第110話 対外的な理由
レダート聖国を、学院を代表して訪ねる。
それ自体について受諾したのはいいのだが、キュレーヌはその後に意外な台詞を言った。
「それと、今回の訪問の理由については可能な限り秘匿してほしい、とのことでしたので、学院生徒たちも何人か選抜して連れていっていただけますか? 対外的には聖国の文化芸術学問を、我が学院の生徒たちに直に体験させるため、引率としてエレイン様が連れていく、という体で行ってもらいますので」
これには私も少しばかり面食らったが、確かに直接的に、聖女の娘が聖女としてふさわしいかそうでないか判別するために学院から特殊魔力に詳しい人間がやってくる、などと言えるはずもない。
かと言って私一人で聖国を訪ねる理由を作るとなると、なかなか難しいものがある。
母の実家を訪問する、というのは考えられなくはないが、そうなると母も共に行かなければおかしいということになるし、学院教授としての立場を表に出すのが難しくなる。
学院の代表として、という部分を守りつつ、しかし本来の目的を対外的に隠して行くには、そういう理由で行くしかないだろう。
「お話は分かりましたが……誰を選抜すれば? 基準は……」
単純に成績順でもいいのだが、それだと不意打ちすぎないか、と思った。
私やキュレーヌからすればただの言い訳なのでそれこそ適当な人物を選べばいいだろうという話になるだろうが、生徒側からしてみれば、そういう選抜があるのなら先に言っておいてほしい、となるのは想像に難くない。
「本来でしたら試験などで公平に選抜すべきでしょうが、時間がありませんから。多少不公平であっても構わないと思いますが、おそらく、成績順でも批判は出ないでしょう」
「しかし……そうなると、ジーク、イリーナ、ブルードということになってしまいますが……」
彼らについては私と関係が深いために、贔屓ではないかとの謗りを受ける可能性もあった。
けれどキュレーヌは首を横に振って、
「エレイン様は自らに大変厳しい方ですから、その三人に対しては特に公平に接しようとされていることは生徒にも伝わっています。ですから、問題ないですよ」
と言ってきた。
こればかりは、学院長のセリフでも疑ってしまうが、彼女がこうまではっきりと言っているものをことさらに否定するわけにもいかない。
私は最後には頷いて、ただ、
「……本人たちに意思確認はさせていただいても?」
と尋ねる。
聖国は、私が個人的に好きではない国ではあるが、別に危険地帯であるとかそういうことはない。
しかしそれでも、国境を越えて他国に行くというのは一種の冒険であり、何の危険もないというわけにはいかない。
本人と、そして保護者たちの許可は必ず必要だろう。
そう思っての言葉だった。
これにキュレーヌは頷いて、
「もちろんです。では、よろしくお願いしますね、エレイン様」
そう言ったのだった。
*****
「えっ、聖国にですか? 僕たちが……?」
教務棟、その中にある初等部部長の執務室の一角、応接セットのソファに、三人の生徒が座っている。
もちろんそれは、ジーク、イリーナ、それにブルードであった。
対面には私が腰掛けていて、彼らにキュレーヌの提案というか、計画について説明しているところだ。
その内容はあくまでも対外的なもの……初等部生徒の中から優秀な者を選抜し、聖国の文化芸術学問について学んでくる、短期留学をしないか、という話だ。
引率には私がつくこと、短期留学であるから、それほどの長期間には渡らず、短ければ一週間、長くても一月程度で帰ってこられる、ということだった。
その間の授業の遅れについてであるが、ここにいる三人はすでに個人的に一月以上先の内容も学んでいることは分かっているので問題はない。
気になるようであれば私が補習と言う形で対応するということも告げた。
できれば私としてはこの三人に頷いてもらいたい、そう思っていると、ブルードが、
「行けるなら、行きたいです! でも、親父と母上が何て言うか……」
「もし心配なら私が直接お母様に交渉するわ。ラアルとは何度もお茶会に招待しあっている仲だし、きっと大丈夫よ」
「本当ですか!? エレイン先生がそうしてくれるなら、母上もきっと許してくれると思います。親父は……母上には逆らえないだろうし大丈夫かな」
最後の方は小さな声だったので、クラルテ侯爵の名誉のために聞かなかったことにしておこうと思う。
「二人はどうする?」
これにまずジークが、
「母上が許してくださるなら行きたいです」
「もちろん、あなたが望むなら認めないわけがないわ」
「でしたらお願いします。イリーナは……」
「ジークが行くのであればわたくしも是非。両親は必ず説得いたします。エレイン先生が引率につくのであれば、母も認めないはずがありませんし、大丈夫だと思います」
ここで、三人の同意が取れたので、私はうなずく。
「分かったわ。では、出発は三日後になるから、それまでに準備を整えておいてね。急なことで申し訳ないけれど、きっと聖国での経験は貴方達のためになるから」
そんな私の言葉に三人は、
『はい!』
と声を揃えて頷いたのだった。
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