第144話 最強格との戦い
本日一話目です。
「……勝つとか言ったけれど、挫折したくなってきたわ」
私がつい、そう言ってしまったのは、扉の前に待ち受ける恐ろしい存在が目に入ったからだ。
「あれって魔導人形か? だったら別に……」
とサーゴが言うが、これにクラリスが慌てて反論する。
「いやいや、あれって普通の魔導人形じゃないですよ。黒金魔導人形じゃないですか! 初めて見た……!」
そう、そこにいたのは、数ある魔導人形の中でも最強格であると言われる、黒金魔導人形だった。
「おい、あれってそんなにまずいのか?」
見たこともなく、存在も知らないらしいサーゴが尋ねる。
これは別に彼の勉強不足というわけではなく、魔導人形のバリエーションの多さゆえだ。
作られた素材によって、木材系や金属系など様々な種類が存在するため、専門の研究者でなければそこまで詳しくは知らないのが普通なのだ。
そんなサーゴに、クラリスが言う。
「黒金魔導人形は、魔導人形の中でも最上位の魔物ですよ。その体はほとんどの魔術を弾き、かといって物理攻撃もさほど効くわけではないという理不尽さです。あんなもの、出会ったら速攻逃げて然るべき存在です……」
「……どうやって勝つんだよ?」
首を傾げるサーゴだった。
そんな彼に、私は言う。
「まぁ、挫折したい、とか言ったけれど、別に本気でそう言ったわけじゃないから安心して。そもそも、サーゴ、貴方を連れてきたのはこのためだしね」
「え?」
「アンナが見たことがある、おそらく最強格の魔物って黒金魔導人形なのはだいたい想像がついてたから。記憶に強く刻まれているのも分かってたし、最後の扉を守るならこいつだろうなって予想してたの」
アンナは迷宮の最奥で、これと戦ったというか、対峙し続けて生き残った経験を持つ。
酷く恐ろしい経験であったのは間違いなく、そういうものは強く記憶に刻まれて当然の話だった。
だからこその予想だ。
「……じゃあ、倒し方はわかってるっていうことか? それで俺が? いや、俺に倒せる相手じゃないだろ……」
自信なさげなサーゴに、私は言う。
「普通なら多分無理でしょうね。でも、ここにはクラリスもいる。彼女の特殊属性と、サーゴの特殊属性を合わせれば勝機は十分にある」
「私の力で、サーゴさんの力を増幅するんですね」
クラリスがそう言ったので、私は頷いて答える。
「そういうことよ」
クラリスの特殊属性は、特殊属性の中でもかなり珍しいものだ。
しかも、彼女の力単体では効果が分かりにくいもの。
というのも、クラリスは、他人の魔術を増幅することが出来る。
そしてその効果は、通常の魔術は当然のことながら、これは特殊属性にも及んだ。
かつての……一度目の時、カンデラリオはクラリスを使った実験の失敗により、その魔力の大半を失うことになって、トビアスに殺されることになるわけだが、その理由こそが、クラリスの力の特殊性にあった。
彼女は他人の魔力を増幅するが、それは無償ではない。
無理やり他人の力を、潜在能力も含めて引き出してしまうところがあって、制御が出来ていなければ、根こそぎ、全ての力を持っていくことすらありうる危険なものなのだ。
一度目の時のカンデラリオの実験においては、二度目の今のように、特殊属性の研究が進んでおらず、したがってクラリスも自らの力の制御など全くできていない状況にあった。
それが故に、カンデラリオの魔力をほとんど持っていってしまった、というのが、あの事件の理由なのだった。
そんなものを今、使えなどというのは危険ではないか、と言いたくなるだろうが、これについては心配ない。
今のクラリスは、その全てを、とは言わないまでも、ある程度まで自らの特殊属性を制御できるようになっている。
それは、私やカンデラリオと共に、実験を繰り返し、その力の特性や使い方を研鑽してきたお陰であった。
だから大丈夫なはずだ。
「やってくれるわね、クラリス?」
「……はい!」
「サーゴもいいかしら?」
「わかったよ……でも、どう戦えば……」
「基本的には、サーゴの《体力吸収》で黒金魔導人形の体力を奪っていって貰えばいいわ」
「でもあいつ、相当素早いんだろ? 力もあって……俺くらいじゃ、すぐにやられちまうんじゃ……」
「そこについては、私が全て防御する。だから、貴方は攻撃だけに全力になって」
「……それだけでいいのか?」
「ええ」
「よし、じゃあ、いっちょやってやるか!」
◆◆◆◆◆
そして、私たちは黒金魔導人形に近づく。
途中まで、全く動かずにその場に鎮座していた黒金魔導人形だったが、一定の距離に近づくと、その目を急に赤く光らせて、こちらを認識した。
「……来るわよ!」
私がそう言うと、サーゴとクラリスは構える。
サーゴは自らの剣に《体力吸収》の力を注ぎ込み、そしてその直後、クラリスが《増幅》の力をサーゴの剣に重ねた。
すると、薄いモヤのようにしか感じられなかった、サーゴの剣に宿る《体力吸収》の力が、急に巨大なものになった。
「うぉっ! これはすげぇ……けど、おい、これヤベェぞ! ものすごい魔力持ってかれる……」
サーゴがそう言った。
「まぁ、短期決戦でいくしかないわね。いくわよ!」
「お、おう!」
そして、突っ込んできた黒金魔導人形だったが、わたしたちに向かって腕を振り下ろした。
しかし、その強力な一撃は私たちに命中することはなかった。
その理由は、私が全員を覆う巨大な《魔術盾》を張ったからに他ならない。
「流石、《魔術盾》の開発者だな……おい、これってどうやって攻撃を……」
加えればいいか、と聞きたいのだなと瞬時に察して私は言う。
「あっちの攻撃は通らないけど、サーゴは盾から出れるから!」
「まじか……おぉ、本当だ」
そう言いながら、剣を《魔術盾》の外に出るような軌道で振るったサーゴは、剣が何の抵抗もなく《魔術盾》の外に出たことに驚いていた。
そのまま、剣は黒金魔導人形に命中する。
通常であれば、黒金魔導人形の耐久力は恐ろしいもので、例えば私が全力で魔術を放っても、少し凹むくらいで終わってしまう可能性すらあった。
しかし、サーゴの剣が当たった場所は、一気にそこからヒビが入り、そしてさらにサーゴがそこに向かって剣を振るうと、ヒビは大きくなって、そのまま、腕が落ちてしまった。
「えぇ……嘘だろ? 脆すぎないか……?」
驚くサーゴだが、これは私からすれば予想済みのことだった。
サーゴの《体力吸収》の力は、極めれば恐ろしいものだ。
というか、吸収系は全般的に恐ろしい。
それは、この系統の力の本質が、物事の存在そのものを奪い取る性質を持っているからだ。
《魔力吸収》系は精神的なエネルギーを奪い取り、《体力吸収》系は物理的なエネルギーを奪い取る。
つまり、魔導人形相手の場合は、魔導人形を構成する物質同士の結合そのものを破壊する力を直接叩き込めてしまうのだ。
これは、一度目において、私の次男が後天的に似たような技術を身につけたことからたどり着いた結論だった。
普段のサーゴであればここまでのことはもちろん、出来なかっただろうが、クラリスによる強化があれば出来るという確信もあった。
もちろん、絶対ではなかったが……どうやら賭けに勝ったらしい。
ダメだったら、私が死ぬ気で戦うしかなかった。
まぁそれでもなんとかできたかもしれないが、苦労は少ない方がいいから……。
「さぁ、サーゴ! そのまま攻撃を続けて!」
「おう!」
サーゴは、今度は剣を黒金魔導人形の足へと加えていく。
そして、ついに片足を破壊すると、黒金魔導人形はそのバランスを崩し、倒れた。
そこからはもうただの消化試合でしかなく、サーゴの剣の前に体全体が崩壊し、黒金魔導人形はそのまま消えていったのだった。
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