第129話 エレイン、認められる
本日七話目です。
「……はぁ、はぁ……」
冒険者組合に併設された訓練場の中で、私はだいぶ息を荒くして立っていた。
身につけている物はあまり傷ついてはいないが、正直なところほぼ、限界に近い。
ここまで力を出し切った戦い、というのもあまりなく、なるほど、これが一級冒険者の実力か、と改めて感じ入るばかりだった。
そう、一級冒険者。
私の目の前で、私と同じように……いや、私以上に限界を迎えたかのような表情で突っ伏したり、壁を背に座り込んだりしている者たちがいる。
彼らは、今回私が迷宮探索のために一緒に来てくれるように依頼している一級冒険者《雷竜の鉄槌》のメンバーだった。
なんで私と彼らがこんな状態になっているかといえば、非常に簡単な話で、今回の依頼について色々と考えた結果、彼らは私の実力を確かめる必要を感じたらしかったからだ。
そのための方法はいくつか考えつくように思うが、やはり人生を実践とともに生きてきた彼らからすれば、そのための方法などただ一つ、ということらしい。
つまりは模擬戦だ。
正直、私としてはその辺……つまりは実力の確認については、この間、冒険者組合長であるトリスタン自ら行ってくれた試験でもって十分になされているのでは、と思ったのだが、それでは《雷竜の鉄槌》のメンバーたちには納得がいかなかったらしい。
そのため、この冒険者組合併設の訓練場において、一対四の模擬戦となった。
一対四だ。
これはもちろん、私の方が一で、四の方は彼ら《雷竜の鉄槌》である。
この条件は私の方から出したもので、最初、彼らはそれを聞いた時、私に対して強い敵意と殺気を放出してきたくらいだ。
それはつまり、自分たち一級冒険者を舐めているのか。
そういうことだった。
しかし、私にはそんなつもりはなかった。
彼らの強さは理解していた。
けれど、私には彼らにないものがたくさんあるのだ。
特に魔導具関係については極めて充実しているし、魔力についても通常であれば未来に実現するような様々な増加法を使って強化できるだけ強化している。
魔術にしても、今のこの時代の魔術であれば、色々な抜け道のあるものが多いことを知っていた。
だからこそ、たとえこの時代の最高位冒険者である、一級冒険者である彼らが相手であっても戦えると思ったのだ。
そもそも、別にこの模擬戦は彼らを倒せとかそういう話ではなく、あくまでも私が彼らと一緒に迷宮に潜り、戦って足手まといにならないか、そのための見極めをするのが主目的である。
つまり、別に私が勝つ必要も無く、流石に四対一では厳しかろう、となったら、誰かが抜けてくれればそれで構わないのではないか。
そういう話をしたところ、彼らは吹き出させていた殺気を収め、納得したように頷き、では模擬戦をするか、ということになったのだった。
そして実際に戦い始めたのだが……これが、とんでもなかった。
私の予測を遥かに超える実力を彼らは持っていて、事前に用意していた多くの魔導具関係について、初見であろうに結局ほとんどが抜かれてしまったくらいだ。
また、こっちの攻撃についても、盾役であるイングが全て防ぐし、向こうの攻撃は魔術が間髪入れずに飛んできた。
気を抜けば背後を狙ってエルフの少年……と年齢的に言っていいのかどうかは謎だが……素早い動きで距離を詰めてくるし、正面からは見るからに鍛え上げられた戦士グレイズがぶつかってくる。
正直言って、このメンバーに真正面から戦って勝利を収められる者はまず、人間では今の時代にいないだろうと思われた。
けれど、勝つことは不可能でも、負けないことは出来る。
実際、私はそれをやり切ったのだ。
「……ふぅ……なんとか、息も落ち着いてきたぜ……しっかしよ。あんた本当に貴婦人なのか? 強いなんてもんじゃねぇぜ……」
グレイズが顔をあげて、私にそう言ってきた。
「どこからどう見ても貴婦人じゃないの。これで公爵夫人なのだから、結構偉い方よ?」
「普通の公爵夫人は戦わないんじゃないかしら。まぁ、私も伯爵家の出だから、あまり人のことは言えないかもしれないけど」
こう言ってきたのは、美貌の魔術師バルバラだ。
確かに彼女の出自については聞いたことがあって、元は南の小国の貴族だったという話だ。
詳しくは調べていないのは、それがあまり重要な情報ではなかったからだ。
それに加えて、冒険者の出自というのは、ほとんど意味がない。
あくまでも実力でもって全てを解決するのが彼らの基本なのだから。
その誇りを、私も気に入っていることもあって、わざわざ実家を調べて弱みを、とかは考えなかった。
何か問題があるのなら、もちろんその限りではないのだけれど。
「私もそうあれるのなら、そうしたのでしょうけれどね。女でも自らの手で勝利を掴み取りにいかなければならない場合もあるものよ。だから私は、迷宮の踏破を目指しているの」
私の言葉にバルバラは笑って、
「そういう時、貴婦人は自らの頼る有能な騎士とか、ご主人にご出陣願うものよ。でも、これだけの力を見せられると……貴女が自分で出た方が話が早いというのもよくわかってしまったわね……。ねぇ、今すぐでなくてもいいのだけれど、模擬戦の最中に使ったいくつかの魔術や技法、私にも教えてくれないかしら? もちろん、報酬は払うわ……今回の迷宮踏破についても、可能な限り協力する。っていっても、お金については公爵夫人が納得するだけの金額を出せるかどうかはわからないけど」
そんな提案をしてくる。
彼女はこの時代でもほとんど最強格の魔術師であるだろうから、私の使った魔術の数々が、他のどこでも見られないようなものであることに気づいたのだろう。
通常なら、こう言われても教えることはもちろんない。
この時代の魔術師に対する、私の優位性が崩れるからだ。
けれど、今回に限ってはある程度は伝えざるを得ないと思っていた。
だから私はバルバラに頷いて答える。
「構わないわ。そもそも迷宮探索をしながら、少しずつ教えていくつもりだったの。だから報酬もいらないわ」
「え? そうなの? どうして?」
「簡単なことよ。そうでなければ、今回の迷宮攻略は難しいから」
「……そんなに厳しいところなの?」
「まぁ、ね。でも貴方達と一緒なら、私は行けると思ってる。迷宮の最深部……七十八層まで、ね」
「……おい、貴婦人。今、何層っつった?」
グレイズが聞き捨てならぬと尋ねてくる。
私は答えた。
「七十八層よ。まぁ、一週間もあればなんとかなるでしょ。一日十五層くらいのペースで行って、最終層については一日ちょっと余裕を持って、という感じね」
「……あんたじゃなけりゃ、いかれてるって言いたくなるが……これだけの力を見せられるとなぁ……行ってみるかって気になるぜ」
「グレイズ、納得してるけど七十八層と言ったら、《聖樹の迷宮》とかよりも深いの分かってる?」
そういったのは、エルフの少年アミルカルである。
《聖樹の迷宮》はいわゆるエルフ達の里にあるいくつかの迷宮の通称で、なぜか聖樹と呼ばれる特別な樹木の下に作られていると言われている。
言われている、というの通常、普人族に立ち入りの許可が出ることは滅多にないからだ。
数えるほどの高位冒険者や、特別な許可を得た人物のみが入ることが出来る。
前の時で言うと、リリーは普通に入り浸っていたが、まぁ、彼女は正直色々な意味で規格外なので例外だ。
ともあれ、この話をアミルカルがするあたり、このパーティーは普通に入ったことがあるのだろう。
アミルカルの言葉に、グレイズは言う。
「あそこは確か七十層だったよな。まぁ、俺たちでさえ、まだ五十層ちょいで足踏みしてる状態だが……以前に踏破されたのは、確か……」
「……五百年前のことだよ。その時に最深部で得られた魔道具は、エルフの里で祀られてるくらいなんだ。それくらいの偉業をたった一週間で目指すって言うのかい? 馬鹿らしい話だよ」
「って言ってもなぁ。この貴婦人はどう見ても本気だぜ?」
「だから余計に馬鹿だって言ってるの! 僕は!」
「となると、お前は今回の依頼、抜けるのか?」
「……抜けないけど! でも文句ぐらい言いたい」
「ごめんなさいね、アミルカル。私も無茶な話をしてるって言うのは十分に分かってるのよ?」
私がそう頭を下げると、アミルカルは少し驚いた顔で、
「……人間の貴族が、エルフに頭を下げるんだ……」
と言った。
確かにあまり多いことではないかもしれない。
特に、この聖国のように、普人族至上主義に染まっている地域だと。
けれど私の場合は……。
「イストワードには何人かエルフがいるから。それに私は今、学院で教授をしているのだけれど、上司も部下も、エルフよ?」
「あぁ、そういえば聞いたことが……確か、メイン姉弟?」
「そうよ。知り合いだったかしら?」
「ずっと昔に、里で遊んでもらったことがあるお姉さんお兄さんだね。そっか、あの二人の……まぁ、それなら、その破天荒さも納得かな……」
「あの二人、そんなに破天荒なの?」
「そうだよ。そもそも、里から出ること自体、エルフの中だと異端だからね。別にそれをしたら二度と里に戻るなとか、そういうことを言われたりするわけじゃないけど、ものすごくおかしい奴を見る目で見られる。正気に戻れ! みたいな感じで? そんな中で、わざわざ人間の国の重要な地位に就いてしまうなんて、常軌を逸してるとすら見られかねないね」
「……なるほど。まぁ、確かにあの二人は私の目から見ても、そこそこ変わってはいるわね」
「でしょう? でも、実力のない人を認めたりもしない。だから……もう僕はいいよ。君を信じてみることにする」
「それはありがとう……で、貴方はどうかしら?」
はっきりと納得の言葉をもらっていない、最後の一人、イングに私がそう尋ねる。
そもそも、彼は寡黙だからすでに納得していても無言なだけかもしれないが、一応確認しておきたかった。
「俺は金さえもらえればそれで十分だ」
そう言った。
彼の仲間であるはずの他の三人はこれを聞き、また金か、という顔をしている。
ただ、不快そうというわけではなく、他に興味のあることはないのかという心配に近い。
まぁ、気持ちはわかる。
ただ、実のところ、私は彼が本当はただの守銭奴ではないことを知っていた。
なぜか。
前の時に、このパーティー《雷竜の鉄槌》の話は、それなりに聞いているからだ。
バルバラについてもその時に聞いたことを覚えていた。
イングについては……。
「お金は通常の依頼料の数倍は出すけど、イング。貴方にとってはそれよりも魔石病の治療薬なんかがいいんじゃないかしら?」
私がそういうと、イングは驚いた表情で、
「あんた……一体何を知っている!?」
と言ってくる。
別に隠すことではないので、私は答えた。
「貴族の調査力というのを舐めないで欲しいわ。貴方には妹がいるでしょう。特殊な魔石病にかかって、二十年も経っている、妹が。貴方は彼女の治療をするために、ずっとお金を稼いでいる。通常の治癒師や医者では、貴方の妹のかかっている魔石病は治せないと言われて、ね。確かに確実に治そうと思ったら、いわゆる万能薬が必要になってくるもの。そのための素材は、いずれも天文学的な値段がついているし、場合によっては自分の手で、迷宮の深部に潜ってとってくるしかない。だから貴方は冒険者をやっている」
これに驚いたのは、彼のパーティーメンバーである他の三人だ。
「お前……なんで言わなかった」
グレイズが尋ねると、イングは、
「言いにくくてな。それに、望みはほとんどない。楽しく冒険者をやってるのに、水を差したくはなかった」
「……水クセェ奴だな……」
続けてバルバラも、
「今までたまに変な素材欲しがったりしてたの、なんでかと思ってたけど、そういうことだったのね。言われてみれば、いくつかは万能薬の素材だって言われるものだったわ。それ以外は……」
「魔法薬師や錬金術師にも色々いるからな。欲しい素材と物々交換でなきゃ、自分の手持ち素材はくれないとかざらなんだよ」
「そういうことだったわけ……素材は? もうほとんど集まったの?」
「まだ全然だ……聖樹の雫とかが残ってる」
これを聞いて口を開いたのはアミルカルだった。
「それなら僕が里に交渉するよ」
「……いいのか? あれは、高価とかそんなもんですらないだろ。王侯貴族が望んだところで手に入ることはまずないって聞く」
「あれが取れるのは数十年に一度だからねぇ……でも、里には在庫はあるんだ。外に出すと争いのタネになるからって内緒にしてるんだけどね。あ、みんなも他の人に言わないでよ?」
「……アミルカル。ありがとう」
「君の妹のためだ。なんでもするさ……」
聞きながら、本当に仲間というのはいいものだ、と感じた。
けれど、ちょっと違う方向に話が進みつつあるので、私はそこに割り込む。
「感動的な会話がなされているところ、悪いのだけれど」
「……なんだ?」
「私、さっき言ったわよね? 治療薬が欲しいんじゃないのって」
「あぁ、確かに聞いたが……素材は仲間たちの協力でなんとか集まりそうだぞ? 話を打ち明けるきっかけになってくれたあんたには、いくらでも協力する」
「そういうことじゃなくて、私、治療薬すぐに渡せるわよ。いえ、すぐにと言っても、一月くらいはかかるけど、まぁそれくらいで」
「なんだと!? 万能薬をか!?」
「流石にそれは……でも、貴方の妹がかかっている特殊な魔石病への特効薬なら可能よ」
なぜかといえば、その薬は未来において作られるからだ。
今の時代ではさほど知られていないが、大体今から十年後に流行し、大問題になる。
その治療のために数多くの薬師や錬金術師がその技術の粋を集めて研究開発を進め、ついにそれはできあがる。
そのレシピは公爵家が独占し、そして莫大な利益を生む……とまで話すとまぁ、前の時の悪どさが際立つが、つまりそういうことで、レシピはしっかりと頭の中に入っているのだった。
製作のためには素材集めや機材の製作も必要なので一月は必要だが、それくらいあれば全く問題ない。
私の目を見たイングは、そこに嘘がないことを理解したようで、土下座せんばかりの勢いで、
「……頼む! どうか、それを俺に……俺の妹に!」
「だから、渡すと言っているのよ……そんなことする必要はないわ。私が貴方に求めるのは、今回の依頼をしっかりとこなしてくれること。それだけ」
「……あんたの言葉が真実なら、俺は命だって賭ける」
「真実よ。じゃあ、それを示すために……さっさと迷宮を攻略してしまいましょうか。その後、イストワードのファーレンス領に来てくれれば治療薬も渡せるからね」
これにやる気満々になったイングだが、グレイズは、
「ほんと、すごいこと簡単に言いやがるが……マジでやりそうだな、この貴婦人は」
と言い、それに続けてバルバラとアミルカルもどこか呆れた口調で、
「こんな非常識な人がいるなんて、想像もしてなかったわ……」
「人間にも面白いのがいるもんだね、僕、里の外に出てきてよかったと、今心から思ってるよ……」
そんなことを言ったのだった。