」
私の確認に、その場にいる全員が深く頷き、とりあえず今日明かされたことは、秘密にすることに決まったのだった。