第136話 脅し
昨日は投稿忘れてしまった……申し訳。
「おい、ジジイ、公爵夫人が来たぞ」
トビアスが頑丈そうな扉を乱暴に叩くと、中から、
「開いとるから勝手に入れ」
と、老人の穏やかな声がする。
トビアスが乱暴にその扉を開いて、中に入るように私たちに促す。
大体においてトビアスは粗野な印象が強いが、こういうところはしっかりしているのだった。
「エレイン殿。よく来られた。変わりはなかったかの?」
中に入ると、好々爺然とした老人が私たちを出迎える。
微笑みも優しく、雰囲気も暖かい。
しかしそれに誤魔化されてはいけない。
彼こそが、この《魔塔》の主、塔主であるカンデラリオ・ペレスその人なのだから。
そのことを理解して、しっかりと彼を観察してみると、その体の奥底に隠された膨大な魔力の圧力にも気づくだろう。
私が知る限り、このレベルの魔力を持ち、そして支配しているのはリリーの他にはこの人くらいしか知らない。
一体幾つになったのかわからないが、数年前と比べても魔力量も技量も相当磨かれているのは間違いない。
魔術師に引退はない、死ぬまで修行であるとはよく言う諺であるけれども、実際にそれを実践している人間は少ない。
研究を死ぬまで続けても、六十代も超えると魔力も魔術の技量も徐々に低下していくのが普通だ。
それなのにこの老人は……。
確かに魔術というものは、幾つになろうと研鑽し続けることが出来るものなのだと理解せざるを得なかった。
「はい、カンデラリオ様。カンデラリオ様もお変わりなく……と言っても、前回お会いしてから数ヵ月も経っておりませんから、お互いにそれほど変わるところはないですわね」
「エレイン殿の美しさはむしろ増した気がするがの。そしてわしは死に一歩近づいた……いやはや、年はとりたくないものじゃ」
「それだけ強力な魔力を帯びておられるのに年などと……お会いするたびに増大するそのお力には尊敬の念が湧きます」
「それこそ、エレイン殿も同じじゃ。巧妙に隠しておるが……ふむ、トビアスとは差が開くばかりじゃのう……」
視線を向けられたトビアスは、
「なっ、なんだと……いや、確かにこれは……おい、なんで公爵夫人がそんな化け物じみた魔力を練り続けてるんだよ……」
と文句を言おうとして引っ込める。
「いつ襲われてもいいように、と思ってね。こうしておけば、盗賊がかかってこようと、竜がブレスを放ってこようと、即座に障壁を張れるでしょう?」
「盗賊はともかく、竜なんて滅多なことではないと思うが……いや、あんたに関してはそうも言えねぇのか」
「まぁ前にあったからね」
私が以前アステールに赴いた時、竜の魔術を防いだ、という話はもうそれなりに広まってしまっているのでトビアスも知っているのだった。
ただし、ブレスの方は山奥でのことだったし、結界内で起こったことだから、当事者である私とジル、それにクレマンとお義父様お義母様くらいしか知らない。
「全く、とんでもない公爵夫人でいらっしゃる……さて、立ち話もなんじゃ。かけるといい」
カンデラリオはそう言って、みんなにソファを薦めた。
断る理由もなく、私たちはそこに腰掛ける。
しばらくして、執務室の扉が開き、クラリスがやってきて紅茶とお茶請けをそれぞれの前に置いた。
そしてそのまま部屋を去ろうとしたが、
「クラリス、お前も座りなさい」
とカンデラリオが言う。
「えっ、でも、私は……」
「お主とて、この《魔塔》の魔術師。話を聞く権利はある……というのは建前での。今回のエレイン殿の話には、お主も必要なんじゃ。何せ、例の魔導具を使う必要があるからのう」
「あぁ、なるほど。では、エレイン様、私もお話を聞かせていただけますか?」
「もちろんよ、クラリス。やっぱり経験者がいると違うものね」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そして、クラリスも座った。
これでここにいるのは、私、ジーク、アンナにサーゴ、カンデラリオとトビアス、それにクラリスの七人になった。
今回のことは、この七人の間で話されることになる。
「早速ですが本題に入らせていただいても?」
私がそう言うとカンデラリオは深く頷いて、
「うむ。構わぬ」
「では……まず、この子がお話ししていたアンナです」
「そのようじゃな。力が宿っているのが見える……特殊属性……《魔力吸収系》なのは見ればわかるが、それ以上のところは見えんな……」
カンデラリオは、私が特殊属性の判断に使っている魔術を、すでに身につけていた。
流石に独学で、と言うわけではなく、私が原理とやり方を教えたのだが、大雑把に理解するとその後は自ら研鑽して私とほぼ同じレベルまで熟練度を上げてしまった格好だ。
私も魔術の精度や魔力の扱いの器用さには自信があったので、これには少しばかり自信を喪失しかけたが、カンデラリオが言うに、分析系の魔術は彼の専門であるためにそこまで覚えが早かったらしい。
他の魔術についてはここまで素早く身につけるのは無理だったとも。
細かく聞けば、身につけるために寝る時間を削るくらいに必死になったらしく、そこまでしたというのであれば私も納得ではあった。
ちなみに、この魔術はトビアスも挑戦したようだが、未だに完璧とは程遠いレベルだ。
なんとなく、特殊属性を持っている、というのが分かるくらいで、細かな系統などは見ることができない。
それでも、そこまで見られる者は他にいないため、彼もまた非常に優れている魔術師であることは間違いないのだが。
そんなことを考えつつ、私はカンデラリオに言う。
「ええ、私もそんなところでした。実際に使うところは一応、一度見ているのですが、それだけではやはり判別が出来なくて……」
「エレイン殿でもか。よほど特殊な系統かの?」
「少なくとも私は見たことがないです」
「ふむ、面白い……おっと、すまない。怯えてしまったかの?」
カンデラリオはアンナの表情が硬くなっていることに気づいて、少しばかり表情を緩めてそう尋ねた。
アンナはそんなカンデラリオに首を横に振って、
「いいえ……私、自分の力がどんなものか知りたくてここに来たので、怖くないです!」
「おぉ、勇敢じゃのう。じゃが、別に怯えてもいいのじゃぞ?」
「えっ?」
「不思議か?」
「は、はい……どうして」
「ふ。理由など簡単じゃ。ここは《魔塔》じゃぞ? お主は小さい頃言われなかったのか? 悪いことをすれば、《魔塔》の魔術師がやってきて、連れて行かれてしまうぞ、と」
「聞いたことはあります……」
言いながら、あれは本当だったのか、という表情になっているアンナ。
それに満足したのか、脅かすような空気を少し弛緩させて、カンデラリオは笑い、
「冗談じゃ。そんなことは起こらん。わしらが子供などを連れてくる場合がないとは言えんが、そういうときはしっかりと本人や親の同意を取るからの。危険な実験も、まぁ、ないことはないんじゃが、殊更に無体な扱いをすることはない」
「そうなんですか……?」
「うむ。じゃから安心せい。お主の場合、聖国の次期聖女じゃし、その上、わしらの最大の後援者であるファーレンス公爵夫人の親戚じゃ。もうこうなれば絶対に酷いことはできんでの」
「そ、そうですか……よかった……」