第100話 生徒の本心
初等部を始めて私が悩んだというか、心配していたのは、そもそもの子供達の扱いだった。
もちろん、ここは《魔術学院》なのであるから、学問を教える、と言うのがまず第一であるのは間違いない。
しかしながら、五歳から十歳ほどの年齢の子供を通わせるとなると、それ以外にも教えなければならないことがある。
人として必要なもの、基本的な教養や道徳といったものも教えていかなければならない。
魔術だけ教えていけばいいなんてものではないのだ。
そしてだからこそ、不安なところがあった。
と言うのは、私にはある程度の子育ての経験があるのは確かだけれども、前の時の子育てはかなり特殊なやり方ばかりだったからだ。
前の時は私の、というかファーレンス家の持てる権力の全てを使い、財力も惜しむことなく費やした上で、ひたすらに甘やかし尽くした育て方をしたのだから、当然である。
しかし、そのような育て方は学院生徒にできる訳もない。
やったところで教養や道徳がつくわけでもない。
こういってなんだが、戦乱の時代や権謀術数からひたすらに身を守り、また自分が落ち目にならないために敵を見つけて攻撃し続けなければならないような状況であるならともかく、平時においては若干苛烈すぎる人格に育つことは証明済だ。
リリーは言わずもがなだし、比較的、兄弟の中でも穏やかな方だったジークすら親友を手にかけてすら涙一つ見せず、むしろ哄笑を上げるような性格をしていたのだ。
魔術学院初等部、第一期特殊魔力保有クラス十人を全員そんな性格にするわけには流石にいかない。
彼らが長じた時、この国が戦乱と炎で満ちる事になってしまうだろうから。
だからこそ、どうクラスを運営していくべきかは難しいところなのだが、その辺りについてはキュレーヌやサロモンとも相談して決めてはいた。
その結論として、まずは、クラス融和というか、生徒たちを仲良く育てるところからだろう。
今の世の中を見るとよくわかるのだが、各国や各種族たち、各組織が複雑にいがみ合い、常に喧嘩を続けているような常態にあることは誰もが知っていることだろう。
そのそもそもの原因はなにかと言えば、端的に言うと仲が悪い、これに尽きる。
思想が、とか見た目が、とか力が、とか色々細かいことは言えるが、その辺りに違いがあっても仲良くできないと言うわけではないのだ。
にもかかわらず仲良くしないのは、ただのわがままだ。
子供の頃に、うまく付き合えなかった相手はただひたすらに非難し、排除すればそれでいい、と、その感覚が大人になっても続いているのだ。
そのため、このクラスにおいては最初から仲良くしてもらうのだ……。
もちろん、無理を言うつもりはない。
人間、好みというものがあるから、どうしても仲良くなれない相手というのはいるだろう。
ただその場合はお互いに喧嘩を売り合う状態にまで発展させるのではなく、距離をある程度保つ、ということを覚えてもらいたいと思った。
そうすれば争わずに済むだろう。
余裕があれば、相手の気持ちも考えて、納得はできないまでも尊重する。
それが理想だ。
そう思ったのに……。
「……お前たちはズルをして入ったんだ! 魔術を使えないのに! うちの弟は魔術が使えるのにまだ弱いからって落とされたんだぞ!」
教室内にそんな声が響く。
誰が言ったのかと言えば、うちのクラスの生徒ではなく、他のクラスから遠征してきた生徒だ。
六歳くらいだろうが、その体型は少しばかり肥満気味で、本来金色であろう髪も少し色が燻んでいる。
あれは確か、クラルテ侯爵の長男であるブルードだった記憶がある。
クラルテ侯爵夫人から自慢されたことが数回あるが、それにしては実際に対面させてもらえなかった少年であった。
なぜなのか、と思っていたが、実際に見てみると分かる気はする。
少しばかり太ましい感じはしないでもないが、滑舌ははっきりしていて声も通る張りのあるものだ。
しかしながら若干、短気なようではあった。
侯爵夫人の話から想像する彼はもっとほっそりとしていて冷静なタイプだったのだが、あれは夫人の願望だったのだろう。
もっと真っ直ぐ子供と向き合うべきだと思ったが、今はそんなことを考えている場合ではないか。
ブルードが憎々しげな目で睨んで、文句を言っている相手は、一人ではなく、この特殊魔力保持者クラスの全員に対してのようだった。
ちょうど先ほど、連絡事項を伝え終わって、次の授業の説明を行うために移動する準備をするために設けられた休み時間に入っていた。
その間にブルードがやってきたのだ。
「誰もズルなんてしてない!」
ブルードにそう言い返したのは、我が息子であるジークだった。
勇ましい事にクラスの生徒たちを守るように一番前に立ってのことだったが、ジークは将来的には結構な長身になるのだが、今の彼はどちらかと言えば小さい方だ。
だから体の大きいブルードの前だと少しばかり見劣りがする。
ブルードも小さい相手には余計強気になるようで、
「ズルをしてない? 誰も魔術を使えないんだろ? あの変な機械に繋がれただけじゃないか! そんなのはいけないんだぞ!」
ただ腹立ちを解消しにやってきたのかと思っていたが、その言葉で彼なりの正義感の故からだ、ということも察せられる。
教室の外を見てみると、他のクラスの生徒もそこにはいた。
その彼らも、控えめにではあるがブルードの主張に同意を示しているように見え、なるほど、保護者たちは納得していたが、むしろ生徒たちの方ではいまいち納得が行っていなかったのだ、とそこで理解した。
「……それは……」
そこでジークが自分は使える、と言えばよかったのだが、他の生徒たちはイリーナの他はおそらくまだ魔術を使えない、という事実に思い当たったのだろう。
なんとも言えずに口をつぐんだところで、ブルードが、
「ほら見ろ! 俺たちは魔術が使えるから入れたんだ。それなのに、そうじゃないのに受かったらおかしいだろ? そんなの変だ!」
才能があるから入っているので変ではないのだが、才能そのものを測ったと言われてもまだ納得しかねるのだろう。
ここで私が仲裁に入ってもよかったが、そこで他に動く者がいたので少し観察してみる事にする。
みんな仲良く、を掲げるつもりだったが……一度彼らの価値観をしっかり把握しないとそれは難しいと思ってのことだった。
前に出たのはイリーナだった。
「……魔術を使える者は、います」
「誰だよ」
「私がそうです」
はっきりとそう言った。
読んでいただきありがとうございます。
ついに百話です!休まず続けられてよかったー。
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