愛する世界~聖女~
私にとって、というには私はとても小さな存在ではありますが、私はこの世界が好きです。この世界はあまりにも嘘に塗れていて、家族でさえ信じられない。友達でさえ、信じられない。そして自分の事すら信じるには根拠が少ない。すべてが嘘で、本当の事なんて無い。そう、すべて、すべて、すべてが真っ赤な嘘。
だからこそ私はこの世界を愛している。愛おしく思い、自分の事すら放り投げて愛していたくなる。自分を度外視してこの世界を愛したくなる。ああ、こんなにも素晴らしい世界は他のどこににもないんだろうなと、そう思っていた。そして今も私はそう思っている。
「だから、私はみんなを愛していますよ」
私は彼らに向かって言う。
ここは世界の中心、世界は1つの大陸で構成されている(とされている)。その大陸の中心。海抜-1000メートルという深い穴の中のさらに奥。そこにある神殿の中で私は今いっしょにここまでやってきた仲間たちに愛を告げている。これがたぶん告白と言うやつだ。前の人生では告白なんてしたことはなかったし、この人生でもこれまでこんな直接的に言ったことはなかったから、私が生きて死んでそして生きてきたこの長い時間の中で初めての告白だ。
私は、正直興奮している。だって、みてくれよ彼らの顔を。みんなそろって苦い顔をしているんだ。ああ、その顔はいい!私は正直笑顔よりもそんな苦しんだ顔の方がが好きだ。精神的にどこか受け入れられず、そんな顔をするほか無いのであろう。しかし、私は彼らへの“告白”をやめるつもりはない。私は彼らに伝えるのだ。この世界は何なのか、そして私はなんなのか、そして私の好きなもののことを。
私は下げていた腕を上げて笑顔を彼らに向ける。
「そう!世界を愛しているんです!この嘘だらけで馬鹿みたいに私を信じて動く愚かで、無意味な世界を!私は愛しているのです!私の言うことを愚直に信じて私と共に死ぬ決意をしたあなたたちを!私は愛しているのです!この夢のように幸せな現実を直視しようとしない世界を!私は愛しているのです!だから!だからこそあなたたちをここに連れてきたのですよ!私はあなたたちを愛しているのですから。あなた対にだけは特別にこの私の真実を知らしめてあげようと思ったのです!」
私は言う。繰り返し言う。愛していると。この世界と同じぐらいあなたたちが好きだと。だからこそ、だからこそ私はここにきたのだ。
「さあ、これが世界です!これこそがあなたたちの世界です!」
私は神殿奥の薄い壁を殴る。
「さあ!見ていてくださいねっ!」
殴る。
「あなたたちには見せないとっ!」
殴る。――壁が罅割れて、かけらで私の手が切れる。
「いけないのですっ!」
殴る。――血がでる。
殴る。――白い服が赤く染まる。
殴る。――壁が壊れ、彼らが目を見開く。
「さあ!これが世界です!」
私は血だらけの姿で振り返り、彼らの顔を見る。
「ああ、」
最高の顔をしている。そうだよ。あなたたちにはその顔が似合う。絶望し悲壮感をあふれさせているその顔が。私の口は自然と笑顔を作る。さあ!泣け!そうして後悔しろ!気づくのが遅れ、目の前で絶命する世界をその目で見届けろ!あなたたちが信じていたものが死にゆく姿は素晴らしいぞ!
「世界はこれによって廻り、世界はこれによって維持され続けていたのです」
それを背景に私は彼らに告げた。
彼らの一人、魔法使いの少女が思わずといった様子で声を漏らす。
「これは聖女様....?」
彼女の鈴のような声が静まりかえった神殿に響く。その声は反響しどこまでも届いてしまいそうだ。その声はいつもならちりんちりんといった具合にリズミカルになっていたのに今となっては雨音のようにぽつぽつといった静かなリズムを刻んでいた。
私は笑みを深める。
「そうです。よくわかりましたね。えらいです」
私は褒める。いや、本当に素晴らしい。
この世界は私によって出来ている。正確に言えば、この世界こそが私であり、私こそが世界である。わかりやすく説明すれば、この世界なんてただの妄想である。私という神が作り上げた幻想、それこそがこの世界である。
だから言っただろう?私は世界を愛していると。だから言っただろう?この世界は真っ赤な嘘だと。
だから言ったのだ。この世界のすべてを愛していると。
「世界を愛しています。そう、私は世界を愛しているのです!あなたたちも、もちろんその“世界”なので愛していますよ。だって、あなたたちも私であるのだから」
後ろで“私”が水槽の中でごぼごぼともがいている。わかっているさ。お前も私は愛しているよ“私”。
「それで、それが何だって言うのさ聖女様」
「ん?」
勇者がこちらに目を向けている。そのまなざしは私の期待したものだった。しかし、なぜかその顔に興奮しない。目から涙が出ているのにその涙に興奮しない。なぜだ。
「話を理解していなかったのかしら?あなたたちは私のただの妄想だったの。妄想で、空想で、幻想で、世界には存在していない“無”ともいうべき意味不明の存在なのよ?」
なぜ、勇者はそんな顔をするのだろう。
「ほら、もうすこし絶望しなさいよ。ほら、世界に失望しなさいよ。ほら、世界なんてそもそもなかったのよ?この世界は幻で、本当のことなんて何もなかったのよ?例えば勇者のお母さんは魔物に殺されたけどそれもなかったのよ?お父さんは戦争で死んだけれど、それも私が考えた妄想、空想なのよ」
なぜ、勇者はそんな――。
「それに勇者の幼なじみが死んだあの誘拐事件だって私の妄想だったのよ?ほんとはあなたの幼なじみなんてどこにもいなくて「それが問題じゃない!」....え?」
そんな哀れむような顔をしているのだろう。
「あなたは、聖女様はこのことを知っていたのですか?」
唐突質問である。私は戸惑いはしつつも問題なくすらすらと答える。
「そうですよ。私はこの世界が幻想だと知っていました」
「ではなぜ!人々を救ったのですか!」
「それはこの世界を愛しているからです」
「それはこの世界があなたであるからですか!」
「ええ、その通りです」
ほんとうに理解が追いついていなかったのか?このおばかな勇者は。
「あなたは、あなたは間違っている!」
何を言っている。そもそも私はこの世界のことを勇者に教えて絶望してもらいたかっただけだ。その何が間違っている?
「私は間違っているとは思えませんが?というか私はあなたの本体でもあるんですよ?そんな風に反抗されるのは正直想定外なのですが」
そのとき、勇者の顔に笑みが浮かんだ。
「聖女様、僕は聖女様の一部で反抗するはずがない存在であったと、そういうことですね?」
「え、ええ。世界は私を中心に出来ています。私のしたいことは私の妄想なのですから自由です」
「ではこの僕は一体なぜあなたに反抗しているのでしょう?」
さて、なぜだろう。
「あなたは間違っているんですよ聖女様。だから僕はあなたに反抗できる。あなたは本当はこの“世界”を現実にしたいんだ。僕や、魔法使いが好きなんだから、愛しているんだから僕たちに存在してほしいんだ」
「.......」
私の願いはそれなのか?いいや、そんなわけない。私は彼らの絶望した顔が見たかっただけだ。それ以外に理由なんて....無いはずだ。
「でも、あなたは認めないから、認めようとしないからあなたは苦しんでいる。その世界の中心の“聖女様”が苦しんでいるのはその表れなのではないですか?」
後ろを振り返る。水槽の“私”と目が合う。その目は私を見ていた。水槽の中であるのにも関わらず、その目からは涙が出ているように思えた。
「私は.....そうなの?この世界を愛していてもそんな願いなんて私は持っていなかったはずじゃないの?だって全部妄想で幻想で、空想で、それを認めていたはずじゃ....」
「違いますよ聖女様。この世界はあんたのものなんですから、聖女様の思うとおりにできるはずです。諦めるなんて聖女様には似合いません。あなたはいつでも僕たち仲間や世界の人々の命をあなたの思うとおりに救ってきたんでしょう?この世界を現実にすることだってあなたなら....」
「できるわね」
そうだ。この世界は私なんだから。私が出来ない事なんてない!
この世界を愛して、この世界を自由に出来る私ならそんなおと余裕だ。簡単だ。
私はこの世界を愛している。すべてが真っ赤な嘘で、妄想“だった”この世界が私は大好きだ。