第130話 超高速迷宮攻略
本日八話目で、ラストになります。明日明後日くらいは更新はお休みし、その後から定期更新に戻させたら、と思っています。
どうぞよろしくお願いします。
「……マジでありやがる。おい、エレイン。ここが例の迷宮ってことで間違いねぇんだな?」
グレイズが、私にそう尋ねてきた。
周囲を見回すと、鬱蒼と生い茂った森が、そして目の前には岩肌が見えていて、そこにぽっかりと洞窟のような穴が空いているのが見える。
ここは聖国、タルミラ山脈と呼ばれる場所で、人里からかなり離れた位置にあり、普通であれば数日は歩かなければならないようなところだった。
「ええ、間違いないわ。グレイズも感じているでしょう? その洞窟の中から湧き出してくる、深い魔力を」
普通の人間であれば、もしくは冒険者であってもあまり実力のないものであれば、何も感じられなかったかもしれない。
そしてその方が幸せであったかもしれない。
しかし、残念ながらここにいる《雷竜の鉄槌》のメンバーは、全員が一流の冒険者であり、魔力を様々な手段で感じる技術を持っている。
そしてその感覚からすると……。
「尋常じゃない力を感じるわよ……普通、どんなに深い迷宮であっても、第一層から感じられる力なんて、さほどのものじゃないんだけどね……まぁ、独特の雰囲気ってやつはあるけれども」
魔術師のバルバラが、身震いしながらそう言った。
「これからここに潜るのかぁ……やだな。やっぱやめない?」
アミルカルが軽い様子でいうが、それに対してイングが、
「俺は絶対に潜る。そして踏破する」
と言った。
それは珍しいことだったのか、アミルカルが少し驚いた顔で、
「さすが、気合の入り方がいつもの百倍は違うや……わかったよ。君の妹さんのためだもんね。僕も冗談ばっかりは言ってられないか」
「すまない」
「いや。それより、エレイン、今日はやっぱり十五層まで踏破ってことでいいのかな?」
アミルカルの真面目な質問に私は、
「いいえ。今日は二十層が目標よ。できれば二十五層まで行きたいと思っているわ」
そう言った。
これにアミルカルは、
「えっ、一日十五層だって話だったじゃないか!?」
「平均したらそうなる、というだけで、浅い層についてはさっさと通り抜けるつもりだったんだけれど……一級冒険者というのはそういうものではないの?」
これは前の時、リリーがよくそんな話をしていたので、一流の冒険者というのはそういうものなのだなと私は理解していた。
もちろん、通常の冒険者はそのようなことはやらないで、計画的に少しずつ潜っていくわけだが、今回についてはとにかく走り抜けるように進んでいくつもりだ。
魔物との戦闘も最低限に抑える。
だから二十五層も不可能ではない……はずだ。
まぁ、無理は良くないから、二十層目標なのだが。
「エレイン……たとえ一級冒険者であっても、初めての迷宮でそんな攻略の仕方はしねぇよ。普通は、一日目は様子見してゆっくり進む。で、迷宮の雰囲気が把握できたら徐々に速度をあげて、厳しくなってきたら少しずつまたゆっくりに戻る。そんな感じだな」
「へぇ、意外にも慎重なのね……でも、冒険者は死なないことが一番大事な才能、か」
「お、いいこと言うな」
「昔、知り合いの冒険者がそんなことを言ってたのよね。ま、一般的な常識は理解したわ。でも、二十層は変えるつもりはないの。みんな、いいかしら?」
私の決然とした言葉に《雷竜の鉄槌》のメンバーは息を呑んだが、もうここまで来たら私の性格をも飲み込んだのだろう。
仕方なさそうに頷いて、気合を入れたのだった。
******
迷宮攻略は、順調に進んでいった。
「マジか。一層目からハイオークだと? 下の方はどんな化け物がいるってんだよ……」
初戦は、まさにグレイズが言うように、ハイオーク三体から始まった。
ハイオークとはいわゆるオークの上位種であるが、別に一級冒険者にとっては大した相手でもない。
それなのになんでこんなにうめく様に言っているかといえば、普通、迷宮の第一層には大した魔物がいないからだ。
その理由は、先に進んでいくにつれて魔物が強力なものになっていく迷宮の特性からで、だからこそ、初めはスライムとかゴブリンであることが大半なのだ。
もしもそれより強い魔物がいたら、当然、奥の魔物の強力さもそれに比例してくる。
そして、ハイオークなどが第一層にいる、などと言うことは滅多にない。
これが示すのは、グレイズが言う通り、この迷宮が相当手強いことを示していた。
しかし、今更になってそんなことで怖気付くわけもなく《雷竜の鉄槌》のメンバーは武具を構え、ハイオークを危なげなく処理していく。
その時間は一分にも見たず、一級冒険者の実力がよく分かる。
「どうだエレイン、俺たちを雇ってよかったろ?」
そんなことをいうグレイズに、私は頷き、
「ええ、これなら今日は二十五層まで行けそうね……じゃ、走るわよ」
そう言ってから、軽く走り出した。
歩いて進むつもりはないことは初めから言っていたが、急だったからか、
「おい、ちょっと待て!」
といってくるが、しっかりと全員ついてきたので、速度は緩めずに私たちはそのまま進んでいく。
******
「本当に二十五層までついてしまったのね……」
第二十五層の、魔物が出現しにくい開けた空間でそんなことを言ったのは、バルバラであった。
少しばかりの疲労がその顔には感じられなくもないが、大半は体力ではなく精神的なものだ。
何せ、ここまで魔物と遭遇してもほとんど戦わずに逃げてきたのだから。
別に勝てないわけではないが、戦って時間を無駄にしたくない、と言う私の頼みからだ。
「さすがに長い間生きてる僕も、一日で二十五層も踏破したのは初めてだよ。まぁ、思ったよりもきつくはなかったけど……エレインのかけてくれた身体強化のお陰だね。魔力、大丈夫なのかい?」
アミルカルが尋ねてきたので、私は答える。
「ええ、何も問題はないわ。これくらいなら、三十分も休めば回復するから」
「……君は魔力量も結構な化け物だよねぇ。エルフである僕や、特別な才能があるバルバラの、十倍でも効かなそうだ……」
「私程度が化け物なんて名乗れないわ」
「誰か他に心当たりが?」
「ええ。私が十人いても太刀打ちできないような人がね」
もちろん、リリーのことだ。
これにアミルカルとバルバラは顔をひきつらせて、
「……これで僕、だいぶ強くなったと思ってたんだけど、勘違いだったようだね……」
「そうね、気を引き締めなければならないわ……」
そんなことを言ったのだった。
次の日も、その次の日も、私たちの高速の迷宮探索は進んでいく。
二日目は四十層に、三日目は五十五層に、四日目は六十九層に到達し、そして五日目には七十七層にまでたどり着いていた。
「おいおい、まじで五日で七十七層まで来ちまったぜ……? やろうと思えばいけるもんだな」
グレイズが唖然としつつも、嬉しそうにそう言った。
これにアミルカルが、
「いや、もう一度同じことやれって言われても、僕はごめんだけどね……雑魚魔物は避けたとはいえ、十層ごとの階層主部屋は戦わざるを得なかったじゃないか。一日一階層主部屋って、何?その日課……ほとんど拷問だよ」
「だが、俺たちの実力は間違いなく上がっただろ。最近はどうも足踏みしてる感じがあったが、殻を破れた気がするぜ」
「それはそうだけど……バルバラもエレインから魔術習って、なんだか魔力量まで伸びちゃってるし……うーん、今なら結構な迷宮をいくつか踏破できるかも」
「だろ!? ここを出たら、ちょっといくつか挑戦してみようぜ」
「それもいいね!」
「盛り上がってるところ申し訳ないけど、そろそろ下に降りるわよ。この下が、最下層。その意味はみんな分かるわね?」
私の言葉に、バルバラが息を呑んで答える。
「ええ……つまり、ここにいるのよね」
ーー迷宮主が。
******
結論を言うと、迷宮主はなんとか倒す事が出来た。
この迷宮の迷宮主は、いわゆるアンデッド系のそれであり、一匹で都市ひとつ落とすことも可能と言われる、まさに化け物の《不浄なる塚人》《永遠の闇人》《不死の怪物》……つまりは、リッチであった。
迷宮主部屋に入ると同時に、漆黒のローブを身にまとい、落ち窪んだ眼窩の中にぼんやりとした、しかし邪悪な光を浮かべてこちらを睨むその目には邪な殺気が混じっており、普通の人間であればそれだけで命を失いかねないほどの力を放っていた。
もちろん、私たちにはそういったものは効かないというか、事前にしっかりと準備をしていたし、たとえ不意打ちであったとしても一瞬、硬直する程度で済むくらいの力はある。
けれど、事前準備はだいぶ役に立った。
と言うのは、リッチは私たちを確認すると同時に、全体に強力な魔術を放ってきたからだ。
火炎系の魔術と、氷雪系の魔術の両方を同時に、しかも無詠唱で行使してきて、もしも一瞬でも硬直していたら、それで大ダメージを負っていたことは想像に難くない。
こいつがここに出る、とはっきりわかった上で、神聖系の防具やアクセサリーを身につけて挑めて幸いだった、と心の底から思った。
魔術は私とバルバラの魔術盾、そしてイングの大盾によって完全に防がれ、持続時間が終了すると共に、グレイズとアミルカルが飛びかかっていく。
リッチは魔術師系の魔物であるから、近接戦はあまり得意とはしていないが、それでもこれだけ深い階層に出現するだけあって、中々の反応速度を持っている様だった。
グレイズたちが来るのを察知して、すぐに周囲にアンデッドナイトを召喚する。
どちらも中身のない、漆黒の鎧騎士たちであり、死霊によって稼働する邪悪な魔物だ。
それらがグレイズとアミルカルの一撃を受けるが、彼らには私が全力でかけた身体強化魔術がかかっていた。
元々持っている戦闘能力だけでも十分に一級冒険者として戦える二人である。
また、バルバラが身体強化魔術をかけることも少なくない様だったが、私のかけるものはこれから先に開発されることになる、さらに強力なもの。
これを身に受けた二人の攻撃の破壊力は、リッチやアンデッドナイトたちにとっては想像の埒外だったらしい。
一撃でアンデッドナイトはその黒色の鎧を両断され、ガァン、と大きな音を立てて吹っ飛んでいった。
それを見て、初めてリッチは焦るように後退しようとしたが、もうその時には遅かった。
さらに距離をつめたグレイズとアミルカルの剣が命中し、ぐらりと揺れる。
ただ、それだけでやられる存在ではないのはもちろんで、二人に対して恐ろしいほどの力が込められた暗黒の球体を放ってくる。
二人はそれを受ければ自分の命が危ういことを察し、急いで後退した。
ただ、それは決して逃げたと言うわけではなく、むしろ、私とバルバラに射線を譲ってくれたに他ならない。
グレイズとアミルカルが十分に距離をとった、と確認すると同時に、私とバルバラはそこから魔術を放つ。
バルバラは、強力な神聖魔術を、私は収束光魔術を。
どちらも、アンデッドであるリッチには特別よく効くものだ。
しかも、私もバルバラも、私が金に飽かせて購入しまくった、聖属性強化系のアクセサリーや護符をこれでもかと言うくらい所持している。
あまりそういったものをたくさん持つと、効果が干渉してしまって、場合によっては一度使っただけで壊れてしまうこともある。
しかし、今回については別にそれで構わない、と思って何も惜しむことなく使っているのだ。
実際、魔術を放つと同時に、バリバリバリ、とアクセサリーや護符から不穏な音と光が吹き出してきて、あぁ、これはもう壊れるなとは思った。
だが、魔術がリッチに命中し、苦しみ、そして徐々にその体が消えていくのを見ていると、別に惜しくもなんともない気がした。
バルバラも似たような気持ちらしく、チラリと横を見ると、その口元は笑っていた。
まさかこれほどまでによく効くとは想像していなかったのだろう。
私も同様だったが、これならばこの一撃で葬れると確信し、こめる魔力を上げていく。
そして……リッチの体は完全に灰へと代わり、そして地面にことりと大きな魔石だけを残して消滅したのだった。
******
「……迷宮核。こんなデカイの、初めて見たぜ」
グレイズがその部屋でそう言った。
迷宮主の部屋から続く小部屋に進むと、そこには人の体ほどの大きさの、巨大な黒色の水晶のような球体が浮かんでいた。
これこそが迷宮核と呼ばれるもので、多くの迷宮がこれのお陰で存在しているらしい。
らしい、とはそうでない場合もかなりあるからだ。
迷宮とは理解し難い。
ともあれ……。
「これはぶっ壊すから、みんな、そこの魔法陣にすぐに乗る準備しててね。遅れると、生き埋めになっちゃうから」
私が横にある魔法陣を示しながらそういうと、全員がこくりと頷く。
これも、事前の相談通りだ。
迷宮最奥部には地上へと一瞬で辿り着ける転移魔法陣が存在する。
普通なら、ここまでたどり着いたらそれに乗って地上に戻ればいいのだが、私はその前にこの迷宮核を破壊するつもりであることはみんなに最初から伝えてあった。
別に壊さなくてもいいかも、とここに辿り着くまでは考えないでもなかったのだが、ついてみるとやはり壊すしかないなと理解した。
リリーが、いかに無茶をするタイプとはいえ、他国に存在する迷宮をなぜ踏破と同時に破壊したのかもわかった。
「それにしても、迷宮核の中にあの魔杖があるとはね……あれを取るには、破壊するしかない、とそういうことね」
そう、迷宮核の内部に、杖のような形の物体が浮かんでいるのが見えた。
はっきりとは見えないが、あれこそがリリーの使っていたあの魔杖であることを、私は理解できた。
そして、あれこそがこの迷宮の中心になっているのだろうということも。
他の場所も色々と調べてみたし、宝物もあったのだが、魔杖はここにしかないのだ。
だから、私もリリーがやった様にやるしかない。
私は覚悟を決めて迷宮核に触れ、そして土属性魔術を叩き込み、それを割った。
割る際に、一緒に魔杖を折ってしまわないように細心の注意を払いつつ、である。
迷宮核はそしてパリン、とガラスが割れるように簡単に割れ、杖は空中に浮いたまま維持された。
私はそれに手を伸ばし、取る。
すると、
ーーゴゴゴゴゴ!
と、迷宮全体が揺れはじめる。
「エレイン、行くぞ!」
グレイズたちが私に手を伸ばしたので、私はその手を取り、そして魔法陣の中に引き入れられる。
それと同時に、魔法陣がピカっ、と光り、私たちは地上に運ばれたのだった。
******
その後の顛末は、大したものでもない。
冒険者組合に戻り、トリスタンに迷宮踏破の結果を報告した。
初めは半信半疑だったようだが、私の魔杖や、グレイズたちが最深部で手に入れた宝物の類を見て、結局は信じた。
しかし、ものすごく残念そうでもあり、その理由は、
「しっかりと迷宮を破壊せず残しておいてくれたら、どれだけの利益があったかと思うと、財布を落としたような気持ちになってね」
と肩をすくめながら言っていたので、なんだか申し訳なくなったのはいうまでもない。
それから、グレイズたちにはとりあえず約束通りの報酬を支払い、また一月後、ファーレンス領での再会を約束した。
永遠の別れというわけでもなく、近いうちの再会の予定があるわけで、別れはあっさりとしたもので、彼らはすぐに攻略途中だったという北の迷宮に戻って行った。
今回の探索での経験を忘れないうちに復習したいのかもしれなかった。
そして、私のこの国での滞在の目的の全てがこれで終わったわけで、教会や学院でお世話になった人々や、聖女であるシルヴィに挨拶をし、帰路に就くことになった。
その際にはもちろん、アンナも一緒で、シルヴィは約束通り、留学の許可を各方面にしっかりと根回しをして取ったようだ。
シルヴィはやはり、アンナのことが可愛いようで、ひとばらいをした上でだが、可能な限り連絡をたくさん寄越すようにとか、何か必要なものがあったらなんでも送るから言いなさいとか、まるで普通の母親のようで笑ってしまった。
シルヴィは不服そうだったが、可愛い人だな、と知れたので、本当に今回聖国に来てよかった、と思ったものだ。
そして、私たちは、イストワードへの帰路についた。
非常に有意義な滞在であり、またジークたちにとってもそうだったようだ。
リリーの将来の戦力も奪えたわけだし……これで私の未来は盤石になってきたかな、と喜ばしく思う。
願わくば、今後もこのようにうまく行きますように。
そう思わずにはいられない私だった。
この話はもうちょっと細かく書いてもよかったなぁ、と作者的には思っていますが、これはこれでいいんじゃないかなとも思います。
どうですかね?笑
聖国編も一応ここで一旦終わりで、お話はイストワードに戻ります。
そうそう、改めて、本日、本作の第二巻の書籍が発売しましたので、もしよろしければご購入していただけると嬉しいです。
書籍版の方には三万字弱書き足したおまけがあるので、それなりに面白く読んでいただけるのではと思います。
イラストも素敵ですし。
なお、しっかりここまで投稿しましたので、削除などせず、ウェブ版は普通に続けていきます。
売れても売れなくても。
そんな感じなので、どうぞよろしくお願いします。