第131話 あれから
聖国での出来事は、私にいろいろなものをもたらした。
言うまでもないことだが、一つ目は本来リリーの手に渡るはずだった魔杖。
そして二つ目は、これは予想外だったが、私が一度目において聖女になれなかった理由というか、その事情について大まかなことを知れたことだ。
従姉妹であるシルヴィとも友好的な関係を築けており。秘密裏に交流を行なっている。
「……まぁ、概ね、いいところにおさまったかしら、という感じね……」
シルヴィから届いた、聖国の近況の書かれた手紙を眺めながら私はそう呟く。
その内容はパッと見ではほとんど大したことのない内容にしか見えないが、かなり聖国の内情について踏み込んだことが書かれている。
しかし読めるのは私とシルヴィだけだ。
特定の暗号を使うことによって、私とシルヴィしか読めないものとなっているのだ。
だから、たとえこの手紙が何かの間違いで何処かの誰かに奪われたとしても、問題はない。
問題はないけれども、私は読み終えた手紙に火をつけ、静かに燃やして全てが燃え滓となったことを確認してから、暖炉の中へと放り込んだ。
中途半端に燃やすとわざわざ切れ端を集めて少しでも内容を読もうとするものがいないとも限らないからだ……。
実際、一度目の時は、そうやって読まれてしまった手紙などはいくつかあった。
その結果として私が窮地に置かれたことはそれなりにあり、痛い目に遭ったことで晩年はかなり用心深くなっていた記憶がある。
それでも情報の漏洩を完全に防ぐことは難しかったのだから、その辺りの扱いは大変なものだ。
一度目の時には予知の力を持つセリーヌが敵だったこともあり、どれだけうまく証拠を隠そうとも、彼女が未来をパッと見てしまうという問題があったので、完全に情報を隠せなくても当然のことだったが。
その状態でセリーヌの裏を欠いて彼女の家を滅ぼすまで出来たことは今考えると奇跡に近いような気もする。
まぁ、あれはセリーヌの予知が自分自身にはなかなか及ばないという彼女最大の弱点を、元々友人であるが故に知っていたから、というのが大きい。
ともあれ、二度目の人生では、セリーヌもまた、シルヴィと同じくこちら側の人材となっている。
彼女経由で何らかの情報が誰かに漏れるということは考えにくいため、一度目よりはその辺り、やりやすくなっているのは間違い無いだろう。
「あとやるべきことは……」
ぶつぶつと呟いていると、
「エレイン、そろそろ仕事の方は一段落させたらどうだい?」
という声が私にかかる。
顔を上げてみると、執務室の向こう側、部屋の扉が開いていて、私の夫であるクレマンがそこには立っていた。
手には紅茶セットとケーキの乗ったトレイがあって、片手でうまくバランスを取っている。
ファーレンス公爵家、という巨大一門のトップである人がする仕事では無いように思うが、クレマンにはこういうところがあるというか、貴族だからあれをやらないこれをやらない、という価値判断をすることがあまりない。
後ろには困った顔をしているメイドと執事がいて、彼らの言いたいことはその表情から察せられるが、言ったところで仕方がないだろうなと思った私は、腕を軽く振って「あなた達は行っていいわよ」と指示すると、二人とも深く頭を下げて去っていった。
と言っても、本当にどこかに行ったわけではなく、見えない位置で控えているだけだろうが。
クレマンが扉を閉めると、部屋の中には私と彼だけになる。
部屋の中にあるテーブルにトレイを置くと、彼は私に手招きをした。
執務机でこれ以上仕事をし続けることは許さないよ、とでも言いたげな顔をしているので、私はもう諦めて彼の前の席に座った。
すると、彼は自らの手でカップを取り、紅茶を淹れてくれる。
「……いつの間にこんなことが出来るようになったのかしらね」
私がそう尋ねれば、クレマンは、
「昔から出来たさ」
そう答える。
だが……。
「学生時代に淹れてくれたことはあるけれど、その時飲んだ紅茶は実に渋かったわ……」
「あれは……あのときは、紅茶なんて初めて淹れたんだから、仕方がないじゃないか」
「流石に公爵家の長男に、紅茶の淹れ方を教えてくれる先生はいなかったのね……でも気持ちは嬉しかったから、喜んであげたでしょ?」
美味しくは無かったが、少しばかり大げさに喜んでみせた記憶がある。
こちらを見つめる目があまりにも捨てられた子犬のように見えたので、あまりひどいことは言い難かったのだ。
「そうだね……意外にうまく淹れられたのかな、とあの時は思ってしまったほどだったよ。でも実際に自分で飲んでみたら……」
「ものすごく渋そうな顔をしていたわね。あの時のあなたったら」
「君はよくあれを我慢できたものだよ。その忍耐力には感動を覚える……だけど、あれから研鑽を重ねた僕だ。今日淹れたこれは、きっといい味のはずだよ」
「本当かしら? ではいただくわね」
「あぁ、どうぞ」
そしてカップを取り、口に含む。
すると芳醇な香りが口の中に広がった。
特に渋みなども出ていない。
茶葉がいいのはもちろんだが、淹れ方が適切であるからこその味だろう。
「……どうだい?」
あの頃と変わらぬ子犬のような表情をしている公爵家のトップに、私は笑って、
「……よく出来ました、と言っておくわ。成長したわね、クレマン」
と何様か分からないような言葉を言ったのだった。
お久しぶりです!
だいぶ更新滞っててしまってて申し訳ないです。
再開します。
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