第122話 お茶会、異変
本日八話目で、ラストになります。
明日も八話更新します。
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「……エレイン、本当に来てくれたのね」
静かな声でそう言ったのは、私の従姉妹に当たる女性、つまりはこの国の現《聖女》であるシルヴィその人に他ならなかった。
場所はカメア大聖堂の中でも奥の方……高位神官しか入ることを許されない区画に存在する、豪奢な部屋であり、《聖女》のための部屋なのだと言うことがよく分かる、女性的な調度品が品良く設えられている部屋であった。
そんな場所に置かれたテーブルに、対面の場所について、話している。
これは私にとって非常に不思議な感覚がすることで……それはシルヴィにとってもそうだろう。
何せ、かつて私とシルヴィは……《聖女》の地位を争った。
従姉妹とはいえ、本来、仲良く出来るわけがないような間柄なのだ。
それなのに、お互いの間に今、流れている空気感は、むしろ穏やかなもので……何か困惑してしまう。
それはシルヴィも同じようで、だからこその、最初の一言だったのだろう。
私は彼女に言う。
「私も、本当に貴女がお茶会に呼んでくれるとは思ってもみなかったわ。てっきり、社交辞令だとばかり……」
そう、あんな場所で言ったからには、そういうものでしかない可能性もあった……というか、ほとんどそうであると思っていた。
けれど、現実にはこうして本当に呼ばれた。
意外なことだった。
だから心の整理がつかない。
そんな私にシルヴィは、
「そう思うのも無理はないでしょうね。少なくとも、エレイン、貴女の私に対する印象が良くないのは分かっているもの。でもね……」
と、何かを話そうとしたところで、
ーーバンッ!
と乱暴に扉が開かれる。
「……何事かしら?」
シルヴィが《聖女》然とした様子で、たしなめるようにそう言った。
しかし、部屋に入ってきた女性神官は、そんなシルヴィに臆することなく、それどころか慌てた様子で近づき、その耳元に口を近づけて、何事か言った。
そしてそれを聞いた瞬間、シルヴィは驚いたような表情で、
「……なんですって!? そんな……アンナ……!」
と口にしたので、私はシルヴィに尋ねる。
「……シルヴィ。アンナがどうしたの?」
「エレイン……」
尋ねる私に困惑した表情を向けるシルヴィ。
言ったものかどうか、迷っているらしい。
私とシルヴィの間のわだかまりは完全に解けたわけではないが、ただ、アンナは私の教える生徒でもあり、そのことを考えると言った方がいいのかどうか、とかそんなところではないだろうかと思った。
実際、直後、決意したらしいシルヴィの口から語られたのは、私が知るべき話だった。
「エレイン……聞いてくれるかしら。アンナのことなのだけれど」
「何かしら?」
「あの子が……どうも迷宮に潜ったらしいの」
「ええと……それは、今、ということ? でも……」
窓の外を見るが、時間帯は今、夜である。
真夜中ではないが、日は完全に落ちている。
そんな時間帯にお茶会などしている私たちも私たちだが、お互いに目立たない時間に、ということでこうなった。
ともあれ、そんな事情はどうでもいいだろう。
シルヴィは続ける。
「今、よ。どうも、神官見習いの一人が、迷宮に向かうアンナを見たらしいの。それで、気になってアンナが学院の寮にいるか調べてもらったら、いないみたいで……」
「それは……まずいわね。夜の迷宮は魔物が活性化するわ。本当に潜ったなら今すぐ探しに行かないと……!」
話を聞いてすぐ、自然にそう思って私が立ち上がると、シルヴィも立ち上がり、それから不思議そうな表情で、
「探しに行って……くれるの?」
と尋ねてくる。
「当たり前じゃない。臨時とは言え、私の生徒なのだもの」
そうだ。
シルヴィとの間に、確かに過去、色々あった。
けれども、それは今、気にすることではない。
今、大事なのは、アンナの無事だ。
だから……。
そんな私に、シルヴィが言った。
「……エレイン。お願い。私も探しに行きたいけど……私は……」
「分かってるわ。貴女はこの国の《聖女》。危険な場所に、勝手に向かうわけにはいかない」
そういうことだった。
シルヴィに戦闘力が皆無というわけではない。
ただ、それほど高くはないので、そもそも連れていったところで役に立つとは思えないというのもあった。
それに加えて、私には探す手段に心当たりがあった。
シルヴィはしかし、何もしないということは流石に出来ないと思ったようで、
「……私に動かせるだけの、聖騎士を貴女につけるわ。どうか、アンナを……」
そう言った。
けれど、私からすると、これは少しばかり邪魔だ。
それでも来るなとは言えないので、私は彼女に言った。
「私は先に迷宮に行っているわ。念のため聞くけれど、実習で使っていたあの迷宮よね?」
これで別の迷宮でした、と言われたら問題である。
シルヴィにアンナのことを告げた神官が、私の質問に頷いたので、それを確認して直後、私は大聖堂を飛び出した。
◆◆◆◆◆
「……ジル、いるかしら」
身体強化を目一杯使い、急いで聖アーク学院に来ると、私はまず寮に向かった。
そして、ジルが使っていると言っていた寮の部屋に直行した。
もしも彼が誰かと同室にいるというのなら問題だとは思うが、しかし背に腹は代えられなかった。
幸い、私の呼びかけにジルは答えて、すぐに扉を開けてくれる。
「エレインか。どうした? だいぶ血相を変えているようだが……」
そう言いながら彼の後ろを見ると、そこには一人の男子生徒がいた。
十七くらいの年長者だが、そちらに視線を向けた私にジルは、
「奴は我の仲間故、問題ない」
つまりは、彼もまた、魔人族と言うことだ。
普人族至上主義のこの国において、こんなにほいほいと魔人族が入り込んでいて大丈夫なのだろうか?
と他国ながらに心配になってくるが、今、気にすることではないだろう。
私はすぐにジルに言う。
「お願いがあるの。私の生徒が、今、迷宮に潜って居場所が分からないの。だから、力を貸して欲しくて……」
そう、私の心当たりは、ジルだった。
といっても……。
「我に力を? ううむ、構わないが……しかし、我はそういう細かい作業はあまり得意ではないのだが……」
彼自身が、それを可能だとは思っていない。
そんな彼に、私は言う。
「……以前やった通り、貴方には力を貸して欲しいのよ」
これでジルは納得したように頷いて、
「なるほど、承知した。では早速行くか……迷宮まではどのように?」
「身体強化して走るわ」
「いや、良い方法がある」
◆◆◆◆◆
「……凄いわね。竜人族ってこんなことまで出来るの……?」
私が驚いてそう声を上げたのは、空の上でのことだった。
そう、私は今、飛んでいた。
といっても、自力で、ではない。
魔術によって空を飛ぶことは出来ないわけではないのだが、これほどまでの高速度で飛ぶことは流石に不可能だ。
こんなことは、空を住まいにしている生き物くらいしか。
つまりは、今、私は背中にいた。
何のか。
ジルのだ。
といっても、あの以前みたような巨体ではない。
あんな姿で聖国の上空を飛んだら、流石にいくら隠匿能力が高いと行っても、何か気付かれる可能性がある。
そのため、少しばかり小型のワイバーンほどのサイズに変化してくれたのだ。
まさかサイズ調整可能なものだとは思っていなかったので、驚いた。
そんな私に、ジルは言う。
「以前は出来なかったのだが、前にお前が言っていた細かい力の制御を練習してみてな。そうしたら出来るようになったのだ。竜人族でも、これが出来るのは我しかおるまい。叔母上でも不可能だろう」
なんと最近身につけた技術らしかった。
以前、彼の強大な魔力量にあかせた戦い方を無駄遣い扱いしたことがあり、そのときのことを根に持っていたのかもしれない。
しかし、それで修練を重ねてある程度、身につけてしまうのだから、やはり竜人族の潜在能力というのはかなり高いのだろう。
それでも、まだまだ小手先の技術に関しては私の方が上だ。
私がジルやリリーのような、生まれつき強大な力を持っている者に誇れるのは、せいぜいそれくらいなので、そう簡単に抜かれてやるわけには行かないのだった。
「いずれ抜かれてしまわないように、私も油断せずに訓練を続けていくことにするわ」
「……それ以上技術を身につけるつもりか? もう人間をやめていないか……?」
「そんなことはないわよ。人間をやめた人間というのを、私は見たことがあるのだけど、本当に化け物だからね」
リリーは我が娘ながら、事実そのような存在だった。
彼女と正面切って闘うくらいなら、ジルを相手にした方が幾分かマシなくらいに。
「お前がそれほどまでに言う人間か……会いたくはないな」
「まだ会えないから大丈夫よ」
「まだ?」
「そう、まだ、ね……あ、そろそろ着くわね」
「む……」
それから、ジルは下降していく。
迷宮入り口に着くと、私とジルはそのまま中に向かった。
一応、夜間警備をしている門番がいたのだが、眠りこけていたので問題にならなかった。
……いや、これが問題だったのかも?
アンナがここを通るとき、彼らが目覚めていればこんなことにはならなかったはずで……。
そう考えていると、ジルが通り過ぎるとき彼らをちらりと横目で見てから呟いた。
「……奴らから黒魔族の匂いがしたぞ」
「……まさか、中に?」
「どうだろうか……まぁ、油断せぬ方がいいだろうな」
「分かったわ……さて、ジル。力を貸して」
中に入り、しばらく進むと、狭い通路を抜けて、突然開けた空間に出た。
ここはまさに、ジークたちと探索した迷宮の広い空間そのもので、ぱっと見る限り、どこまでも世界が続いているような感覚に陥る。
しかし実際のところ、限度があるのだ。
ただ、そうは言っても広いことは間違いなく、そう簡単には全てを探索する、というわけにはいかない。
人力で探し回っていては、アンナを見つけるのに何日、何ヶ月かかるかも分からないだろう。
だからこそ、ジルの力が必要なのだった。
私の言葉にジルは頷き、
「うむ、勝手に持っていくがいい」
そう言って手を差し出した。
その小さな手を取ると、そこから膨大な力の渦が彼の体の中にあるのが感じられた。
私はそれに干渉し、魔術を練り上げていく。
攻撃系ではなく、探知魔術だ。
通常、探知魔術と言えばせいぜいが周囲数十メートルを探知するのが限界である。
私が本気でやったとしても、数百から一キロがいいところだろう。
その限界がある理由は技術もさることながら、そもそもの魔力量が足りないからだ、というのがある。
少ない魔力量を工夫して、薄く薄く、霧のように伸ばしていったとしても、やはり普通の人間が持つようなそれではこの迷宮全体を探知するのは不可能だ。
けれど、ここに竜人族の膨大な魔力量があるのなら……話は変わってくる。
いくら汲み出しても永遠に尽きない井戸のように湧き出てくる魔力を編み上げ、広げて迷宮全体にのばしていく。
触れたもの全ての形が情報として頭の中に駆け巡る。
この処理も、慣れていなければ一発で廃人になる可能性すらあることだが、私の場合、前のときに幾度となくやってきた作業だ。
常に周囲数百メートルくらいの範囲は探知していなければ、暗殺の可能性を排除できなかったからだ。
まぁ、そんな私も結局力押しでただ真正面からすべてをなぎ倒しつつやってきたリリーの前にはどうしようもなかったわけだが……。
ともあれ。
「……見つけた! でも……浅層じゃない……なんでこんなところに……!?」
「どこだ?」
言いながら、ジルはすでに竜の体になっていて、私を背中に乗せてくれる気満々だった。「最奥部よ! そこにある神殿建物の中……!」
この迷宮は平面的で、浅層が一番手前、そして最奥部こそが最深部となっている。
ただ、浅層、中層、深層、最奥部、と分かれているように、その境界にはまるで魔物にとって膜があるかのように、その境界を超えてくることはない。
だから浅層にいる限りは、弱い魔物にしか遭遇しない、と安心していられるのだが、最深部と言われる場所には、神殿状の建物が建っていて、その中にボスと言われる個体がいる。
その部屋の中になぜか、アンナがいるのだ。
生きてはいるようだが……。
襲われていない?
分からない。
とにかく、そこに向かわなければ。
私はジルに頼んで、最深部まで高速で飛行してもらった。