第10話 しっぽ
「……村長? 私たちに用があると……っ!?」
村長の家で、テロスが呼んでくれた村の者たちが来るのを待っていると、一人の女性が扉から顔を出してそう言った。
初めのうちは普段通りの態度でテロスにものを尋ねるつもりだったようだが、いつもテロスがいるであろう席に私が座っているのを見て目を見開き、体を固くした。
それから、
「も、申し訳ありません、お貴族さま。私、てっきりここに村長がいると思って……どうぞ罰するのは私だけに……」
と平身低頭しだした。
これは別に私が我儘公爵夫人だから、というわけではなく、単純に貴族に対してのものだろう。
大きな街ならともかく、これくらいの村の村人が貴族と接することなど一生に一度あるかどうか、というくらいである。
そのため、貴族という存在に対する常識というのがかなり偏っている。
少なくとも、関わってもいいことはない、という感覚は皆あって、だからこそのこの態度だというわけだ。
そしてその感覚は概ね間違ってはいない。
まともな貴族もそれなりにいるのだが、気を付けておいた方がいいのは確かだからだ。
下手に扱って切り殺されてはたまったものではないだろう。
もちろん、私はそんなことはしないので、言う。
「罰したりなんてしないから、頭を上げて。それからこちらに」
「ほ、本当でしょうか……?」
「もちろんよ。そもそも、今回あなたたちを呼んでほしいと頼んだのは私なのよ。それで、ええと、来てくれたのはあなただけかしら……?」
「ああ、いえ。ほら、皆も中に……」
彼女が入ってきた後、扉のそとに促すと、そこからゾロゾロと村人たちが入ってくる。
最初に入ってきたのは五歳くらいの小さな女の子で、すぐに女性の足元にしがみついた。
彼女の子供なのだろう。
それから、壮年の狩人と思しき男性、農家の夫婦と続く。
私が大体こんな仕事をしている人に、と頼んだ通りの属性だ。
狩人の男は視線鋭くこちらを見つめていて、あまり物怖じはしておらず、農家の夫婦は反対にのほほんとした感じで、ニコニコとして肩の力が抜けている。
最初に入ってきた若い女性が一番緊張しているかな。
子供も、母親につられて緊張してしまっている感じだろうか。
これでは困る、と思った私は、ワルターに視線を向ける。
するとワルターが懐から何かを取り出し、私に手渡した。
私は立ち上がり、子供のところまで行って、膝立ちになって視線を合わせつつ、
「……急に呼び出したりしてごめんね。私はみんなとお話ししたくて呼んだの。だから、怖がらないで」
そうするとさらにギュッと母親の服を掴んだので、母親の方が、
「ルカ、ほら……」
と促す。
それでやっとルカは、
「……お話し……ルカも?」
と答えてくれたので、私は笑顔で頷き、
「そうよ。でも、ルカちゃんには無理にとは言わないわ。もし退屈だったら、これを食べながら、お母さんの隣で待ってくれていてもいいから」
カラカラと音を立てる、小さな瓶に三つほど飴の入ったものを手渡す。
ルカは困惑したような表情をしていたが、母親を見て、彼女が頷いたのを確認すると、受け取る。
「……これはなあに?」
「最近、領都で流行っているお菓子なんだけど、口に入れて舐めていると甘くて美味しいの。溶けるのに時間がかかるから、長く楽しめるわ。退屈も吹き飛ぶくらい」
言われて、半信半疑な顔で飴を一つ口に入れると、味が分かったのか、
「……そうなんだ……わぁ、美味しい! ありがとう!」
と言ってくれたので、少し場の空気が弛緩したところで、
「どういたしまして……じゃあ、皆さんも、席に座ってくださるかしら」
そう言うと、さっきまで若干怯えた表情だった村人たちが困惑した表情でそれぞれ席に腰掛けたのだった。
◆◆◆◆◆
「今日お呼びしたのは、皆さんお聞きしたいことがあったからなの」
早速用件から入った私に、狩人の男が恐れずに尋ねる。
「……そいつは一体なんでしょうか? あんまりメンバーに統一がないようですが」
「最近、この村では農作物が獣害に遭っているでしょう? それについてよ」
すると狩人の男と農家の夫婦は納得したように頷いた。
最初に入ってきた母娘の方は、私たちいるかな、という顔をしているが、とりあえずはまだいい。
「俺を呼んだのは、どんな獣に襲われたか聞きたいってところですか?」
「そうね。森鹿や鬼鼠だろう、と村長が言っていたのだけど……」
そういうと、狩人の男は村長を責めるような視線で見て、
「村長。あれは森鹿じゃねぇって言ったじゃないですか」
と言ったので、私は男に尋ねる。
「というと?」
「あぁ……ええと、貴婦人の方は知らないかと思うんですが、森鹿はですね。跳躍力があるんですよ。ですから、森鹿が今回のことをやったのなら……」
と、そこまで言ったところで私にも予想がついた。
「柵があんな壊れ方をしているはずがない、ってことね」
「……!? まさにそうです。へぇ、すでに畑をご覧に?」
「ええ。見せてもらったわ。私も貴方と同じことを思った……」
「そうですかい。じゃあ、鬼鼠の方も?」
「そっちはね……ちょっとルカちゃんに聞きたくて」
視線を向けると、カラカラと美味しそうに飴を舐めていたのでちょっと気が引けたが、母親が、
「る、ルカ。ほら」
と促すと、機嫌良さげにこちらに顔を向けて、
「なあに?」
と言ってくれたので、尋ねる。
「最近、鬼鼠のしっぽは拾った?」
この質問について村長は首を傾げたが、それ以外の村人はなるほど、という表情をした。
私の質問にルカは、
「あんまり。ガイムとジャスタが畑でいつも集めてるんだけど、最近あんまり落ちてないんだって」
これに狩人の男が腕組みをして難しい表情で、
「うーむ。そういうことなら、鬼鼠でもねぇですか……」
と言った。
「そういうことでしょうね」
「でも、森鹿でも鬼鼠でもないとなると……小森狼あたりか? いや、でもあの柵の壊れ方はなぁ……」
と、話しこみかけたところで、テロスが、
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんでそんなことが分かるんですか? エレインさま」
と尋ねてきた。
私はこれに答える。
「テロス、貴方、小さな頃は街にいたでしょう?」
「え? そ、そうですが……なんでお分かりに?」
「服装が少し前の領都の流行だし、口調も都会なまりだからね。それに、貴方は鬼鼠のしっぽについて知らないみたいだし」
「鬼鼠のしっぽが一体なんだというのですか……?」
これには狩人の男が答えた。
「ありゃ、村の子供のいい遊び道具なんだよ。鬼鼠は身の危険を感じるとしっぽだけ落ちるんだ。すぐにまた生えてくるみたいなんだが、肝心なのはこの尻尾が力を入れるとちょっと伸びるってことだな。そこまで丈夫じゃねぇから加工品には使いにくいが、両端を二人で掴んで、切れるまで引っ張る、なんていう遊びを村の子供はよくする。俺たちも小さい頃はよくやった」
これにはルカの母親も、農家夫婦も懐かしげに頷いていた。
ただテロスは子供の頃は都会住みだったから知らなかったわけだ。
「……でもそれが一体……」
まだ首を傾げているテロスに私は言う。
「つまり、いっぱい鬼鼠が畑に来てるなら、たくさんしっぽが落ちているのが普通なのよ。特にここのところは見回りもしていたでしょう? それなら、驚いてしっぽを落とす鬼鼠もたくさんいたはず。でも、ルカの話によれば、しっぽはあんまり落ちていない」
「つまり、鬼鼠はあんまり来てねぇってことだよ」
狩人の男が結論を言ってくれた。
「で、では一体何があれほど畑を荒らしたと……? 森鹿でも、鬼鼠でも、小森狼でもないとなると……」
「確実ではないけれど、予想はついているわ」
「それは……?」
「もちろん……」
ーー魔物よ。
私の言葉に、村人たちは息を呑んだ。
読んでいただきありがとうございます!
もう流石に総合一位狙いは無理そうです……。
ただこつこつ頑張っていくつもりなのでこれからもどうぞよろしくお願いします!
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