第128話 とある冒険者パーティー
本日六話目です。
「ねぇ、グレイズ。飛竜便なんて豪気な物使ってまで急がせるなんて、一体どういうことだと思う?」
冒険者パーティー《雷竜の鉄槌》のメンバーの一人、バルバラが、同じくパーティーメンバーであり、リーダーである男、グレイズに尋ねる。
バルバラは水色の髪と、同じ色の透けるような瞳の美しい女性で、話しかけられたグレイズの方は無精髭の生えた三十代前半の男性だ。
二人とも空気感は穏やかで、中堅程度の冒険者に見えなくもないが、実際のところは違う。
どちらも一流も一流、世界広しといえども、並ぶものは数えるほどしかいない、一級冒険者だった。
「俺にそう聞かれてもわからねぇ。ただとにかく早くウトピアールに戻ってこいって、トリスタンの野郎が言うもんだから……あいつがそんなこと言うなんて、長い付き合いだが初めてのことだぜ? 今回くらい聞いてやっても良いだろうと思ってよ。ま、ロクでもない話だったら俺もキレるが」
「僕はあんまり戻ってきたくなかったんだけどなぁ。やっぱりウトピアールの空気感? 普人族至上主義だからさぁ。正直肩身狭いんだよねぇ」
そう言ったのは、同じく《雷竜の鉄槌》のメンバーであるアミルカルだった。
一見、非常に精巧な顔立ちをしている少年だが、その瞳に宿っているのは長い年月から来る落ち着いた光だ。
実際、彼はその見た目にして、すでに百年近く生きている存在……つまりは、エルフであった。
ただし、エルフ特有の特徴である長耳とかは出ていない。
高度な魔術によって隠匿しているためだ。
その理由は、レダート聖国が普人族至上主義の強い土地柄だからであり、いわゆる亜人である彼がそのままの姿を晒すことは危険であるからに他ならない。
もちろん、仮に聖国が彼に何か危害を加えようとしたところで、一級冒険者である彼にはいくらでも反撃のしようがあるし、いざとなったらパーティー丸ごと、聖国から出て行けば良いだけの話だ。
冒険者にはそれくらいの自由もある。
ただし、今はそれができない理由もあった。
つい先日まで探索していた迷宮がその理由で、そこで採取できる素材をどうしても集めたいと考えているからだった。
それなのに、途中で諦めてこんなところに呼ばれて、アミルカルは非常に機嫌が悪かった。
そして、そんな彼に加えて、もう一人、全身を鎧に覆われた大男がいて、彼の名前はイングと言った。
この四人で冒険者パーティー《雷竜の鉄槌》は構成されていて、たとえどのような依頼でも片付けると評判であった。
「……だが、指名依頼ならば報酬は良いはずだ。私は儲かるなら、それでいい」
イングは守銭奴気味なところがあり、それ以外のことにはさほど拘らないが故の言葉だった。
「イング、君はそればっかりだねぇ。まぁ良いけど。それで、こんな時間に冒険者組合を訪ねて来いって、本当?」
アミルカルが、グレイズに尋ねると、グレイズは頷いて答える。
「あぁ。なんだか内密な話だから、あまり目立たないようにきてくれってことだったぜ」
「目立たないでって、イングがいるのに無理じゃないの」
バルバラが、イングの巨体を見ながら言った。
イングの体躯は常人からすれば見上げんばかりの大きさで、確かに彼が街中を歩いているだけでつい振り返ってしまいたくなるほどだろう。
「だからこそ、この時間なんだろ。他の国や街ならともかく、聖都の人間はお行儀がいいからな。こんな夜夜中に、そうそう出歩くことはねぇ」
事実、人通りの少ない道を選んでいるとはいえ、人とすれ違うことも全くないことから、聖都の人間の性格がよく分かる。
「繁華街だって地味でやっぱり私は苦手だわ、聖都。今回の依頼も面白くなさそう……」
そんなバルバラのつぶやきに、
「じゃあ、今からでも遅くない。北に戻ろう!」
アミルカルがそう言って乗っかるが、
「ダメだ。まずは話を聞いてからだ。儲け話かどうか確認してからだ」
イングが頑なにそう言ったので、グレイズも頷く。
「金はまぁ、俺は困ってねぇが、やっぱり昔からの知り合いの頼みだからな。悪いが、付き合ってくれ」
この言葉には、他の二人も仕方ないと思ったようで、
「はいはい」
「はーい」
と言ったのだった。
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まぁ、正直なところ、俺、《雷竜の鉄槌》のリーダーであるグレイズは、そんな気楽な気持ちで来ていたことは間違いない。
けれど俺の時間がいくばくか戻すことが出来るのなら、その時の俺に忠告することは間違いないだろう。
どんな忠告かというと……そうだな、まず、覚悟してこいと言うだろうな。
お前は自分には大抵の依頼はこなせるからと、余裕で冒険者組合にやってくるのだろうけれど、そこで言われる話はとんでもないことだぞ、と。
俺も長い間冒険者をやってきたが、今回ほど突拍子もない依頼内容はない。
面白いっちゃあ面白いが、正直命がいくつあっても足りねぇ。
そういう物だと。
加えて、他人を見た目だけで侮るとひどい目に遭うってこともな。
と言うのもだ、俺たち《雷竜の鉄槌》がウトピアール冒険者組合を訪れると、通された応接室の中には、見慣れた顔であるトリスタン・セイムと、気品ある仕草で紅茶を飲んでいる貴婦人がいた。
あれは一体何者だ?
俺たちはお互いに顔と視線を見合わせて、そんな疑問を共有した。
しかし、今回の経緯から鑑みるに、おそらくはこの人が《依頼主》であることも察せられたので、背筋を正すと、トリスタンが、
「あぁ、みんな。よく来たね。よかった。こんなに早く到着するとは思ってもみなくて、いい誤算だったよ。さぁ、こっちに座って」
と気持ち悪いぐらいに丁寧に俺たちに椅子を勧める。
いつもなら、こんなことはなく、もっとぞんざいに座れ、と言うだけなのにだ。
それほどにこの《依頼主》は重要な取引相手と言うことなのだろうか?
そう思いつつ、俺たちは言われた通りにソファに座った。
そして、その後、誰が口を開くべきかわからず、少し待った。
俺たちも、冒険者の中で最高位と言われるだけあって、貴族なんかとのやりとりにはだいぶ慣れてはいる。
しかし、だ。
今回のことは一体どういう状況なのかもさっぱり分かっていないし、まずは誰かにとっかかりとなる説明だけでも求めたいところだった。
それをしてくれるのは、トリスタンか、それともこの目の前の女性か、どちらなのだろうか。
そう思いつつ、悩んでいると、
「……皆さんは、一流の冒険者だと聞きました。そんな方々にこんなことを聞くのは無礼なお話かもしれませんが……」
「……なんだ?」
「皆さんは、冒険心をお持ちですか?」
「そんなの、言われるまでもねぇ」
「では、冒険者の中で、今まで誰もやったことがないことがあれば、ぜひやってみたいと、そう思われるような方々、ということでよろしいでしょうか?」
かなり挑発的な質問の仕方だ、と思った。
けれど、この質問に、いいえ、と答えるような人間は冒険者を名乗るべきではないな、とも直感的に思ったのも確かだ。
だから俺は売り言葉に買い言葉、と言った感覚で答えてしまう。
視界の横の方で、トリスタンが妙な動きをしていることに気づかずに。
今思えば、トリスタンは少しは考えろと、それは即答してはいけないような内容だぞと、そう言いたかったのだろうと思う。
けれど、時すでに遅し、だ。
「当たり前だ。俺たち《雷竜の鉄槌》は、四人とも出身も出来ることも年齢も趣味嗜好もバラバラだが、そのことだけは一致してる。俺たちはまだ見ぬものを見て、まだ誰もやってないことをやるために、冒険者をやってるんだ」
この言葉に他の三人も深く頷いているのが確認できたので、俺は間違ったことは言ってないなと心の底から思った。
そんな俺たちに、女は、にっこりと微笑み、そして……ちょっと、信じられないことを言った。
「あぁ、よかったですわ! トリスタン、これこそ、私が求めていた一流の冒険者たちだわ! あなたに頼んで、本当によかった……そう」
ーー彼らと一緒なら、新しく見つけた迷宮も、きっとすぐに踏破できるわ!
そう言ったのだった。
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「つまり……どういうことだ?」
一通りの話をその女……エレイン・ファーレンスから聞き、しかしうまく咀嚼できずにあっけに取られたまま、話し合いは終わった。
エレインは嵐のようにその日は去っていった。
出発は三日後の予定で、二日後に詳しい攻略法についての会議を行うから、その時までに色々とパーティーとしての準備も終えておいてねと残して。
言っていることは分かるが……しかしまだ本当には理解していなかった。
俺たちはその場にトリスタンと共に残され……惚けた顔で尋ねる羽目になった。
これにトリスタンは苦笑して答える。
「どういうもこういうも、彼女……エレインが説明した通りだよ。君たちには三日後から、つい最近発見された未踏破迷宮の探索を行ってもらう。それも、完全踏破してもらうつもりだ。期間は……長くて二週間って話だったかな」
「ちょっとトリスタン……本気で言っているの? そんなの無理よ。大体の階層について情報が整理されている迷宮でも、完全踏破するつもりだったら一月二月はかかるのはザラなのよ? それなのに……なんですって、つい最近発見された迷宮を? 馬鹿げているわ……」
バルバラが絞り出すように言った。
彼女も、まだあまり事態を理解できていないようだとそれでわかる。
「僕としては、つい最近発見された、っていう部分の方が気になるんだけど……えっ? いつ見つかったの? 聖国で、ってことだよねぇ?」
アミルカルがそう尋ねると、トリスタンが頷いて答える。
「そうだね。本当についこないだのことだよ。エレインの言う通りの場所に情報部をやったら、本当にそこに迷宮の入り口があってねぇ。冒険者組合も、また近隣の住人すらも把握してなかった、正真正銘の未発見の迷宮でね。まぁ、度肝を抜かれたよ。そしてそれを踏破したいから腕利きの冒険者を用意しろ、なんて言われた日には魂まで飛んでいきそうな気分になったくらいさ。でも、彼女は間違いなく本気なんでね。僕も、もう現実から目を逸らすのはやめて、君たちをこうして呼んだわけだ」
「あの女の言うことは……本当なのだな」
イングが落ち着いた声でそう言う。
「あぁ、本当だとも。嘘のような話にしか聞こえないのは分かるけれどね。あぁ、そうだ、報酬なんかについてだけど、あの人は公爵夫人だから、資金は無尽蔵にある。相場の何倍だろうと払ってくれると思うから、その点は心配しなくていいよ」
「おぉ、ならば俺は文句はない」
「おいイング、今回ばっかりはそれで終わらせるなよ……俺たちゃ、そんな簡単にはうんとは言えねぇぞ。トリスタン、分かってんのか? 迷宮の探索ってのは、長い年月をかけて少しずつ進めていくもんなんだぞ。たとえ、俺たちのような一級冒険者がかかるとしてもだ。それを二週間で踏破だぁ? 寝ぼけるのも大概にしろよ。俺たちは自殺志願者じゃねぇんだ。それを……」
「それも心配しなくていいと思うね。どうしてだかわからないけど……彼女は本当に、君たちの助けさえあれば、迷宮踏破は難しいことではないと信じているようだった。僕も何度聞いても不安だったから、色々と、いろんな角度から質問を今日まで繰り返したんだけど……彼女は至って正気で、出来るというんだ。今となっては、僕もその通りなんじゃないかなって……」
「そんなわけねぇだろ。大体、あれって、公爵夫人だっつったが……結局冒険者でもなんでもねぇわけだろ。そんな女が、一体どうやって……」
「ん? あぁ、言ってなかったか。彼女、三級冒険者だよ? 登録初日の飛び級で」
「はっ? そ、そんなことあり得るのか?」
「制度上は、あり得る。けれどそんなことは一つの組合で、何十年に一度だっていうね」
「じゃあ、試験官が審査を間違えたんだろ?」
「試験官は僕だ。君はそれを疑うのかい?」
「……お前が。じゃあ、本当にそれだけの腕が……?」
トリスタンはかつて自分も冒険者として働いていて、かなりの腕利きだったことをグレイズは知っている。
そんな彼が見て、それだけの腕前があると判断したというのなら、それは正しいのだろう。
しかし……。
「まぁ、気になるなら今度、君たち自身の手で腕試ししてみればいいんじゃないかな? 二日後に会議するって話だったし、その前に少し運動するくらいなら大丈夫だと思うよ」
「……分かった。そうしてやろうじゃねぇか」