第12話 老使用人の技術
仄暗い森の中を、足音を殺しながら進んでいく。
私、ガスト、ワルターのいずれも地面を這っている目立たない木の根にも、目の前に突然現れる尖った枝にも引っかかることなく。
それに……。
「……終わりました。先へ参りましょう」
ワルターが私とガストの少し先で、短刀を振って血を飛ばしながら静かにそう言った。
彼の足元には小森狼が転がっている。
一撃で絶命させられたため、傷は少なく、ガストはそれを見て、
「……急いでなけりゃ、解体して毛皮だけでも持って帰りたいくらいだぜ……」
そう呟いていた。
先ほどからフォレストゴブリンを追っている私たちだが、動物や魔物に何度か出会した。
こちらのことに気付いていない場合は素直に見逃したが、今回の小森狼の場合、鼻が利く。
頭から堆肥を被っていても僅かに人間の匂いも感じられるらしく、怪しんでいたのでワルターが早々に倒したというわけだ。
戦闘について、彼に丸投げというのもどうかと思うがガストの弓では小森狼相手には少しばかり力不足だし、私の魔術ではせっかく気づかれずに追いかけているゴブリンたちに対して目立ってしまう。
そのため仕方がなかった。
こんなことなら前の時に暗殺系の技術もよくよく身につけておくべきだった、と思うがそちらについては身を守る方に特化してしまっていたので、今回はワルターから教わってみるのも良いかもしれない。
そのためにはまず、体力をつけるところからだけど。
「後で取りに戻れるように認識阻害の魔術をかけておくから、今は諦めて。ゴブリンの方が先決よ」
私がそう言うとガストは、
「お、ありがてぇ。今の村の状況だと俺たち狩人の収入が今後を左右するからな……よし、気付かれてない。追跡続行だ」
そう言って先導を再開した。
私とワルターはそれに続く……。
◆◆◆◆◆
「……あぁ、うじゃうじゃいるわね」
しばらく進むと森が少し開けたところに出る。
そこは盆地のようにくり抜かれており、その一番下に洞窟の入り口があった。
それを見たガストは、
「……三ヶ月くらい前にこの辺りを通った時はこんなところなかったぜ」
「と言うことは、最近作ったんでしょうね。低級のフォレストゴブリンでも、あれだけ数がいればこれくらいの施設は作れるわ」
盆地の中には数十匹のゴブリンたちがひしめき合っていて、各々の仕事をしていた。
焚火を囲んで食事をしていたり、棍棒を握って訓練のようなものをしている者もいる。
また、見回りをしているのか一定の順路を回っている者もいた。
「まるで軍隊のようね……」
思わず呟いたが、ガストも似たような印象を受けたようで頷いた。
「こいつらが村に攻めてきていたらと思うとゾッとするぜ。流石に狩人だけじゃどうにもできねぇ。逃げるくらいしかなかっただろうな。農作物だけ奪って行かれてたのは、マシな方だったか……」
確かに村ごと皆殺しにされるよりはずっと良いだろう。
ただ、問題はそれができるくらいの戦力があるのにどうしてそれをしなかったかだ。
野生のゴブリンは極めて野蛮だ。
目の前に食べ物があったら基本的に我慢することをしない。
この場合の食べ物というのは人間もまた含まれる。
それなのに、だ。
まるで自分たちの存在を可能な限り隠そうとしているかのようではないか。
一体どうして?
私の考えをガストに伝えると、彼もまた首を傾げる。
「確かに……なんでだろうな? 数匹の群だったらこそこそしなけりゃ狩人連中にやられるからってことでわかるんだが……これだけ大きな群れとなるとそれをする必要はねぇだろうし」
「そうよね」
「あんたは? なんか予想つかねぇのか?」
「うーん……いくつかあるけど、ここで確定するのは難しいわね」
どれも推測の域を出ないし、確定するための材料も少ない。
それを聞いたガストは仕方ないか、と諦めたように首を振って、
「……まぁ、魔物の考えだしな。そうそう簡単にはわからねぇか。とはいえ、これだけの群だ。まずは村に戻って伝えねぇと。逃げる準備もしないとならねぇからな」
そう言った。
彼の中では、これだけの群に相対するのは流石に難しく、村を一時的に捨てるか、他の場所に移るしかないという考えなのだろう。
それは合理的な判断であり、魔物や獣の恐ろしさを知っている狩人として正しいと言える。
しかし……。
私はガストに言った。
「その必要はないわ。これくらいならなんとかできるから」
「あ?」
「ワルター、いけるわね?」
惚けたように首を傾げるガストを置いておき、ワルターにそう尋ねると、老齢の使用人は落ち着き払った様子で、
「問題なく。ただ、討ち漏らしの危険は僅かにございますが……」
「私が援護するわ。中級程度の魔術までなら全て使えるから、そのつもりで」
「でしたら問題ありませんな。では、参ります」
ワルターはそう言った瞬間、その場から走り出した。
私の実力について詳しい説明を求めなかったが、それは私が彼と話している間に放出した魔力で概ね察してくれたからだろう。
普段は周囲に可能なかぎり威圧感や違和感を抱かせないために私は魔力を隠した状態にある。
ただ、その封を軽く解いたのだ。
それを感じたワルターは私が自分で言った通りのことくらいまでは十分に可能だ、と判断したのだろう。
そしてそれは正しい。
前の時、この程度の魔物の群くらいなら一人で片付けたことも何度もあるからだ。
ましてや討ち漏らしなど発生させることはなかった。
ワルターも口ではあんなことを言っていたが、それが生まれる可能性は万が一にもないだろう。
そしてその万が一ですらも、私がいることで潰されたわけだ。
「えっ、お、おい! 大丈夫なのか!?」
ガストだけが慌てているが、私は彼に言った。
「何も問題ないわ。おっと、早速ね。火弾!」
ワルターの襲撃に驚いたらしいゴブリンが一匹、盆地の底から登ってこようとしていたので、私がそれを狙って火の魔術を放つ。
最も低位のもので、詠唱など本来不要なのだがこの時代だと怪しいので短縮詠唱はしておく。
火の弾は高速で進み、ゴブリンの脳天を正確に貫くと、ゴブリンはそのまま盆地の底へと落ちていき、そして炎上した。
魔術自体は低位でも私なりのアレンジはしている。
ああしておけば混乱も誘える。
問題があるとすれば煙などでワルターが動きにくくなることだろうが、そこのところは心配していない。
彼の動きはあの程度で阻害されるような程度の低いものではないことは、森の中で十分に理解できていたから。
実際、ワルターは確実にゴブリンたちを屠っていき、そして抜けてくるものは私がしっかりと落としていった。
作業的にやっていく中で思ったのは、ワルターは意図的に少し抜いているということだろうか。
……多分、私の実力を測っているな、と。
それでももしも本当に私のところまでゴブリンがたどり着きそうになったら自分でどうにかできるようにしているのも分かった。
中距離の位置にいるゴブリンに対し、短刀を投げて対応しているようだからだ。
あれは遠距離まで行ける感じだ。
使用人というか、暗殺者というべきその動きに、前の時の彼のことを思い出す私だった。
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