第140話 精神の中
そう私が言うと、クラリスは、
「はい。私はやり方をすでに存じてますので……」
と答えたので私は頷く。
「ええ、サーゴへの説明は私がするから、貴女は入ってて」
「承知しました」
クラリスはそのまま、部屋の四隅にある、透明な棺のようなところの一つに向かい、パカりと開けて中に入った。
中にはいくつも配線が伸びているが、クラリスは慣れた様子で自らの体にそれらをくっつけていって、カバーを閉める。
「さて、サーゴ。貴方も準備はいい?」
私がそう言うと、
「は、はい……ですけど、自分でいいのでしょうか? 他に適任が……」
「カンデラリオ様もトビアスも外で装置の監視・操作をしないといけないから他にいないわ。やらなければならないことは、後で私が説明するから、問題もない。あと、これについては特殊属性を持っていた方が色々と都合がいいのよ。だからこそ、このメンバーなら貴方が適任」
「そうですか……仕方ありません。承知しました。それでどうすれば……」
「そこの棺みたいなところに入って。それで中にある配線を繋ぐ……のだけど、やり方が分からないでしょうから、私がつけるわ」
「奥様のお手を煩わせるには……」
「私以外だとカンデラリオ様かトビアスになるわよ? 私が一番気楽だと思うけれど」
「……申し訳ないです。よろしくお願いいたします、奥様」
「よろしい」
そして、完全に配線を繋いでから、私はサーゴに言う。
「後は扉を閉めるけれど、中でリラックスして待っていればいいから。配線から魔力が流れるけど、それは拒否しないようにね。まぁ大人だから大丈夫だとは思うけれど」
「はいっ!」
そう答えたサーゴに頷き、私も別の透明な棺に入り、自ら配線して扉を閉める。
三つの棺に人が入ったことを確認したトビアスが、
「では、魔導具を起動するぞ。準備はいいな?」
と言った。
トビアスのいる小部屋とは分厚いガラスで仕切られているから、肉声ではなく、魔導具を通して伝えられる声であり、少しくぐもって聞こえる。
それに私たちは頷き、トビアスは、
「よし、では起動」
そう言って装置のスイッチを押したのだった。
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この魔導具の面白いところは、人の精神に潜れることである。
普通なら、そんなことは魔術によっても難しいところだが、それを私は、というか私とカンデラリオは可能にした。
精神を迷宮と類似した構造であると定義し、そこに他人の精神を送り込むという方法によって。
あの配線は、人の心への通路であり、棺に入った私たちは配線を通じてアンナの精神へと入り込むのだった。
「……う、ここは……」
サーゴがそう言いながら、起き上がる。
その格好は先ほどと変わらず、鎧に剣を下げた護衛騎士のそれだった。
私の身につけているものも同じ、そしてまだ目覚めていないクラリスも同様である。
「起きた? 調子はどう?」
私がとりあえずサーゴにそう尋ねると彼は、
「特に問題はないです。ですが、ここは一体どこなのでしょう? 何もない……というか、空が妙な色ですね……色々な色にうねっているというか……」
そう言った。
彼はキョロキョロとあたりを見回している。
事実、周囲を見渡すと、まず天井が存在していないことに気づくだろう。
そしてそこには、空ではなく、不思議な色合いに塗り込められた空間がある。
絵の具を混ぜ続けているみたいな……表現し難い色合いだ。
しかし、私たちが立っている場所にはしっかりと床があり、その床はいくつかの方向へと続いている。
通路は存在している、というわけだ。
私はサーゴに言う。
「ここは人の精神の中。具体的にはアンナの精神の中だからね。現実とは違うところよ」
「そう言われても実感があまり……危険はないのですか?」
「それなりにあるわ。他人の精神に潜り込むというのは……むしろ危険ばかりね。だから、基本的に精神魔術の類は無闇に使うことが禁じられている。まぁ、カンデラリオ様がいる《魔塔》だからこそ、使っても問題ないだけよ」
言いながら、私は自分の家で結構その系統の魔導具を作っていたりはするのだが、それを言うと驚かれるだろうから言わない。
そもそも、サーゴはすでに私の台詞に驚いているようだった。
「危険なのですか……!」
そんな風に。
「当たり前でしょう? 人には異物が自らの体内に入ったら、それを体外に排出しようとする本能が働くもの。それは精神であっても同じことよ。強力な精神を持っていればいるほど、その抵抗は激しくなる……でも、アンナはまだ子供だからね。そこまでではない、とは思うわ」
とりあえず、表層の部分は、だが。
深い部分に入っていくにつれて、抵抗は激しくなるだろう。
しかし、アンナの本質を見極めるためには、それに抗って進まざるを得ない。
「なんだか恐ろしくなってきましたが……」
「まぁ、そこまで肩肘張らなくても大丈夫よ。迷宮に潜るのと同じようなものだから」
「簡単に言いますが……あっ、クラリス殿が目覚めたようです」
「うっ……」
少し声を上げながら、クラリスの目が開く。
すぐにサーゴがそちらに駆け寄り、抱き起こした。
「す、すみません……大丈夫です」
クラリスはすぐに意識をはっきりとさせ、自らの足で起き上がった。
それから、
「私が一番目覚めるのが遅かったみたいで……」
と少し残念そうだ。
それには実は理由がある。
「魔力量によるからこればかりは仕方がないわね。あと、能力の相性もある。サーゴの特殊属性は《体力吸収》だから、自らの体力を回復するのも早いのよ」
「私のはそう言った系統ではありませんからね……」
「でも、有用な力だわ。だから、来てもらったのだから」
「そう言っていただけるとありがたいです。早速進みますか?」
クラリスは何度かこの魔導具を体験しているので、話の進みがスムーズだ。
しかしここでサーゴが、
「い、いえ、あの。お二人とも。先に何をするのか、簡単でいいので自分にも説明していただけないでしょうか。流石に不安ですので……」
「まぁ、確かにそうよね」
「お手数をおかけしますが……」
「いいのよ。中で説明すると言ったのはむしろ私だしね。じゃあ、いいかしら」
「はい」
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