第1話 プロローグ
一にも二にも、家柄や富、権力が大事であって、それ以外のものは二の次三の次にしてきた。
それこそがファーレンス公爵家の公爵夫人である私、エレイン・ファーレンスだった。
それでも夫に対する好意や子供たちに対する愛情はないではなかったし、だからこそ、彼らが私の大事にするものを確かに手に出来るようにと考えて様々なことをやった。
たとえば、長男は貴族として出世できるようにと様々な高位貴族たちと繋がりを持たせるため、賄賂を送り、弱みを握り、時には自らの美貌も使って手練手管を駆使して手懐けた。
長女は王家へと嫁げるように小さな頃から王子たちと遊ばせ、そして子供たちの好意をうまく操り、長女と結婚したいと王子たちに言わせるように仕組んだ。
次男は剣士として大成したいという希望を持っていたから、名の知れた剣士や武術家に直々に指南をしてもらえるように、捜索にかけたお金はとてつもなく多大だ。
次女は魔術師として稀有な才能を持っていたから、いずれは宮廷魔術師長に上がり、末は魔法学園の学園長へと進めるよう、様々な学閥への心づけも欠かさなかった。
どれも悪いことではないだろう。
母親として、公爵夫人として、実に普通で愛情深い行為ではないかと思う。
……心からそう思っていた。
けれど今、私はその宗旨について変えざるを得ない事態に直面していた。
「お母様……もはや、お諦めください」
燃え盛る屋敷の中で、杖を構えながら凛とした表情でこちらを見つめるのは、私の次女、リリーだ。
強力な魔術を身につけ、私の期待通り、次期宮廷魔術士として育った彼女は、なぜか私に対してその武器である魔杖を向けている。
私はリリーに言う。
「な、何を諦めるというの。私が何をしたと……」
言いながら自分の声がだいぶ引きつっていることを自覚する。
確かにもう諦めるべきだということは分かっている。
けれど、ここまでやってきた私のプライドが、今更自分の過ちを認めるなどということを認めないのだ。
リリーはそんな私を悲しげな瞳で見つめる。
親を見る目ではない。
ただの犯罪者を見る目だ……。
「何をしたか、一番わかっておられるのはお母様。貴方です。もうお父様は処刑されましたよ。お兄様たちも……。残っているのは、お母様と……私だけです」
「な、なら! 二人で逃げましょう! 隣国のレダート聖国に行けば、きっと匿ってくれるわ! あの国には、私の母方の実家があるから……」
往生際悪くそう言った私に、リリーは首を横に振る。
「あの国は《穢れた》我が家を受け入れてなどくれませんよ……。もういいではないですか、お母様。この赤く燃える屋敷を見ればお分かりでしょう? もはや我が家はどうやっても挽回できないところまできてしまったのです。それを受け入れて、最後くらいはすっきりと消えましょう」
言いながら、リリーの魔杖の先に強力な魔力が集約していく。
私もこの国ではかなり高位の魔術師だが、リリーには遠く及ばない。
彼女は一人で金王級の魔物すらも倒し切ることが出来る英雄クラスの腕を持っている。
精々が金士級の魔物くらいしか相手にできない私には、どうやっても……。
「さぁ、おさらばです、お母様。ご心配は無用です。私も後で追いますし、一撃で、痛みなく葬って差し上げますから……それによって、王家の挿げ替え、国家転覆を狙った我が家の罪も雪がれ、そして全てが忘れ去られるのです……」
「やめ……やめてっ……!」
叫ぶように言った私。
だけれど、リリーはそんな言葉など聞こえないと、その魔杖の先から強力無比な、存在消滅魔術を放った。
宮廷魔術師どころか、魔術を極めきった英雄にしか使えないと言われるそれを、よりによって母親の私に……。
あぁ、ここで死ぬのか。
流石の私もそう悟らざるを得なかった。
そして悟ってしまえば……。
全ての後悔を素直にすることができた。
私は間違っていた。
国家転覆まで狙ったファーレンス公爵家。
その罪の始まりは、全て私にあるのだから。
家族全員を死に追いやり、実の娘であるリリーにその尻拭いをさせる羽目になったのは、私が望むべきでないもの全てを望んでしまったから。
あぁ、こんなことになるのなら。
こんなことになるのなら……もっと慎ましやかに、幸せに生きていけるように努力すべきだった。
しかし、そんな後悔をするにはあまりにも遅すぎた。
最後の後悔をする私の存在は、そうしてリリーの魔術によって完全に消滅した。
……そのはずだった。
◆◆◆◆◆
……?
いた、い……。
お腹が……下腹部が、死ぬほど、痛い……!
これ、一体何なの……こんなこと、人生でも四度ほどしか……!!
そう思った瞬間、ぱっと、目の前の視界が開けた。
「頑張れ! エレイン! もう少し、もう少しだ……! 治癒術師も、産婆もちゃんとそばに居るぞ! 私もここにいる……! だから、頑張れ……!」
強く励ます声だった。
頑張れ、ですって?
一体何を……。
あぁ、でも、どうしてか本能的に頑張らないといけないような気がする。
そう、お腹に力を入れないといけない……。
息をしっかりとして……そう、産婆もいるから……産婆?
えっ、もしかして私……今、出産しようとしているの……?
そう思って、周囲を見回してみると、そこは確かに以前、私が出産をした屋敷の部屋だった。
つまりは、私の部屋で、その周りには治癒術師と産婆、それに手伝いの侍女たちが忙しげに歩き回っている。
私自身はといえば、汗だくの状態でお腹が張り、明らかに体の状態から見て出産中だった。
しかも、もう少しで生まれるなぁ、という妙な確信もある。
四人も子供を産んだ経験があるからか、そういうのがわかるようになってきたのだろうか……。
まさか五人目?
いやいや、そもそも私は死んだのではなかったか……なぜ、いきなり出産中なのだろう。
よほど落ち着いてゆっくりと考えたかったが、お腹の子供はそんなことを待ってくれない。
……まぁ、とりあえず、産んでから考えようか。
そう思った私は、腹部に力を入れ、まずは子供を生むことにしたのだった。
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