第121話 再会
本日七話目です。
《迷宮探索実習》はこれからしばらく続く。
とはいえ、一回の実習であまり根を詰めすぎるのも良くない。
そもそも、まだ七、八歳の子供たちに命のやりとりをさせるのだ。
普通に考えてかなりの負担になっているのは間違いなく、最初の一回は少し迷宮を見てくるくらいで済ますべきだった。
魔物との戦闘まで行ったのは、ジークたちに大分余裕があったからで、他の生徒の班はかなり早い段階で引いている。
実のところ、最初は近くに何組か他の班もいたのだ。
しかし、皆、怯えてしまって引率の教授陣がこれ以上は無理だと判断して引いていったのだった。
これほどまでに余裕のある探索をしているジークたちは、まぁ、かなり異常である。
ただ、それもここで終わりだ。
「さぁ、皆。そろそろ戻るわよ。もう良い時間だしね」
私がそう言うと、ジークが、
「えっ、もうですか? でも、まだ次の魔物を見つけてないし……」
そう言い、さらに続けてブルードが、
「そうですよ。アンナのために探してる途中なんですから、もう少し……」
と言ってくる。
まぁ、そんな話を彼らがしていたのはしっかり聞いていたが……。
「駄目よ。次の授業だってあるでしょう? くたくたの状態で受けて、居眠りするのは認められないわ。アンナはともかく、貴方たちはイストワードを代表してこの国に来ているのだから」
「でも……」
と、珍しくジークが言い募ろうとしてきたが、これにアンナが、
「私は大丈夫だから、もう戻ろう?」
と言ってくる。
これにジークが、
「……いいの?」
と尋ねるとアンナは頷いて答えた。
「うん。さっきの戦いであんまり活躍できなかったのは悔しかったけど……これが最後の探索じゃないから。そうですよね?」
最後の質問は私に対してのものだったので、私は頷いて答える。
「ええ、もちろんよ。このパーティーはしばらくの間、固定されるから。イストワード組はずっとこの国にいられるわけではないけれど、その間はね」
その後のことは、学院長であるシモンと相談することになるだろう。
アンナをどの班に組み入れるか、というのは意外に問題がある話だ。
彼女の扱いが今後どうなるかで、色々と話が変わってくるからである。
今は次期聖女と見做されているが、それは間違いだった、となった場合にどのような立場になるのか。
それはまだ分からない。
ただ、可能な限り、アンナにとってよい選択肢を示せるようにはしておきたいとは思う。
教える人間として、また人の親として、彼女に暗い道を歩かせたいとは思わない。
その割にやっていることに矛盾がある気もするが、彼女に聖女としての力がなかった場合、《聖域》の管理にも関わってくるからこれについては譲れない。
ただ、前の時、聖国は曲がりなりにも《聖域》については管理できていたように思うが……。私の知らない何かが、あったのだろうか?
まぁ、前の時の私がいくら権謀術数を尽くして、各地から情報収集をしていたとはいえ、知ることの出来なかった話というのはいくらでもあるだろう。
聖国の内情というのも、そのうちの一つと考えればおかしくはない。
特に、聖女の詳細については聖国最大の秘密であるから。
今回はこんな風に色々と関われているのが、不思議だけど。
ともあれ、そんなアンナの言葉を聞いて、ジークは最後には納得したようで、
「……分かったよ。アンナが言うなら。エレイン先生、そういうことなので、戻って構いません」
そう言ってきたのだった。
◆◆◆◆◆
不思議なことが一つあれば、それがいくつも重なると言うことはあるものだな、と思う。
私自身のことに関して考えてみると、こうして時間が巻き戻ったことがまず第一の不思議だが、その後の様々な出来事も非常に不思議なことばかりだ。
その中でも、最も大きかったのは、竜人族と知り合ったことだろう。
十歳だという話だった記憶があるが、あれから時間が経っているので、今頃もっと成長していてもいい。
ただ竜としての体の方は魔力で構成されているということだったから、サイズは変わらないのかも知れないが。
そんなことを何度かイストワードで思っていたのだが、
「……まさかこんなところで会うなんて、ね」
そう言った私の目の前には、見覚えのある黒髪黒目の少年が立っていた。
身につけているものは、意外にも聖アーク学院の制服である。
この少年の名前は、ジル。
本名はもっと長いだろうが、その辺りは竜人族のおおらかさか、それともその出自をあまり人間に知られたくがないゆえのことか、それだけしか名乗られていない。
「……我も驚いた。何故お前がここにいるのだ、エレイン?」
「ということは、別に私のことを追いかけてここに来たというわけではないのね」
「そうだ。ただ、ふと近くに《竜気》を感じた故な。少し近づいてみたら、お前がいたというわけだ」
「近くって、どこかから飛んできた……って訳ではないのよね? この学院の制服を着ているし」
竜の感覚は非常に大雑把だとされる。
そしてその特徴を受け継ぐ竜人族もまたそうだと言われていて、だからこそ、この近く、というのは隣国の空を飛んでいたらたまたま見つけたから会いに来た、くらいのことを言っている可能性もある。
けれどそんな意味を込めた私の質問にジルは首を横に振って、
「流石にいくら我とてそんなことは……言わんとは言えんが、今回は違う。もしそうだとすれば、お前の言う通り、こうして制服を着ていることの説明がつかんだろう?」
その場でくるりと回って制服を見せてくる。
基本的には漆黒のズボンにワイシャツ、その上に魔術師然とした黒いローブを羽織っている形だ。
目も髪も闇色より濃い色を持つジルにはよく似合っている。
ただ、年齢は……あの頃と変わっていないな。
当然、今の彼は人間の形を取っているわけだが、十歳くらいのまま……ジークより少し年上に見える程度でしかなかった。
魔人族は非常に寿命が長い種族だと言われているが、それが原因だろうか?
ともあれ、今はそれはいいか……。
「確かにそうよね。聞いても良いかしら? どうしてそんな制服姿で、この聖国にいるのって」
「我とお前の仲だ。言っても構わんだろう。だが、聖国の者たちに我の存在について告げることは認められぬぞ」
ジルはそう私に釘を刺してきた。
何故かと言えば、簡単な話で、聖国は竜人族を含む魔人族を人類の敵として排斥する思想を持っているからだ。
つまり、ここにジルがいることが分かれば、国を挙げて襲いかかってきてもおかしくないのである。
そんな場所に飛び込んできているジルの度胸を褒めれば良いのかどうか。
まぁ、彼は他の魔人族と比べて、人の姿を取ったとき、私たちのような普人族とほとんど、というか全く見分けがつかない。
見た目以外の部分……魔力量とか、身体能力とか、そういうところに関してははっきりと違うだろうが、それに関する隠蔽もどうやらほとんど完璧なようだった。
私からすると魔力についてはかなりの量、持っているのが感じられるが……これは私がそういう技術を数十年も研鑽した過去という未来というか、まぁそういう経験があるからで、通常の魔術師にはまず無理だ。
経験のある強力な魔術師でも厳しいだろう。
キュレーヌくらいになってくると出来るかも知れないが、この国は普人族至上主義であることもあって、古貴種はいないはずだ。
だから問題はないのだろう。
そこまで考えて、私はジルに言う。
「貴方の存在を聖国に告げたって、私には何の得もないもの。言わないから安心して」
「……うむ。やはりお前は話が分かる奴だ」
「そう? 褒め言葉として受け取っておくわ。それで、ここにいる理由は?」
「簡単だ。我が同胞を探しに来た……いや、同胞だったもの、だな」
「ええと……?」
同胞、というからには同じ種族の者、ということになるだろう。
つまりは、魔人族だ。
まさか、竜人族?
それだと、かなりまずいんじゃ……。
何せ、以前、ジルと青竜との戦いに巻き込まれたが、あれだけの力を市街地で発揮されれば、簡単に街一つ、壊滅してしまいかねないからだ。
別に私は聖国にそこまで思い入れがあるわけではないから、最悪自分の国に逃げ帰ればそれでいいと言えなくはないが、流石に崩壊するのを知っていて放置して帰るというのは寝覚めが悪い。
そんな気持ちの込もった私の視線に気付いたのか、ジルは苦笑して、
「安心すると良い。竜人族ではない故な。ただの黒魔族だ」
「ただの……と言うけど、かなりの力を持った種族よね?」
「ほう、よく知っているな? 普人族との接触はあまりないはずなのだが……」
実際、今のところ、魔人族の中でも接触のある種族の中に、黒魔族の名前はあまり聞かない。
その理由は簡単で、彼らは魔国でも上位の立場にいる上に、非常に用心深いからだ。
要はそうそう、他国に行って自らを危険に晒すような愚かなことをしないということである。
それなのに……。
私はジルに言う。
「文献で読んだことがあるのよ。見た目は……黒い素肌に蝙蝠のような羽を持っている種族、ということだったけど」
「その通りだ。身体能力も高く、魔力も強い。我ら竜人族には一歩及ばないとはいえ、一般的な普人族ではそう簡単に対抗出来んだろうな」
「なんでそんな者が聖国に……?」
「我ら魔人族が聖国に来る目的など、さほど多くはない」
「ええと……?」
「一つは《聖女》、そしてもう一つは……いわゆる《聖域》だよ」
どちらもあまり良い答えではなかった。
どちらも、人間にとっては非常に重要な存在であるからだ。
聖女が聖域を浄化することによって、世界の平穏は保たれている。
そう言われているのだから。
だから私は尋ねる。
「……どちらを、どうしたくてここに……?」
「それについては本人に聞かねば分からんな。だが、どちらにしろ同じ事だ」
「どういう意味?」
意味が分からなくて、私は尋ねる。
考えてみれば……私は《聖女》についても《聖域》についても、詳しいことは何も知らない。
あれらは……何故重要で、なぜ守らなければならず、どうして浄化が必要なのか。
それについて私は……。
いや、本当に私は知らないのか?
何か重要なことを私は……。
いや、ともかくまずはジルの話を聞かなければ。
私の質問にジルは怪訝な顔で、
「……む? もしや、知らないのか? 何も?」
と尋ねてくる。
……少なくとも、今の私に答えられるのは……。
「……知らないわ。《聖域》を浄化しなければ魔物が活性化する、と言われていることと、それによって世界の平和が保たれているということなら知っているけれど」
それだけだ。
しかし、これでは不十分だ。
今まで何の疑問も感じなかったが……ジルと話して、私はその感覚が正しくないことを、理解した。
けれど、それだけだ。
そんな私を、ジルは嘲るように、
「は……はははっ! そうか! 普人族は知らんのか……! それは驚きだな!」
そう言った。
その目は愚かなものを見るような瞳で、少しばかり私の心をいらつかせる。
まるで少しばかり、前の時の私が戻ってきたかのような、そんな感覚すらした。
けれど、すぐにジルは真面目な顔に戻って、
「……いや、済まない。馬鹿にするつもりではなかったのだ。ただ……謎が解けてな」
「謎? 貴方は一体何を知っているというの……?」
「《聖域》の封印について、それに《聖女》が重要な役割を持つことについてだが……詳しい話は、我の口からは語れぬ」
「どうして……」
「語ることすら憚られる故な。しかし、封印は解いてはならんのだ。それなのにあやつは……」
「あやつっていうのは、さっき言ってた黒魔族、ね? もしかしてその黒魔族は、その封印というのを解きに来たと言うこと?」
「おそらくはその筈だ。奴は特に急進派だった」
「止めないと……!」
「その通り。そしてそのために我が来たのだが……見つからなくてな。《聖女》の周りをうろついていればそのうち顔を出すかと思ってこの学院にいたのだ」
ここで彼がこの聖アーク学院にいた理由がやっと分かる。
でも、気になることはあって……。
「服とか、学籍とかはどうやって?」
「我が国には優秀な細作もそれなりにいるゆえな」
細作、つまりはスパイであるが、そのようなものを顎で使える彼の魔国での正確な立場を聞きたくなったが、聞けば面倒なことになりそうな気もしたので、ここでは突っ込まないでおくことにした私だった。




