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第120話 子供パーティーの迷宮探索

本日六話目です。

「……ここが、迷宮……!? すごい、洞窟の中だったはずなのに!」


 そう叫んだのは、私の息子であるジークハルトである。

 見慣れたその瞳をまんまるにして、周囲をきょろきょろと観察していた。

 それに続いて、


「おいおい、ジーク。田舎ものみてぇにしてるんじゃねぇよ……」


 と、呆れた声を上げたのは、出会いこそ悪かったが、今やジークのほとんど親友のポジションに落ち着いたブルードであった。

 彼の両親とは比較的仲良くしているし、常識的な感覚を持った者たちであったので特にも文句はないが、それにしても意外だった。

 あそこまで揉めて、多少なりとも燻るものが残りそうだったのに、ここまで屈託なくいられるようになったとは。

 我が息子の人徳だ、と親馬鹿を発揮すべきか、思った以上に度量があったブルードの成長を、彼を教える教師として喜ぶべきか。

 どちらにしろ、私の今回の人生における、子供の教育方針はそこまで間違ってはなさそうだ、とどこかほっとするものがあった。

 そんな二人に対して、


「驚くのはいいけれど、ずっとそうもしてられないわよ、二人とも」


 冷静な口調でそう言ったのは、オクルス辺境伯の娘、イリーナであった。

 彼女はイストワードの学院においても、いつであっても冷静でぶれることがない性格をしている。

 その様子は外国に来ても変化がないようだった。

 まぁ、迷宮に一緒に来ているメンバーが、イストワードにいたときとほぼ変化がないためにそのように振る舞えているだけかも知れないが。

 しかし……。


「でもイリーナ、やっぱり凄いよ? 私、迷宮なんて初めて来たけど……こうして見ると、すごいもん」


 そう言ったのは、この国の聖女、シルヴィの娘であるアンナである。

 そう、いつもの三人に加えて、なんとアンナまでもが一緒にいるのだ。

 しかも迷宮に。

 その理由は簡単で、この聖国の聖アーク学院における《迷宮探索実習》と呼ばれる授業にかこつけて、学院長であるシモンがうまく、私とジークたちにアンナとの接点を作ったからだ。

 本来、《迷宮探索実習》は学院に在籍する者たちの中でも、実力がついてきて、体も十分な体格に育ってきた者たちに許可されるものだが、シモンがそこを曲げて無理矢理、時期を早めたのだ。

 それは、そうしなければアンナと私たちとの接点を作るのが難しいというのがまず、あるが、それ以外にも聖国内部の事情もあるらしかった。

 聖女について、シモンは本来、十年に一度程度で済んでいた《浄化》の頻度が上がっている、という話をしていたが、聖国における《聖域》の《浄化》の効果はすさまじく、聖国内にある迷宮や魔境などの魔物の活性を下げる効果もある。

 そのため、聖女の《浄化》が効果を持つ内は、聖国において魔物被害はかなり少数にしかならず、それもあって、聖女に対する国民の支持はすさまじいところがあった。

 けれど、シモンの話すように、《浄化》の効果が下がってきているのなら……。

 今後、魔物被害が聖国内で続発する可能性も高く、それを心配している高位神官たちはそれなりにいるらしい。

 勿論、下級神官や一般国民たちにその事実は秘匿されているが、いざその時がやってきた場合に、十分に魔物に対抗できるだけの実力と経験を持った者を育成することは急務であると考えられているらしく、だからこそ、聖国においては、若者を早い内に戦闘訓練に投げ込むべし、という主張をする一派がいるらしい。

 シモンとしては頭がいたいのが、その一派はいわゆる聖教皇派の中にいることだという。

 当然、聖女派は《浄化》は十分な効果を発揮しており、これから先もそうなのであって、将来の心配など何もない、という話になるだろう。

 しかし、聖教皇派は、聖女の力を疑っているのだから、最も猜疑心が強い集団からすれば、最終的には《浄化》が全く効力がなくなり、最悪の事態を招く可能性まである、という考えに至るのもさもありなんという感じであった。

 だからこそ、彼らの主張をシモンは抑えるのが厳しく、そのため《迷宮探索実習》といった、いわゆる戦闘を伴う授業・訓練を可能なところから取り入れ始めなければならない、とは常々思っていたらしい。

 そこに来て、今回の依頼のために必要な措置に使えそうだから、と入れたらしい。

 確かに他の戦闘訓練系だと、《迷宮探索実習》ほどには距離を縮められないだろう。

 この実習は、基本的に数人の生徒と、一人の引率の教師でパーティーを組み、迷宮を探索していく、という形式を取るからだ。

 本来の年齢、実力の生徒たちは、生徒たちだけでパーティーを組むのだが、そこに教師を入れる必要があるのが、若いジークたちとは異なる点だ。

 これは私とシモンの都合による部分もあるが、それ以上に今のジークたちの年齢……七、八歳で、浅い層であっても子供だけで潜って帰ってこい、というのは流石にいくらなんでも無理があるからだ。

 いわゆる迷宮には当然、魔物が出現するし、迷宮の魔物は決して相手が子供だからと言って手心を加えてくれたりはしない。

 パニックになって、最終的に死体となって帰ってくる、となっては保護者たちに合わせる顔がないというものだ。

 まぁ、ジークについては私が保護者であるが、他の三人の保護者は私の知人たちであるとは言え、やはり絶対に生きて返さなければならないからな……。

 シルヴィについて、思うところは色々とあるけれど、アンナ自体について何かあるわけでもない。

 彼女の素質を調べなければならない、というのはあるが、それだけであって、彼女を迷宮から無事返すことは、私が教師として負わなければならない当然の責任なのだった。

 とはいえ……。


「……あまり心配する必要はないかしら?」


 私がそう呟いてしまったのは、ジークたち四人の、危なげない戦いぶりを見てのことだ。

 迷宮の中は広く、ジークが最初に呟いた通り、入り口が洞窟のようでしかなかったというのに、中には青空が広がっていて、まるで外のようにしか見えない空間があった。

 これが一般的な迷宮の構造である、というわけではないが、それほど珍しくない、よくあるタイプの迷宮であるのは間違いなく、いわゆる《異界型》と呼ばれる迷宮の一つである。

 しかし、本当にどこまでも空間が広がっているわけではなく、たとえば飛行魔術で空をどこまでも上っていくようなことは出来ない。

 限界というか、天井があって、ごん、と頭をぶつける羽目になるのだ。

 それを試したことがある者というのは結構沢山いて、私もそのような人間の一人である。

 もちろん、初めて試したのは今世ではなく、前のときになるが……。

 なぜそんなことをしたかというと、やはりとても気になったからだ。

 見かけ上はどこまでも続いているというのに、先がないというのだ。

 そんなわけはないだろう、と思って。

 けれど現実はその通りで、私はだいぶショックを受けた。

 どんな構造なのかは未だに理解できていないけれど……いずれ解明したいな、と思う。

 そしてそんな迷宮に出現する魔物であるが、ここは浅層と呼ばれる低層地域である。

 聖アーク学院の敷地内に存在しているこの迷宮は、まるで教育用に誂えられたかのように扱いやすく、様々な要素がうまく区切られている。

 浅層には弱い魔物しか出現せず、そのレベルに見合った生徒が潜って活用することが出来るのだ。

 たとえば、ゴブリン。

 以前、私が集団を壊滅させたフォレストゴブリンに近い種類の、草原を主な生息地とするグラスゴブリンや、かなり小さく酸弾を飛ばす事も出来ないレッサースライムなどといった、いわゆる子供でも倒せそうな魔物、と言われるようなものばかりが出現するのだ。

 といっても、本当に子供でも倒せるわけではなく、普通に闘うのだったら、成人男性一人で、グラスゴブリン一匹が限界だ。

 けれど、ここにいるのは、七、八歳とはいえ、皆、その体内に強力な魔力を持っている子供たち……つまりは魔術師である。

 魔術師は、一般人とはありとあらゆる部分が異なっていて、それは身体能力についても同様だ。

 何せ、通常の人間が使うことが出来ない身体強化魔術を身につけることが出来、低位のものでも扱えれば、子供が成人男性と同様の腕力や身のこなしを得ることも可能となる。

 さらにいうなら、ここにいる私の教え子の三人はイストワードの学院でも優秀な者たちで、魔術の成績も当然、良好だった。

 つまりは、使える身体強化の強化率も、普通よりもかなり高いのであった。


「……身体強化プリフォルティーゴ!」


 ジーク、ブルード、イリーナがそれぞれ、そう口にすると、彼らの体の表面に薄い膜のようなオーラが纏われる。

 これは、身体強化がかかった証拠だ。

 十分に習熟すれば、魔力のロスがなくなるので、このオーラも小さくなっていくが、今の彼らだとこれくらいでも全く問題はない。

 強化率も七、八歳の子供が使っているものだと考えると、かなり高く、むしろ末恐ろしいほどであった。

 ちなみに、身体強化系の魔術は属性系ではないため、魔力の放出さえ出来れば、特殊属性魔力保持者であっても杖無しで扱えることは確認済みだ。

 だからこそ、ジークもイリーナも普通に使っている。

 ブルードについては、不得意属性というものがほとんどない万能タイプなので、簡単に扱えているわけだが。

 ジークとイリーナも才能に溢れているが、ブルードも相当なものなのだった。

 むしろ、使いやすさで言うならブルードが一番かも知れない。

 特殊属性魔力というのは、そもそもが非常に癖のある魔術であり、うまく扱わないと使いどころが難しかったりするから。

 まぁ、ジークのそれもイリーナの魔術も、応用力はあるので心配は要らないが、一般的にはそういうところがあるということだ。

 ともあれ、今は彼らの目の前の相手についてか。

 身体強化を使ったということは、それだけで近接戦を挑むことを意味しない。

 けれど、やはりそうはいっても、一番使われるのはその目的に他ならない。

 魔術師が身体強化を使って、移動砲台として素早く戦場をかけつつ、魔術を放ち続ける、という使い方もあるが、これは大量の魔力と、延々と魔術を放ち続けても尽きない精神力のあるものだけが可能とする戦法だからだ。

 今のジークたちにそれはない。

 だから、彼らは普通に近接戦闘を挑むことを選ぶ。

 学院では武術も通常教えるもので、イストワードにいるとき、彼らはそれをしっかりと教わっている。

 ただ皆が同じものを学ぶというわけではなく、ジークは剣術を、イリーナは細剣術を、そしてブルードは槍術を選択して学んでいた。

 だから、それぞれ持っている武器は異なる。

 これに加えて、聖アーク学院でも、武術はしっかり教えるため、アンナも武器を持っていた。

 彼女の持っているのは弓であり、弓術師であることが分かる。

 ジークたちから少し遅れて、彼女も弓を構えたことから、闘う気概は十分にあるようだった。

 とはいえ、少し遅すぎたようで……。


「……えっ、嘘。もう終わっちゃったの……!?」


 弓に矢をのろのろと番えている間に、ジークたちはグラスゴブリンとレッサースライムを既に倒しきっていたのだった。


「ちょっと歯ごたえなさ過ぎたな……学院の教授たちはこんなんじゃ迷宮では通用しないとか言ってたけど、行けるじゃねぇか」


 ブルードがそう言ったが、これにイリーナが呆れたように、


「あのねぇ、ここは浅層よ? それも、学院がしっかりと管理してる迷宮……魔術師じゃなくても普通に潜れるような場所なの。そんなところで魔術を使って魔物を倒したところで、そんなに威張れはしないわよ」


 と言う。

 彼女の意見は確かに正しいのだが、少しばかり厳しい気がした。

 それはジークも同様のようで、


「イリーナ、でも僕たちの初勝利なんだから、もっと喜ぼうよ! ねっ!?」


 と言ってその顔を覗き込む。

 するとイリーナは少し顔を赤くして、


「わ、分かったわ……うん。そうね、今回は喜んでいいかも……あっ、でも、アンナに敵を残してあげられなかったから悪かったわ」


 途中で恥ずかしがって顔を逸らし、そのままアンナの方に近づいてそう言った。

 アンナは最初唖然としていたが、首を横に振って、


「ううん、いいの。私、そんなに戦い得意じゃないし……でも、みんな凄かった! 次は、私も頑張ってみたいな……」


 そう言ったので、


「二人とも、次に魔物を見つけたら、アンナがとどめをさせるように残しておくわよ!」


 イリーナが男の子二人にそう言いつけて、


「お、おう……」


「分かった!」


 ブルードとジークはそんな風に反応したのだった。

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