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第127話 トリスタン、報告を受ける

本日五話目です。

「……この報告書は真実なのかな?」


 レダート聖国、ウトピアール冒険者組合の冒険者組合長、トリスタン・セイムは手元の書類を何枚もペラペラと捲りながら、その内容を食い入るように見つめ、そしてよく頭の中で咀嚼した上で、絞り出すような声でそう尋ねた。

 尋ねた相手は、目の前に立っている人物、冒険者組合の中でもいわゆる裏の仕事をすることが多い、情報部の人間だ。

 漆黒の、隠匿性能を付与された高位の魔導具である衣服を身にまとい、静かに立っている様子からは一見、その実力を感じ取ることは難しいかもしれない。

 しかし、エレインを始めとする、ある程度以上の実力を持つ人間からすれば、立ち姿だけでもすぐにそれと分かるだけの実力を、その人物は持っていた。

 彼女は、トリスタンの質問に対し、珍しくもかなり困惑した様子で、しかしながら静かに答える。


「……はい、間違いございません。レダート聖国でも有数の高山であるタルミラ山脈、その中腹に、ひっそりとその入り口はありました。麓には村がいくつかありましたが、村人たちもそこにそんなものがあることなどまるで気づいている様子もなく、確実に未発見のものであろうと」


「村人にその存在を聞いてまわった……わけはないか。君たちがそんなことするはずもないしね」


「もちろんのことです。村々で聞いたのは、村人たちの行動範囲などでしたが、タルミラ山脈は古くから禁域として立ち入りが禁止されている区画がいくつもあったようで、今回の場所もまさにそのようなところにございました。ただ、なぜ立ち入りが村の掟などで禁じられていたのかは、村人たちも理由は知らないとも。ですが、今回の発見から鑑みるに……」


 そこで言葉を切った情報部の人間に対し、トリスタンは頷いて答える。


「おそらく、かなり古い時代にまさにそこに立ち入って、帰ってこなかった者たちが少なからずいたということだろうね。確かに世界的にそのような言い伝えが残っている場所には、未発見の迷宮が存在していることが少なくない」


「通常の迷宮でしたら、入り口から少し立ち入る程度ならばさほど強力な魔物が出ることもありません故、そのような扱いにはなりませんが……」


「あぁ、そういった場所にある迷宮は、いずれもかなりの危険度を誇る、いわゆる絶対未踏破迷宮というものばかりだ……そこも、その可能性はかなり高いだろうね」


 絶対未踏破迷宮とは、見つかったはいいものの、誰も踏破することが出来ずに長い期間を経過してしまうような、そういった迷宮の俗称である。

 通常の未踏破迷宮は、いつの日にかそれなりの英雄的気質と実力を持った冒険者なり何なりが挑戦すれば踏破は可能だろう、と見られているもので、事実、そのような迷宮は踏破されたという話が報じられることも少なくない。

 しかし、絶対未踏破迷宮では、そういった報告がなされることはない。

 むしろ、そのような英雄たちが挑んだものの、一切帰ってくることはなかった、とか、今年そこに挑戦して死亡した暴勇の持ち主たちの数などをよく聞くだけだ。

 今回見つかった迷宮は、まさにそのような存在であろうと思われ、そんなものが見つかったことにトリスタンは困惑を隠せなかった。

 そもそも、今回のことは、賭けだったはずだ。

 迷宮が見つからなければ、イストワード王国で最近出回っている強力な盾の魔導具を融通してもらえる、という絶対的に勝てるはずの賭け。

 それなのに現実はどうだ。

 確かに迷宮は見つかってしまった。

 しかも、絶対未踏破迷宮という信じられないほどに高難度のものと思しき迷宮が、である。

 

「……まずいな。僕は約束してしまったんだよね」


「何がでしょうか? そもそも、今回のあの迷宮の場所についての情報の出所はいったい……?」


 そういって情報部の人間は、かぶっていた頭巾をとった。

 そこにあった顔は、意外なことに端正な女性のものだった。

 

「最近とてもよく話題になる女性さ。君も知っているだろう?」


「……レダート聖国を訪れておられる、隣国の公爵夫人、エレイン様でしょうか?」


「その通り。彼女が迷宮の情報についてくれたのさ」


「そんな……おかしいです! エレイン様がこの国を訪れたのはほんの少し前のことではありませんか。それなのに、どうしてあんな遠方の山奥に存在する迷宮の場所など……」


「それにも色々と絡繰があるんだけど……流石にそれについては彼女の許可なく言えないかな」


 つまりそれは予言の力を持った者によってもたらされた情報である、という点である。

 トリスタンとしては、それについては自分一人が抱えていればいい情報だと判断した。

 なぜなら、まず、エレインとの義理がある。

 以前から聞いていた話によれば、彼女はあまり人の迷惑など考えない、悪辣な部分のある我儘な公爵夫人だ、というものがあったが、今の彼女に実際会って見る限り、まるでそんなことはなかった。

 つまり信用できる人間であろう、という直感が働いたのだ。

 もちろん、そんなものだけで物事を判断していては問題だが、いくつもの情報を集めた上で、最後に頼るべきものがそういった説明し難い勘にあることも否定しがたかった。

 その勘が、エレインを裏切ってはならないとトリスタンに告げていたのだ。

 加えて、それ以外にも理由はある。

 単純な話であるが、予言の力を持っている人間がいるから、などという話を誰が信じるのかということだ。

 トリスタンとて、エレインにそれを聞いた時はまるで信じなかった。

 だからこそ、最初は完全に突っぱねるつもりで、無理難題の条件を付けたりなどしたのだ。

 それなのに、こうして調べてみれば彼女が言っていたことは真実に他ならず……。


「結局、今回の賭けは僕の完敗ってわけだ。やれやれ……確か求められたのは、彼女の助けになる高位冒険者の紹介だったか……」


 困った話だ。

 高位冒険者を雇う、というのは本来、あまり簡単な話ではないからだ。

 たとえ冒険者組合の組合長が呼びつけたところで、彼らには断る権利があるくらいだ。

 無理に依頼を受けさせる、というのは非常に難しい。 

 そもそも、依頼料がべらぼうに高い、というのもあるが、エレインについてはこの点は全く問題ないだろう。

 裕福な公爵夫人であるし、彼女個人としても様々な魔道具の考案によって稼いでいるという話は聞いている。

 たとえ高位冒険者の依頼料であっても、支払うことは可能だろう。

 しかし、それでも問題はある。

 普通に迷宮を探索する、そのための護衛として高位冒険者が必要だ、というくらいならまぁ、無理な話ではなかった。

 けれどエレインが求めているのは、迷宮を踏破するための人員なのだ。

 それはつまり、世界最高の冒険者を呼べという話に他ならない。

 迷宮踏破とは、そのような大業なのだ。

 彼女は一体本気なのだろうか?と首を大きく傾げたくなってしまう。


「でも、間違いなく本気だったからなぁ……仕方ない。《雷竜の鉄槌》に連絡を取ってくれるかい?」


 トリスタンは、目の前の情報部にそう告げる。

 通常、冒険者と連絡を取る場合に情報部に頼むようなことはない。

 簡単に手紙などでやりとりすればそれで足りるし、そもそも、普通の冒険者であれば明日にでも冒険者組合に依頼を受けに来るだろう者たちの誰かを引っ張ってくればそれで足りるからだ。

 しかし《雷竜の鉄槌》ともなれば、話は違ってくる。


「ら、《雷竜の鉄槌》ですか!? しかし彼らは、今、確か……」


「うん、北の迷宮《不死の棺》に挑んでいたはずだね。でも呼び戻してきて」


「そのような話を彼らが聞くでしょうか……」


 情報部の女性が悩ましげな表情でそう呟いたのには理由があり、一般的に冒険者というのは高位になればなるほど、気難しくなってくる。

 自らの腕っ節だけで生きてきたという強烈な自負が、そうさせるのだ。

 ただ、その反面、気に入った者に対しては助力を惜しまないようなところがある者たちも少なくない。

 《雷竜の鉄槌》はその中間にあるような冒険者パーティーで、基本的な性格は良いのだが、誇り高くもあるという、いわゆる人が高位冒険者を想像する時に模範となるような者たちだった。

 トリスタンは、女性に言う。


「そこをなんとかやるのさ。とりあえずここまで連れてきてくれればそれで良いから。説得については……本人にやってもらうからさ」


「エレイン様にですか?」


「そうとも。結構な無理難題を僕らに突きつけているのだから、それくらいのことはやってもらわなければ割りに合わないじゃないか……あぁ、ここに来るのも嫌だと言ったら、指名依頼だと言ってくれていい。僕の首をかけるから」


「……よろしいのですか?」


 女性が心配げにそう尋ねたのは、たとえトリスタンが冒険者組合長であるとしても、あくまでも一支部のそれに過ぎないからだ。

 聖都ウトピアールの冒険者組合長は、レダート聖国でもかなり上の方に位置する組合長である。

 けれど、流石に最高位の冒険者パーティーを顎で動かせるような権力など、ない。

 せいぜいが、指名依頼を受けなかった場合、その級を一つ下げる、と言うくらいの話だ。

 冒険者にとって、級が一つ下がると、様々な特権を失うことになるし、受けられる依頼の報酬額もかなり下がる。

 特に最高位である一級冒険者ともなれば、それ未満の冒険者と比べて扱いが大きく変わってくる。

 たとえ元々平民であったとしても、国によっては伯爵程度の貴族と同等の権威を保障されるほどだ。

 そんな特権を奪う、と言われては、流石の一級冒険者も、否、とは言いにくい。

 もちろんそれでも断られる可能性というのはゼロではないものの、今《雷竜の鉄槌》が行っているのは迷宮探索で、しかも依頼ではなく、自分たちの戦力強化のための素材や武具集めのためだった。

 だから、こんな条件を付けられれば、渋々でも来るだろいうという予測は立つ。

 ただ、その場合は相当、トリスタンに対して怒りを抱いてくることは想像に難くなく、だからこそ、首がかかっていると言っているのだ。

 トリスタンとしてもできることならそんなことはしたくなかった。

 しかし、せざるを得ない。

 約束してしまったのだから。

 そのため、トリスタンは女性に言った。


「良いんだ。とにかく、頼んだよ……」


「はい、畏まりました……では、失礼いたします」


 女性がそう言って、部屋から影のように消えると、トリスタンは額に手をついて、宙を仰いだ。


「今になって思うよ……僕は一体なんて人を、冒険者として登録してしまったのだろうと」


 そう、トリスタンは後悔していた。

 たった一人の女性を冒険者として登録したくらいで、自分の進退がかかるような問題になるとは想像もしていなかったからだ。

 ただ面白い人がやってきたな、と、最初はそれくらいの感覚だったというのに。

 けれど、同時に面白くなってきたとも思っていた。

 ここのところ、トリスタンは退屈していたのだ。

 なぜなら、この国レダート聖国は、最近、何かおかしいから。

 上層部は、あまり目立たないものの、トリスタンのような地位にいる者には分かる程度に権力闘争をしていて、きな臭くなってきている。

 トリスタンは、そういうものをあまり好まなかった。

 古くは冒険者として活動したこともあり、権力者たちの気まぐれ、横暴で被害を被ったこともそれなりの数、あったからだ。

 そのため、ウトピアール冒険者組合の組合長として、旗幟を明らかにするようにと何度か求められたものの、今のところは中立を保っている。

 それでもいずれは選択しなければならない日が来るだろうとは思っているが……まだ、選べるような時期ではない。

 少なくとも、次期聖女が、はっきりと決まるまでは、だ。

 聖女というのはこの国において最も重要な存在だが、誰がその地位につくのか、本当にその時になってみなければ分からないという欠陥がある。

 聖教皇はそれと比べれば次につく者は予測しやすくはあるが、それでもやはり、誰が聖女になるかによっては大きく変わってくるのも事実だ。

 つまり、中立こそが、今の冒険者組合が取り続ける立場……。

 だが、それではあまり面白くないのだ。

 何か事態を動かすようなものが、投じられることをトリスタンはどこかで願っていたのかもしれない。

 エレインは、そんな何かかもしれない、と、そんな気がしていた。

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