第112話 生徒の扱い
「そのようなお忙しい中、私たちなどをこうして盛大に出迎えていただけたのは……?」
どうしてなのだろう、と素直に尋ねてみることにした私だった。
聖教会というのは昔から、王宮など以上に権力闘争が盛んな魔窟として密やかに例えられることの多いところである。
従ってそう言ったものが複雑に絡み合い、結果として今のところ枢機卿の中でも新参者に数えられるハムダンにお鉢が回ってきた、という可能性も十分に考えられた。
そしてそうであればあまりまっすぐ尋ねるのは褒められたことではないだろうとは思う。
けれど、実際にこうしてハムダンと話してみて思ったのは、彼からはあまり権謀術数を駆使するようなタイプの者特有の匂いを発していない、ということだ。
私は前の時、そのような人物に大量に接してきたから、ほとんど直感的に嗅ぎ分けることができる匂いがある。
もちろん、百%とまでは言わないまでも、そこそこそういったタイプについては見抜けると思っている。
その感覚からすると、ハムダンは高潔な神官であろう、という気がした。
だから素直に尋ねることにしたのだ。
まぁ、間違っていたところで多少不快に思われるくらいで、別に死ぬわけでもないし。
一度死んだ私に怖いものなどもはや存在しない。
死んでもまたやり直せるんじゃない?
とまで思うのは流石に不遜すぎるかもしれないが、死をそこまで恐ろしいものとまでは感じなくなってきている気がした。
もしやり直せなかったとしても、子供がもうジークとノエルという二人がいるのだから。
彼らさえ幸せならば、私などどうなってもいいのだ。
クレマンには申し訳ないけれど。
などと考えていると、ハムダンは言う。
「いくつか理由はありますが……私はキュレーヌ殿と昔からの知り合いでございます」
これはやはり、彼こそが今回の依頼主、ということだろうか。
という予感が強くなったが、やはり確定はできない。
私は尋ねる。
「学院長と……それはどのような?」
「以前、南方で私は戦士として戦っていたのですが、その際に何度かお世話になったことがありまして。現在、このように枢機卿としていられるのも、一部にはあの方の尽力もございます」
「それはそれは……」
意外な話だ。
キュレーヌはエルフではあるけれど、その力は基本的にイストワード国内に留まるものかと思っていた。
しかし、思った以上に彼女の力の届く先というのは広いのかもしれない。
まさか聖教会の中枢にまで入り込んでいるとは……。
ともあれ、これでハムダンは少なくとも学院側の人間であると思っても構わないだろう。
それを装って何かを企んでいる可能性というのは捨て切れないが、今のところは。
もちろん、私としては目的の全てを話すつもりはないが。
あくまでも、使えるかもしれない伝手の一つとして覚えておく、というくらいの話だ。
目的の人物については私が到着し次第、魔術によって伝えられることになっている。
だから今はその程度で構わないだろう。
「さて、それでは中へどうぞ。しばらくの間、皆様には大聖堂の中で生活していただく故」
「宿泊については気にしなくていいとはキュレーヌには聞いていたのですが……まさか大聖堂に泊まらせていただけるとは。皆も来なさい」
初めての外国、しかも枢機卿という重鎮を前にカチコチになっている三人の生徒に私がそう話しかけると、氷結の魔法が解けたように動き出し、
『は、はいっ!』
と言って、歩き始めたのだった。
*****
「これからの予定ですが……我が校の生徒たちは、聖国の聖アーク学院に短期留学させていただける、というのは変わりがないと考えてよろしいのですよね?」
大聖堂の中、奥まった位置に存在する応接室に通された私たち。
正面に座るハムダンに私はこれからの予定を確認する。
聖アーク学院は聖国における最高の教育機関であり、神官のみならず、聖国内の領地を収める領官や聖騎士なども育てる総合教育機関として知られている。
大聖堂に接続する形で校舎敷地が存在しているため、ここに宿泊できるのなら登校するにも非常に楽だ。
当初、ジークたちはその学院の寮に入れられるものと考えていたのだが、大聖堂内に、というのはそれ以上の好待遇だった。
「はい、そのように承っております。期間は一月、とも」
「……はい」
微妙に考えてしまったのは、少し長いような気もしたからだ。
まだ一月いるとは決まったわけではないように思うのだが……と、そうも思って。
だが、これはあくまでも最初は長めにとっておいて、あとで色々理由をつけて帰られるように、ということだろう。
最初は短めにとっておいて、あとで延期延期、とやっていくよりは言い訳がつけやすい。
「また、その間、エレイン様には学院で特殊魔力について特別講義を何度かしていただければ、と」
「それについては承知しております。特殊魔力については、いまだ、イストワード以外では概念すらあまり広まっておりませんから。広める機会をいただいて、非常にありがたい限りですわ」
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