第126話 整理と目的の確認
本日四話目です。
「……どういう、ことなの?」
「私にも、はっきりとしたことは分からない。でも、私はそれが知りたくて、貴女をこの国に呼んだ」
「……私を、貴女が呼んだ?」
「シモンから聞いたでしょう? 聖教皇派のことを」
「まさか……」
「聖教皇派、その主は私よ」
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とりあえず、聖国において与えられた、自らの部屋に私は戻った。
そこのベッドに飛び込み、そして仰向けに寝転がりながら、考える。
もちろんそれは、シルヴィから聞いた驚くべき話のことで……。
「……こんなことが分かるなんて。前の時なら考えてもみなかったわね」
そうひとりつぶやいた。
もちろん、今、私は独り言も聞かれぬように自らの周りに消音結界を施している。
シルヴィに聞かされたことは、それこそこの国の根幹に関わる話で、とてもでないが余人に聞かせられるようなことではないからだ。
彼女は言った。
自らこそが、聖教皇派の主であると。
私はてっきり、聖女派と呼ばれる、聖教皇派と対立している集団の主かと思っていたのだが、現実はまるで違うようだ。
むしろ、彼女の母親であるオルガこそが、聖女派の主であり、シルヴィも一応、表向きにはそこに属していることになってはいるものの、実際のところ、聖教皇派なのだという。
このことについては、聖教皇も知っていて、ただオルガの力が強いために秘匿されているとのことだった。
そんな話を私になど伝えていいものか、と思ってしまうが、シルヴィが言うには、そもそも私をこの国に呼んだのは、シルヴィ自身だというのだから、話さないという選択肢は初めからなかったのだろう。
そもそも、確かに考えてみればそれらしいそぶりが見えることはあった。
一番最初、私たちがこの国に到着し、そして学院長であるシモンのところに挨拶に行った時、そこにはシルヴィがいた。
偶然だろう、と思っていたし、そういう部分もあったのかもしれないとは思う。
しかし、それを装って私が確かにこの国に来たのだということを確認するためにあそこにいたのだと考えることもできる。
いや、きっとそうなのだろう。
彼女は言ったのだ。
解明してほしい、と。
何をかと言えば、シルヴィの、アンナの、そしてひいてはオルガの《浄化》の力の源、理由をだ。
シルヴィは昔から自らの力に違和感を抱いたらしいのだ。
彼女は確かに《浄化》の力としか言えないものを行使できる。
私の目から見ても、そのようにしか見えない力が宿っているのは確かだった。
けれど、シルヴィはそれを借り物の力だ、と言った。
確かに使えはすると。
けれど、自らの力だとどうしても思えないと。
その理由を尋ねると、感覚的にそう思うとしか言えない、という極めて微妙な答えが返ってきたが、シルヴィはアンナもおそらく同じように感じているのではないか、と言った。
シルヴィから見て、アンナにも確かに《浄化》の力はあるのだという。
本人はまだ、その力をはっきり自覚していないだろうが、しかしそこに確かにあることをシルヴィは感じ取れるらしい。
私にはアンナの中には例の吸収系の特殊属性魔力しか感じられないのだが、そこのところは《浄化》持ちにしか分からないものがあるのかもしれなかった。
けれど、やはりアンナの中にあるそれも、借り物の力でしかないように思われるというのだ。
なぜそう思うのかは、やはり直感でしかないという。
そしてそんな思いを、シルヴィはずっと感じてきたという。
それこそ、小さな頃から、ずっと。
私と聖女の地位を争っていた時、それについて考えていたと。
だからこそ、私に対しては何か申し訳ない思いがあって、あまり深くは接することができなかったと。
そんなことを言った。
確かに、ずっと昔のことを……それこそ、前の時のことだから、何十年も以前のことになる……をなんとなく思い返すに、シルヴィは私に対する態度が妙だった。
それを当時の私は、自分の方が聖女になるべきと確信しているが故の、余裕とか、私など目にも入れていないのだと理解していたが、全くの逆だったということになる。
やはり愚かだったのだな、前の私は、と思わずにはいられないが、当時の私は正真正銘の十代であって、他人の心のうちにあるそういった複雑な気持ちなどを察せられるほどの人生経験などまるでなかった。
だから仕方がないのだ。
そんなシルヴィはさらに言った。
アンナについて、これから何年か経てば、聖女候補ではなく、正しく聖女として扱われる日が来るだろうと。
そうなったらそうなったで、シルヴィとしては嬉しい思いもあるという。
自分がついた聖女という地位を、娘に譲れるのだから、と。
しかしそれと同時に、自分のように微妙な気持ちを死ぬまで抱き続けるような人生にさせてしまうのは、悲しいとも。
だからこそ、アンナの力を、そしてシルヴィの力を正しく見極めたいのだと。
ただ、問題はある。
この国、聖国において、大々的にアンナやシルヴィの力についての測定や解明を行おうとすれば、必ず、シルヴィの母であるオルガがその邪魔をするだろうということだ。
そもそも、《浄化》の力についてはあくまでも神から与えられたものであって、それを人の手で丸裸にしようとするなどということは、基本的に許されることではないのだ、という考えがこの国においては支配的なのだ。
長い間、聖女候補が出なかった時に、僅かながらに調査研究が許されたのみで、そういった心配のない今の時代に、そのようなことをする許可はまず、降りないだろう。
けれど、これについてシルヴィには妙案があった。
彼女は言った。
アンナを、留学にやらせる、と。
イストワード王国にアンナを留学させ、イストワードにおいてアンナの力を調べる。
それであれば、本国である聖国からの横槍は入れにくいはずだと。
そんなことが果たして出来るのか、私には疑問だった。
何せ、アンナは聖国の聖女候補。
他の誰よりも重要な人物だ。
その割には結構、ほいほいと色々なところに出かけてはいるが、それこそ聖国であれば彼女に危害を加える者はいない、という余裕があるのだと思われた。
実際には今回のような問題が起きてしまうこともあるわけだが、あくまでも例外だというわけだ。
けれど、他の国に行くとなれば話は変わってくるだろう。
数え切れないほどの護衛がつけられたり、誰かと接触することを制限されることになるのが普通ではないだろうか。
そう思ったが、シルヴィはそうはならないように聖女である自分が尽力すると約束した。
もちろん、オルガのことがあるから絶対にとは断言は出来ないけれども、そこのところはうまくやる。
もし、実現した暁には、どうかアンナのことを頼めないかと、シルヴィは私に頭を下げた。
あのシルヴィがそこまでする、ということに私は衝撃を受けたが、本当のところ、シルヴィはそういう人なのだろう、と私は今回のことで理解した。
前の時に感じていた彼女の性格……私に対して優位に立っているからと、そのことを鼻にかけている鼻持ちならない性格の人間、などという感覚は、私の偏見でしかなかった。
そういう話なのだろう。
今の彼女は、自分の地位や力の源泉が分からず、そしてそれが故に娘の未来についても不安で、かつ母親が何を考えているかも分からなくて、八方塞がりになってしまった、心細く立っている弱い女性だ。
その姿は、私にとってかつての自分と重なるところがあった。
聖女になるという、母からかけられた期待に応えられず、またそれ以外に何も目標もなくてただただ自暴自棄になり、空っぽになって、何にも興味の持てなくなったしまったかつての自分だ。
私の場合、それを救ってくれたのは夫であるクレマンであり、そして彼との間に出来た子供たちだった。
ただ、私はそうやって自分の魂の欠けたところを埋めてくれた存在たちと、新たなる目標を達成しようとし、そしてそれは聖女になるというもの以上のものでなければならぬと、それこそろくでもない目標を立てて、邁進してしまったわけで、それは全く良くないことだったと今では思う。
つまりはそれが国家転覆であり、自らの王朝を立てて、そのまま世界に進出するという非常に問題がある考えだったわけだが、それこそ世界を席巻する宗教、その中心である聖国の聖女を超える立場というのが、当時の私にはそれくらいしか思いつかなかった。
浅はかだった。
けれど、ひとりぼっちになった女には、全く歯止めが効かなくなる瞬間というのがあるものだ。
今のシルヴィも、そうなっている。
いや、そうなりそう、と言ったところか。
実際、今彼女がやろうとしていることは、彼女の母であるオルガに対する裏切りである。
ただ……その一番の原動力は、自分の子供であるアンナに後ろ暗い道を歩かせたくないという、母らしい優しさからで、昔の私と比べれば正しい行動原理だろう。
だから私は、シルヴィの力になってやりたいと思った。
それに、本当のところを言うと、私も気になっているところが沢山ある。
そもそも、聖国の聖女とはなんなのか。
浄化の力の根源はどこにあるのか。
かつての自分に感じた、その力のかけらは何で、いったいどこに行ってしまったのか。
昔から、ずっと感じていた疑問の答えが、きっとシルヴィに協力すれば得られるような気がするから。
今となっては聖女になりたいだとか国家転覆をしたいだとかそういった野心もないし、おかしな先入観もなく、ただただ研究者としての目線で事実を評価できるだろうとも思っている。
まぁ、ともあれそう言うわけで、これで聖国においてやるべきことは一つになったと言えるだろう。
聖女関連については、シルヴィの根回しの結果を待てばいいわけだから……あとは、例の迷宮攻略である。
私の娘、リリーの使っていた魔杖。
それが眠る、迷宮の攻略だ。