第107話 そして釘を刺す
ブルードは私の話をよく咀嚼するように考えながら聞いていた。
基本的な部分については、納得してくれたようだ。
ただ、少しだけ骨のつっかえている部分がまだあるのも間違いないようで、私はそれについて言及する。
「あの子たちを学院に入れて、ここで学んでもらわなければならない理由は、分かったわね?」
「はい。そうじゃないと、大変なことになる。だから……」
「そういうことね。でも、まだ貴方は納得しきれていない。それは弟さんのことがあるから。そうよね?」
「……はい」
やはり彼にとって、弟が落ちた、というのは大きな問題らしかった。
いい兄なのだろう。
ただ、そんな兄からすれば、やはり弟の不合格には納得しきれないものがある。
これについて、私は話していく。
「気持ちはわかるわ。でも、私がさっき話したことを思い出して欲しいの」
「さっき……?」
「そう。一般属性の魔術師が安定していることについて。それが故に、落ち着いた環境で修行した方が、初期は伸びるということについてね」
「ええと……?」
「つまりね、あなたの弟さんは、今はまだ、学院に入らないで、自分の実家で修行していた方が伸びる時期だということよ。確かに結構魔術を使えていたけれど、もう少し、家で伸ばした方がいい。そういうこと」
「学院で学ぶよりも、家で学んだ方がいい?」
「そうよ。もちろん、今回の試験で合格基準に達していなかったから落ちてしまったのがまずあるけれど、私が見た限り、弟さんはまだ伸びるわ。そしてそれには家での修行の方がいいと思うの。だから、今回落ちたことはきっとマイナスにはならないわ」
「そう、なんですか……?」
「ええ。そして来年、十分な実力をつけてから、学院に入学した方が、将来の道も広く開けるはずよ……そうは言っても、全く合格基準に達しなければ、来年も落とさざるを得ないけれど……あなたの弟さんは、一年間努力を全くしない子なのかしら?」
これは少しばかり喧嘩を売るような言い方だろう、とは分かってはいる。
けれど、ブルードはこういう言い方で意気消沈してしまうタイプではないし、それに弟に対する信頼もあるからこそ、今回のようなことにつながったのだ。
だから大丈夫だと確信していた。
実際ブルードは、
「いいえ。弟はきっと頑張ります。そして来年は、今年の僕よりも魔術が上手くなっています!」
そう言い切った。
私はそれに対して、
「それを聞いて安心したわ。だったら、来年は貴方が先輩になる。弟さんに胸を張れるような、そういう先輩でいられるように、これから頑張りなさいな」
「はい!」
頷いてそう言ったブルードの表情には、もう暗いものや不満そうな感情は見えなかった。
これで大丈夫だろう。
そう思った。
実際、実技授業が終わった後、ブルードは特殊魔力保持者たちのもとへと自分から行き、素直に頭を下げて謝っていた。
自分が間違っていた、と。
八つ当たりをしてごめんなさい、と。
これで生徒間の諍いについてはおしまい、ということでいいだろう。
ただ……。
「やらなきゃならないことがまだ、一つ残っているわね」
*****
「……という、ことがあったのですけれど、どう思われますか?」
初等部部長に与えられた応接室の中で、私はソファに腰掛ける数組の貴族夫妻にゆったりとした口調でそう尋ねた。
今回の問題、その顛末を、個人名をぼかしながら伝えたのだ。
私の言葉に、その夫妻の中の一人、夫の方が、
「い、いえ……その、子供同士のことですし、さほど問題にするようなことではないかと……それに見事にファーレンス夫人がことを収められ、感嘆しております……」
そう言ったので、私は、
「それはそれは。お褒めの言葉をいただき、大変嬉しく思いますわ。ですが……少しばかり困った話を小耳に挟みましたの。どうも今回の問題のそもそもの始まりは、生徒のうちの一人が問題の生徒に、特殊魔力保有者クラスの人間はズルで受かったのだと、そう言ったことにあるようなのです」
「それは……その。大変問題ですな。特殊魔力保有者というものは、見つけ次第確保し、教育を施さなければ危険な存在だというのに。将来のための戦力、という意味でも確保は続けていくべきで……」
他の一人がそう言った。
私はこれに大いに賛同を示し、
「全くその通りですわ! やはり、保護者の皆様方は私の考え、ひいては学院長の考えを深く理解しておいでです。ただ、まさかとは思うのですが、この中に件の台詞を、お子様に吹き込んだ方は……いらっしゃいませんわよね? そのような不見識な考えを、何も分からぬ幼子にあえて吹き込むような方はもちろんいないと確信しているのですけれど。当然、今後、このようなことは二度と起こらないとも思っているのですけれど」
しつこいほどに、ねっとりと言った私に、部屋にいる全員がまるでそういうおもちゃかのように首を縦にブンブンと振ったのを見て、私は満足し、
「……でしたら、構わないのです。ですが、今後同じようなことがあった場合、流石に私も対処をせざるを得ない、ということは分かっていただければと思います。子供に罪はありませんわ。まだまだ五、六歳なのですもの。いくらでも、考えを改めることができます。ですから、そのような場合には、保護者の方が、責任を取ることになる。覚えておいていただけますね?」
まるでそれが死刑宣告であるかのように、冷や汗をだらだら流しながら、おもちゃたちは再度、同じように首を縦に振ったのだった。
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