その令嬢、思いつく
フォルスナー王国には三つの軍が存在する。
一つはステアノス家が率いる黒獅子軍。
騎士のみで構成されており戦争や内乱の際には一番に戦場に駆けつける軍である。
二つ目はマビリット家が率いる青薔薇軍。
こちらは先ほどあげた黒獅子軍とは違い魔法使いのみで構成された軍である。戦場に駆けつけるのはもちろんのこと災害の際にも活躍する軍である。
そして三つ目がウォーレン家が率いる近衛軍である。
王を守る以外のことは一切動かないのがこの近衛軍であり、護りに関しては近衛軍の右に出る軍は存在しないとまで言われている。
つまり、この国は武力のステアノス、魔法のマビリット、護衛のウォーレンという三つの家が中核を担っていると言ってもいい。
無論、これだけの特出した武力を三つの家が手にしているのを問題視する貴族も存在するのだが、この三家は今まで王の決定には異を唱えたことはなく、さらに言えば政治に口出しをしてこないが故に認められている節があった。
「ちょっとレイ! あんたどういうつもりよ!」
そんな魔法の一家であるターニャ・マビリットは服をボロボロにした状態でいつの間に準備したのか椅子に腰掛け優雅にお茶を嗜むレイへと令嬢らしからぬ荒々しさで詰め寄った。
「あらターニャさんご機嫌よう」
「ご機嫌よう、じゃないわよ!」
カップから口を離し、ターニャに向かって微笑むレイにつられて、カテーシで礼を返したターニャであったがすぐに憤りを思い出したのかテーブルをバシバシと叩き声を荒らげた。
周りには涙を流しながら歩いて教室に帰ろうとしている生徒が大量にいるというのにかなりの元気であった。
「ターニャさんも喉が渇きましたか?」
そんなターニャの様子から自分だけお茶を飲んでいてずるい! と思われていると認識したレイは側に控えるメイドにターニャの分のお茶を頼む。
「ちがうわよ!久しぶりに学院に来たと思ったら何いきなり実践演習なんて放り込んできてるのよ! 」
再びテーブルを叩くターニャを見て、お茶ではなかったのですね。とレイは困ったような表情を見せた。
「何故って殿下に頼まれたからですわ」
「ほう、アレス様にか」
「クルツ、あんたいつからいたのよ……」
いつの間にか新たな声が聞こえたのでターニャが横を見るとそこには椅子に座りレイと同じようにカップを傾けるクルツ・ウォーレンの姿があった。
「ついさっきだ。あと君にくる予定であったお茶は俺がいただいた」
喉乾いてないんだろう?とターニャに渡るはずだったカップを華麗にクルツは口にする。
「わたしの! お茶よ!」
例え意図したものでなかったとしても自分に入れられた物を取られるのをターニャは我慢できなかった。
指先をクルツへと向け、短く何かを唱えるとターニャの指先から魔力の塊が放たれ、クルツの持つカップへと迫り来る、直撃する。まだ中身が入っていたのかクルツの服に割れたカップの破片とお茶が降りかかった。
「…… 相変わらず君は貴族としての優雅さや気品が足りないな」
「あら、頭からお茶を滴らせるのが貴族の気品なのかしら?」
二人して不敵な笑みを浮かべ合い、声に出してる笑い合う。片や腰の剣へと手を伸ばし、片や杖を握りしめていた。
まだ周りにいる生徒達も二人の好戦的な空気に気づいたのか足早にその場を離れていく。
そしてそんな二人の中心にいるレイはというとそんな一触即発の空気に全く気付かずに「仲がいいわね」と笑ってお茶を嗜んでいた。
『仲良くない!』
二人は同時に声をハモらせて否定してきた。
あらあらと笑うレイに毒気を抜かれたのかターニャはふん! と顔を背けながらも椅子へと腰掛けた。
「それでアレス様に何言われてきたのよ」
ここにいる三人は幼い頃から親同士の繋がりもあり、親交もあったために爵位などを気にすることなく話せる間柄なのである。無論、殿下ことアレスとも幼馴染ではあるのだがそこは一応、言葉遣いが荒いターニャであるが王族であるアレスには様付けである。
「ええ、学院のレベルを見てきて欲しいと言われましたので」
「レベル?」
レイの言った言葉をターニャは考えたのだがイマイチピンとこない様子であった。そんなわけでターニャは横のクルツへと目をやる。
「あんたわかる?」
「いや、わからんよ。そもそもなんのレベルかもわからん」
「ああ、今言ったレベルというのは言葉通りの話です」
アレス曰くここ数年の卒業した生徒達のレベルがあまり良くないらしいのでその理由を調べて欲しいということらしい。
といってもそれは配属された軍での訓練中に事故に遭うのが卒業したばかりの生徒であるというだけで別にレベルが下がっているというわけではない。
単純にアレスとフレイがレイを学院に向かわせる理由をでっち上げたに過ぎないのだ。
そしてそれはターニャとクルツもすぐに気づいたのだがレイがどうしたものかしらと悩んでいるのであえて口にしない。
アレスの狙いがレイを学院に通わせるということならば問題が解決しなければレイが学院に通い続けるからである。
それ故に沈黙する。
「なにかいい案はないかしら?」
しかし、そんな二人の考えなどは知らないレイは自分ではわからないが故に質問する。
わからないことを聞くというのはわからないままにしておくよりも美徳ではあるのだが今の状況を理解した二人には迷惑以外何者でもない。
クルツは考えている素ぶりの沈黙を。だがプライドの高いというかレイにライバル心を持つターニャは何も言わないと負けと考えたのか不敵に笑う。
「そんなにレベルを上げたかったら実戦場にでも放り込むのね」
そんな場所ないけど、とターニャは言う。
これで何も思いつかない無能とは思われないと心の中でほくそ笑む。
ゆえに彼女は気づかなかった。レイがなるほどと納得の意を示し思案していることに。
そして一週間後、学院の騎士科と魔法科の全員いなくなるという事態が発生したのであった。