第115話 シルヴィ
お久しぶりです。
明日、本作の第二巻が発売しますので、更新をたくさんします。
というか今日明日で更新しまくらないと続きは書籍で状態になってしまうので、まとめて130話くらいまで今日明日で更新します……もっとコツコツやるべきだったのですが申し訳ないです。
書籍の方も、できればどうぞよろしくお願いします。
シルヴィ・レイグラーフ。
私の母上の実家に当たる、レイグラーフ家の人間であり、そして私の母の姉であるオルガの娘に当たる人物でもある。
加えて、現聖女であり、この国の舵取りを聖教皇と共に行っている人間でもある。
実際には国の政治などについては聖教皇及び教会組織が主体となって行い、聖女は教会における重要な行事や儀式などを執り行うことが基本である。
そのため、シルヴィがこの国を治めている、というのとは少し違うが、ただそれでもかなりの権力者であるのも間違いなかった。
とはいえ、私と彼女は従姉妹の関係にある。
年齢もほぼ同じであり、だからこそ、子供の年齢もあまり変わらないわけだ。
そして、かつてを振り返るに、私と彼女は地位を争った関係にもある。
私が前のとき、大きく曲がりくねった人生を送ることになった出来事、その中心部には間違いなく彼女がいた。
彼女のせい、かというとまた話は少し違ってくると言うか、別に彼女が悪いとかではなく、私個人の問題に尽きると今では思っている。
けれどそれでも、お互いにそれなりに思うところがあり、微妙な関係であるのも間違いなかった。
だからこそのシルヴィの表情、というわけだろう。
ただ、今はお互いに国を背負っており、下手なやりとりは出来ない。
お互いの存在を無視するなどもってのほかである。
となれば、久しぶりに会った従姉妹同士として、親密なように振る舞う以外になかった。
ある種の地獄であると言って良いかもしれない。
「……本当に嬉しいの? その割に、しばらくの間、連絡もしなかったじゃない」
シルヴィが、私によく似た面差しでそう言ってくる。
どんな感情がその胸の内に渦巻いているのかは、表情からは窺い知れなかった。
疑いか、無関心か、侮蔑か、それともそれ以外か。
私の顔立ちとよく似ていて、冷たい印象を一見感じる彼女の顔。
髪の色も私たちの家に宿る銀髪……ただ彼女のものは少し色が暗かった。
また目の色も、私はかなりはっきりとした赤だが、彼女のものは暗赤色……黒に近い。
やはり、シルヴィの方が、本来の実家の血が濃いのかもしれない、という気がした。
そしてだからこそ……。
まぁ、それは言っても仕方が無いことだが。
私は色々と予断があるために、シルヴィの若干当てこすりの入ったように感じてしまう台詞に返答する。
「それはお互い様じゃない。それに、私が連絡できなかったのは、聖女になった貴女の忙しさを思ってのことよ。隣国で受け取れる情報に過ぎないけれど、かなりの激務だと聞いているわ……それなのに、私の手紙などに手をかけさせるわけにはいかないじゃない?」
これは必ずしも嘘というわけではなく、聖女の仕事はかなり大変である、というのは常識だった。
聖国において、五つある聖域、それらの土地の浄化をしなければならない聖女は、年がら年中、各地を旅をしていなければならない身の上にある。
だからこそ、歴史的に国の中枢、政治には深く関わることがなく、その役割を主体にして生活していることが大半だった。
聖女を引退した後は政治に関わってくることも珍しくなく、聖教皇の地位を目指すことも少なくないようだが。
実際、シルヴィの母であるオルガは、今まさに聖教皇の地位を目指して色々とやっているらしいとは我が家の《影》からの情報である。
隣国のことであるし、レイグラーフ家の諜報組織も中々のものなのであまり細かい情報は入ってこないが……。
ともあれ、そんな立場であるから、シルヴィがこんなところにこうして顔を出しているのは珍しいことだった。
今は割と時間があるのだろうか?
そんな私の視線に気付いたのか、シルヴィは言い訳のように言う。
「……つい先日、聖都近くにある聖域の浄化をしたところでね。娘のアンナに見学させるために、学院から連れ出したのよ。でも、それが終わったからついさっき、連れて帰ってきて……それで、ついでに学院長にご挨拶をね。そうしたら貴女がいるのだもの。驚いたわ」
それを聞いてなるほど、と思う。
今回、キュレーヌから依頼された、例の少女アンナか。
シルヴィは一体、今回のことをどれだけ知っているのかと思うが、おそらくは何も知らないのだろう。
シルヴィからすれば、アンナに聖女としての能力……つまりは浄化の力がないと分かれば、色々な意味で困ってしまうはずだからだ。
もしもその可能性があるとしても、そのための調査にやってくる人間など知っていれば事前に排除するに決まっている。
私の出現に驚いている時点で、まだ何も知らないと考えるべきだった。
それか、知ってはいても後手に回ってしまって妨害できなかったか。
先ほども言ったが、聖女は非常に激務だ。
それに加えて政治的権力はそれほど大きくなく、そういった手回しが簡単な立場であるとは言えない。
だからこそ、こうして驚いた振りをして様子を見に来たというのも考え得る。
アンナを学院に送るくらいなら、別に誰か人に任せても構わないだろうし。
そう考えるとどこまで彼女が知っているかは今は判断がつかない、か。
この辺りについては、保留かな、と思う。
そこまで考えて、私はシルヴィに言う。
「そういうことだったのね。聞いているわ。次期聖女と言われているそうじゃない」
これはもしかしたら、余計な台詞かも知れないとは思った。
何せ、このことは内々にしかまだ伝えられていない、という話だったからだ。
しかし、このイレギュラーな状況で、彼女の反応を見たかった。
もしも何か思うところがあるのなら……。
そう考えての言葉だったが、意外にもシルヴィは軽く微笑んで、
「そんな話もあるみたいだけど、私がどうこうできることではないからね。《浄化》の力が宿るかどうかは、主のみが決めることですもの」
これは少しばかり意外な台詞だった。
私は尋ねる。
「では、アンナが聖女になれなくても構わないの?」
そうでなければ、貴女の今後についても、だいぶ変わってくるでしょうに。
そう思っての言葉だったが、シルヴィの表情は変わらず、
「……そうね。なってくれれば嬉しいけれど……別にならなかったからと言って、どうというものでもないわ。私と貴女の時と同じように」
その言葉に、私はかつての記憶が蘇る。
そうだ。
私は、このシルヴィとその座を争った。
一時は私にその力が宿ったような気がした。
けれどそれは気のせいで……。
私はかつての愚かだった自分を思い返し、苦笑すると、シルヴィに言った。
「……そうね。なってもならなくても、幸せになることは出来るわ。貴女も、私も、今は楽しく生きてる。あの頃はそうでもなかったけれど」
「吹っ切ったのね? 良かったわ……」
意外にも、シルヴィのその言葉は本心のように聞こえた。
凄くほっとしていて……。
私があまりにも驚いた顔をしたからだろう。
シルヴィは少し面白そうな表情で、
「なによ、久しぶりに会った従姉妹の心配をしてはいけないのかしら?」
「いいえ、そんなことはないわ。でも……そうね、正直なところ、私と貴女はそれほど仲が良かったとは言えないでしょう? だから驚いてしまったのよ」
「……学院長が聞いているというのに、正直に言うわね……でも、確かにそうだわ。けれどそれって、結局は全て、《選定》のことがあったからに過ぎない。他の部分では……悪くない関係だったと思ってるの。私は貴女のこと、嫌いじゃないわよ?」
「そこは好きと言って欲しいところだけど……気持ちは私も同じね。シルヴィ、私も貴女のこと、嫌いではないみたい。ねぇ、もしも少し時間が合ったら、近いうち、お茶でも飲まない? 話したいことがあるの」
「それはいいわね。普段なら聖国各地や他国やらを回るのにてんてこまいなのだけど、偶然、今は時間がある方よ。近いうち、連絡をするから、その時は一緒にお茶を飲みましょう。私も色々話したいことがあるわ。最近、良く聞くもの。イストワードのファーレンス公爵夫人は相当の遣り手で、しかも魔術師として最高峰だとね。魔術については私、それほどくわしくないから、話したいの」
「聖国でそんな話が広がっているとは……なんだか恥ずかしいわね」
イストワード国内でならともかく、聖国でまでそこまでの話が伝わっているとは思ってもみなかった。
多少のことが伝わっているとは考えていたが、それにしたって少しばかり大げさではないかと思ってしまう。
これにシルヴィは、
「竜を撃退したとか、高性能な魔導具を次々発明しているとか、魔術理論をいくつも発表しているとか、枚挙に暇がないわよ? どれが本当なのか本人に聞いてみたいと思っていたの。ちょうど、従姉妹でもあることだしね」
どうやら彼女は私の記憶よりもずっとミーハーらしかった。
面白そうにそんなことを言ってくる。
私はそんな悪意のない彼女の言葉に、苦笑しつつ頷くしかなかった。
*****
「……ふむ、我が国の聖女殿とこれほどまでに仲が良かったとは、驚きましたな。いや、確かに従姉妹だとは知ってはいたのですが……」
シルヴィが学院長室を去ってから、この部屋の本来の主である学院長シモン・アンヘルがやっと口を開いた。
いや、一応、シルヴィが部屋を出る挨拶をしたときにそれに対して返答をしたのだが、それはあくまでも儀礼的なものだったから。
今は普通に話している。
ただ、私はそんな彼の言葉に少しばかり違和感を感じて、言った。
「どうも、あまり敬語には慣れておられない様子。お話しやすいように話していただいて、大丈夫ですわ。ここには我々二人しかおりません」
聖国のシモン・アンヘルは、将来において、聖騎士団の団長として名前が知られる人物だ。
そんな彼に対する私の印象は、豪快としか言いようのないもので、聖騎士というよりやはり傭兵と言った感覚の方が強い。
実際、さほどの信仰心もなかったようで、聖騎士ならばまず取らないであろう作戦を立てたり、行動をすることも少なくなかった覚えがある。
しかしだからこそ、私にとっては結構厄介に感じられる人物でもあり、だからこそ覚えていた。
まぁ、それでもあまり接触する機会はなかったというか、聖国それ自体に苦手意識があった私は積極的に関わろうとはしなかったので、前世でも関わりは薄い。
魔族や魔国などに対する関係で、リリーに関わる範囲内で関わるしかなかった感じだった。
ともあれ、そんなシモンは、私の言葉に笑って言う。
「はて、そんなことをおっしゃってよろしいのですか? 私は貴国の貴族たちとは異なって、本当に礼儀を心得ない無頼の人間ですぞ?」
確かにイストワードの貴族であれば、私にこんなことを言われても敬語を崩したりすることはないだろう。
しかし、私は前の時から、今までを通して、他人の言葉遣いにそれほど拘ったことはない。
もちろん、必要な場合……国王陛下の御前であるとか、何らかの儀式の中での聖句を言わないといけないとか、そういう場合にはしっかりとした言葉遣いでやる必要は感じているのだが、それ以外の場面においては臨機応変で構わないだろう。
この感覚は、前の時に様々な場所で、戦士たちの指揮をとったり、それこそ後ろ暗い事を抱える口の悪い悪人たちとやりとりをすることに慣れていく中で身についたものだ。
また、多くの敵から逃げる中で、平民たちと深く関わり、対等に話すことになったことも関係がある。
要は、貴族的なプライド、というものがほとんど抜け落ちているのが今の私だった。
前の時の、二十代くらいの私と比べると、もう全く違う精神構造をしていると言える。
だからかな。
シルヴィとそれなりに話せたのは。
先ほどの彼女の態度が、本当に本心からのものか、何か思うところがあって無理にああ振る舞っていたのかは、今は分からない。
ただ、前の時ほどには心がささくれ立つことはなかったし、それは向こうもそうだったように感じた。
人と人との関係というのは、相手がどうこうという前に、まず自分自身から変化しなければ変わらないものなのかもしれないな、と思った。
そしてだからこそ、私はシモンに言う。
「構いませんわ。流石に人前では注意して欲しいとは思いますけれど……今の、このような場に於いてなら、何も気にすることはありません」
「……はっ。そうかよ。分かった。しかしあんた、中々面白い奴なんだな? 隣国から頭でっかちの公爵夫人が来ると言われてたから、七面倒くせぇなと考えていたが……こりゃ、思ったよりも楽しいことになるかもしれねぇな。おっと、あんたも俺には適当な口調で構わねぇからな」
「……そんな風に思っていたのね。まぁ、私も貴方の立場だったら、そんな風に考えたかも知れないわね。じゃあ私、講師としての仕事はあまり期待されていないのかしら?」
私がここに来た表向きの目的は、子供たちの短期留学と、私の研究内容についての講義である。
しかし、貴婦人の道楽のようなものだと考えられていたのなら、そういう期待はあまりないと考えるべきだろう。
これにシモンは頷いて、
「あぁ。それは俺だけじゃなくて、この学院の教授や生徒たちもそうだったな。一応、広く聴講者は集めるように宣伝はしといたが、思った以上に少ないぞ。大した話は聞けないだろうとか、研究業績は金を出した奴の名前を端っこに載せておいたとかその程度だろうとか、そういう見方をされてる。まぁ、それに加えて公爵夫人に下手に近づいて処刑されちゃまずいと思ってる奴も多いだろうからなぁ。あんまり仕事はないと思って良いぜ」
「……喜んでいいのか悲しむべきなのか分からないわね。でも、私、ここには一応、私の専門分野についてしっかりと理解して貰うつもりで来たのよ。それなりに努力しても良いかしら?」
「ほう、何をするつもりだ?」
「そうね……まずは、特殊属性魔術の有用性を広めるところからかしら。確か、敷地内に迷宮があると聞いたのだけど、使っても?」
「なるほどな。いいぜ」




