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第116話 迷宮

本日二話目の更新になります。

 迷宮。


 ダンジョンとも呼ばれることのあるこの空間は、基本的に世界各国いずれの場所にも存在している。

 ただ、その存在形式は様々であり、未だにしっかりとした由来は明らかにされていない。

 これは研究者たちの努力不足と言うよりは、そもそも、あまりにもよく分からない場所だからだ、というのが大きいだろう。

 ただそれでも共通している点ははっきりとしており、たとえば、魔物が出現すること、深い階層に行けば行くほど、その強さは増していくことなどがまず挙げられるだろう。

 魔物というのは地上でも普通に出現するというか、彼らはあくまでも強い魔力を持つ生き物に過ぎないので、普通にこの世界に生きている。


 ただ、迷宮の魔物というのは……何か奇妙なところがあるのだ。

 人工的なものを感じるというか。

 たとえば、動きなどについてよくよく観察してみると、一定のパターンがあったりする。 もちろん、これはあくまでも弱い迷宮魔物……低層に出現する魔物でのみ確認できることで、強力なものになってくるとはっきりとしたパターンなど見つけることは出来ない。

 けれど、使ってくる魔術などの傾向が近いか全く同じではないか、という場合も多い。

 他にも、迷宮外の魔物というのは、同一種であってもその能力にはかなりの違いが存在する。

 同じフォレストゴブリンであっても、非常に好戦的なもの、残虐なものもいれば、こちらからちょっかいさえかけなければ、近くに人を発見したとしても無関心だったり、むしろ迷った子供などを森で見つけると村の近くまで送ってくれたりする親切な個体すら存在したりする。


 けれど迷宮の魔物は違う。

 いずれの魔物も、必ず人を見れば襲いかかってくる。

 それに例外などないのだ。 

 まるで、それが彼らの存在理由である、とでも主張するように……。

 まぁ、それでも一部例外はあったりするのだが、それは魔物自体の、というよりも迷宮に挑む者たちの特性によるものであるのでまた別の話になってくる。


 また、魔物以外の迷宮の共通点だが、迷宮内部には多くの宝物……武具や魔導具、宝石や魔石などなど、人類にとって価値の高いアイテムが多数、眠っているということだろう。

 この中には、人の手では決して作り上げることが出来ないのではないか、少なくとも現代の技術では全くの不可能である、そうとすら思える品すらもある。

 こんなものがあると分かれば、人間のすることなど決まっていて、遙か昔から、迷宮の攻略というのはそれらの宝物を求めてかなり盛んだ。


 それを職業とする専門の者すらおり、これらは探索者とか冒険者とか呼ばれている。

 彼らはいずれも強力な戦士、魔術師であり、収入も高く、そして誰にもなびくことはない、と言われている。

 実際、自由を旨とする人々であるのは確かだ。

 しかし、口で言うほど自由ではないのも人の世の常というもの。

 国や貴族に色々な部分が左右されるのは当然の話だった。

 そもそも、迷宮に潜れるかどうかの権利を押さえているのが国や貴族なので、彼らもそうそう自由には出来ないのだ。


 国や貴族が、迷宮を閉鎖してしまえば、彼らはいわゆるおまんまの食い上げ、という状態になるのであって、そんな立場にいる者たちが自由かと言われると疑問である。

 まぁ、それでも場所さえ選ばなければ本当に自由に生きられはするのだが、それが出来るのは少数派だった。

 迷宮は世界中に存在する。

 その総数は数百とも数千とも言われており、全ての迷宮が発見されているわけではないだろうと言われている。

 発見された迷宮は、通常、国や領地を治める貴族たちの所有になり、探索者組合や冒険者組合と呼ばれる団体との間で契約が結ばれて、そこに所属する探索者や冒険者たちに潜る権利が与えられるわけだが、発見されていないものに関しては全くの自由だ。


 一応、国や領地貴族に対する発見報告義務というのが設定されているのだが、多くの人間は自分しか見つけていないだろう迷宮を発見したら、とりあえずは自分だけで探索をするなどして内部に存在する宝物の独占を狙う。

 一度も潜られていない迷宮というのはどういうわけか、浅い層であってもかなりの数や質の宝物が見つかることが多く、たとえ深く潜れない程度の腕しかない冒険者であっても、相当に稼げることが、それこそ一生遊んで暮らせるほどに儲かることが少なくないからこそだった。

 ただ、それを狙ったところで落とし穴というのは存在する。

 まず、あまり腕のよくない冒険者が信じられないほどの数や質のアイテムを発見し、持ってきた場合、その出所がどこか疑われる。

 そしていずれバレてしまって、最終的に多大な租税をかけられたり、拷問にあったりして、その場所を吐かされてしまうわけだ。

 穏便な場合だと、そういった租税を免除する代わりに、とか、攻略に協力する代わりに山分けをしないかとか、そういう話になったりするようだが、これはそれほど多くはないようだ。

 こういった問題を乗り越えられるだけの腕や経験を持つ者だけが、真の自由なる冒険者として成功と名声を手に入れられる、というわけだ。

 そしてそんな者たちの数がかなり少数であろう事は、誰にだってすぐに想像がつくだろう。

 大抵の探索者・冒険者というのは残念ながら、自由ではないのだった。

 しかし、それでも冒険者であることにメリットが何もないわけでは当然無い。


「……失礼するわ。冒険者登録をしたいのだけれど」


 私がやってきたのは、いわゆる《冒険者組合》と呼ばれる場所だった。

 もちろん、聖国、聖都ウトピアールに存在する、ウトピアール冒険者組合であり、聖アーク学院からもほど近い場所にある。

 ここはたとえ夜中であっても開いているから、時間帯は気にする必要はない。

 まぁ、流石に深夜だと怪しまれるだろうが、まだそこまでの時間ではない。

 学院での挨拶はあらかた終わったし、講義の準備も整っている。

 だから私はここにやるべきことをしにきた。

 私がこの聖国に来た理由は、キュレーヌから言われたアンナの資質調査と、子供たちの留学、そして学者としての講義のため、ということになる。

 ただ、実際のところそれ以外にも目的はあった。

 こちらは本当に誰にも言えない、言うべきでないことだ。

 少なくとも、この国に於いては。

 イストワードでなら……まぁ、セリーヌには言っても良いだろう。

 つまり、私の過去……というか未来に関わってくるのだ。

 この国、聖国には、私の末娘、リリーにとって非常に重要なものがある。

 それは、彼女が最後に手にしていた魔杖だ。

 あれはいわゆる迷宮産出品と言われる品で、神杖とも言われる強力な魔導具だった。

 あんなものをどうやって彼女が手に入れたかと言えば……。


 ◆◆◆◆◆


「お母様、お母様! 見て下さい、この魔杖を!」


 リリーがその瞳に珍しく喜びを携えて、私にそう報告してきたのは、彼女が十五になった頃だろうか。

 その頃には既に世界有数の強力な魔術師として知られており、戦争に於いてもかなりの結果を残しつつあったリリー。

 ただし、生来のその優しい性格の故に、徐々にその瞳からは光が失われつつあった時期でもあった。

 私はそれに気付きつつも、そのケアを怠っていた。

 彼女自身がすでに、一人前の大人として立っていて、宮廷魔術師として生きていたということもあるし、また彼女がその力を振るうことは、私にとって極めて都合のいいことだった、というのもある。

 つまりは、私は自分のためにそれを見逃していたのだ。

 当時の私の意識としては、リリーは強い娘で、私たち家族のために頑張ってくれていると、そんなことを考えていた覚えがある。

 間違いではなかっただろうが、しかし本当に娘の、そして家族のためを考えるなら、何もかもを諦めて、ただファーレンス公爵領に全員で引っ込み、中央の政治などにも関わるべきではなかった。

 まぁ、今更の話である。

 そんな折に、リリーが嬉しそうに私に報告してきたのだ。

 どうやらその気鬱が払われたらしい、と私も微笑みつつ彼女の話を聞いたのを覚えている。


「あらあら、随分と嬉しそうね? なにか良いことがあったかしら? 戦いがうまくいっているとか?」


「……そんなことは。そもそも、いつも戦いは私たちの優勢ですもの。それよりも、こちらを見て下さいませ」


「これは……魔杖、ね? それも相当な力を感じるわ……こんなもの、どこで」


「ついこの間、聖国の迷宮を探索した際に、見つけたのです!」


「聖国の!? でも、あの国でこのようなものを見つけたところで……聖国政府に召し上げられてしまうものじゃないの?」


 そう、迷宮産出品は、大抵のものが潜った探索者・冒険者のものとして扱われる。 

 しかし、中でも相当に有用なものは、神具とか聖具として、国家がそのまま召し上げる。

 もちろん、その場合には十分な対価が支払われるものだが、そんなものよりも自分で使いたいという者も多い。

 けれどこればかりはどうにもならないものだ。

 もしも嫌だと言ったところで、それは冒険者組合の規則なり、国の法律なりにしっかりと記載してあって、破れば犯罪者となってしまうのだから。

 この当時の私たちはバレなければ特段そうすることを恐れてはいなかったものの、聖国がどれだけの諜報組織を持っているかくらいは分かっていた。

 迷宮に潜って、その内部の品を誰にも知られずに持ち帰ることなど、通常は不可能だ。

 だからこその台詞だった。

 けれどリリーはふっと微笑んで、


「普通ならその通りです……でも、これは、未発見迷宮で見つけたものですから。聖国も気付いていません!」


 なるほど、と思った。

 それならば、聖国がどれだけの諜報組織を持っていようと、察知することは出来ないだろう。

 常にリリーに人をつけていれば話は別だろうが、この娘はこの時期には私にも全く察知できないレベルの高度かつ強力な隠匿系魔術を使いこなせた。

 技術、というよりはその馬鹿げた魔力量に飽かせた力業なのだが、世の中でも最も抗しがたいのは単純な出力であることを私は知っている。

 私程度がどれだけ小手先の技を使おうとも、あまりにも巨大な力には逆らえないのであった。

 ただ、そんな彼女であっても正規の迷宮に潜る場合には正しく手続きをしなければならない。

 それをせずに入れば、流石にバレる。

 正規の迷宮には古い時代にその基礎が作られた、高度な管理技術が使われているのが通常で、これについては魔力量がリリーほどあっても、隠しがたいからだ。

 ともあれ、そういった問題を避けられる未発見の迷宮であれば、確かにリリーの言うようなことは可能だった。

 私は驚きつつ、尋ねた。


「聖国にそんな場所が……!? ありえないではないけれど、でも、どこに」


 これにリリーは細かく場所を説明してくれた。

 聞けば、すでに最深部まで踏破済みであり、そのために迷宮核と呼ばれる迷宮の中心部も破壊してしまったため、もうその場所には痕跡すらもないという。

 そこまでしてしまえば、後々調査しようと無駄であるし、何か言いがかりをつけられたところでしらばっくれることも可能だ。

 私が教え込んだ、悪事には証拠は残さないように、という教えを十分に守った行動で、私は自分の子育てが正しかったことを再確認できた。


「リリー、良くやったわね……! これで貴女はこの国でも最強の魔術師になったかもしれないわ」


「そうだといいのですけど……」


「きっとそうよ。これで我が家は、さらにこの国で存在価値を上げていけるわ……リリー、これからも一緒に頑張りましょう。我が家のために」


「……はい、お母様」


 考えてみれば、そこに至って、彼女の表情は曇っていた。

 初めに私に伝えた喜びの感情が、削り取られたかのように。

 そのことに、このときの私は既に気付いていたように思う。

 けれど、あえて無視したのだ。

 きっと気のせいだろうと。

 このまま全てが上手くいくだろうと。

 愚かなことだ。

 私はリリーに殺されてしまうと言うのに……。

 その強力無比な、魔杖を向けられて。


 ◆◆◆◆◆


「……はい、冒険者登録でございますね……あら、貴女様のような方が? これは珍しい……」


 私がぼんやりとそんなことを思い出していると、冒険者組合の受付がそう尋ねてきた。

 私ははっと意識を戻し、返答する。


「そうなの? 女でも魔術師であればそれなりにいるものだと思うけれど」


 受付……冒険者組合の女性職員は頷いて、


「ええ、確かにその通りなのですが、若い女性魔術師は大抵が学院の出なので、学院を出た直後、学院経由で登録を済ませてしまうものですから。こうして直接、冒険者組合に登録に来られる方は珍しいですね」


「あら……そうだったの」


 ちょっと珍しい行動をしてしまったらしい。

 イストワードでは割とありうる行動なのだが、レダート聖国では事情が異なるようだった

 しかし、ここで登録しない、という選択肢はなかった。

 私はこの国で、迷宮に潜らなければならない。

 その迷宮とは、あのリリーが潜った未発見迷宮である。

 私はその場所のことを彼女から詳しく聞いている。

 そして彼女が潜っていない今ならば、まだ存在していて、しかも誰にも見つかっていないはずだった。

 だから私が先に潜って……魔杖を手にするのだ。

 あれがリリーの手に渡らなければ、かつての彼女よりも弱体化するはずだから。

 それでも私とリリーの実力差というのはそう縮まるものでもないのであるが、それでも何もしないよりはずっとマシなのは間違いなかった。

 戦争において、彼女が死亡する確率が上がってしまう選択でもあるから、そこのところを考えるとやるべきではないことかもしれないが、それについては別の方法でどうにかすればいい。

 そもそも彼女を宮廷魔術師として出仕させないとか、戦争に出るのは拒否させるとか。

 どちらもファーレンス公爵家の力ならば問題なく可能なことだ。

 加えて、前の時に彼女が戦争で自らの力を振るったのは、世界が戦乱に満ちているのが耐えられなかったからだ、というのが基礎にある。

 世界を救おうとしたのだ。

 そこのところを考えるのであれば……出来るかどうかは分からないけれど、そもそも戦争が起こらないようにする、というのも考えていた。

 これに関しては、大それた話で、たとえ一国の公爵家であろうとも、やろうとしたところで焼け石に水と言える話かも知れない。

 けれど……。

 絶対に無理とも言えないだろう。

 そもそも、私は自分の人生を大きく変えるつもりで動いてきたのだ。

 その中に、世界を大きく動かすことの出来る英雄であるリリーの行動を変える、というものも含まれる。

 であれば、世界そのものの動きだとて、どうにかすれば変えられるのではないだろうか。

 だから私は、この国にいる間に、様々なことに挑戦するつもりだった。

 冒険者登録も、そのための一つだ。

 もちろん、未発見迷宮の踏破なのだから、登録などせずとも一人で踏破する、ということも考えないではなかった。

 しかし、私に当時のリリーほどの実力があるはずもないのだ。

 彼女がしたような結果を得るためには、私には十分な補助がいる。

 冒険者登録をすれば、その補助が得られる。

 つまりは、高位冒険者の補助だ。

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