その令嬢、戦う
本日二話目
「囲め囲め!」
「魔法を途切れさすな!」
「騎士科の奴らは魔法付与の武器で攻めたてろ!」
王立魔法騎士学院の授業風景である。
いつもならば余裕を持って授業を受けている生徒らも今日は誰の顔を見ても余裕が見られない。それどころか顔を青くしながら魔法や手にしている武器を構えているのである。
彼らが見据えているのは幾つもの魔法が絶え間なく叩き込まれている爆心地。
雷、炎、風、水などと様々な属性の魔法がひたすらに宙を飛び、そこへと殺到していく。
本来の授業であるならばこんな事にはならないであろう。
普通、魔法科ならば魔法の効率の良い使い方を考えたり新たな魔法を考えたり、魔法を実験したりとしている。
騎士科ならば魔法を武器の扱いに変えるだけでそれほど変わりがあるわけではない。
どちらの科も時折実戦と称して戦ったりするのだが今回のものは違うのである。
実戦をする場合ならば魔法科対騎士科という図になるのだが、今行われているのは魔法科騎士科対何かである。
「魔法やめ! 騎士隊突撃ぃ!」
リーダーらしき生徒が魔法の斉射を止め、声を荒げて武器を手に突撃していく。
濛々と煙をあげる場所に向かっていくリーダーの生徒を見た他の騎士科の生徒たちも各々武器を掲げ声を上げて続く。
しかし、その雄叫びも長くは続かなかった。
煙の中から幾つもの黒い筋が飛び、武器を構える生徒たちへと襲いかかる。
「やっぱり無傷だ! 散開しろ!」
魔法科が放った魔法が対象に全く効果が無かったことがわかったリーダーの生徒、クルツ・ウォーレンは舌打ちをしながらも命令を出し、自分も赤髪をはためかせながら飛ぶ。
生徒へと襲いかかった黒い筋は狙いが甘かったのか大半の生徒は避けることができた。しかし、狙いが甘くともかなりの速さで迫ってきたそれを避けることができなかった生徒もおり、黒い筋の直撃を受けている者もいた。
黒い筋は生徒の体に当たると即座に姿を生徒の体に纏わりつく鎖へと変え拘束していく。
「あまり当たりませんでしたわ。やはり視界が悪いと難しいものです。それにしても次代の魔法使いや騎士を育成する王立魔法騎士学院のレベルがこの程度とは殿下が悩むのも無理がないというものです」
煙があがる魔法で作り上げられた爆心地の中から煙を払うような仕草をしながら現れた者。
それを見て勇ましく駆けていた騎士科の生徒達の動きが止まる。
「やっぱり生きてる……」
おおよそ侯爵令嬢に言うような言葉ではない事を誰かが言い、その場にいた誰もが心の中で頷いた。
レイ・ステアノスはいつも通りの薄い青みがかかったドレスに傷一つ追わない状態で姿を現わすと優雅に一礼をし、にこやかに微笑む。
「魔法による爆撃攻撃を行うならば属性を同じにしなければ効果はありませんわよ? 反属性ならば威力は半減します」
実戦中であるにも関わらずレイは先に自身へと放たれた魔法についての評価を告げる。
それは風の魔法により遠くまで聞こえるようになっており、遠くから魔法を放った魔法使いに聞こえるように告げたものだった。
そのあからさまにある余裕に一部の、特に貴族でプライドだけは高い魔法使いたちは顔を瞬時に赤くすると即座に魔法の詠唱に入った。
「あと騎士科のみなさんは手早く距離を詰めることをお勧めします。でないと」
レイが言葉を言い終わる前にレイの影が大きく揺らめく。
それを見た騎士科の生徒達が慌てたように再び駆け出す。が、
「こうなります」
レイの背後の影から夥しい量の黒い鎖が噴き出した。
鎖の一本一本が意思を持つかのように天高く上がり、そして流星のように天から地へと降り注ぐ。
「か、かわせぇぇぇ!」
それを見たクルツが叫ぶ前にすでに騎士科の生徒達は武器を放り出し逃げ出していた。
魔法科の生徒達も魔法の詠唱を取りやめると我先にと鎖の射程から逃げようと下がっていった。
天から迫る鎖が次々に地面へと降り注ぎ、地面に突き刺さっていく。
時折、運が悪い生徒の体を貫き地面へと縫い付けていくが鎖の雨は止まらない。
「安心してください。このフィールドには先生方が時戻しの魔法をかけてらっしゃるそうですので死んでも生き返るそうです。あ、頭と心臓はなるべく避けますから」
「そうそう死んでたまるか!」
優雅に微笑むレイの死角、捲き上る煙の中から傷だらけのクルツが姿を現し、殺す気で拳を振るう。その姿に僅かばりレイは驚いた表情を見せるのだがクルツの剣とレイの間にすかさず鎖が入り込み、必殺とはならなかった。
「あらざんねんでした」
愉快そうに笑うレイとは対象的にクルツは苦そうな顔を浮かべ、即座に距離を取る。そんな距離を取るクルツを追うように鎖がクルツへと迫り地面へと突き刺さっていく。
「相変わらず化け物みたいな魔力だな! 人間やめてるだろ!」
「失礼ね。どう見ても人間でしょ?」
レイの使う鎖の魔法は闇属性の魔法である。
闇属性というのは適正を持つ者が極端に少なく、さらには強力な代わりに魔力を馬鹿みたいに食うのだ。
そんな燃費の悪い魔法を湯水を使うかのごとく自在に操るレイを見てクルツは悪態をついた。
「この学院で私の相手をギリギリできるのは騎士科のレベル33のクルツと」
言葉の途中でレイは手をかざし、体の前に巨大な盾を鎖で作り上げた。そして僅かな時間差で極太の光の塊が鎖の盾へと直撃する。
煙を上げながらボロボロと崩れていく鎖の盾を見たレイは盾を崩した魔法を放った人物へと視線を飛ばす。
「今日こそわたしが勝つんだからね! レイ!」
そこには鼻息荒く、全身から魔力を漲らせる青い髪の少女が杖を振り回していた。
「魔法科のレベル39のターニャちゃんくらいでしょうか?」
再び放たれた極太の光魔法をみてレイはうっすらと笑うのであった。