第117話 冒険者組合
本日三話目です。
勿論、高位冒険者の補助、と言ってもいきなり冒険者登録した新人が容易に頼めるようなものではない。
というか、通常はまず無理だ。
どうしても高位冒険者の力が必要だというのなら、冒険者として求めるのではなく、むしろ依頼者として高額の報酬を用意して求めるのが常道だろう。
特に私のような、湯水のごとくお金を扱えるような立場なら、余計に。
ファーレンス公爵家の財産のみならず、様々なところから、個人的にお金が流れ込むようになっている私は、今や個人でも結構な資産家だ。
元々、実家から贈与されている土地や爵位などもあって、結婚当初から個人としても結構なお金は持っていたのだが、今やその比ではない。
それらの実家からの財産は、あくまでも結婚した後、仮に何らかの理由で離縁されるような事態に陥ったとしても一人で生きていけるように、という親心から贈与されたものであって、一般人と比べればそれなりであっても、貴族としては小身貴族程度の持ち物でしかなかったからだ。
けれど今は……我らがウェンズ商会からの利益もあるし、私が個人的に持っている魔導具の特許などから得られる利益もある。
それらに比べればお安いにしても一応、学院教授としての給与もあるし、他にも色々と数え上げればキリがない。
まぁ、いずれも前の時の知識に基づいたもので、結果として他人の発明を奪ったような形になってしまったものもある。
それについては思うところがあるというか、非常に申し訳なく思うが……その辺りは、そうしないと私の命が危険であるので仕方が無かった。
一応、そのような相手については覚えている限り、それとなく援助をしているし、ほぼ偽善とかに等しいと言わざるを得ないにしても、何もしないよりはマシだろう。
そして、そんな私があえてお金の力に頼らずに、冒険者登録をして高位冒険者を求める理由。
それは簡単なことで、この聖国において、多大なる報酬を約束して、ファーレンス公爵家の名前を出しながら募集をかけたのでは、事の概要が聖国にはっきりと伝わってしまうからだ。
まぁ、ファーレンス家の名前を出さずに、匿名で依頼を出す、ということも出来るが、どちらにしろ同じ事だろう。
通常の人間なら出せないような額の報酬を約束して、高位冒険者に依頼を出す。
その内容については他言無用と依頼書には書いて、実際に会ってから話す、ということにしても、どうしたって聖国の注目は避けられない。
しかしそんな事態を招くわけにはいかないのだ。
私は聖国に知られないうちに迷宮を踏破し、そこに存在する魔杖を手に入れなければならないのだから。
リリーの話によれば、最深部に存在するということだったのだから、目指す場所についてはそれほど難しくない。
最深部一歩手前の部屋にあったとか、通路に気付いたら落ちてたとか、そういう中途半端な場所での発見の仕方でなくて良かったと思う。探すのがあまりにも大変すぎるからだ。迷宮はどこであってもとてつもなく広いものだから。
その代わり、最深部に存在するらしい強大な魔物を倒さなければならないらしいので、それはそれで厳しいものはあるのだが……。
しかも、当時のリリーでもそれなりに苦戦したらしいから……考えるだけでもおそろしいな。
あの頃のリリーは私が殺されたその時よりもまだ弱かったとはいえ、魔術師として最高峰だったことは間違いない。
そんな彼女が、苦戦したのだ。
普通の人間がまともにやって対抗できるはずもなかった。
当然、私一人では失敗が見えている。
だから、どうしても高位冒険者は必要なのだ……。
まぁ、他にも色々と工夫をして、なんとか正攻法以外で挑むつもりではいるのだが、それでも、ね。
そんなことを考えつつ、受付から手渡された書類に必要事項を記載していく。
名前については、エレインとだけ。
この名前は別に珍しいものではないし、貴族でなく平民でもその辺にいるものだ。
だから問題はない。
ファミリーネームについては書いても書かなくても良いので、書かないことを選ぶ。
別に最悪偽名を書いたところで冒険者登録では気にされないから、そうしても良いのだが、前の時に嘘にまみれた人生を送ってきたので、可能な限り嘘はつきたくなかった。
そうはいっても、どうしてもつかざるを得ないときはつくのだけれど、ね。
目的のために、手段を選びすぎるつもりはない。
極端な犯罪に手を出すつもりはないし、可能な限り、いい人間として生きていくつもりだけれど。
「お名前は……エレイン様ですね。戦闘については……魔法剣士、ですか? これはまた意外です。あまりその、体型を見る限りは……」
職員は怪訝な表情で私の体を観察する。
見た目については、魔導具でもって、髪色と目の色を灰色にくすませて、それに加えて多少顔立ちを変化させているが、体型については変化させていない。
「貧相、かしら?」
「いえいえ、そうではなく、華奢でいらっしゃいますので。女性の方で戦士系統の技術を身につけていらっしゃる方は、男性に匹敵するほどの筋力をお持ちの方が多いです。弓術師系統でしたら、多少ほっそりとはされているのですが……主に剣術を扱われるということなので」
「戦えそうもない、と疑っている?」
「そういうわけでは……ですが、魔術師ですと一つ二つ、魔術を使って下さるだけで構わないのですが、戦士系ですと、一応の実力の証明として模擬戦が必要になりますので。一応の確認ですが、構わないでしょうか?」
これについては各地の冒険者組合で規則が異なる。
模擬戦をする、という場合もあれば、模擬戦は必要ないが手頃な魔物を倒してくることでその証明とするとか、迷宮のどの辺りまで探索してきて、そこにある素材を持ってくることで証明とするとか、様々だ。
ここの組合だと、こういうことになっているようだ。
まぁ、これについては事前に調べてきたので、知っている。
だから問題ない。
それに、この模擬戦というのを誰が担当するかも分かっていた。
私は受付に頷いて、同意を示す。
「問題ないわ」
「では、今から試験官を呼んできますので、少々お待ちいただけますか?」
「ええ、分かったわ」
そうしてそこで待っていると、ガヤガヤとした声と共に、冒険者組合の中に五人の冒険者が入ってきた。
どうも、時間帯的に酒を飲んだ後らしく、少しばかり足取りが怪しい。
酒を飲んだ後、組合に何の用があるのかは分からないが……夜の内に、明日の依頼をある程度目星をつけにきたとかかな。
それにしても、かなり目つきが胡乱で、受付の前で待っている私を見つけると、近づいてきた。
……これは少し面倒なことになるかも知れないな。
そうは思ったが、ここで待っていろと言われた手前、冒険者組合から離れるわけにもいかない。
気配を魔術で消すことは出来るが、一般的に冒険者組合内においては、魔術の行使は可能な限り避けるべきとされている。
これは、魔力が集約する気配を感じた場合、即座に冒険者たちは臨戦態勢に入ってしまうからで、特に狭い空間だと一瞬の判断ミスが命に直結することを知っているから、場合によっては殺されて文句は言えないまであるからだ。
そのため、いくら人が少ない時間帯といえども、魔術の行使をするわけにも行かず、仕方なく私はその場で突っ立っていた。
魔導具による変化は、外にいる時点から継続しているので、魔力の集約という意味では気配がなく、問題はない。魔導具自体にも隠匿系の魔術がかかっていることだし。
ただ、私の存在を隠すようなタイプではないので、当然、彼らの目には入ってしまうわけだ。
案の定、と言うべきか、五人の冒険者たちは私の前に立ち、そして話しかけてくる。
「おぉ? なんだなんだぁ、若い女がどうした? 依頼か? だったら俺たちが受けてやるぜ……だからよぉ、ちょっと来いよ」
一番先頭に立っている、最も酔っている男がそんなことを言ってきた。
まぁ、これくらいの人間というのは冒険者組合にはよくいるものだ。
だからいきなりどうこうしたりはせずに、私は言う。
「今は受付の人に待てって言われているから、無理よ。それよりも酔いすぎなんじゃない? 覚ました方が良いと思うのだけれど」
「あぁ? 俺は酔ってねぇ……っ!」
男はそう言って、ふらりとして私の腕を掴もうと手を伸ばしてきたので、これはまぁ、もう正当防衛で良いかな、と思って、私は強く拳を握り、そして可能な限り他の四人の冒険者から見えないように軽く近づいて、その腹部を殴りつけた。
すると、男はがくり、と意識を失ったので、私はそれを支える。
強い酒の匂いがして、若干気分が悪くなるが、倒したのは私なので仕方が無い。
それにそれよりも、男の体重が一気にかかってきたので、ちょっとばかり重かった。
私は、
「ねぇ、ちょっと、倒れちゃったわよ? 連れていってよ……重いわ。それに流石にこのままじゃ、危険よ」
酒精の摂取のし過ぎで場合によって人が亡くなることは知られている。
この男のはそれくらいに飲み過ぎだったように見えたからこそ、言い訳に使わせて貰ったのだった。
男の仲間と思しき一人は、流石に男が気を失ったことには驚いたようだが、やはり飲み過ぎであることは認識していたようで……すぐに私から男を受け取って言う。
「えっ? お、おう。ガーズ、大丈夫かよ……だから飲み過ぎんなって言ったのに……はぁ、あんたも済まねぇな。どうしても話しかけるって聞かなかったんだよ。見ない顔だって。一応、俺たちもまずいことになりそうだったら、止めるつもりだったから、許してくれ」
「そうなの? 確かにそこまで品のない視線じゃなかったわね……まぁ、それはいいわ。それより、早く診療所にでも連れていって。このまま死なれたら寝覚めが悪いわ」
「あぁ、分かった。皆、行くぞ」
そう言って、彼らは冒険者組合を去って行った。
それからしばらく、冒険者組合の扉を眺めていると、後ろから、
「……お待たせしました」
後ろから受付のそんな声が聞こえたので振り返る。
すると、そこには受付の女性と、それに一人の青年が立っていた。
「その方が、試験官かしら?」
「ええ、その通りです……けど、この方は」
「おっと、それよりも、君、魔法剣士なんだって? 本当に?」
青年が、職員の言葉を途中で遮って、そんなことを尋ねてきた。
明らかに疑っているような顔つきだが、私は別に嘘をついてはいないので、素直に答える。
「ええ、本当よ。それをこれから証明させてもらえるって話だと思ったけれど……違ったかしら?」
「いいや、違わない。別に君の実力を疑ったわけではないんだ。君は確かに戦士としての腕力は持っているみたいだから、ね」
「え?」
「さっきのだよ。ほら、ガーズの腹、ぶん殴ったでしょ?」
「……見てたの? だったら、冒険者組合の職員なら助けるべきではなくて?」
実際に止められたかどうかは分からないが、少なくともその義務はあるだろう。
冒険者組合というのものは、どこであっても冒険者同士の諍いを禁じているものだから。
そうはいっても、冒険者組合の外に出れば、縄張り争いとか、獲物の取り合いとか、上下関係の問題とか、様々な理由で冒険者は揉めるものだけれど。
最低限の仁義として、冒険者組合の中では、戦わないようにと強く言われているものだ。
そしてそこまで言うからには、職員もその可能性がある場合はしっかり止めに入るべきと考えられている。
それなのに……。
そんな不信感を私が目に宿したことに気付いたのだろう。
青年は申し訳なさそうな表情を一応して、それから言ってくる。
「いやいや、ごめんごめん。なんだか大丈夫そうに見えたし、それにガーズはあれでほんと、悪い奴じゃないからさ。君の腕を掴もうとしたのは僕も予想外だったんだ……あれはちょっと酔いすぎだったみたいだ。加えて、流石に止めに入るには遠すぎたってのもある。普段の様子を知っているから、まぁ、怒鳴りつけるにもちょっと迷ってしまって」
言い訳染みているが……うーん、一応、筋は通っていなくもない、か。
ここでこれ以上何かを言ったところで無駄そうだな、と思った私は仕方なく首を横に振って、
「……はぁ、分かったわ。それよりも、試験官さん?」
「なんだい?」
「さっそく試験を受けさせてもらえるかしら。私、今日は登録を済ませて早いところ帰りたいのよね」
じゃないと、明日からの仕事に差し障りがある。
今日は登録できる余裕があったから来たが、流石にいきなり冒険者組合で活動したりは出来ない。
しばらくは、学院で講義やら子供たちの引率やらで忙しい。
そんな事情を青年は当然知らないのでしょうがないのだが、急かすのは別に良いだろう。
私の言葉に青年は、
「そうだったのかい? こんな時間帯に来るからのんびりした人なんだと思っていたんだけど、逆だったか。それは済まなかった。すぐに試験場に案内するよ……えーと、君はもう仕事に戻っていいよ。あとは僕が引き継ぐから」
青年は職員にそう言ってから、冒険者組合の廊下をつかつかと歩き出した。
それなりに早足なので、本当にしっかりと私の意を汲んでくれたらしい。
止めに入ってくれなかったことについては少しばかり根に持っているが、これについては評価できなくはないかな。
歩きながら、青年は言う。
「詳しい試験内容なんだけど、すでに聞いているかな?」
「ええ。模擬戦をするということだったわね。でも形式についてはまだ聞いていないの 」
模擬戦にも色々とやり方がある。
決まった武具しか使ってはならないとか、魔術は使用禁止とか、魔導具はなしで、とか、逆にすべて使っても問題ないまで様々だ。
どのようなルールであっても私としては問題ないのだが、先に確認しておく必要があった。
後でルールに反してるとか言いがかりをつけられても面白くない。
私の疑問に、青年は答える。
「それについては、基本的に《なんでもあり》だね……あぁ、武器だけは、こちらの用意した木製のものを使って貰うことになるけど。それと、流石に死ぬほどの魔術の使用とかは控えて欲しいかな。つまりは寸止めルールというわけだ」
「分かりやすくて良いわね。それで、合格条件は?」
「僕に勝ったら、と言いたいところだけど……」
「だけど?」
「流石にそれだと戦士系がみんな登録できなくなっちゃうからね。それなりの技術を見せてくれれば大丈夫だよ」
この台詞は、青年の自信を示していると言って良いだろう。
相当に強い、というわけだ。
まぁ、分からなくもない。
だから、私はそれについては特に突っ込まずに流し尋ねた。
「具体的には?」
これに青年は少し悲しそうな表情をした。
たぶん、自信があることに言及して欲しかったのだろうが、私の知ったことではない。
私が彼に忖度する気がないことを青年は理解したようで、仕方がないという様子で、青年は言った。
「その辺のフォレストゴブリンと戦える程度の力を見せてくれればそれで問題ないよ」
「その程度で良いのね」
「うん、それ以上を新規登録者に要求するのは馬鹿げているからね。でも、その程度の実力がなければ冒険者になってもすぐに死んでしまうから」
まぁ、正論だろう。
しかし、少し気になったのは、
「そのくらいの力すらなかったらどうなるの?」
「色々扱いはあるけれど、冒険者としてやっていくつもりがあるのなら、組合の無料の講習とかに出てもらって、一応の技術を身につけてもらう、というのがあるよ。それまでの生活費とかが厳しいなら、雑用系の依頼を沢山受けてもらう感じになるね。この街は豊かだから、街の中でそういう依頼を片付けるだけでも十分に生活は出来る。もちろん、贅沢は出来ないけれど……」
「なるほど、悪くない話ね」
イストワードでは登録自体を諦めさせることが多いと聞く。
無料の講習、というものもない。
流石にそこまでの支出は捻出出来ないからだ。
どうやら、ここの冒険者組合はかなり潤っているらしい。
それか、国からの補助とかもかなりあるのかもしれなかった。
何せ、ここは聖国の聖都である。
数多くの人間を見捨てずに働けるようにするという理念も、聖教会にはあるから。
といっても、世界中でそれが出来るほどの力は教会にも流石にないのだが、お膝元くらいは、というところかな。
それ自体は見上げた取り組みだと思う。
そんな意味を込めた私の台詞だったが、青年はどうも勘違いをしたのか、
「おや、もう落ちる心配をしているのかい? さっきの身のこなしを見る限り、君は全く問題ないと思うけれど」
「それなら模擬戦はいらないんじゃない?」
出来ることならない方がいいが……まぁ、私の目的を考えるとそうも言っていられないだろう。
ただ一応尋ねておいた。
青年は、
「これは全員にやっていることだからねぇ。流石に戦うところを見たから免除、というわけにはいかない」
「……本当にそれだけ?」
少し怪しい気がしたので、私が尋ねると、青年は苦笑して、
「……白状すると、君の実力をこの身で体験してみたくて、ね。駄目かな?」
「いいえ、正直なのはいいことよ。でも……どうして? それこそさっき見たでしょう」
「単純な動きは、ね。まぁ腕力と素早さくらいは分かったよ。酔ったガーズくらいならものともしないってことも。あれで結構な実力の冒険者なんだよ? 酔っているとは言え、一撃で沈めてしまったのはかなりのものだ」
「なら問題ないじゃない」
「でも、君は特段身体強化を使ったわけじゃないし、武具も使っていないだろう? 本当の実力はどれくらいなのかと思ってね……それに、この模擬戦はフォレストゴブリンくらいを倒せる実力を見せてくれれば、戦士系として冒険者登録することは出来るけれど、それ以上の実力を見せてくれた場合、メリットがないわけでもないんだ。聞いたことがないかい? 飛び級登録って奴なんだけど」
「……あるわ。最初は10級、もしくは9級から始めなければならない冒険者級を、適正な級から始められる、というものね。でも例外的な取り扱いだと聞いたわ」
「その通りさ。でも君には、その例外が認められる可能性がある。まぁ、どの程度かは分からないけれどね。さっき見た限りだと……まぁ、7級程度と言ったところかな。ちなみにガーズは6級だよ」
6級の冒険者と言えば、中堅どころのベテランと言って良いだろう。
何人かで組めば、飛竜くらいはなんとか出来るくらいの実力者だ。
強化もなく、一撃で沈められたのはやはり酔っていて意識が朦朧としていたからなのだろうな、とそれで思った。
「可能な限り、上の級で登録できることを祈るわ」
「僕もそれを期待してるよ……さて、ついた。ここだ」
目の前に両開きの大きな扉があった。
冒険者組合というものは冒険者たちのために訓練場が併設されているのが普通だ。
もちろん、土地が確保できないような場所ならその限りではないが、今回のような試験などもあるから、大抵のところにある。
ただ、その大きさは様々で、せいぜい数人程度が訓練できるくらいのものから、数組のパーティーがいっぱいに使ってもまだ余裕があるところまで色々だった。
この聖都のものは流石で、大きめの方になるだろう。
扉だけからもそれが理解できた。
青年はその扉に手をかけながら言う。
「今の時間帯は利用者は一人もいない。だから、実力を隠したりする必要はないからね。思い切りやってくれて大丈夫だよ」
「……途中、誰か入ってきたりはしないのかしら?」
「絶対にないとは言い切れないけれど……基本的にここは予約制だからね。今日の夜は、どのパーティーからも予約は入ってないから、大丈夫だよ」
「……そう。だったら、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
「おっ、やる気だね。楽しみだよ。じゃあ、どうぞお嬢様。こちらへ」
慇懃無礼な仕草で、まるで執事のようにそう言って手を差し出した青年であった。
一瞬、私の正体がばれたのか、と思ったが、その表情を見る限り、ただ面白がっているだけのようだから、気のせいだろう。
少し意趣返しをしてやろうと思って、私は貴婦人のように……実際に貴婦人なのだが……彼の手を取って中に入ると、青年は驚いたようだった。
仕草がこちらも堂に入っていたからだろう。
当然だ。
家ではよくやっていることだから。
そして、中に入ると、扉は閉じられた。
模擬戦が、始まる。