第109話 出張の提案
「……気を遣っても仕方がないですから、単刀直入に言います。エレイン様。貴方様には三日後、学院を代表してレダート聖国を訪ねていただきたいのです」
キュレーヌが口にした言葉に、私は一瞬言葉を失った。
レダート聖国。
それは、私にとって、あらゆる意味合いで忌まわしい国であるからだ。
レダート聖国はこの大陸中に広まっている聖教会の元締めであり、聖地はかの国の聖都にある。
国主は聖教皇と聖女であり、この二者が支えあいながら国を治めるという特殊な形態をとっている。
それでうまく行っているのは、基本的には聖教皇が国の舵取りをし、聖女はむしろマスコット的な存在としてそこにあるからだろう。
と言っても、聖女は何もしないただのお飾り、というわけではなく、その身に宿った聖なる力を以て、《浄化》を行うことをその仕事としている。
そう、《浄化》だ。
これは極めて特殊な力であり、選ばれし者にしか宿らないと言われている。
けれど……わかるだろう。
私はあの力もまた、特殊魔力に起因するものだと今では思っている。
そもそも、私が特殊魔力に前の時から傾倒したのは、そのことがある。
子供たちのために、というのももちろんあったが、始まりはそこにあった。
そして、研究を重ねた今では、ほとんど確信している。
聖女の力は、特殊魔力なのだ、と。
ただ対外的にそんなことを言ったら間違いなく宗教権力によって弾圧されるのは目に見えているので、言ったことはない。
一度調べさせて欲しいものだ、とは何度も思ったが、実現させる方法は今のところなかった。
けれどキュレーヌの提案はその糸口になるかも、と思って私は尋ねる。
「学院を代表してレダート聖国を訪ねる……言葉の意味は分かりますけれど、事情については分かりかねます。一体どうしてそのようなお話に? 行って何をしてこいと?」
「エレイン様は、あの国の聖女についてはよくご存知かと思います。お母様のご実家は、レダート聖国の名家で、歴史的に聖女を何人も輩出されている家系ですものね。一時はエレイン様の名前も上がったことが……」
「……昔の話ですわ。私は残念ながら、力が宿りませんでした。母と同様に」
この私の言い方に険を感じたのか、キュレーヌが頭を下げて、
「ご不快な話をしてしまって申し訳なく」
そう言ってきたので私は苦笑しつつ首を横に振った。
「いえ、そんな。それに必要なお話なのでしょう? 私としても、いまだに少し思うところがあるとは自覚してませんでしたから、きつい言い方になってしまって申し訳ないです」
「お許しいただけて幸いですわ……そして、そう。必要なことです。何せ、今回の訪問はその聖女に関連することですので」
「と言いますと?」
「現在の聖女は、エレイン様の従姉妹のシルヴィ様ですわね」
「……ええ」
母の姉、私の伯母に当たるオルガ、その娘であるシルヴィは私も顔を知っている。
ずっと昔……でもないのだが、私の主観からするとそれこそ何十年も前に会ったきりだ。
ただ、親子揃ってあまり好感の持てるタイプではなかった記憶だけはある。
それが今や聖女様なのだから笑える。
オルガも以前、聖女だったのだが、娘にも才能があることがわかって、その地位を譲ったのだ。
「そのシルヴィ様には七歳になる御息女がいらっしゃるのもご存知でしょうか?」
「……ええ、知っています」
あまり調べたくない情報ではあるけれど、隣国の権力者、しかも血縁のある者の情報だ。
定期的に集めて記憶しておかなければどこでどんな影響があるのか分からないので調べざるを得なかった。
私の答えにキュレーヌは満足したように頷き、
「でしたら、話が早いですね。そのご息女のアンナ様が、次期聖女として見込まれておりまして……」
流石にこの情報はなかった。
まだ内々の話でしかないか、公表できない理由があるかのどちらかなのだろう。
私のそんな推測を補強するように、キュレーヌは続けた。
「ですけれど、聖女は《浄化》の力がなくばその地位に就く事は出来ません。アンナ様には生まれたその時、確かに《浄化》の力が宿っていたそうなのですが、どうも近頃、不思議な力を使うようになってきたというのです」
「不思議な力、ですか?」
「ええ。それが《浄化》の力とは似ても似つかぬ力のようで……。聖教会の幹部の方のお一人が、それについて懸念されておられるのです。もし次期聖女に《浄化》の力がないのなら、早いうちに明らかにしておかなければならない、と」
「お話は理解できますが、なぜ私に」
「その幹部の方はかなりの情報通でいらっしゃいます。つまり、エレイン様。貴女様が特殊魔力の第一人者であることもご存知でした。ですから、件の方について、特殊魔力持ちかどうかを調べてみてくれないか、と」
「それはまた……」
色々と陰謀を感じる提案であった。
そうなった時、間違いなく現聖女であるシルヴィは死ぬほど困るだろう。
オルガもだ。
本人であるアンナはそうでもないだろうが……いや、そうとも言えないか。
あの聖女第一の家の中で育っているのであれば、そうなれないとわかった時点で……。
私としても、色々思うところがあった。
けれど気になるのは確かで、だから最終的にはキュレーヌに言っていた。
「承知しましたわ。そのお話、お受けいたします」
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