第102話 実技
ブルードが次の授業を受けるために去っていき、そして教室には私のクラスの生徒たちだけとなった。
これで通常通り授業が進められる……と思いたかったが、ブルードの指摘や文句によって、このクラスの生徒たちは大分意気消沈していた。
ブルードに言われたことが思った以上に堪えたらしかった。
それも当然だ。
このクラスに所属している者は、性質として皆、自信がない者ばかりだからだ。
ジークとイリーナに関しては別だが、他の生徒たちは自分の能力に自信が持てない。
なぜかと言えば、今までずっと家族や近しい者たちから《無能》の謗りを受けてきた者たちだからだ。
魔力は、ある。
しかしながらそれを使える技術、適性がない。
だから無能だ。
それを家族や近しい者たちから言われ続けるほど辛いことはない。
その気持ちは、私にも良くわかった。
実家でそのような扱いを受けたからだ。
それでも私は自らの努力で実力を証明しようと頑張ったが……最終的にはどうにもならなかった。
結果が、前の時のあの惨状だ。
まぁ、ある意味では成功したとも言えるのだが、全体的に見ればやはり失敗、という他ないだろう。
ああいうやり方で何かを達成しようとすれば、いずれどこかに必ずしわ寄せが来る、ということなのだと今は思っている。
このクラスの生徒たちには、昔の私のようなことにはなって欲しくない。
いずれ特殊属性魔力を使いこなせれば、それくらいのことが出来るくらいの能力をこのクラスの生徒たちは持っているのだから余計に。
真っ当な道を歩めば、必ず光を浴びる日が来る。
私はそのための最初の光になりたいと思う。
だからこそ、暗く落ち込んでいる彼らに言う。
「次の授業は《魔術理論》……なのだけど、この様子だとみんな、とてもじゃないけど身が入らなそうね。だから、少し予定を変えて、違うことをします。幸い、初等部のこのクラスの《魔術理論》は私が担当だから、融通が利くわ」
すると、生徒たちが首を傾げる。
イリーナがそんなみんなを代表するように立ち上がり、尋ねた。
「何をするんですか?」
「イリーナやジークは別だけれど、このクラスの他の皆はまだ、魔術を一度も使ったことがないでしょう? だから、さっきのブルードの言葉が忘れられない。そんなところじゃないかしら」
私の言葉に生徒たちは、ハッとする。
確かにそうだ、と思ったのだろう。
私は続ける。
「でも、みんなは正当な試験でもってこの学院に入学したのよ。このことは、貴方たちの能力を学院が高く評価したということに他ならない。だから、ブルードの指摘は本来的外れ……なのだけれど。やっぱりそれでも何かしこりを感じるのも理解できるわ。だからね、皆に、魔術を使ってもらおうと思うの」
そう言って笑いかけた私に、
「えっ……?」
困惑が、クラス中に広がった。
*****
「さて、と。皆のところに杖は行き渡ったかしら?」
教室から出て、魔術実技場に皆でやってきた。
生徒たちは先ほどまで着ていた魔術学院の制服のローブ姿ではなく、実技に見合った動きやすいぴっちりとした魔闘装束を纏っている。
魔闘装束はローブに並んで魔術師が身に着ける装備の一つで、動きやすさや汚れにくさもさることながら、様々なギミックをそれぞれが組み込んでカスタマイズすることも出来る優れものだ。
高機動が要求されるような役割を任された時に威力を発揮するもので、魔法戦士系は常に身につけている。
ただ、学者系にはローブの方が着脱しやすいこともあって滅多に着られることはない。
私もあまり着ないが、それは学者系だから、というより体の線が非常に出やすいため、周りの目があるところで公爵夫人が着るのはちょっと、と言うのもあった。
ただ、極めて高機能な装備であるため、服の下に直接着られるような薄手のものを目下開発中ではある。
それで試作品を作っている最中にキュレーヌに見せることになったのだが、その際に、これを実技授業の時に生徒たちに着させれば事故が減りそうだ、という話に発展したこともあって、今、初等部の生徒たちはそれを身につけているわけだ。
学院生徒用に安全対策をたくさん盛っているため、その他の機能についてはそこまでではないが、その辺りは実戦をするわけではないのでいいはずだ。
それにまだまだ研究開発の途中であるので、徐々に機能は優れたものになっていく予定である。
中等部、高等部の者たち用のものも納入できれば、我らがウェンズ商会はさらに規模を大きなものへとしていくことが出来るだろう。
いずれは国軍などにもシェアを広めていき、独占的な商売へと発展させたい。
こう言うことを考えていると賄賂とか癒着とかもガンガンしていきたくなるが、法が許すところまではやるとしても、前の時のように違法なことに手を出すつもりはない。
あくまでも、正攻法だ。
まぁ、そんなわけで、生徒たちは今、しっかりと運動できる格好なのだった。
そんな彼らに手渡した杖もまた、ウェンズ商会謹製のもので《魔塔》との共同開発品なのだが……。
「母上……じゃなかった、ファーレンス先生。この杖って、何なのですか……?」
ジークがそう尋ねてくる。
学院にいるときは母ではなく先生もしくは教授です、と言ってあるから自ら訂正したのは偉かった。
私は彼の質問に答える。
ジークだけに言う形ではなく、クラス全員に伝える言い方で。
「この杖は、特別な作り方がされているの。それによって、貴方たち特殊魔力保持者であっても、通常属性魔術を限定的に使うことを可能とするものよ」
生徒たちはその言葉に目を見開いた。
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