第103話 杖への疑念
「そ、そんなことどうやって!?」
余程驚いたらしい。
我がクラスで最も自信のなさそうな表情をしていた生徒ーー確かレベリオ・サイスーーが珍しく自分から声を上げた。
ただ、叫んだ後に自分がそうした、ということに気づいたようで、すぐに顔を赤くして、
「す、すみません……ごめんなさい……」
と謝り出した。
これもまた、自信の無さがそうさせるのだろう。
彼の家族が、親族が、知人がそうさせたのだ。
しかしこの学院に来たからにはそんな萎縮などする必要はないのだ。
私は可能な限り優しく聞こえる声で言う。
「いいえ、レベリオ。今の貴方はよかったわ。この学院で過ごすのに最も大事なことは、知らないことを知ろうとする心よ。貴方はそれをたった今、示したのだもの。褒めはすれ、怒ったり罵ったりすることはないから、安心してね」
「ファーレンス先生……!」
レベリオは顔を上げて、瞳を輝かせたのでどうやら励ますのに成功したらしい、とそれで理解する。
しかし、ファーレンス先生、と呼ばれて、少しだけ違和感があった。
どうやらそれはジークとイリーナ以外の生徒も同じようで、あぁ、そうか、と思う。
名前が重いのだろう。
ファーレンスとは公爵家の名前だ。
それを一々意識することはたとえ五、六歳の子供であっても負担だろう。
全く気にしないでいられる者もいないではなさそうだ、というのはこのクラスでも一人だけ、飄々としている生徒がいることから分かるが、大抵は気にする。
それを理解した私は、レベリオに、そして皆に向かって言う。
「ファーレンス先生、だとちょっと親しみが湧かないかもしれないから、これからは私のことはエレイン先生、と呼びなさい。いいわね?」
こっちなら市井にもよくある名前であるから特に恐れ多い、とかはないだろう。
生徒たちは顔を見合わせ、少し悩んだようだが、最後には声を合わせて、
『わかりました! エレイン先生!』
と言ったので大丈夫なはずだ。
それから、私は魔道具の方の説明に移る。
「さて、それじゃあ杖のことだけれど、これはさっきも言った通り、貴方たちでも通常属性魔術を限定的に使えるようになるものよ。使い方はさほど難しくなくて、魔力を杖に込めるだけ……なのだけれど、ただこの一歩が貴方たちにとって最初の関門になるわ」
「それってどういうことですか?」
レベリオが今度は萎縮せず、普通に尋ねてきた。
私は答える。
「通常属性魔術を使う魔術師たちは、体外に魔力を放出することがとても簡単に出来るの。だからそれこそ、五、六歳でもある程度の魔術を使いこなす子は珍しくないわ。初等部に入った子たちは皆使えるしね。でも、貴方たち特殊属性魔力を使う魔術師は、この体外に魔力を放出するのが難しいの。一度出来てしまえばその後は通常属性魔術師と同じなのだけれど、そこまでがね。だから、その練習のためにこの杖を使ってもらう、と言う感じになるわ」
「……でも、本当にこれで通常属性魔術が使えるのかな……?」
レベリオではない生徒……ファーレンスの名前にも、と言うかあのブルードが怒鳴っていたときにも、どこか飄々としていた生徒ーーマルクラール・ノベルーーが、独り言のようにそう言った。
一瞬、全員の声が静まった瞬間を縫うように呟かれたので、生徒全員が彼に注目してしまったくらい、響いた。
ただ注目された彼自身は、やはり特段焦ることもなく、ぼんやりとしている。
けれどその瞳は、私にまっすぐ向けられていた。
本当なの、と聞いているようで、これに答えないわけには行かないなと思う。
私はジークに視線を向ける。
「……僕は大丈夫です、エレイン先生」
彼がそう言ったので、私は皆に言う。
「この杖の効果について、疑う気持ちも分かるわ。ただ、後で、いくら使おうとしても発動しない、それは杖のせいなんじゃないか、なんて皆が思ってしまったら問題だから……ジークハルトに実演してもらう」
「でも、彼も魔力を体の外に出すのは難しいんじゃ?」
マルクラールがそう言ったので、私はジークについて少し話す。
「皆も名前ですでに分かっているとは思うけれど、改めて言っておくと、彼は私の息子でね。特殊属性魔力の研究に協力してもらっているの。だから、すでにある程度、特殊属性魔力を使うことができるのよ」
私の言葉の説得力を高めようと思ったのか、ジークは自らの影を伸ばして、杖を影に掴ませ、縦横無尽に動かさせた。
特殊属性魔力は他人に見せない方がいいのだが、しかしこのクラスの中においてはそうは言っていられない。
基本的な部分についてはお互いに見せざるを得ない。
自分独自の工夫や奥の手のようなものについては隠す、と言う方針で行くのがいいだろう。
これは通常属性魔術でも同じようなものだ。
つまり今、ジークが見せたものは、彼の魔術の最も簡単な技法に過ぎない。
けれど、生徒たちに与えた影響は大きかった。
彼らはすでに先んじているらしいジークに目を輝かせる。
嫉妬などに転化する可能性もあったが、そんなことにはならなかったのでよかった。
私は続ける。
「それじゃあジーク。その杖を自分の手で持って、魔力を注いでみなさい。先の方を、向こうにある的に向けて……そうよ。今!」
私の指示に従って杖を持ち、魔力を注いでいくジーク。
十分な魔力が注がれる一歩手前で合図すると、杖の先に掌大の火の玉が出現し、そして射出されたのだった。
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