第138話 装置のできること
これにカンデラリオは答えた。
「うむ。これについては、特殊属性について、わしらが辿り着いた理論を説明しなければならないが……まず、アンナ殿。特殊属性魔力とはどのようなものじゃと思う?」
非常に抽象的な説明だが、これを避けてはこの魔導具の真価を説明できないので、仕方のないことだった。
アンナは少し悩みながら、ぼそぼそと自信なさげに答える。
「それは……いわゆる四大属性に代表されるような、通常の属性魔力以外の、特殊な属性の魔力をそう呼ぶのだったと……」
「うむ、それは間違いではない。ただ、それだけだと不十分なのじゃな。それを、わしとエレイン殿は気づいた。」
「ええと……?」
アンナが私の方を見つめたので、今度は私が答える。
「通常属性と言われるような属性というのは、水とか炎とか、そういうものが知られているのは分かるわね」
基礎の基礎で、今ではどんな国の学院でも教えていることだ。
当然、アンナも知っているはずで、実際即答した。
「もちろんです」
「で、特殊属性にどんなものがあるかは?」
ただ、こっちの質問は難しいだろう。
実際、アンナは、
「詳しくは……周りにいませんし。でも、ジークのものだけは知っています」
そう答える。
そもそも、今でもまだ、特殊属性魔力を実用レベルで使いこなせる者はそれほど育っていない。
自然に身につけてしまった者はどこかにいるかもしれないが、それはいわゆる天才であって、そうでない者はしっかりと教育を受けなければ使いこなすのは難しい力なのだ。
それは、暴走させて周囲を吹っ飛ばすような者が歴史上幾人も存在したことからも分かる。
「そうね、あの子の特殊属性は、《影属性》だわ。まぁでも、これは一応そう名付けているだけで、ジークの持つ力の全てを説明しきれているかは分からないのだけどね」
「そうなのですか?」
「ええ。よく考えてみて。《影》ってどういうもの?」
「ええと……光に照らされた時にできる、黒いもので……」
「あとは?」
「長くなったり短くなったりするとか、厚みがないとか……」
「そうね。影というのはそういう感じのものだわ。でも、ジークの生み出す《影》は、物理的な影響力を持つのを見たことがあるわね。で……これって、本当に《影》なのかしら?」
「あっ……言われてみると… …」
私の説明の意味に、アンナは気づいたようだ。
そのまま私は頷いて続ける。
「多分、ジークの《影》は、《影》に似て非なるものなのだと思うわ。でも、他に呼びようがないし、非常に似た性質を持っているからとりあえずそう名付けているだけってわけよ。で、他の特殊属性魔力も、みんなそんなものなのよ」
この言葉に、アンナは目を見開いた。
「ジーク以外にも、ここには他の特殊属性魔力を持つ人たちがいるけど、彼らのそれも見てみれば分かることよ。まぁ、今は披露しにくい力だから、後でになるけど」
「いえ、それはいいのですけど…。じゃあ、特殊属性って一体……」
「難しいわよね。正直、私も特殊属性の第一人者扱いされているけど、さっぱり分かっていない、というのが実際のところなの」
「えぇぇ!?」
「驚いた?」
「それはそうですよ……だって、特殊属性についての知識を広めたのは、エレイン様とカンデラリオ様だし、実際にジークの力もエレイン様が色々と解き明かしてくれてるって……」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
「ここの魔導具だって、エレイン様とカンデラリオ様が作ったのでしょう?」
「その通り」
「何も分からないのに、そんなものが作れるのですか?」
「何も分からない、はちょっと大袈裟だったかもね。分かることも結構あるけど、全ては分かってない、というところ。でも、特殊属性が、どんなものなのか、抽象的には理解したの」
「それはどういう……」
「特殊属性は、人間の心の具現なのだ、というところで私とカンデラリオ様は一致しているわね。そしてそれに基づいて、人の心、その深いところに干渉の出来る魔導具を作り出した……それがこれなのよ」
「心……ですか。でもそれこそ、そんなものどうやって……」
「まぁ、その辺はね。色々と。もちろん、精神魔術系を基礎にしているわ。魔力を媒介にして、他人の精神に干渉出来るように装置を……って詳しい話はいいんだけど、要は人の心を覗ける魔導具を作ったのよ。それによって、その人の特殊属性を探るの」
「……私、これから心を覗かれるのですか……?」
そんなこと、とても恐ろしくて無理だ、などと考えるかと思ったが、アンナの反応は意外なことにそうではなかった。
彼女はなんだか頬をほんのり赤くしていて、まさかこれは……。
「もしかして、恥ずかしいと思っているの?」
だとすれば予想外だった。
しかしアンナは、
「だ、だって……お腹減ったなぁとか、お母様が好きだなとか、そんなことを考えているのが……バレてしまうんですよね……っ!?」
「あ、あぁ……なるほど。そういうのが恥ずかしい、と?」
「だって……」
これは、可愛らしい反応だな、と思った。
よくよく考えてみれば、十歳にもなっていない子供だ。
年頃の娘としては当然と言えば当然と言えた。
その上、アンナは良くも悪くも純粋培養というか、非常に甘やかされたお嬢様育ちをしている。
確かに次期聖女として、ふさわしい振る舞いをするように厳しく育てられた部分もあるが、それは聖女としての教育に関してだけで、その他はかなり不自由なく、優しく育てられたはずだ。
だからこそ、穏やかで優しい性格を、彼女はしている。
そんな彼女から出てくる感想としては至極自然のもので、しかし私にとってここまで素直な子供というのは珍しく、ちょっと驚いてしまったわけだ。
まぁ、一度目はともかく、二度目のジークやノエルは同じレベルで素直で優しい子なので、それと同じと考えれば納得ではあるのだけれど。
私自身と比べると、真っ黒なインクと漂白された布ほども魂の色が違うというものだが……。
ともあれ、こういう子なら、この魔導具を使うことにも強い忌避感は覚えないだろう。
この魔導具を使うにあたって、本来、最大の障害は実のところ、そこにあった。
私が同じようにこの魔導具を使う、と、このくらいの説明で求められたら、多分拒否するだろうから。
心を丸裸にされるなど、あり得ない。
私がどれだけどす黒いことを考え、問題のあることを実行し、幾人を手にかけ、誰を陥れてきたのか、その全てが白日のもとに晒されてしまうだろうから。
ただ、実際にはそんなことにはならない。
そのことを私はアンナに説明する。
「……そういうことなら、心配はいらないのよ」
「え?」
「この《潜心装置》が明らかにするのは、貴女の心の奥底に眠る願いや願望……心の形に過ぎないから。今、甘いお菓子が食べたい、とか、あの男の子が大好き、とか思っていても、それが伝わることは……まぁ、ないわね」
「そ、そうなんですか!?」
「設計上、絶対とまでは言えないのだけど……大した心配はいらないから。それに、貴女の心を直接見るのは、基本的には私とサーゴ……」
「おっと、エレイン殿。クラリスも頼む」
カンデラリオがそう頼んでくる。
そのために彼女を連れてきたのかと納得した。
「クラリス? 確かに、二人だとちょっと心もとないから……ちょうどいいかもね。じゃあ、私とサーゴとクラリスの三人だけ。他のみんなは、そこまではっきりとは見られないから。それでどうかしら」
改めてアンナに向き直る。
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