第108話 数年経ち
「おい、ちょっと待ってって!」
「やだよー。早く行かないとサンドイッチ売り切れちゃうだろ!」
「いや、毎回そればっかり買ってるけど流石に飽きるだろ……?」
「永遠に飽きない。それが我が校のサンドイッチなんだよ」
そんな会話をしながら走り抜けていこうとする生徒を遠目に見かけたので、
「立ち止まりなさい! 二人とも」
そう怒鳴りつける。
すると、二人の顔からスーッと血の気が引き、そしてとぼとぼと、ゆっくりした速度で私の方へと歩いてきた。
かわいそうに。
これでもう、彼らはサンドイッチなど買えない。
しかし私は甘やかさない。
「……なぜ呼び止められたか、分かるわね?」
「はい……廊下を走ってました……すみませんでした……」
片方が答える。
それに続いて、
「周りも見てませんでした……ごめんなさい……」
ともう片方も謝ってくる。
まぁ、ルールが守れない生徒だ、と言うわけではなく、ただこの昼休憩の時間、彼らのクラスからだと走らなければどうしても食堂での争奪戦に参加できないから仕方がないのだろう。
私も発見しなければ見逃してもよかったのだが、直線の廊下で向こうから走ってくるのだからどうしようもない。
見つけたら叱らなければならないのも、初等部を預かっている者として当然のことだった。
それがたとえ、自分の息子だったとしても。
「……まぁ、わかっているのならいいでしょう。これからジークもブルードも気をつけるように」
ジークと一緒に走っていたのは、クラルテ侯爵の長男、ブルードだった。
一緒に食堂に走るなんて、随分と仲良くなった彼らであるが、彼らが諍いを起こしてからすでに三年の月日が経っている。
あれからクラス分けを経て、同じクラスとなった二人は今では無二の親友であった。
たまにここにイリーナが入ることもあるが、イリーナはほとんど初等部の女帝と化しているために、取り巻きの女子たちといることが多い。
もちろん、イリーナが自分でそのような取り巻きを望んだわけではないのだが、気づけばそうなっていた感じだ。
なんと言うか、前の時の自分を思い起こしてしまったほどだ。
まぁ、私の場合、学院時代は静かにしていた方なので、そういう感じにはならなかったが。
暴れ回ったのは卒業してからのことだから。
ともあれ、一応反省したらしい二人に、私は最後に、
「……せめて、廊下を急ぐのであれば私たち、教師に見つからないようにすることね。この廊下は一直線で最短距離かもしれないけれど、教員棟に行くにも最短距離になるから、私たちもよく使うのよ」
とアドバイスをする。
二人はそれになるほど、と言う顔をし、
「じゃあ、行っていいわ。もう普通のサンドイッチはないだろうけれど、最後の方で料理長にこっそり言えば、余ってるパンとベーコンでサンドイッチ作ってくれるわよ」
私がそう続けるとさらに顔を輝かせて、
「ありがとうございます! 言ってみます!」
そう言って、ダッシュにはならない早歩きで食堂まで歩いて行ったのだった。
*****
「……特殊魔力保持者も、学院に完全に馴染みましたね、エレイン様」
学院長室で、学院長キュレーヌ・メインが窓の外、広場で雑談をしている、一般属性持ちの生徒と、特殊魔力保持者の生徒を見ながらそう言った。
この学院ではもはや珍しくもなんともない光景で、クラス分けももう、別々ではなく混合した形で行っている。
これには特殊魔力保持者を生徒たちの中になじませる、という目的以外に、特殊魔力というものについて幼いうちから実践的な知識を身につけていってほしい、と言う意図もある。
使える者が周囲にいるなら、わからないことがあれば聞けるし、それは一般属性持ちと特殊魔力保持者の双方向で行って欲しいことだった。
今のところ成功しているのは明らかで、それは生徒たちが素直にお互いを受け入れていることももちろんだが、保護者たちが不自然なほどに協力的であることも影響している。
なぜそんなことになっているのかは、私はよく知らない。
知らないのだ。
「非常にいい傾向ですわね、学院長」
「全くその通りなのですが……懸念が一つあるとするならば」
「するならば?」
「エレイン様、あまりやり過ぎると保護者の方々の恨みを買うのでは?」
「はて。何のことやら」
「しらばくれても分かるのですからね? という冗談はさておき、本当に大丈夫なのですか? 学院の運営は非常に円滑ですが、それでエレイン様一人にしわ寄せがいくようでは申し訳がありません」
何を言うのかと思って構えていたら、むしろ純粋な心配であることに私はほっとする。
正直、小言を言われるのではないか、と思っていた。
キュレーヌはこの三年でかなり公平な人だとわかってきているが、母や姉のような性質が強い人と言うか……なんだか頭が上がらないような空気感の強い人なのだ。
権力とか、そう言うのとは一切関係ないところで。
だから私も何故か逆らえないようなところがあった。
「ご心配ありがとうございます。でも、本当に大丈夫ですのよ。保護者の方々については……少々、強引な方法を使ったこともないではないですが、その代わりにそれなりの飴も与えるようにしておりますから。もちろん、適法な範囲内で」
たとえば政治上、商売上の協力などから始まり、御家騒動の相談とか、根回しなど、やり方は多岐にわたる。
だが概ねにおいて感謝されていて、怯えから私に協力する、という保護者たちは今ではむしろ少なかった。
恐怖は人を従わせるには非常に便利なものだが、ずっとそれを続けるといつか爆発すると言うことを、私は前の時の経験でよく知っている。
だから、最初はそうしても、徐々に他の方法にシフトしていったわけだ。
そして今、それはかなり成功していると言っていい。
「そうですか……でしたらいいのですが、何かあったら本当に言ってくださいね。私たちはこの学院の運営について、一蓮托生の関係にあるのですから」
「つまり、そのような相談事が、本日は学院長の方からある、と言うことでよろしいでしょうか?」
私の質問にキュレーヌは微笑み、
「やはり、察しがいいですね。まさしくその通りなのです……」
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