第137話 装置
「ふふ、やはり緊張しておったようじゃな。ま、そんなわけだから、ゆったりと話を聞くがいい」
「はい……それで、あの。今日って一体どんなことをするのですか?」
「うむ。よく聞いてくれた。これについては、端的に言えばお主の特殊属性について、正確にはどんな属性なのか、それをはっきりさせるということじゃな」
「でも、見ただけでは分からないって、さっき……」
「そうじゃ。見ただけでは、な。じゃがこの《魔塔》の地下には、わしと、エレイン殿で設計し、トビアスに組み上げを手伝ってもらい、クラリスの協力を得て完成させた特殊な魔導具があるんじゃ。これを使って、お主の属性を見る」
「な、なるほど……」
ここでジークが、
「僕もたまに見てもらってるから、安心して大丈夫だよ。特に怪我をしたりすることはないから。ちょっと痛いとかはあるんだけど……」
「えっ、痛いの?」
「まぁ、ちょっとね。でもちょっとだけだよ?」
「うーん……安心していいのかな……」
ジークのフォローに微妙な顔をするアンナ。
少し正直過ぎたかもしれないが、しかし、実際に魔導具を使用する段になって嘘をついていた、となった方が問題だ。
特殊属性魔力は精神と密接に関係しているため、精神が乱れると予想外の被害を周囲に出すことがある。
これは歴史的にも非常に恐ろしい事故を起こしてきていることが知られているし、一度目の時のカンデラリオもそれによって力の大半を失ったことが原因でトビアスに討たれることになった。
だから、アンナには落ち着いて今回のことに取り組んでもらう必要がある。
「ジークの言ったことは嘘ではないけれど、痛いと言っても大したことではないから、痛みについては心配する必要はないわ。それよりも、貴女は心を落ち着いた状態で挑むようにしてほしいの。そうじゃなければ、魔導具が暴走することもありうるから」
「それは危険なのでは……」
「最悪、私とカンデラリオ様とトビアスで抑え込むから、問題はないんだけど、魔導具は間違いなく壊れるからね。リラックスして取り組む。それだけをまずは意識してほしいのよ。難しい?」
「うーん……わかりません。でも、ちゃんと説明してくれているので、そこまで心配はしなくてもよさそう、かな……」
「良かったわ。ま、何はともあれやってみないと分からないこともあるし、まずは魔導具のところにいきましょうか」
「は、はい。ここにはないんですね」
これにはカンデラリオが答える。
「かなり大規模なものでの。置ける場所が地下しかなかった。まぁ、それと暴走した場合、こんな高い建物の最上階に置いておいたら、塔ごと崩れ落ちかねんからのう。わしらが無事でも、流石に塔を建て直すのは手間じゃて……トビアスが」
「おい、俺に建て直させるつもりか、その場合」
「お主と、部下たちじゃな。扉の時と同様、ここも多くの魔術がかかっておる建造物ゆえ、いい勉強になるでの……まぁそれはいい。さぁ、皆のもの。地下へと参ろうぞ」
そして、私たちは連れ立って地下へと向かう。
◆◆◆◆◆
「……ええと、どれがその魔導具、ですか……?」
地下室に辿り着き、扉を開いて中の様子が明らかになると、一通り部屋の中を観察した上で、アンナが首を傾げながらそう言った。
その気持ちは、私にも十分理解できるものだ。
それは別にこの部屋に何もないからだというわけではなく……。
「一見して魔導具がどこかに置いてある、って感じの空間じゃないものね……事実を言うなら、どれが、というよりこの部屋全体が魔導具、という説明になるかしら」
そう、部屋にあるもの、その全てが今回使用する魔導具、ということになるのだった。
それをアンナに告げると彼女は驚いた表情で、
「えぇっ。あの大きな寝台もですか?」
と尋ねてくる。
私はこれにゆっくりと頷いて答えた。
「そうね、あそこは貴女に寝てもらうことになる場所ね」
「部屋の四方にある、立ち上がった透明な棺のようなものは……」
「あれは、干渉する人間が中に入って使うもの、なのだけれど、こればっかりは実際に使用してみないと良く分からないでしょうから、今は説明を省くわ。でも、あれも今回は使うわよ」
「じゃあこの部屋中に這っている大きな管とか、天井に複雑に絡まってる線とかは……」
地下室の中には、それこそ足の踏み場もあまりないくらいに多くの配管や配線がなされている。
それを指していったのだ。
「配線とか溶液の排出管とか……まぁ、あれも同じく魔導具の一部ね」
「あっちの方にガラス窓で仕切られているスペースは……?」
アンナが指した方向には、メインスペースと区切られた、小さな部屋のような空間があった。
仕切りは透明な、だが非常に分厚そうなガラスであり、安全性がある程度確保されていることがわかる。
「あそこにこの部屋の魔導具の制御板などがあるのよ。今回はあそこでカンデラリオ様が魔導具を起動・制御するの。一人だと若干やることが多くなってしまうから、今回は助手にトビアスがつくわ。いつもなら私がやるのだけれどね。あと、ジークが見学するのもあちらになるわね」
矢継ぎ早のアンナの質問だったが、そこまで全て聞いて、やっと納得したようだ。
「……本当に全てが魔導具なんだ……」
「そういうこと」
ここで、カンデラリオからも説明が入る。
「今、エレイン殿が説明した通りというわけじゃな。ちなみにわしはこれを《特殊属性判別装置》と名付けようと思ったんじゃが、それだと味気ないし、実際の装置の挙動が伝わりにくいとエレイン殿から言われての。相談して《潜心装置》と名付けることにした。まぁ、確かにそのようなやり方で特殊属性を判別するので、幾分かわかりやすくなったのは事実じゃのう」
少しばかり不服そうに言ったカンデラリオである。
もちろん、本当に悔しがっているわけではないのは当然だが。
カンデラリオはなんというか、魔導具に機能的な名前をつけがちで、ネーミングセンスに遊び心が少なかった。
その理由は、魔術の研究に人生を捧げてきたその気質からきているのだと思われた。
振る舞いにはそれこそかなりの茶目っ気があるので、魔導具の名前については本当にただ、こだわりがないのもあるだろう。
私の場合は商売にも色々関わっている関係で、いつか売り出すためにと思って、耳触りがいいか、とか、売れそうか、とかそういう基準で名前をつけがちだ。
味気ない名前よりも心に潜れる装置だとわかった方が、売れるだろうというわけである。
まぁ、当分これを売り出すつもりなどないのだが。
サイズも大きすぎるし、使う魔力量も大量すぎる。
そもそも、安全性も微妙だし、適切な使い方ができるものなど、それこそ私とカンデラリオ、それにトビアスくらいしかいないのだ。
技師不足ということだな。
ともあれ、そんな事情など全く知らずに、
「《潜心装置》、ですか……? どうしてそんな名前に」
そう、アンナが尋ねる。