第101話 落とし所
イリーナはそのまま魔術を発現させるべく、魔力を集約し始める。
しかし流石にこのまま放置はできない。
私はイリーナのもとに集まりつつあった魔力を遮断し、それから生徒たちに言う。
「……その辺でやめておきなさい」
すると生徒たちは私を見て、納得できないような表情を浮かべた。
まぁ、それは当然だろう。
ただ止めただけで蟠りは一切なくなっていないのだから。
特にブルードは勝ち誇ったような顔で、
「ほら見ろ! 使えるって、使えないじゃないか!」
と、イリーナに言う。
イリーナは、
「今のは……!」
と反論しようとしたが、このまま生徒同士で言い合いさせるのも不毛だと私の方から説明する。
「イリーナは確かに魔術を使おうとしたわ」
「え、でも……」
と、ブルードは不服そうな顔で私を見る。
特殊属性魔力保有者クラスの面々にするようなものではなく、自分より格上の肉食獣に草食獣が見せるような表情だ。
私はいわゆる特殊属性魔力保有者、ではないから私の力量をブルードは感じているのだろう。
隠すこともできるが生徒たちから舐められるのは色々な意味でやりにくくなるから、私は学院内においてはある程度力を解放している。
これは他の教授たちもそうだ。
もちろん、全力ではなく一割程度だが。
でなければ子供たちは気絶してしまうから。
それでも、今のブルードくらいの実力だと数十倍にも数百倍にも感じるはずだった。
事実、彼は本能的に私には勝てないと思っている。
だからこそのこの表情だった。
私は彼に言う。
「実際にはイリーナの魔術は発動しなかった。そう言いたいのね?」
「そうです」
「ではあなたは魔術を使えるということでいいのね? 今、私に向けてでいいわ。使ってみなさい」
「え、いいんですか?」
「今だけ、許可します」
「分かりました……え? あれっ?」
使おうとして魔力を集めてみたが、全く魔力それ自体が集まらないことにブルードはそれで気づく。
魔術を使うには、基本的に体内魔力と体外に存在する自然魔力を取り込んで使うことになる。
そして自然魔力を集約するのは魔術師にとって呼吸にも似た意識せずともできるような作業であるが、周りに魔力がなければ当然、そんなことはできない。
そして魔力それ自体について操る術を身につけた者は、他人の魔術の発動を、そもそも魔力の集約からして阻害できる。
体内魔力だけでも発動させることはできるが、覚えたて、くらいの者だとなかなか簡単なことではない。
少なくとも、体内魔力と体外魔力をしっかりと自分で峻別できるようにならなければ。
そしてここにいる生徒たちにそんなことができるはずもなかった。
これはイリーナも同様だ。
「魔術、使えたかしら?」
私の質問にブルードは口を引き結ぶ。
魔術が使えなければ学院にいる資格なし、みたいなことを言っていたのだからこの状況は彼にとっては非常に問題だろうから当然と言えば当然だ。
けれど、ブルードはこのクラスの者を糾弾しているが、その意見自体はむしろ正論と言っていい。
つまり正義感や遵法意識のようなものが強いわけで、だからこそ自分についてもその考えが適用されるらしかった。
苦々しげな顔で悩んではいたが、最後には、
「……使えません」
と言った。
よく言ったものだと思う。
だからと言うわけではないが、私は種明かしをする。
「ごめんなさいね。今のは、私がそうしたのよ」
「えっ?」
「特別な方法で、魔術を使えないようにしたの。だから、この場にいるみんなは、私以外は誰も使えないわ。流石にサロモン教授やキュレーヌ学院長くらいになれば違うでしょうけれど」
それに他の教授たちだとて、気づけばすぐに対策してくるだろう。
それくらいには学院教授たちは優秀だからだ。
けれど、ブルードは信じられなかったらしい。
「そんな……そんなこと、父上も母上もできないのに……」
貴族、というのはその多くが魔術師だ。
少なくとも、爵位を持っている者と、その配偶者は。
そうでない者も全くいない、と言うわけではないが、少数派である。
したがってブルードの両親も魔術師で、ブルードに独自に魔術の教育を施してきただろうことは間違いない。
けれどその両親もこの手法については使えなかったわけだ。
これもまた、仕方がないところではある。
私は言う。
「かなり特殊な方法だからね。他の皆の中に、受けたことがある人はいる?」
全体に尋ねてみるが、誰一人として手を上げる者はいなかった。
この技術を使うには魔力に対する深い認識が必要で、それは《魔塔》の研究者レベルになってくる。
カンデラリオは間違いなく使えると、その下についている研究者たちも使えるだろう。
しかし、通常の魔術師であれば、貴族であっても難しい。
有用性が低い、ということもあるだろう。
魔術師の戦いは基本的に遠距離戦だ。
けれどこの技法が通じるのは大体、この部屋一つ分程度。
近接戦をするつもりでなければそれほどの意味はないし、使っている間はかなりの集中が必要になる。
「……とまぁ、これくらい珍しいことなのよ。イリーナもびっくりしたかしら?」
「いいえ。でも、止められてしまったから、ブルードに私の力を見せられませんでした……」
「貴女の力は六歳の子供相手に使うには破壊力があり過ぎるのよ。けど、ブルードも実際に見ないと特殊魔力保持者であることの意味が理解できないのも確かかもしれないわね。一応、以前にサロモン先生が見せていると思うけれど、あれじゃ納得できないの?」
一応聞いてみるが、ブルードは、
「あれは大人の古貴種の人だからすごいだけじゃないですか」
と口を尖らせて言ったので、彼的にはやはり、子供が、しかもこのクラスの者が使って見せないと納得しかねるらしかった。
「……まぁ、気持ちはわからないでもないわ。そういうことなら……そうね。今ここで、というのもなんだし、今度、魔術実技の授業があるでしょう? その時に、ということでどうかしら」
これにブルードは微妙な表情だったが、子供ながらにこの辺りが落とし所かとでも思ったのかもしれない。
仕方なそうに頷いて、
「……分かりました」
と言ったのだった。
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