第105話 ブルード・クラルテ(前)
この国、イストワードの北方を治める武闘派貴族、クラルテ侯爵。
その長男として生まれたのが、ブルード・クラルテだった。
ブルードは今よりもずっと小さな頃から、父であるクラルテ侯爵に、将来は国を守る剣となり盾となる継嗣として、武術も魔術も決して手を抜かずに、死ぬ気で身につけなければならない、と言われて育った。
クラルテ侯爵がブルードに課す義務は常に厳しく、しかし、ブルードは自分以上に父が毎日自らの言うとおりに、死ぬ気で努力しているところを知っていたから、弱音を吐かずに頑張ることができた。
……いや、少しくらいは弱音も吐いたかもしれない。
もう無理だ、とか、泣きながら母のラアルの元へ行ったことも一度や二度ではない。
けれど、最後にはしっかりと父の課した義務を果たしたし、訓練も怠ることはなかった。
その甲斐あってか、貴族としてもかなり早い、四歳の初めに魔力を自覚することが出来たし、魔術も四歳中頃までには小さい火球くらいだけれど、放てるようにまでなっていた。
そのことには厳しい父も、手放しで喜んでくれて、自分の努力は確かに実を結んだのだと思うことが出来た。
ただ、たとえ同じくらいの努力をしたとしても、辿り着くべきところまで辿り着けない者というのはいる。
ブルードにとって、それは弟であるラダートだった。
弟もまた、父から厳しく育てられ、ブルードと同じようにやろうと、一つ下ながらも頑張っていた。
事実、その年齢にしてはそこそこに優秀で、魔術も少しではあるが使えるようにはなった。
ただ、ブルードと比べると、その能力は残念ながら低かった。
それでも、ブルードにとっては大切な弟で、また両親にとっても可愛い子供であることは変わりない。
それに、多少でも魔術を身につけていることは、間違いなく優秀な証であって、ラダートの努力の証明でもあった。
だから、今回の魔術学院初等部試験でも、ブルードはラダートと共に入学できる、と信じて疑わなかった。
少なくとも、実際に試験会場で他の受験生たちの力を見るまでは。
魔術師というのは数が少なく、そう簡単になれるものではない。
ましてや、五歳や六歳ともなれば、ほとんど魔力など自覚できることもないのが普通なのだ。
それなのに、その受験会場には驚くほどの実力者たちがたくさんいることに度肝を抜かれた。
もちろん、ブルード自身もその実力者たちに入れるくらいの力はあったのだが、問題はラダートのことだった。
ラダートはこの中で比べてみると……少しばかり力が足りない。
そう思ってしまうくらいの力しか、まだなかった。
そう、まだ、なのだ。
もう少し時間があれば、きっと十分な実力がつくはずだ。
少なくとも、これが限界だということはない。
けれど、今回は……。
ブルードの冷静な部分が、ラダートの受験は厳しい、と教えていた。
しかし顔を輝かせてこの学院に通った後のことを語るラダートに、そのことについて語れることはなかった。
そして、試験は終わり、ブルードは合格し、ラダートは落ちた。
ラダートはがっくりとしていたが、彼もまた、自分に対する厳しさを父より教えられた男である。
しっかりと結果を受け止めて、兄であるブルードに頑張ってと、そして来年は必ず後輩になると言った。
だから、結果自体に文句はない、そのつもりだったが、入学後知ったのは、特殊魔力保有者、というのはほとんど無試験に近い形で、才能のみを基準として入学を許可された、ということだった。
説明会などでもそのことについてはある程度聞いてはいたけれど、保護者向けのものだったため、ブルードにはいささか難しい内容で、詳しくは理解していなかった。
けれど、学院内で、親からの聞きかじりなどの話をしてくる同級生などがいて、ブルードにも理解しやすい、あれは贔屓なのだ、という言葉が心に残った。
気づけばブルードは、その特殊魔力保有者が集うクラスに、ほとんど殴り込みのような形で駆けていて、文句を言っていた。
こんなことを言ったところで何にもならないことはわかっていた。
それでも言わずにはいられなかった。
弟は確かに頑張っていた、お前たちよりもずっと頑張っていた、実際魔術はお前たちよりも使えていたんだと。
そう思って。
言いながら、何かが間違っている、ということを感じつつも、激情が止まらなかった。
言いたいことを言い、そして相手の生徒たちの中で、妙に迫力のある女生徒が何か魔術を使おうとしたあたりで、静かに観察していた貴婦人が止めに入った。
そのことに少しの不満を覚えつつも、心の深いところでは感謝していたように思う。
それに、この学院に入る際に、母から夢見心地、と言った瞳をしながら語られたのは、この学院初等部の部長を務めるエレイン様は、貴婦人の見本であり、かつ様々な研究や業績をあげていらっしゃる女傑でもあり、彼女の茶会に招かれることはこの国でも一二を争う名誉なのだ、と言われていた。
だから、あの方に粗相のないようにね、とも。
その一言を言うときだけ、少し震えるようだったのは、エレインの恐ろしい部分も母は知っていたからなのだろう。
エレインと対面して、ブルードはその存在に、逆らってはいけない人間というのは本当にいるのだな、と察した。
しかしそれと同時に、この世のものとは思えないような美しさと包み込むような優しさも感じられて、目が離せなくなり、そして気付いたら、今度の授業でブルードを納得させる、と言う話になっていて、それには頷かざるを得なかった。
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