第133話 予定
アンナというのはシルヴィの娘の、次期聖女である少女で、クレマンは彼女とはしっかりと面識があった。
というか、聖国からこの国に来た後、しばらくの間はファーレンス公爵家で過ごしていたのだ。
聖国でジーク達と一緒に過ごしていた期間が長く、いきなり学院寮で生活しろと言ってもあの年齢の少女にすぐに順応できるものではない。
まだ十歳にもなっていないのだから。
そのため、まずは仲の良いジークがいて、かつ学院教授である私もいるファーレンス家でイストワードに慣れるまで生活する、ということになったのだ。
おおむね一月くらいの時間をここで過ごし、彼女は学院寮へと移った。
その際には、もしも戻ってきたいと思うなら、いつでもファーレンス家に戻ってきてもいいと、ファーレンス家の誰もが言った。
そもそも、アンナはシルヴィの娘である。
そしてシルヴィは私の従姉妹であるから、アンナは私にとって親戚なのだ。
頼ってもらって至極自然な関係なので、問題なく言えたことだった。
ただ、アンナは思ったよりも逞しい性格をしていたというか、聖国で、シルヴィと親子として理解し合えたことが影響して、今ではあの国にいた時のような何処か自信なさげな様子が全くなくなっている。
学院寮で過ごすということにも不安をほとんど感じていないようだったし、実際、今も元気に過ごしていた。
「何も問題はないわね。学院寮は、部屋はそれほど広くはないけれど綺麗なところだし、同年代の友人と毎日ずっと一緒に過ごせる場所だから……むしろアンナにとっては天国のようなところかもしれないわ」
「聖国ではあまり、友人がいなかったようだからね……そうか、イストワードに来て、友達をたくさん作れたか」
「ジークやイリーナと関わることが多いけれど、それ以外にも今はいっぱい友達がいるようね。だから、その辺りについては何の心配も要らなそう……なのだけれど」
「ん? 何か別の問題が?」
「彼女の力について、ね」
「聖女としての力か……浄化の力はないんだったね?」
「厳密に言うなら、ゼロではないわ。少し浄化の力が眠っているのはわかるの。でも、その浄化の力よりも強い力が、彼女にはある。《魔力吸収》系統の特殊属性魔力が」
「《吸収》系統の魔力か……あれは、相手にするとき非常に厄介なんだよね……しかし、だからこそ魔術師としては素晴らしい才能だと言える。うちの騎士団にも一人《体力吸収》を持ってる奴がいるわけだが……発動させれば魔力が続く限りは無敵に近い」
「サーゴのことね」
特殊属性魔力は、別に子供だけに発現する力ではない。
今までも、そうとは知らずに身に着ける者もいたことははっきりしている。
歴史書に載っている、人智を超えた力を持っていた、と言われるような者達がまさにそうだったのだろうと。
それ以外にも、特に目立たないが特別な力を持っていると感じさせられるような人間の場合もある。
サーゴ、というのがまさにそうで、ファーレンス公爵騎士団にこないだ入団した新人騎士である。
彼は昔から、体力が無尽蔵かというくらいの体力お化けだったらしく、その理由が長い間わからなかったというか、本当にただの体力だと思って生きてきたという。
しかし、私が騎士団の訓練を見学しに行った時に、彼から特殊属性魔力を感じたのだ。
それを詳しく分析してみたところ、対戦相手から体力を吸収しており、それをもって自分の体力として活用していたのだ。
そのせいで、彼は無尽蔵な体力を誇り、そして彼の対戦相手は普段よりもずっと早く疲れ切って倒れてしまっていた。
これは対戦相手からすれば恐ろしいことだが、騎士としては間違いなく、稀有な能力だろう。
自分の体力は尽きず、相手は逆にすぐに疲れてしまうのだから。
ただ、訓練でそれを使っていると訓練にならないため、彼はその力を普段は抑えるべきだ、ということになった。
彼の力は無意識だったから、当初は自分ではどうにもできなくて、私が特別な魔導具を作って身につけさせることで対応していたが、今となっては自分でもある程度抑えられるようになってきている。
「明日は彼と一緒に《魔塔》に向かう予定だったよね?」
「ええ、サーゴを護衛として借りていくわ。それと、ジークとアンナも一緒ね。本当なら護衛なんていらないんだけど……」
私一人いれば、《魔塔》までなど特に問題なく行けるのだ。
しかしクレマンは首を横に振って、
「いやいや、公爵夫人が護衛もつけずに空を飛んで《魔塔》まで行こうとか、そんなのありえないからね。少々面倒に感じるかもしれないが、別に緊急事態でもないんだ。馬車でゆっくり《魔塔》まで行きなよ。それに、もしも飛んで行こうとしたら、ジークとアンナはどうやって連れていくつもりだい?」
「それはほら、猫のように首根っこを掴んで……」
「だとしたら余計に認められるわけがないじゃないか」
「流石に冗談よ。飛行魔術を彼らにかけて、一緒に飛んでいくくらいのことは出来るわ」
「……少しだけ安心したよ。でも、やっぱり明日は馬車で。ね?」
「過保護なんだから……分かったわ」
「よし、それじゃあ、それを聞けた僕はそろそろ行こうかな。実は僕もこれから書類仕事に取り組まなきゃならなくてね。眠気も覚めたし、君と話せて癒されたし、頑張れそうだよ」
「それは良かったわ……じゃあお互い、頑張りましょう」
「あぁ」
そして、クレマンは近づいてきて、口づけをして、部屋を出ていった。
少し突然のことで、私は驚いてしまう。
でも夫婦なのだから、別に全然おかしなことではないのだが……。
「一度目の時は、こんなこともほとんどなかったから……なんだか恥ずかしいわね」
でも、嫌な気持ちではない。
むしろ嬉しい。
こういう幸せを全て捨てて生きていた一度目が、どれだけ空虚なものだったか、改めて知った気がした私だった。