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第124話 力の発現

本日二話目です。

 気付けば目の前にはだだっ広い空間があった。

 しかし、外という訳ではなく、何らかの建物の内部であることは察せられた。

 大広間、という感じで……。


 でも、そんなことはどうでも良かった。

 このときの私にとって重要だったのは、何よりも危機感を覚えたのは、部屋の広さなんかじゃない。

 その部屋の中心部に存在している、巨大な物体だった。

 私の身長など遙かに超えて、それ自体が一つの建物のように見えるそれは、漆黒の、しかし金属質の何かで出来ているように見えた。

 形は、人を象っているようで、けれどそれはあくまで大まかな形がそうである、というだけで、腕の太さとか、足の大きさとか、落ち窪んだような目とか、そういった様々な部分が、人とは大きく異なっていた。

 けれど、私はこの存在を知っていた。

 いや、細かくは分からないけれど……ただ、こういう物体のことを、こういう魔物のことを、一体何と言うのか、それは学院の魔物学でしっかりと教わっていた。

 つまりこれは……。


「……魔導人形ゴーレム


 そう呼ばれるものだということを、私は知っていた。

 そこまで私の思考が到達したとき、一体私がここに現れてどれくらいの時間が経っていたのかは、分からない。

 何分にも感じたように思うが、おそらく、実際はほんの数秒だったのではないか。

 私がはっとすると、魔導人形はついに動き出した。

 その暗かった眼窩に光がぼんやりと宿り、そして微動だにしなかった体が、ごごご、と鈍重な様子で、けれど確かに動き出す。

 そして、その瞳に私の姿が映ると、どすりどすり、と動き出した。

 そこから、私の戦いが始まった。

 腕を振り上げ、襲いかかってくる、魔導人形。

 しかし、私に出来るのはせいぜいが、なんとか避けるくらいのことで……。

 戦いなんて呼べるものではなかったのは言うまでもない。

 だけれど、死ぬわけには、いかないという意識だけがそのときの私の体をなんとか動かしていた。

 ほとんど、何も考えていなかったように思う。

 考える余裕なんてなくて……。

 でも、それが却って良かったのだと思う。

 私はまるで大道芸人のように、その巨大な存在の攻撃をしばらくの間、避け続けることが出来たのだから。 

 これはとても不思議なことだった。

 何せ、ここはおそらくは、《主の間》などと呼ばれる、迷宮でも最も重要な施設の一つだろうからだ。

 そこに現れる存在は、いわゆる《主》と呼ばれる強力な魔物で……あの魔導人形はまさにそれのはずだった。

 どの程度の《主》なのかは、私には分からない。

 《主》といっても色々いて、比較的、浅い部分にあるような《浅層主》とか呼ばれる存在から、迷宮それ自体を支配し、守ると言われている《迷宮主》と呼ばれる大物まである。

 けれど、いずれにしても、私にとってはとても敵うような相手ではなく、当然、その攻撃など避けられるはずが本来、なかった。

 それなのに……。

 ただ、それについて深く疑問を持ち、考え始めていたら、私はもう全然動けなくなって、どこかのタイミングで潰されていたと思う。

 そうならずにしばらくの間、命を長らえ続けたことは、本当に奇跡だった。

 それでも……。

 あぁ、それでも。

 私の体力にも限界があった。

 どこかから湧き出るようにいつもよりも速い速度で動き続けることが出来ていたが、ある瞬間、ふっと力が抜けてしまったのだ。

 そして、その瞬間を見計らったかのように、魔導人形の巨大な腕が私に迫った。

 ……ここで終わりか。

 そう思った瞬間、


 ーーガギィン!


 と、轟音が辺りに鳴り響き、そして、魔導人形の腕が中空で静止した。

 そこには全く何も存在していないように見えたが、確かに見えない壁に静止させられているように見えて、ぼんやりとした頭で不思議に思っていると、後ろから声が聞こえた。


「……ギリギリ、間に合ったみたいね」


 見ればそこには、


「……エレイン先生……?」


「ええ、アンナ。よく頑張ったわね、もう大丈夫よ」


 そうして、隣国の公爵夫人が、頼もしげな様子で私に笑いかけてくれたのだった。


 ◆◆◆◆◆


 あぁ、本当に良かった。

 私はその大広間に入った直後、そう思った。

 勿論、のんびりしていられる状況でないことはすぐに理解したし、その巨大な魔導人形が大きく腕を振り上げているのを視認した瞬間、私は即座に魔術を飛ばした。

 それは魔術盾であり、注げる限りの魔力を注いだ、私の放てる最高の強度のものだった。

 幸い、それでなんとかその巨大な質量を防ぎ切れたことは感触で理解したが、そう何度も耐えきれるようなものでないことも感じた。

 私はジルの背中から飛び降りる。

 ジルはその直後、人間の容姿に変化する。

 アンナに見られるわけにはいかないためだ。

 厳密には、この大広間に入った時点で見えていたかも知れないが、アンナの顔色を見るに憔悴しきっていて、記憶にも残っていないだろう。

 とりあえず話しかけてみると、ぼんやりとした様子だったが、私の名前を呼んだので、おそらくは大丈夫だ。

 そして、とりあえず魔導人形から距離を取るべく、身体強化を自らに施し、アンナを抱いてその場から離れる。

 不思議なことに、魔導人形の動きはかなりゆっくりとしていて、それで十分な距離を取ることが出来た。


「……このまま脱出……」


 しようと思ったが、私とアンナが魔導人形から離れた直後、魔導人形の動きは速度を増し、そのまま私たちを追いかけてきた。

 再度、腕を振り上げてきたので、まずいと思い、魔術盾を展開しようとしたが……。


「ふむ、黒金魔導人形ブラックゴールドゴーレムか。中々に珍しいものがいるな」


 そんな声と共に、ジルが私たちの前……というか、後ろかな……に出て、魔導人形と相対してくれ、その腕を片手で受け止めた。

 とてもではないがそんなこと出来るはずのない質量を、魔導人形は持っているハズなのだが、竜人に常識は通じないと言うことだろう。

 そしてそんなジルは、そのまま私の方に振り返り、言う。


「エレイン、ここは我に任せてお前たちはこの広間を出ていると良い。こいつは我が倒しておく。その後、ゆっくりと迷宮を出れば、それでいいだろう」


「……大丈夫なの?」


「我を誰だと思っている?……まぁ、相手が叔母上くらいの実力があれば話は別だが、こいつはただの力自慢だ。それくらいなら、ほれ……こんなものだっ!」


 言いながら、力をこめたように腕を払うと、魔導人形は思い切り吹き飛ばされる。

 なるほど、全く問題ないようだ。

 そう理解した私は、


「分かった。任せるわ……私たち、部屋の外で待っているから……」


「うむ、しばらく我は戦いを楽しもう……!」


 ジルは最後まで聞くか聞かないか、そのまま吹き飛んだ魔導人形の方に飛んだ。

 どうも、ストレスが溜まっているのか、そもそも戦闘が好きなのか、本当に楽しいようだ。

 安心して私はアンナを抱いたまま、部屋の外へと向かったのだった。

 

 ◆◆◆◆◆


「……大丈夫?」


 大広間を出て、すぐのところでアンナを降ろす。

 迷宮には《安全地帯》と呼ばれる、魔物が寄ってこない空間があり、気配からそれが分かる。

 もちろん、ある程度、魔術に長けているものに限るが、私にはそれが理解できた。

 だからこそ、安心してアンナを休ませることが出来ると判断したのだ。

 私の声に、徐々に意識もはっきりしてきたのか、アンナはしっかりとした目で私を見て、


「エレイン先生……はい、なんとか。でも、ここって……あの……」


 改めて自分の状況が気になったらしい。

 私は彼女に説明する。


「ここは学院の迷宮の中よ。その最深部に当たるわ。さっきまで貴女が相対していたのは《迷宮主》ね。黒金魔導人形……結構な化け物だけど、よく生き残れたわね……」


 どれくらいの時間、あれと相対していたかは分からない。

 けれど、七歳ほどの少女があれの前に放り出されて、何分も生きていられるというのはとてもではないが信じられなかった。

 実際にこうしてアンナは憔悴しているとは言え、元気そうなのだからありえないとは言えないのだけれど。

 理由は少し気になった。

 アンナは私の言葉に不思議そうな表情で、


「……それは私も意外で……でもこうして生きてます」


「ええ、怪我も……擦り傷くらいだし、ほぼ無傷と言って良いわね。安心したわ……」


「でも、それよりもあのさっきの人は放っておいて良いのでしょうか?」


 ジルのことが気になったらしい。

 私は何とも言えず、誤魔化すように答える。 


「あー、あの人はね……特殊な魔道具をいくつも持っているから、大丈夫なはずよ。あの魔導人形は物理系で、それ系は全て防御できるものがあるからね。死にはしないわ」


 かなり適当な説明だが、アンナは子供である上、ジルの年齢もはっきりとは確認できていなかったのだろう。

 それで納得したように頷き、


「それなら、良かったです」


 そう言った。 

 そんなアンナに、私は言う。


「そうそう、シルヴィが心配していたから、少し休んだら急いで戻りましょうね」


「えっ、お母様が?」


「ええ、貴女が急にいなくなったって……私、シルヴィからそれを聞いてここに来たのよ。彼女自身は……立場もあるから、自分じゃどうしても無理だって。でも私に頭を下げたの。あのシルヴィが……」


 現聖女が、それをすることがどれくらいの意味を持つか、それは誰にでも理解できることだろう。

 たとえ親戚に対するものであっても。

 国王が頭を下げるようなものだからだ。

 だから、アンナは驚いたように、けれど、どこかほっとしたような表情で、


「そうですか……お母様が」


「ええ。ところでちょっと聞きたいのだけれど、どうして貴女、こんなところに?」


 それが気になっていた。

 いきなり思いつきで来るには奇妙な場所だからだ。

 アンナとしては特に隠すこともないらしく、素直に色々と説明してくれた。

 それは、武術教官に言われて、ここにやってきたということだった。

 そして、入り口で何かが光って、気付いたらここに飛ばされていたこと。

 それらを聞いて、私はなるほど、と思った。

 つまり、その武術教官というのは……。

 そこまで考えたところで、


「……おや? 何故まだ生きているのかな……? しかも、貴女は……公爵夫人、エレイン様じゃないですか」


 そんな声が急にかかった。

 ふと顔を上げると、そこには学院の教授が纏うローブ姿の男が立っていて、こちらをにこやかな様子で見つめていた。

 彼を見て、アンナが私の後ろに隠れ、それから、


「……リガーラ教官……」


 と呟いた。

 それは、アンナが言っていた教官の名前に他ならない。


「アンナ、君は僕に言われたとおりの行動をとってくれたみたいだけど、不思議だなぁ。細かい傷は多いけど、それだけみたいだね? 何故? 一体どうやって?」


 距離を徐々に近づけてくるリガーラ。

 しかし私はアンナを後ろに庇いつつ、尋ねた。


「それよりも、私は貴方が何者なのかが気になるわね。そもそも、アンナを何故こんなところに……?」


「うーん。分からないかなぁ? まぁ、分からないよねぇ……普人族程度には。いくら貴女ほどの魔術師と言っても、それが普人族の、限界でしょうからね……さて、どうしたものか。見せて上げましょうかね」


 リガーラがそう言うと同時に、黒い渦が彼の周囲に急に発生する。

 それは魔力の渦であり、強力な魔力を放出したときに起こる現象だった。

 なぜそんなことをするのか。

 その意味は次の瞬間、はっきりとする。

 黒い渦が収まったとき、そこに立っていたのは……。


「……悪魔?」


 アンナが、怯えたような声色でそう言った。

 なるほど、確かに、と私はそれを聞きながらそう思う。

 その姿は、悪魔に似ていた。

 悪魔とは、いわゆる邪悪なる力の凝った存在と言われる魔物の一種のことだが、その特徴は非常に有名だ。

 つまりは、浅黒い肌に、蝙蝠のような翼、曲がりくねった角に、漆黒の瞳……。


「悪魔、か。まぁ、僕らは上位悪魔族の因子を持つと言われているから、あながち間違いでもないね。けれど、正確には違う。僕は、黒魔族だよ。魔人族のうちの一種族で……知ってる? 知らないよね」


 独り言のように、しかし歌うように言う彼は非常に機嫌良さそうに見えた。

 ただ、私たちが目に入っているようでいて、虫けらのように見ていることが明らかな目の色をしている。

 なるほど、邪悪だと思った。

 そしてだからこそ、ジルは彼を追いかけてきたのだろう。

 ジルは魔人族であるが、普人族に対して極端な敵意を持たない。

 どちらかというとあまり興味がなさそうと言うか、肩入れするつもりもあまりなさそうだが、同時に攻撃的な思想もないように思える。

 けれどこの黒魔族は……そもそもが、普人族に対して敵対的だ。

 こんな存在が魔人族なのであれば、聖教会が普人族至上主義に傾いていくのも分かる気がした。

 まぁ、そうはいっても、魔人族以外の亜人族まで排斥し始めるのは行き過ぎに思うが……。


「黒魔族、ね。その貴方が一体どうしてこの子に関わり合うのかしら? こう言ってはなんだけれど、どこにでもいる子よ。特別なことなど何も……」


「ないことはないだろう? 僕が何も知らないと思っているのかい? 彼女は次期聖女だ。つまりは……僕ら魔人族にとっては邪魔な存在なのさ。だからこそ、今のうちに……どうにでも出来る内に、さっさと排除しておきたくてね。そのためにここに送ったのだけれど……不思議だ。生き残れるはずがなかったのに」


「魔人族にとって邪魔ね……」


 確かに、将来に於いて、魔国と普人族中心の国は対立関係に立つ。

 今も半ば、対立してはいるのだが、冷戦に近いが、将来はもっとこの関係が先鋭化し、そして全面戦争へと進んでいく。

 今はせいぜいが、小競り合い程度だが。

 つまりは、その戦争に進んだときのことを見越して、戦力になるであろう聖女を潰しにかかっている?

 けれど、聖女の役割は、主に聖域の浄化にある。

 それ以上のことは……まぁ、確かに治癒系の強力な力が浄化にはあるから、それがあると邪魔か。

 しかし、今のうちから警戒して潰しにかからないければならないほどかと言われると……微妙な気がする。

 私は気になって尋ねる。


「聖女の力は、土地の浄化に活用されるものよ。別に魔人族に不都合なことがあるとは思えないのだけれど」


「ほう……? なるほど、知らないのはもしかしたら君たちの方なのかも知れないね……これは良かった。まぁ、そういうことならその認識でいいさ。それより……」


「それより?」


「……死んでくれ」 


 そう言った瞬間、黒魔族の姿がぶれる。

 そして私の首筋を狙って、刀剣と見紛うほどに伸びきった爪が、私の首筋に迫った。

 もう問答は打ち切り、と言うわけだろう。

 私としてはもっと詳しく聞きたかったが、この黒魔族……リガーラからしてみれば、何も情報など与えない方がいいに決まっている。

 まぁ、それならここまでも話さない方が良かったように思うが、どうせ殺してしまうならばどの程度、私たちがものを知っているか確かめたかったのかも知れない。

 そして、大した知識がないことを確認して満足した、と。

 全く腹立たしい話だが、敵ながら合理的であった。

 私も彼の立場なら同じ事をしただろうというくらいに。

 しかし、だからといって彼の望み通り殺されてやるわけには行かない。

 私は魔術盾を張って、その爪を防ぐ。

 それを感じたらしいリガーラは、


「……普人族にしては、やるじゃないか」


 そう言いながら下がり、そして魔術を放ってきた。

 火炎系のもので、強力な魔力が注がれて竜巻のように私たちを煽る。

 流石と言うべきか、普人族の持っている魔力量とは桁が違っているからか、出力が並ではなかった。

 ジルをして、竜人に次ぐと言わせるだけのことはある。

 当然ながら、私よりもずっと魔力量が多く、


「……これは、まずいかもしれないわね……」


 そんな言葉がつい、口から漏れるほどだ。

 けれど、


「……だめ……こんなの、駄目ぇ!」


 と、後ろから声が聞こえた。

 あまりにも強力な魔力に当てられ、不安になったのか、そう叫んだのは、アンナだった。

 その怯えは理解できる。 

 彼女は次期聖女として育てられ、年齢と比べてずっと落ち着いてはいるものの、やはり七歳の少女に過ぎないのだから。

 私がもう少し、彼女の気持ちに配慮して声をかけるべきだった。

 しかし、意外なことに、アンナがそう言った瞬間、驚くべき事が起こる。

 周囲を覆っていた火炎竜巻が、その瞬間、シュン、と力を抜かれたように消えたのだ。


「えっ……?」


 困惑したのは私だけではなかった。

 もしかしたら黒魔族……リガーラがあえて、消したのかと思ったが、そうではなかったようで、


「……何だ、何が……?」


 と不思議そうな顔をしていた。

 しかも、どうも体の動きが鈍い。

 よく見れば、彼の体にかかっていたはずの身体強化魔術が解けていることが分かった。

 これは……。

 そう思った私は、この隙を見逃さずに、魔術を放つ。


「石のストーンジャベリン!」


 最も出が早く、そして質量がある故に散らされにくい、物理攻撃に近い魔術だ。

 だからこそ選択したのだが、それは正しかったようで、石の槍はリガーラの腹部を正確に突いた。


「ぐふっ……馬鹿な……くそっ……」


 当然、リガーラは避けるつもりだったようだが、身体強化のかかっていない彼の速度よりも、私の魔術の方が速かった。

 追尾性能もついているので、多少体をずらしても無駄だったのである。

 今の時代にはない術式で、だからこそ対応しきれなかったのもあるだろう。

 つまり、色々な要素が絡み合って、この攻撃は成功したわけだ。

 けれど……。


「……今日のところは、この辺りで引いておくことにしよう……だが、また、会おう……」リガーラはそう言ってから、何か魔力を集約し始める。


「くっ!」


 私は再度攻撃をすべく魔術を組み上げようとしたが、それよりもリガーラの方が速かった。

 魔法陣が中空にふわりと描かれ、そして直後、リガーラの体の気配が薄くなり、黒い闇に飲まれていった。

 おそらくは、転移魔術。

 膨大な魔力と、複雑な術式が必要なはずのものだが、こんな一瞬で可能にするとは、やはり黒魔族とは恐ろしいほどの力を持っているのだろう。

 けれど……私の魔術は……普通に当たった。

 偶然がいくつも重なっただろうとはいえ、不思議だった。

 ともあれ、リガーラの魔力が周囲から完全に消え、どうやら危機は去ったらしい、とそこでやっとほっと出来たので、私はアンナの方を振り返る。


「……なんとか、なったみたいね」


 すると、


「は、はい……はぁ、はぁ……」


 息が切れた様子のアンナが、その場に倒れ込んだ。

 どうやら、何かの《力》を使ったらしい、と私はそこで理解した。

 そして、先ほどからの私が観測しきれない、《何か》。

 その原因が、おそらくはアンナにあるのだろう、ということも。

 リガーラの魔術が消えたのは、彼女がヒステリーを起こすように叫んだときのことだったから、もちろん何らかの関連はあるだろうと思ってはいたが、やはりその推測は正しかったようだ。

 けれど何の力を彼女が持つのか……。

 学院に戻ってから調べても良いが、今のアンナの様子を見るに、この場で明らかにした方がいいかもしれない、と思う。

 危険な力である可能性もあるからだ。

 私はアンナに言う。


「アンナ……貴女、さっき何か力を使ったわよね」


「え……?そ、そうなんですか?分かりません……」


 困惑したように言うアンナに私は更に続ける。


「さっき、リガーラの魔術が消えたように見えたのは、たぶん、貴女の力のせいよ。でも、そのせいで、今、貴女は大分体力を消耗してる……かなり苦しいでしょう?」


「はい……今にも、倒れそうで……」


「そうよね。それでね、もしかしたら今も力を使い続けている、かもしれないから……それだとまずいと思うの。けれど、貴女の持つ力がなんなのか、ある程度絞れれば、それを止められる。だから……見ても良いかしら?」


「見る、とは……?」


「貴女の持つ、特殊属性魔力について、大まかなところを、この場で判別して良いか、と聞いているの」


 これにアンナは驚いた表情をする。

 それはそうだろう。

 彼女は次期聖女であり、持つ力は《浄化》のはずだ。

 それなのに、特殊属性魔力を持つ、などと言われるのは、ある意味で侮辱だ。

 けれどアンナは少し考えてから、


「お願い、します……本当は、私、気になっていたんです。私の……力が、何なのか」


 そう言った。

 だから私は、


「同意はとったわ。じゃあ、貴女はもう眠っても構わないわよ……その方がやりやすいから」


「分かりました……」


 アンナはそして、がくり、と意識を失う。

 精神力で耐えていたらしいとそれで分かる。

 幼いのに、やはりかなり我慢強い子のようだ。

 昔のシルヴィに似ている気がした。


「おっと、それよりもこの子の力ね……ええと……」


 アンナの体に魔力を流して、見ていく。

 直接目で見てもある程度のことは分かるが、この方が確実だった。

 目で見て分かる特殊属性魔力の範囲は、大まかな力の方向性であり、今まで私が判別してきたものでないと中々ぱっと見では厳しい。

 実のところ、おそらくアンナには何かしらの特殊属性魔力がある、というのは見て分かってはいたが、見たことのないタイプの力で、細かく調べないと判別しようがなかったのだ。


「……これは。魔力が……吸われている? なるほどね……吸収系とは。体力吸収系は見たことはあったけど、魔力は初めてね……でも、それで分かったわ。やっぱり、リガーラの力を吸収していたのね……」


 そしてだからこそ、彼の身体強化も消えたのだろう。

 さらに考えを進めるなら、魔導人形相手に生き残れたのもそれが原因ではないだろうか。

 通常なら高速で動く魔導人形に逃げ回るなど不可能だ。

 しかし、あれはあくまでも魔力を原動力に動くもの。

 つまり、魔力を抜き続ければ、その動きは緩慢なそれでしかなくなる。

 無意識ながら、アンナはそれをやり続けて、だからこそ、私たちが来るまでなんとか生き残ることが出来たのではないだろうか。

 可能であれば、全ての魔力を抜ききれば理論上、アンナがあの魔導人形に勝つことも出来ただろう。

 リガーラについても同じだ。

 しかし、そこまでの力のコントロールが出来ないが故に、中途半端な形で発現していると、そんなところなのだろうな。

 それにしても、とんでもないことが分かってしまったものだ。

 これではっきりしたのは、アンナが聖女ではない、ということだ。

 浄化の力を持っていない。

 シルヴィの跡を継ぐことも出来ないだろう。

 それで、彼女たちの親子関係は大丈夫なのだろうか?

 そんなことが少し不安になった。


 ◆◆◆◆◆


 しばらくして、ジルが大広間からすっきりした顔で出てきた。

 その手には、魔導人形の持っていたであろう、魔石が握られていて満足そうな表情だった。 

 けれど、私たちの憔悴した姿を見るや、


「……何があった?」


 と尋ねてきたので、黒魔族のことを説明すると、


「気配にまるで気付かなかった。気付けば、我が助けられただろうに」


 と残念そうに呟いていた。


「仕方ないわよ。大広間とこちらを遮る扉は、どうも完全に魔力を遮断するみたいだから」


 私にもジルが中で闘う様子は伝わってこなかった。

 ジルくらいの魔力でもって理不尽な出力で探知すれば話は別だろうが、ジルにはその技術もないから出来なかったわけだ。


「ううむ……。まぁ、そういうことにしておくか。しかし、あやつ、逃げたのか……となると、この国にはもういない、か?」


「どうかしら。また会おう、とか言ってたから、どこかで治癒魔術をかけてもらってるだけで、まだいるかもしれないけど」


「そうか……では我もしばらく、滞在を続けることにするか。おっと、その前にお前たちを迷宮の外に運ばねばな。その娘もちょうど良く意識を失っているようだし、我の背に乗せても気付くまい」


「そうね、ではお願いするわ」


 そうして、私たちは迷宮を後にしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 入口で探知できたのに近くの様子が分からないのは おかしい。
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