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第132話 仕事色々

「ところで、君の仕事は順調なのかい?」


 クレマンが立ち上がり、私の執務机の上にある書類をパラパラと眺めながら尋ねる。

 私はそれに、紅茶を飲みながら答える。

 もちろん、口に含んだままなど話したりはしない。

 口を開くのは、しっかりと飲み込んで、カップを置いてからだ。


「順調……と言っていいのかしらね。私のやることもだいぶ多岐に渡ってきてしまったから、幾つ作業を終えても終わった気がしないのだけれど」


「君は抱え込みすぎだよ。魔術学院での仕事だけでも大変だろうに、僕の手伝いもしてくれるし、魔導具関連の開発も続けている。それに《魔塔》でのカンデラリオ殿との共同研究まで……。どれかひとつくらい減らしてもバチは当たらないと思うけどね」


「そういうわけにもいかないわ。どれも大事なお仕事だもの」


 何にとって大事か、といえば主に私の未来にとってである。

 私がこの二度目の生で目標としているのは、リリーに殺されないことで、そのために必要なことは可能な限りやっておきたかった。


 魔術学院は多くの強力な魔術師を育て、将来、たった一人の英雄などに縋らなくてもいいようにするために、また私自身の魔術師としての能力を上昇させて、一撃で殺されるような貧弱な魔術師を卒業するために重要である。

 リリーは非常に責任感の強い娘であったから、他の魔術師達の実力が低いと、自分が死ぬ気で頑張ってしまう。

 そして結果として世界最強の魔術師にまで至ってしまうのだ。


 しかし、もし周囲の魔術師の実力が高かったら?


 おそらく一回目ほど強くはならない可能性がある。

 だからこその、魔術師達の実力の底上げだった。


 また、クレマンの手伝いについては、領主としての仕事であるが、ファーレンス公爵領が豊かになり、また領民達からのイメージアップを図って、私たちファーレンス公爵家の人間がいい人なのだ、と思ってもらうために必要なのだった。


 一度目の時は私が多くの領民に恨まれていたため、ファーレンス公爵家の評判自体相当落ちていた。

 多くの貴族家に敵視され、いいことなど無かったように思う。

 当時は力で全て支配すればそれで足りるとか考えていたが、それについてはリリーさえいなければ、もしくはリリーが味方であればそれも可能だっただろうが、現実的に考えるならそれは非効率的で無駄なやり方だった。


 そんな風に振る舞うよりも、周辺の貴族家からも王族からも友好的に扱われ、ちょっとやそっとのことでは裏切られないような関係を構築し、共存共栄でやっていく方がずっといいに決まっている。

 もちろんそれでは王族のような権力と権威が手に入ることはないだろうが、それでもファーレンス公爵家はイストワードではかなり大きな家だ。

 直接命令できる存在など、それこそ王家しかいない程度に。


 それくらいであれば全然我慢できる範疇だし、わざわざ王族に取って代わる必要などない。

 そんなことを考える奴はただの馬鹿であり、分不相応な夢を持つロマンチストだ。

 そのロマンチストが、かつての私だったわけだけど、今の私は現実主義者である。

 最低限の人間に頭を下げればいいのであれば、いくらでも下げる。

 プライドなど、一度目の人生で幾度となく馬小屋で干草に包まれながら眠った経験を経て、全く守るべきものでは無くなったのだから。


 ただ、一度目の時、領民からの評判は悪かったが、それは全ての領民から、というわけでは無かった。

 私の気まぐれによって助けられた、とか言う者がたまにいて、国中から追われている時も、そういう者達によって匿ってもらったことも少なくなかった。

 その時の経験は、あの悪辣だった頃の私にすら、領民に対する感謝と親愛の情を感じさせずにはいられなかった。

 だからこうして二度目の人生を過ごして、私は可能な限り、領民達には幸せになってほしいし、あの時の感謝を、今回の生でしたいとすら思っている。

 たとえ彼らが覚えていなくてもだ。


 そんなわけで、クレマンの統治を手伝うのは、今の私にとっては当然の話なのだった。


 そして魔導具関連の開発。

 これもまた、私にとって非常に重要である。


 領民の生活を良くするために使えるものを作りたいというのも大きいが、そもそも私は一度目に五十歳過ぎまで生きたのであって、その時までに制作される全ての魔導具を覚えている。

 もちろん、細かな機構とか工夫とか、そういう部分に関しては怪しいところもあるのだが、発想さえ知っていれば開発というのは進められるものだ。


 卵を立てろと言われてどうやればいいのか、いきなりは分からなくても、目の前の人間が実際に卵の底を割って立ててしまうところを見れば、なるほどそうやるのかと真似できるというものである。

 私は全く天才ではないが、人の物真似は得意というか、言われた通りやったり学んだりすることはかなり得意な方だ。

 そんな私にとって、前の人生の中で触れてきた魔導具を再開発するというのは、それほど難しい仕事ではなく、そして早い段階で作ってしまえばかなり大勢の人間の人生にとって便利なものを供給できる。


 問題は、本来の発明者が発明者ではなくなってしまうことだが……これについては彼らにさりげなく援助したりすることによって許してもらうしかない。

 私以外誰も、彼らに損害を与えていることを知らないがゆえの、ある種の偽善的行動だが……こればっかりは解決方法がないからどうしようもないのだった。


 ただ、こうして二度目の人生を始めてそれなりの月日が経って意外に思ったのが、私が無理やり技術を進めたことで、私も知らないような魔導具が新たに発明されるようなことも起こり出している、ということだろう。

 そしてそういうものを作り出す者たちは、一度目の時において有用な発明をしてきた者である場合が少なくなく、結局天才というのはどんな障害があっても乗り越えて、新しいものを作り出してしまうからこそ天才なのだなと思わずにはいられなかった。

 彼らの発明などが、私の出資などを原資に行なわれることも少なくなく、それが故、若干私の罪悪感も減少したので、ありがたい話である。


 そして、《魔塔》での研究について。

 これは《魔塔》の塔主であるカンデラリオと協力して行っていることだが、元々は特殊属性魔力についてのそれだった。

 しかし、今、特に力を入れているのは、特殊属性魔力全般だけではなく、個々の特殊属性魔力についての研究だった。


 たとえば、ジークのそれについては、影を使った魔術として《影魔術 》と呼び、その効果や範囲、出来ることなどを調べたりなどしている。

 これはただの研究、というよりは、特殊属性魔力がどのようなものに使えるかは、本人ですら試行錯誤した上でないと分からないものであることが大きな理由だ。


 一度目の時、特殊属性魔力というのは非常に珍しい力で、あるのは分かっていても腐らせて終わるという魔術師も少なく無かった。

 それはまさに、この使い方が分からないとか、そういう理由でそうなっていたのだ。

 だからそれを解消するために、私とカンデラリオは、新しい特殊属性魔力が見つかったら、その有用性を本人と共に相談しながら発見していく、という作業をするようになっていた。


 ジークの《影魔術》でいうなら、影を動かして物理的に影響を及ぼす以外に、特別な使い方も見つかっている。

 それは、影の中にものを収納することができる、というものだ。

 影にジークがものを投げ込み、そこに入れておく、と念じると、影の中にその物品がずぶずぶと沈んで消えてしまうのである。

 そして後で影の中からその物品を取り出したい、と念じると、影からそれが浮き上がってくるのだ。

 これは非常に便利である反面、場合によっては相当危険なものとも見られている。

 なぜと言って、武器をその中にしまっておいて、武器禁止のエリアに入り、そこで改めて取り出す、ということが可能になるからだ。

 ジークにはもちろん、そんなことをする必要などないが、類似する特殊属性魔力を持つ他の人間がいた場合、そのようなことをしないとは限らない。

 だから、そういう者が現れる前に、こうしてそのような力を持っている人間がいる、と分かっておいてよかったと言えた。


 だからと言って対策の取り方も難しいのだが、何もできないというわけではない。

 魔力を使っていることは間違いないので、魔力を遮断する空間に入れるとか、その人間一人の魔力を遮断する魔導具とかがあればいいのだ。

 前者については大掛かりな魔術や魔導具によって可能としているが、後者は今のところ一般的に流通しているようなものは存在していないので、作る必要があるだろう。

 もちろん、作ってもその辺で売るわけにはいかないので、国と協議した上で、国に購入してもらうとか、用途を限定する必要があるだろうが。

 魔力を封じられるというのは魔術師にとって両手を縛られるのに等しいものであるから、その使用については慎重にならざるを得ない。


「そういえば、アンナは学院で元気にしているかい?」


 クレマンが思い出すようにそう尋ねた。

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