第135話 魔塔へ
彼女の名前はクラリス・ルグラン。
《魔塔》所属の魔術師の一人であり、塔主であるカンデラリオの直属の部下でもある。
特殊属性魔力保持者であるため、元々は魔術をさして使うことができず、無能として扱われていたが、私とカンデラリオの研究により特殊属性について詳しい見分け方や目覚めさせ方などがはっきりしたため、その地位は大きく変わっている。
以前は《魔塔》の他の魔術師からも白い目で見られていたが、今ではそんな彼らを顎で使えるような立場まで上がっていた。
と言っても、塔主カンデラリオや、副塔主トビアスと比べればまだまだひよっこに過ぎないのだが。
そんな彼女に私は言う。
「ゴーレム馬に乗って、どうかしたの?」
「いえ、あの……私としては特に何もないのですが、トビアス様が、エレイン様の魔力を遠くに感じた瞬間に、迎えに行けとうるさくて……」
「トビアスが? またどうして……」
トビアスは、《魔塔》の副塔主であり、一度目の時の私の宿敵でもある。
一度目の時は塔主であるカンデラリオを殺害し、自らが塔主となった悪党だが、今回は特にそんなことをすることもなく、カンデラリオに心の底から懐いて、副塔主としての地位で満足しているようだった。
どうも、一度目の時の事件は、トビアスもトビアスなりに色々考えた末に起こった、不幸なすれ違いであることを、私はなんとなく感じていた。
その原因となったのは、この少女、クラリスを代表とする、カンデラリオに目をかけられていた特殊属性魔力保持者たちだったようだが、今回は彼女たちが決して無能なのではないと早めに証明できたことで、その問題は解消されているのだった。
トビアスの性格もいい意味で正直なものとなっていて、私は特段、今回の彼は嫌いではないのだが……そんな彼が私を迎えに行けと?
少し意外な話だ。
そう思った私に、クラリスは言いにくそうな表情で、
「……トビアス様は、どうもせっかく自分が陣頭指揮をとって修復させた正門を、またエレイン様が壊されないかと戦々恐々としているみたいで……」
以前、私は《魔塔》を訪ねた時、あの立派な正門を粉々に破壊して侵入した経緯がある。
そのことを言っているのだろう。
ただ、別に私は特に悪くはないことは言っておきたい。
これはあくまでも《魔塔》の伝統なのだから。
《魔塔》は、中に入れるものを厳しい基準で選別するのだが、その中の一つに、正式な紹介をされないで入る者は、正門に記載されている複雑な試練を乗り越えなければ侵入を許さない、というものがあるのだ。
かなり面倒な問いかけで、正攻法はこれを解いて入ることだが、私の場合、別の方法をとった。
それが正門の物理的破壊だった、というだけだ。
《魔塔》の正門には、力を示せ、と書いてあり、それは別に知力に限られないということで、その通りにしたとしてもそれは問題ない。
私は一度目の時に、馬鹿正直に謎かけを解いた後にこれを聞いて、腹を立てた。
それが故に、今回は問題など解くことなく、最初から正門を壊しただけだ。
だから私は悪くない。
しかし、またそれをやられたくないという気持ちは、理解できた。
だから私はクラリスに言う。
「なるほど、そういうことね。別にやらないわよ。だから、クラリスは先に行って正門を開けさせておいて。じゃないと馬車のまま入れないから」
「あっ、そうですね。そういうことなら……」
そしてクラリスはゴーレム馬の速度を上げて、正門に向かった。
彼女が近づくと、正門はゆっくりと開いていく。
そして私たちの馬車は、そこに向かって進んでいったのだった。
◆◆◆◆◆
「……来やがったか」
そう言って正門の向こう側、馬車乗り場で嫌そうな表情で私たちを出迎えたのは、《魔塔》の副塔主である、トビアス・アンゾルゲである。
比較的若く、副塔主と言われても信じられないが、これで魔術師としてはほぼ最高峰に近い実力を持つ。
それでも私は彼に一度、勝利しているので、下手に出る必要は全くない。
「今日訪ねるって随分前から連絡していたでしょう? それにわざわざ貴方が出迎えなくてもよかったのだけど。副塔主って随分暇なのかしら……」
「てめっ……と、キレても仕方がないか。塔主の客の出迎えを、他の奴らに任せるわけにはいかねぇだろう。そもそも《魔塔》の奴らで貴族出身の奴らは意外と少ないんだ。公爵夫人に対して緊張せずに振る舞えるやつなんか、ほとんどいねぇ」
「クラリスは自然体だけど」
「えっ、そうですかぁ?」
とぼんやりとした様子で答えるクラリス。
彼女は私相手でも特段緊張などしている様子はない。
「こいつは頭が脳天気なだけだ……俺に対しても怯えるそぶりもないしな。昔はオドオドしてたくせに」
「トビアス様、意外とお優しいので……」
「意外とってなんだよ……別に俺は優しくした覚えはねぇぞ」
「そうですかね?」
なんだかそんな風に話していると、妙にお似合いというか、距離が近い感じがした。
そういえば、トビアスは一度目の時は死ぬまで独身を貫いていたように思うが、意外に今回は春が来るのだろうか?
そうしたら面白いな、と思っていると、
「……なんだか不純な視線を感じるぞ」
と睨まれる。
「気のせいでしょ。それより案内するならお願い。今日は息子と……次期聖女を連れてきたから。あとついでに《体力吸収》系の特殊属性を持ってるうちの騎士も」
「サーゴ・ディファです! よろしくお願いします!」
直立不動、という様子から直角に腰を曲げて頭を下げたサーゴ。
真面目で地味な青年という感じで、茶色の髪と同じ色の瞳をしている。
年齢は確か二十歳ちょうどだ。
騎士としての経験は浅いが、特殊属性を持つが故に結構強いというか、いくら倒しても起き上がってくる不死身のような戦い方をする。
たくさんいれば、理想の騎士団が出来そうだが、流石に特殊属性の中でもここまで珍しいものはそうそう見つからない。
「……ほう、お前も特殊属性持ちか」
トビアスがよく観察してから言った。
「は、はいっ! あまり自覚はないのですが……」
「ある程度コントロールは出来ているようだから、いいだろ。そこの公爵夫人のところにいるのが嫌になったら《魔塔》へ来い。珍しい特殊属性持ちは歓迎だ」
「ちょっと。横から勧誘するのやめてくれる?」
「なんだよ、別にいいだろ。騎士の一人や二人」
「ダメよ」
「ふん……まぁいい、とにかく来い。ジジイのところへ案内してやる」
「さっさとそうすれば良かったのよ……みんな、行くわよ」
そして、私たちはカンデラリオのいる《魔塔》まで向かった。
《魔塔》というのは組織と、その敷地のことを指すことが多いが、本来は塔主のいる塔そのもののことを指す。
そここそが《魔塔》の中心なのだった。