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第119話 聖女をめぐる事情

本日五話目です。

 冒険者組合での諸々を終えた次の日、私は聖国の魔術師教育機関である聖アーク学院の講義室で、講義をしていた。


「……ということで、今までは魔力はあるけれども、属性を持たないが故に無能、とされてきた人々にも別の力が宿っている可能性が高いことが分かってきているのです。ここまでで何か質問はありますでしょうか?」


 イストワードでの講義よりも丁寧な言葉遣いで話しているのは、他国に来て、威圧的な性格をしている公爵夫人だ、などと思われたくないためだ。

 それに、これでも一応、国を背負ってきているから、それなりに印象良く帰る必要がある。

 私は別に困らないが、この聖国に嫁いでくる貴族令嬢だっているのだ。

 そんな彼女たちが、イストワードの貴族令嬢というのは気位が高いだけであるとか、そんな評判を立てられては申し訳がない。

 国の貴婦人を代表する立場にある私が、下手なことをすればそんなことになってしまう可能性まであるので、その辺りにはしっかりと気を配る必要があるのだった。

 まぁ、そうはいっても限度はあるけれど。

 無理しすぎない範囲で頑張るつもりだった。

 そんな私の目の前、講義室の座席に座っている者や、それに座席からあぶれて立っている者たちの属性はかなり色々で、単純に聖アーク学院の生徒のみというわけではなかった。

 学院の教授たちは勿論のこと、それ以外にも教会の神官やその見習いなどもいるようだし、他にも一般人と思しき者たちまでいる。

 その結果、あまり広くない講義室はかなり人でひしめき合っていて、もっと広い部屋はなかったのかと頭を抱えたくなった。

 事前に聞いていた学院長のシモンの話によると、それほど聴講者はいない、ということだったのだが、これでは話が違う。

 学院長室での宣言通り、しっかりと人集めをあの後頑張ってくれたということなのだろうか?

 だとしたら感謝しなければならないな、と思った。

 そんなことを考えながら、講義室に集う人々の様子を見ていると、ちらほらと手を挙げている者たちがいるので、私は順繰りに彼らを指名し、その質問に答えていった。

 大抵の質問はイストワードでも初期の頃にされたものばかりで、何度も回答しているためにすんなりと答えることが出来た。

 ただ、そんな中、最後にされた質問については、私も少しばかり困惑した。


「……ええと、貴女は……」


「アンナ・レイグラーフと申します」


 それは、つまるところシルヴィの娘であり、次期聖女、と言われている少女に他ならなかった。

 彼女もこの講義を聴きに来ているとは、意外だった。

 シルヴィとは思ったよりも険悪にならなかったわけだが、それでも私の講義を聞きに来させる、ということはなさそうだと思っていた。

 だからどうやって接触するかは考える必要があるとも思っていたのだが……。

 ともあれ、まずは質問である。


「では、アンナさん。ご質問をどうぞ」


「……はい。あの……この国、聖国に聖女様がいらっしゃることはご存じですよね?」


「勿論です。それが……?」


「ファーレンス公爵夫人は、特殊属性魔力についての専門家でいらっしゃるということですが、聖女様の……その、力というのは、特殊属性魔力と、何か関係があると思われますか?」


 この質問に、当然、私は驚く。

 ただ、その内容自体は、私も考えていたことだ。

 そもそもそれを調べたくて、ここに来たのだから。

 その対象は、まさにそれについて口にしているアンナであり、彼女の許可がもらえるのなら、今すぐにでも調べさせて欲しいのだが……そういうわけにはいかないだろう。

 それにそもそも、アンナがこれを聞くことはまずいのではないか。

 そうも思って、講義室にいる人々の反応を見るが、意外にもそれほどざわついてはいなかった。

 けれど、ここではっきりと、関係があると思っている、とまで言うのは流石に少しまずいだろう。

 この聖国において、聖女というのは非常に特殊な存在だ。

 国の象徴的存在であり、その源泉こそが、彼女らが持つとされる《浄化》の力に他ならないのだから。

 ただ、全くの無関係だと言い切ってしまうのも、アンナの興味を引けないという意味でも良くはないと思った。

 だから、少しばかり曖昧だとは思いつつも、私は言う。


「……聖女様の力については、私は直接この目で見たことがないから、なんとも言えないですわ。文献やお話では聞いたことがあるのですけれど……。今回の講義を聞いたのなら、お分かりかと思いますが、特殊属性魔力というのは、非常に幅のある属性で……誤解を恐れずに言うのなら、どんな力ですらもありうるものです。その意味では《浄化》と似たような力を特殊属性魔力として持つ者がいない、と言い切ることは難しいです」


 奥歯にものが挟まったような、微妙な言い方だとは分かっている。

 しかしこれ以上、この場で断言するのはまずかった。

 私の言葉にアンナは、更に何かを聞きたそうな顔をしていたが、直後、他の人間が、


「ほう、どんな力でもありうると……でしたら《聖導書》に記述してある、物体の重みを自由に変えることが出来たとされる、念力の《バジーク》なども特殊属性魔力を持っていたいうことも考えうるのですかな?」


 と尋ねてきたので、話をずらすには良いタイミングだなと思った私はそれに乗っかる。


「ええ、それについては……」


 これでアンナはそれ以上の質問をするのは諦めたようで、頭を軽く下げて、座席に座ったのだった。

 なんとかこの場は切り抜けられたか、と思ってほっとした私だった。


 ◆◆◆◆◆


「……まぁ、つまりはあの講義に来た奴らは、あんたの考えに肯定的な奴らばかりだって事だよ」


 講義が終わった後、聖アーク学院の学院長であるシモンに、学院長室に呼ばれた。

 彼が周囲に人がいないことを確認した上で、私に言ってきたのがそれだった。


「だから、あの場でアンナがあんなことを口にしても、特におかしな空気にはならなかった、と?」


「そういうこったな。あんたも知ってると思うが、聖女の存在というのはこの国においては神にも等しい。まぁ、実際には神じゃないが、そのように扱う奴らが沢山いる」


「ええ……だからこそ、その力を疑うのは、問題だとされているわね」


「その通りだ。あれは魔術に過ぎない、と指摘するのも許されてはいない。実際には魔術なんじゃないかってのは、感じる者は感じてるんだけどな……」


「それも知っているわ。けれど、あそこまではっきりと、あんな公共の場で言ってしまうのはまずいわよね」


「そうさ。だから、あれ以上質問させないようにうまいこと質問した奴がいたろ」


「……なるほど、あれは貴方の?」


「おう、そういうことだな。あんたの講義がそれなりにこの国に波紋を起こしそうなのは、分かってたからな。そういうやつも入れておいた方が良いだろうって準備しておいたのが、役に立ったぜ」


「納得だわ……でも、そんな話をするってことは、シモン。貴方は聖女の力が魔術だって解明したいの?」


 これを聞いたのは、今回、私に対してされた、アンナの力が特殊属性魔力かどうか調べて欲しい、という依頼の依頼主が、シモンではないか、と思ってのものだった。

 この質問にシモンは、


「まぁ、俺も一応、研究者だからな」


 そう言って頷いたが、これだけでは依頼主かどうかは分からない。


「研究者、ね。どちらかというと戦闘を生業としている感じに見えるけれど」


 実際、将来には聖騎士団の団長になるのだ。

 今はこうしてこの聖アーク学院で学院長などをしているが、そもそもがそちら側の人間であるはずだ。

 シモンは私の言葉に苦笑して、


「まぁ、確かに荒事も嫌いじゃねぇけどよ……しかしよく分かるな?」


「その体つきを見て分からない方が珍しいわよ」


 実際、シモンの体型は筋骨隆々であり、なぜ学院長などやってるのか分からないような感じですらある。


「言いたいことは分かるが……別にそういう奴がいてもおかしくないだろうが」


「それはそうね。イストワードの学院の教授にも、そういう人がいるわ」


「だったら疑うなよ」


「そうね……」


 未来を知っているから、どうしてもそういう目で見てしまう。

 ただ、意外に未来は確定していない部分も多いことが今の時点で分かっているので、こういう見方は確かに良くないのかも知れないな、という気がした。

 これからはもう少し、先入観のない視線も取り入れたいところだ。

 しかしそれでも気になることはある。


「聖女の力の正体がなんなのか気になるのは、本当にただの研究者としての好奇心だけが理由なの?」


 シモンはそんな言い方をしているが、これについては怪しい気がした。

 それだけだったら、あの講義に来る人間の属性をそこまで絞る必要がないように思えたからだ。

 聖女を神聖視する者たちに、可能な限り、特殊属性魔力の話を聞かせたくない。

 そんな意図を感じる。

 あれだけ人がいっぱいだったのも、もう人はこれ以上頼まれても入れられません、と言えるようにということではないか。

 そうも思った。

 そんな私に、シモンは笑って、


「あんた中々鋭いじゃないか? やっぱり貴婦人って奴は聡いのかねぇ?」


 そんなことを言ってくる。


「シモン、貴方……」


「そうさ、別に俺はただの好奇心で言ってるわけじゃねぇ。俺はな、この国のてっぺんに聖女のいる今の状況をあまりいいとは思ってねぇんだよ」


 それはかなりの問題発言だった。

 私は驚いて、


「……そんな話を私にしていいのかしら? しかもこんなところで。誰が聞いているか、分かったものではないわよ」


 そう言った。

 確かにここは学院長室で、人の気配がないことは確認済みかも知れない。

 でも、いくらでも話を聞く方法があるだろうと思った。

 けれどシモンは言うのだ。


「隣室に盗聴防止、防音の魔道具を置いてある。あんたでも簡単に察知できねぇみたいだな? それくらいの奴だよ。だから大丈夫だ」


「……本当だわ」


 言われて、かなり注意深く周囲の魔力を発するものを察知してみると、確かに隣室に稼働する魔道具の気配があった。

 相当な魔道具職人が作ったものなのだろう。

 私にもその存在が察知できなかった。

 私も別に万能というわけではないから、そういうこともある。

 私自身に何か害を及ぼすものであればたとえこれくらいに隠密性が高い魔道具であってもすぐに気づけただろうが、これはそういうものではないからな……。

 もう少し、探知系を鍛えるべきだろうと心に留める。

 直接危害が加えられるものではないにしても、外界と分断されてしまう可能性はあるからだ。

 やはり、私はまだまだのようだ……。

 さて、話の続きであるが……。


「それで? 聖女が上にいない方がいいって……本気?」


「本気も本気だとも。そもそも、他の国を見てみればその歪さは明らかだろう? 国家元首は一人で良いんだ。でなければ、有事にどっちに行ったら良いのか意見が割れたとき、どうすればいい?」


「……それは、話し合いをするんじゃないの?」


 言いながら、心にもないことだな、と思う私である。

 聖教皇と聖女は、表向き、どちらも同じ方向を向いている体ではいる。

 実際、未来においてもそのように対外的には見せていた。

 しかし現実には異なっている。

 歴史を振り返ってみても、聖教皇と聖女は意見が割れてしまったことが何度もある。

 そしてそのような場合、権力闘争が行われて、敗北した方は代替わりすることになる。

 要は引きずり下ろされるわけだ。

 けれど、そのような事態は本来、国の有り様としてはあまり良くないことだろう。

 聖国は、聖教会の中心地であり、聖教会は世界中にその根を張っている宗教団体であるが故に、そんな風に聖国内部の組織が揉めていても、他国はあまり手出しはしないが、本来、そのような内乱染みた状況になっている場合他の国から攻められても文句は言えない。

 つまり、今までは運が良かっただけだ、とも言える。

 シモンの言いたいのは、つまりそういうことだろう。

 実際、シモンは、私の言葉に首を横に振って、


「話し合いなんて無理に決まってるだろう。出来る状況ならそもそも揉めないしな」


「今は揉めてないからそれでいいんじゃない?」


「本当に揉めてないと思うのか?」


「……違うのね」


 今の時期、聖国は特段、揉めていなかったように思う。

 少なくとも前の時はそう見えていた。 

 けれど、シモンの目から見たらそうとは言えないようだ。

 私の言葉にシモンは頷いて答える。


「違うな。むしろ、かなり揉めている」


「一体どうして?」


「聖女のことだ」


「聖女の……何が駄目なの? シモン、貴女が問題にしているような、存在それ自体が国にとって問題がある、ということ?」


「ある意味ではそうだな……聖女の役割は何だ?」


「それは……《聖域》と呼ばれる土地を浄化することでしょう。その力でもって……」


「そうだ。だが、その力は実のところ、年々陰っていることを知っているか?」


 シモンのこの台詞は驚きだった。

 前の時も、今も、聞いたことがない話だったからだ。


「本当なの?」


「本当だとも。今まで……というか、三代前までの聖女の力であれば、聖域の浄化はおよそ十年に一度行えば十分だった」


「……そうなの? でも、聖女はその頃から常に国中を回っていると聞いた覚えがあるけれど……」


 というか、歴史的に聖女は基本的に国中を回って旅をしている。

 そして聖域、それにそれ以外の土地についても周り、その浄化の力を振るってきた。

 浄化、というのは聖域で使えば、その地の淀みを払うことが出来る特別な効果を発揮するものだが、通常の場所で使った場合には、病の種となる空気を払ったり、通常では回復しないような傷を治癒したりなどの効果を発揮する。

 そのため、聖女というのはいつだって忙しく様々な土地を回ってきたという歴史があるのだ。


「確かにそれはそうだがな。だが、昔は聖域巡りよりも、各地の都市や町、村を回ることの方が多かった。今は違う。聖域巡りの頻度が増してるのさ」


「どうして……」


「簡単に推測できるだろう? 聖女の力が減衰しているからだと」


「論理的にはそれしか考えられないけれど、でも、その理由は? どうしてそんなことに」


「そこだよ。俺もそれが分かれば苦労はしない。聖女を引きずり下ろして、この国の元首を聖教皇猊下だけに出来る。別に聖女に消えてなくなれって言いたいわけじゃない。聖域の浄化は必要だからな。いないと困る。ただ、国のことにまで口出しするほどの権力はもう取り上げるべきだ。ほとんど行使されないとはいえ、な」


「その口実に、聖女の力の減少を証明したい、と」


「そうだ。そしてそう思っているのは、俺だけじゃねぇ。枢機卿の半数も同じだ」


 ここまで言われれば、もう分かる。


「つまり、今回私をこの国に呼んだのは……」


「ま、俺を含む、聖教皇派、と言うべき陣営が、ということになるな。どうだ、やってくれるか?」


「具体的には何を?」


 こう尋ねたのは、確証を求めてのことだ。

 これにシモンは答える。


「聖女シルヴィの娘、アンナに聖女の力がないことをまずは証明して欲しい。別に公表する必要はない。それは酷な話だからな」


 権力闘争をしようとしている割には、意外にもアンナのことを気遣った話だった。


「それで問題ないの?」


 もちろん、私だってあのくらいの子供をそんなことの駒になど扱いたくないから、その方が良いに決まっているが、前のときに何もかもを駒として扱った方が権力闘争というのは勝てると言うことをよく理解しているために、不思議だったのだ。

 そんな私の疑問に、シモンは頷いて、


「あぁ。俺だって、この学院の学院長なんだからな。生徒の未来にあまりにも暗い影を落とすのは本意じゃない」


「……教育者として?」


「そうだ。信じてもらえなくても構わんが」


「まぁどっちでもいいわ。私としては、子供を巻き込みすぎるのはよくないと思うから、その方が良いし」


「それでもアンナに聖女の力がない証明をすることは引き受けてくれるつもりはあるんだな?」


「そうね……厳密に言うなら、私がするのはアンナに特殊属性魔力が宿っていることの証明、になるわ。もしそうなら、聖女の力は宿っていない……ということになると思うけれど、ただ実際には難しい話なのよね」


「それは?」


「講義の概要は聞いたかしら?」


「あぁ、大雑把なところはな」


「なら分かると思うけれど、アンナの最後にした質問を肯定するなら、聖女の力も特殊属性魔力になるのよ? つまり、特殊属性魔力がある、イコール、アンナに聖女の力がない、ということにはならないのよ」


「それはまぁ、そうなるな。だが、聖女派の奴らからすれば、アンナに特殊属性魔力がある、という事実は、聖女の力がない、ということに他ならないはずだ……あくまでも、聖女の力は魔術ではない、という説明をしているんだからな。だから、その辺りはこっちでうまくやる必要があるだろうが、あんたは気にしなくて良い」


「じゃあ、私の仕事は、アンナに特殊属性魔力がある、と証明するだけで良いのね」


「そうだな」


「でも、そのためにはまず、彼女と仲良くならないといけないんだけど……」


「それは分かる。接触を持たなければ、検査させろとも言えないだろうしな。だが、先ほどの講義で、アンナはあんたに興味を持ったはずだ」


「だからって近づいてきてくれるかどうかは分からないわ。教授に聞きたいことがあるけれど、面倒くさいから分からないままでいいか、という子は少なくないもの。分かるでしょう?」


 これはそれこそ教育者として、教えた経験がある人間には理解できる話だろう。

 シモンは苦い顔をして頷き、


「それは俺にも経験があるな……よし、分かった。どうにか接点を作るか……それであんたの方はうまく仲良くなってくれ。で、その後は任せて良いな?」


「ええ、調べること自体は簡単だから」


 本来は簡単ではなく、特殊な魔道具が必要になってくる。

 ただ、私の場合、特殊属性魔力の有無は、そのための鑑定魔術を使えば分かるし、またその特殊属性魔力がどのようなものなのかも、大雑把にであれば分かる。

 細かく知ろうとするなら、流石に本人の同意なく出来る方法はないので、ここで距離感を縮める必要があるのだ。

 また、私は魔術を使えばそれらのことが分かりはするが、シモンは《証明》を求めている。

 私が魔術でそれについて分かりました、と言ったところでそれは《証明》にはならない。

 そのため、しっかりと認められた魔道具で調べて結果を提出しなければならず、それにかけるためにはやはり、本人と仲良くなって、同意の上で調べる必要がある。

 魔道具自体はイストワードで初期に使用していたものよりも大分小型化が出来ており、この国にも持ち込めているので問題ない。

 まぁ、小型化したと言っても、まだまだ手持ちで軽々と運べる、というようなものではないのだが。


「よし、じゃあ頼んだぞ、エレイン。どんな風に接点を作るかは……後日、また連絡する」


「ええ、分かったわ」


 ◆◆◆◆◆


「ええと……君がアンナ?」


 ふと顔を上げてみると、そこには見覚えのない顔があった。

 けれど、つい先日、紹介されたことは覚えていた。

 彼らは隣国のイストワード王国からやってきた留学生たちだ。

 その中の、銀色の髪を持った少年……確か、名前はジークハルト・ファーレンス……が、私、アンナに急に話しかけたようで、一体どうしたのかと首を傾げると、彼は言った。


「あぁ、突然ごめんね」


「ううん、でも、なあに?」


「そうそう、理由なんだけど……ほら、さっき、迷宮探索実習の説明会があったでしょう?」


 ジークハルトが言ったのは、先ほど、教授から説明された授業のことだった。

 それは《迷宮探索実習》と呼ばれるもののことで、これはこの聖アーク学院の生徒なら皆行うことが義務づけられているものである。

 ただ、危険があるのでそれなりに実力がついてから、ということになっているのだが、今年は比較的若い者についても行うことになったという説明をされた。

 驚いたが、しっかりと実力のある教員が補助につくため、安全性についてはしっかり確保されているという話だったし、魔術を使える生徒にとっては良い経験になるだろうという話だったので、私としても少し楽しみに思っていた。

 しかし、それがどうしたのだろう?

 まだ事態を把握できていない私に、留学生たち三人のうち、ただ一人の女の子……イリーナと言ったはずだ……が言ってきた。


「迷宮探索実習は、生徒四人一組で一つの班とする、というお話だったでしょう?」


「う、うん」


「私たちは三人だから、もう一人をどうしたらいいのかって話を教授にしていて……それだったら、ということで、アンナさん、貴女がいいんじゃないかって話になったの」


「えっ、どうして?」


「他の生徒の皆は、班がもう決まってるらしくて……」


「そうなの? あっ……そっか、私こないだまでお母様たちに連れられて学院にいなかったからかな……?」


 言われて、理由に思い至る。

 そういった班分けが自分のいない間に決まってしまっていたのだろう、ということに。

 少し寂しい気はした。

 私にもそれなりに親しい友達はいたし、組むなら彼女たちだろう、というのはあったから。

 けれど、いない人間、しかもいつ戻ってくるかはっきりとしない人間をそういった班分けに加えるわけにはいかないという事情も分かる。

 だから、自分はあぶれてしまったのだろうと。

 そこにちょうど良く、留学生がやってきて、一人分の空きがあるというのだ。

 渡りに船とはこのことだ、というわけだろう。

 そこまで考えた私は、留学生たちに頷く。


「そ、そういうことなら、うん。私を……その、皆の班に入れてくれると、嬉しいな」


「本当に? 良かった……断られるんじゃないかと不安だったんだよね。あ、僕ジークハルト。で、こっちが……」


「私はイリーナよ。最後の一人が……」


「ブルードだ。この三人の中じゃ、俺が一番の常識人だから、何か気になったことがあったら俺に言ってくれれば大丈夫だぞ」


「おいブルード、お前な……」


「なんだよ、ジーク。事実だろうが」


 急に言い争いを始めた二人に、私が目を白黒させていると、イリーナがその華やかな顔で微笑みかけてきて、言う。


「……男の子って、どうしてこう、喧嘩っ早いのかしら。不思議よね?」


「あんまり私、男の子の友達いなくて……」


「あら、そうなの? そんなに可愛いのに」


「そんな、私、可愛くないよ……イリーナさんみたいに綺麗じゃないし……」


「そんなことないわ。アンナさんは、神秘的な雰囲気がするもの。私はなんだか、男の子たちには威圧感が凄いってよく怖がられるのよね……」


「ええ? イリーナさん、優しそうだし、そんなことないと思うけどなぁ」


「そうよね? うーん……」


「どうしたの?」


「ええとね、ちょっとお願いがあって」


「なあに?」


「イリーナって呼んで欲しいの。私もアンナって呼ぶから」


「ええ!? で、でも……」


 たった今知り合ったばかりなのに、いいのかなと思った。

 けれどイリーナはずい、と距離を詰めてきて、


「何よ、アンナも、私のことが怖いって言うの?」


 と言ってきたので、これには流石に断り切れないなと思って、


「そ、そんなことないよ……その、イリーナ」


「あっ、呼んでくれたわね! ……良かった。じゃあアンナ。これから、よろしくね」


「う、うん……」


 そんな風に話してると、二人の男子も喧嘩が一段落したのか、


「あっ、なんだよ、もう仲良くなったのか。女子ってそういうの早いよな……」


「アンナ、僕らのことも呼び捨てで良いよ。僕のことはジーク、こいつのことはブルードで」


「……いいの?」


 私がそう尋ねると、これには二人ではなくイリーナが答える。


「いいわよ。私だってそうしてるもの」


 これにブルードが、


「なんでイリーナが答えるんだ……?」


 と首を傾げるが、イリーナがギンッ、と視線を向けると、あらぬ方向を向いて口笛を吹き始めた。

 なるほど、怖がるくらいの威圧感とはこういうことか、と納得がいく。

 それから私は頷いて、


「分かったよ、ジークに、ブルード」


「おっ、悪くないな。ちょっと慣れてないけど」


「すぐには慣れなくてもそのうち板につくよ。一緒に迷宮に行くんだしさ」


「それもそうだな……」


 ジークとブルードの話を聞きながら、なんだかいいな、と思った私だった。

 急に友達が増えて、不思議な感じだったけれど。

 しかも迷宮に潜るなんて。

 でも、ここのところ感じていた不安が、少し軽くなった。

 そんな気がしたのだった。

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